144話 赤竜と出会う黒幕幼女
アイたちは激戦を終えて、一休みをしていた。霧氷に覆われて魔物は近寄らないし、敵のボスは撃破したために、積極的に襲おうとしてくる者もいない。結構ダメージを皆は負ったために、ハイヒールを使って幼女が治したのである。
そんな幼女はくたびれたと座り込む団員を他所に踊っていた。小さい身体をフリフリと可愛く動かして踊っていた。
なぜ踊っているのかと言うと簡単な話である。女神様の使い、妖精の有り難いお話が聞けたからである。幼女は信心深いのだ。
「素材として火炎樹、武器素材は火石57、炎石8、火炎樹の枝、火炎の片刃剣3個、イフリートの欠片2だぜ。源素材は結晶石55、結晶中石6、知識因子は火魔法5、魔法操作、気配察知5、それと複数の格闘4、剣術4、片手剣術4、短剣術4、投擲術4だ」
「気配察知以外はダブリだからあたちが覚えておきまつ。久しぶりにパワーアップしまちた。それに火炎樹が素材で手に入ったのが嬉しいでつね!」
ありがたや〜。今回はドロップの踊りを舞っていないのに、ボスキャラが舞い降りた。次からは女神様に奉納する踊りをしようかな。ドロップの恩恵があるかも。
おめめを輝かせる幼女。幼女の踊りは可愛いからきっと気にいるはず。
「中身がおっさんの踊りはいらないらしいぜ」
「さよけ」
心を読まれたらしい。う〜む、俺も中の人がおっさんの幼女の舞は見たくないから仕方ないか。
どっかの女神様がへっくちんとクシャミをしたが、何故かは秘密である。
気を取り直して、アイは周りの面々を見る。皆はハイヒールにて回復し終わり、今は疲れを癒やしている。最後の魔力ポーションを飲み終えたランカが俺と視線を合わせる。もう侯爵から貰った魔力ポーションも無くなった。自分で作れればなぁ。
「作戦どおり守護者は倒したっぽいから、あとはのんびりと山登りかな?」
「そうでつね。1日は登山にかかるでしょーし、それまでには連続魔も回復すると思いまつ。ボスの対魔法特性を考えるに、竜も同様の対策はされていると予想できるので、魔法を使う際には注意が必要でつが、マコトの解析能力があれば大丈夫でしょー」
魔法反射とか持っていないと良いなぁ。持っていないと信じたい。そこまで凶悪な仕様じゃないよな?
「では、もう少し休憩したら進みますか。霧氷はあとどれぐらい保つ?」
「ん〜、あと数時間は保つと思う。気合と魔力を籠めたから」
ギュンターの問いかけに、ムフンと息を吐いて威張るリン。霧氷の効果もキャラのステータスで変わるらしい。そう考えると、俺たちの仕様って本当にチートだよなぁ。
「それじゃあ、なにか食べやせんか。小腹が空いて」
ワゴンを出してくだせえとガイが口にしようとした時であった。周囲に重々しい偉そうな声が響き渡ってきた。
「英雄たちよ、我に拝謁することを許そう」
「!」
その言葉に全員が真剣な表情となり、武器を構えるが
「なぬ?」
目の前の空間が歪み、景色が移り変わる。熱帯の森林に囲まれていた筈なのに、岩地へと光景が変わっていた。
しかも、傾斜のある地で、よろよろと幼女はよろけちゃう。
「ここは火口前?」
ランカが杖を構えて警戒する。少し先には噴煙が吹き出る山の頂上が見えており、空間転移がなされたとわかる。
皆は地球産まれなので、戸惑うことはあっても、なにが起こったかすぐさま理解はできるのだ。ゲームイベントで慣れてるので。異世界人なら泣いて喜ぶイベントである。
しかし、このタイミングではまずい。ランカの連続魔がまだ回復していないのであるからして。火力の切り札が無いのは竜戦ではまずすぎる。
「撤退……はできましぇんよね?」
一応マコトへと尋ねてみる。無駄だとはわかるけど。
「これは……引き寄せの能力だな。敵を逃さない魔王系統の持つ特性だ。ズルを防ぐために拘束、致命的な場所に引き寄せることはできないらしいぞ。頭を使って、引き寄せを悪用すると漏れなく運営からのペナルティもあるらしいな。まぁ、悪用すれば石の中に引き寄せることとかできるし考えられているな」
「まさにゲーム仕様! ということは離れようとすると引き寄せられるし、会いに行くのを1日待ってもらうこともできましぇんよね? あたちはこれから予定があるのでログアウトしないといけないんでつ」
おずおずと指を絡めて、可愛らしいおめめをウルウルさせながら尋ねちゃう。幼女のお願いである。明日で戦闘は良いんじゃないかな? ほら、皆も予定があるだろうし。忙しい社会人に予想外の連戦はねぇ? 用事があるのでと逃げますよ?
「ゲーム仕様だけど、この世界は現実だぜ。諦めるんだな」
「くっ、あっしも少し頭の調子が悪いんでさ。もう少し休憩をとりやせんか?」
腹を押さえて、顔を顰める勇者。ヘタレでアホさしか見せないおっさんである。
「ガイの頭の調子はいまさらでしょ。ツッコミは入れないでつから」
「ん、ガイはアホ」
なんだとコノヤローとガイがリンに抗議するのを横目に、幼女はキリリと真剣な表情でマコトへと問う。
「引き寄せも攻撃でつよね? 解析結果を教えてくだしゃい」
「あいよ。敵は火竜。ネームドモンスターで名前は紅蓮。平均ステータスは255。素早さがとても低い。特性は……マジか。相手が使わないと解析不可とかいてあるぜ! 水、氷にとてもとても弱い」
「ゲゲッ、マジでつか……それはヤバいでつね。というか、ステータスが高すぎない? 牙や爪の攻撃力、竜鱗の防御力を加算するとステータス400、いや500までいきましぇんか?」
竜とはいえステータス高すぎだろ。俺たちでは敵わない……いや、ぎりぎり勝てるかな?
ステータスボードに映る皆の状態を見て考える。だからこそのバージョンアップだったのか。予想していたけど、予想どおりにはなって欲しくなかったぜ。
「仕方ないでつね。竜を倒さないといけないみたいでつし、とりあえずパーティーアタックで戦ってみますか」
コマンドを駆使すればダメージは入るかな?
「エンチャントアイスを全員にかけて、火耐性を掛けなおしまつ」
ゴクリとツバを飲み込む。もしかしたら全滅するかもしれない。初の全滅の予感が脳裏によぎる。その場合、ゲーム筐体に乗って逃げる一択である。
「引き寄せもゲーム筐体には通じませんよね?」
「あぁ、最強のあいつが作ったスキルだからな。いかなる干渉も受けないぜ」
「それじゃあ、最悪、逃げることは可能でつか。安心しまちた」
皆には悪いけど、幼女は死んでもセーブデータからロードすることも、教会で復活することもできないので。幼女保護法が発動しちゃうのだ。
「皆の命をあたちにくだしゃい! ここで悪竜を退治しまつ!」
ムフンとちっこいおててを握りしめて、仲間へと頼む。
「格納庫で死ぬ役じゃなければ良いですぜ」
「聖騎士は命を惜しまないらしいですぞ」
「僕の魔法でババーンと倒しちゃうよ」
「ん、草薙剣を手に入れる」
皆は笑顔で頷いて戦いに挑むことに同意してくれる。さすがは俺の団員たち。力強いな。ガイのネタは渋すぎてわかりにくいと思うけど。
「ありがとうでつ」
ニパッと花咲くような笑顔で、アイは皆へと感謝の言葉を告げるのであった。
あっという間に火口付近に移動したアイたちは、えっほえっほと頂上へと向かい辿り着く。既にアイはランカへと憑依済みである。おっさんが祓われた方が良いと思うのだが。
火口の中を覗くと、溶岩の中に全長30メートル程の赤竜が半身を浸かって首をこちらへと向けていた。
「こんな時でやすが、なんだかワクワクしやすね。竜はドロップするアイテムが旨すぎですし」
「なんとなくわかるよ〜。強敵だけど、竜退治は胸が踊るよね」
「ふむ、儂らだけが持つ感覚だろうな」
「異世界の人間ならではの感覚。ムフーッ」
それぞれ緊張感を見せずに笑いあう。ゲーム感覚を引きずる団員たちであった。不死であるし仕方ないかもしれない。竜との戦いは期待しかないしな。
「あ、あいつの能力の一つが解析できたぜ。パッシブスキル、魔王を覗くことはできない、だな」
「ん〜? どんな能力?」
モニターが開きマコトが突然言うので驚く。誰かなにか使った? なんだか名前から監視系を妨害するスキルだけど。
「文字通り、監視系スキルを全て無効化するスキルだな。たぶん……ドワーフたちが使ったんだ」
「あ〜。鷹の目でも使いまちたか……。だけど、それは都合が良いでつ」
ゲーム筐体の中でアイはマコトの言葉ににやりと笑う。幼女が悪戯そうに笑う姿は可愛らしい。こちらの戦いを誰にも見られないということでもあるのだからして助かるよ。
ピンとコインを弾いて、その金色の輝きを見ながら幼女は言う。
「ゲームの始まりでつ。いざ、竜退治にいきましょー」
そうして、コインを幼女はチャリンとコイン投入口に入れるのであった。
バッカスたちは戸惑っていた。精鋭にて構成した軍を率いて、その高ステータスを駆使して、ドワーフらしからぬ素早さで行軍していたのだが、山裾にこの地では起きないはずの、濃い霧を見て一旦停止したのである。
そうして鷹の目持ちに様子を伺うように指示を出したのだが
「くそっ! 大丈夫か?」
スキルを使うと同時に身体中から血を吹き出して倒れたのだ。部下の一人がヒールを使い癒やしていくが、苦しむ様子は変わらない。身体を震わせて、なにかをしきりに小声で呟いている。
耳を近づけて、なにを呟いているのかを聞きとろうとする。ぼそぼそと呟くその言葉の内容はというと
「ま、魔王を覗くこ、ことはゆ、許されない。ま、魔王を覗くことは……」
酷く不吉に感じるセリフであった。本来、魔王とは魔帝国の王を示すものであるはずなのだが、この場にそぐわないし、なにより竜を見ようとしたあとである。
「魔王。魔王とは竜のことを言っているのだな? なぜ王なのだ? ドラゴンニュートを統べてでもいるというのか?」
思わず、相手の肩に手をおき、言葉荒く尋ねてしまう。嫌な予感がするのだ。魔王という響きに。
「ち、違います、王よ……。魔王とは魔物を統べる魔物のこ、こと……バッカスを襲った全ての元凶は……火口にいる竜が……」
ううっと呻き声をあげて、力を無くし目を瞑るドワーフの戦士。
「疲労から眠ったようです。命はなんとか助かったと思われます」
肩で息をして、疲れ切った様子の癒し手が告げてくる。その言葉にバッカスは頷くが、喜びを見せなかった。なにより重要な情報が手に入ったからだ。
「魔王? これまで多種の魔物を統べる魔物などいなかったはず……。だが、最近の事柄が魔王という存在が現れたと言うならば辻褄が合う。そして妖精が口にしたあの言葉……」
たしか、神々は大魔王との戦いで何某かがあったと言っていた。途中で幼女に口を押さえられていたが間違いない。
「世界に何かが起ころうとしているのか……。まさか御伽話の中の戦いでも起こると言うのだろうか……」
現れし新種、魔王と呼ばれる存在。人々を救う御伽話の中でしかいないと思われた英雄級。
世界を暴風が襲う予感が頭をよぎり、慌てて頭を振る。
「今考えても詮無きこと。ここからはさらに精鋭を選抜して進む。いち早く辿り着き月光と共に戦うのじゃ」
蒼い宝石のような斧を掲げて、バッカス王たちはさらに足を速め、月光のメンバーと合流するべく急ぐのであった。