143話 大魔法使いな黒幕幼女
イフリート。炎の精霊で有名である。この世界では中級というのが恐ろしい。もっと恐ろしいのが、炎に包まれた赤い鎧に肩当てはトゲトゲ。ホバー疾走しており、一つ目なところだ。見たことがあるフォルムである。色が違うけど。本当に精霊なのだろうか。たしかに遠目に見れば精霊かも。
ホバーにて土煙をあげながら、木々を軽やかに躱しながらイフリートたちは突き進んでくる。こちらも走っているので、激突はすぐだ。一つ目がギョロギョロと動き、こちらへと片手を突き出してきた。
「ファイアショット」
力ある言葉を口にするイフリートの突き出した手の周囲に小石程の大きさの炎弾が30発程現れる。炎を待機状態にして、加速するイフリート。
「中級精霊イフリート。開発レベルが7になったみたいだな! 平均ステータスは58。特性は炎の化身。これは炎の身体に、炎系統の魔法の威力2倍、魔力消費半分、水、氷に脆弱になる。精霊だから魔法か魔法武器以外のダメージは与えられないぜ。スキルは火魔法4、格闘4、剣術4、片手剣術4、短剣術4、投擲術4だな」
「武器はヒートブレードにショットガンとクナイなんですね? なぁ、マコト? これからもどんどん敵が強くなるんですかい? 開発レベルって、なんの野望ゲーム?」
モニターに映る妖精の言葉に口元を引きつらせる山賊である。たしかに開発レベルをこれから先も上げられたらやばい。幻獣ユニコーンか、クスィーの名前を持つ化け物が産まれると厳しい。
「ププッ、開発レベルは冗談だぜ! イフリートをもじって冗談を言っただけだよ。ガイは真面目だな〜。空気を読んで欲しいぜ」
手をひらひらと振って、ケラケラと可笑しそうに笑う妖精。空気を読んだから冗談とは思えないんだよと、ガイたちはゴゴゴと怒りを撒き散らして文句を言いたかったが、アホな妖精はまったく気づかずに、あたしって冗談を言う天才だなと口にしていた。
「マコトに言っても仕方あるまい。神とは所詮気まぐれなもの。自然災害のようなものと過去から言われておる。女神様の介入は姫のバージョンアップのみなのだな?」
「よくわかってるな。そのとおり、あいつはこの世界の設定には介入しない。世界の設定というか、魔物たちの設定に介入するのは、ホニャララな娘たちだけだ。あいつの介入はこの世界の者ではない社長のみだな」
厳しい視線を送るギュンターにあっさりと答えてくれるマコト。相変わらず重大な秘密を簡単に教える盛り上がりを考えない妖精である。彼女は元女優ではなかっただろうか。
「アイたんが選ばれし者なのはテンプレだよね。それよりも戦闘準備だよ〜。たぶんそろそろファイアショットの射程範囲に入ると思うんだ。リンちゃん、お願いね〜」
「むふーっ! 遂にリンの晴れ舞台が来た。任せる」
ランカの言葉に頷いて、フンフンと鼻息荒く興奮してリンは乗っている狼の上に器用に立つ。信じられないバランス感覚を見せて、森林の中を激しく動く狼から落ちることなく、まるで大地の上に立つように危なげを見せない。
そうして刀を抜き放ち両手で握りしめて、天へと掲げ興奮で頬を真っ赤にしながら口上を述べる。
「氷の刀よ、冷たき霧よ。世界を覆い尽くし、人に炎の魔物たちを倒したたまえ。霧氷の力よ、今こそその力を解放せよっ!」
蒼い氷でできているような、芸術品のように美しい霧氷刀を片手で握りしめて、リンは霧氷の力を解放する。なぜ両手から片手に持ち直したかと言うと、わたしのかっこいいセリフ集と書いたメモ帳をもう片方に持っているからである。カンペがないと、わからなかったらしい。それとちょっとセリフが変だった。
実にしょうもないところを見せる厨二病な侍少女だが、どんなにアホなところを見せても、霧氷刀は力を発動させてくれた。
刀の表面から水滴が生まれ、すぐに細かい氷の欠片へと変わり霧とともに広がっていく。燃え盛るような暑さの世界を冷たき霧で覆っていき、急激に温度を下げていき、氷の欠片が舞う世界へと変えていく。
様子を伺っていた魔物たちは寒さに耐えきれずに逃げていき、炎の環境に適応していた植物は枯れていき、イフリートたちは炎の身体にダメージを受けて走る速度を落とす。
下級精霊たちは力をなくし、クリスタルの身体にヒビが入り力を失う。そうして極寒の世界へと変貌するのであった。
「それじゃあアイたんの作戦どおりにできるだけ接近していこ〜」
「うむ。狼たちよ、散開せよっ。戦闘開始だ!」
気楽な感じに言う魔法少女。それを聞き聖騎士は狼たちへと指示を出し、いよいよ戦いは始まる。
狼たちは散開して、ギュンターたちがかたまって移動をする。
先手をとったのはイフリートたち。散弾系統の新魔法ファイアショットを待機状態を解いて発射する。フレアアローよりも弾速は速く低ステータスでは視認も難しい炎弾は回転をしながら、ギュンターへと向かってくる。
散弾系統であるファイアショットは面への攻撃をしてくるため回避が困難だ。だが、飛来する炎弾へと対処もせずにギュンターは身体をかがめ、狼は脚を速める。
命中するかと思われた炎弾だが、ギュンターの頭の上を超えて、冷気を纏う白き光線が通過していく。炎の弾を簡単に薙ぎ払うと光線はそのままイフリートへと命中し、その身体を凍りつかせ、それだけで飽き足らず、横へと光線は動いていき、周囲にいるファイアエレメントや他のイフリートたちを倒していく。
「ん、侍は魔法も使える。まさに無敵の職業」
片手を突き出して、フリーズビームを放ったリンがフフフと笑う。身体を覆う星空のようなオーラにご満悦である。
フリーズビームの攻撃をイフリートたちはのんびりと食らうだけではない。炎を足元から噴き出し、爆発させるようにジャンプをしてくる。
その手には炎で構成されたクナイが数本あり、腕を引き力を溜めると投擲してきた。
「斧連技 トマホークゥゥ!」
素早く迎撃のために魔法の斧をガイが投擲して、激しく回転しながら突風を発生させて敵のクナイとぶつかる。魔法の斧の力により霧散するクナイ。
「むんっ!」
銀の槍をギュンターが身体を捻り投擲し、空にいるイフリートの胴体を串刺しにし、致命的なダメージを受けてイフリートは爆発炎上して消えていく。
接近して来るイフリートが剣を振るって、狼たちを斬っていく。敵が多すぎて完全な迎撃は不可能だ。木々の合間に入り込み、狼たちは戦闘を回避しようとするが、各所に配置されているファイアエレメントがファイアアローを撃ち込み、逃げることを許さない。
「ん、全滅する前に進む」
横合いからダッシュして近づくイフリートを刀を閃かせながら斬り倒していきリンが言う。
「そうだなっ。敵の攻撃は激しく、我らは数でも劣る。早々に目的を達するぞ!」
盾にてイフリートが振るってくる剣を防ぎながら聖騎士も同意する。一撃が重く速いヒートブレードが盾を削り、火花を散らし熱にて歪めていく。
「僕は目的地まで魔法は温存中。戦闘に参加できないから皆頑張って〜」
「そろそろミサイルがまた来ますぜ! 出し惜しみしている場合じゃねえと思うんですが」
ランカが気楽そうに言うが、その目は苛立ちを隠せない。本当は参加したいのだが、できないのでもどかしいのだ。
そして、ガイの悲鳴じみた声に合わせて、空から再びミサイルが降り注いで来るのを見て、皆は指に嵌めてある指輪を使う。先程幼女が作って皆に配った紅い宝石の嵌った指輪だ。
「発動 火炎耐性」
それぞれの身体を赤い光が覆い強力な火炎耐性を保たせる。発動とともに指輪が砕け散り消えていく中で、ミサイルは着弾していく。
霧氷により正確な狙いをできないミサイル群だが、数で圧そうと攻めてくる。爆発により木々が吹き飛び、茂みが燃え上がる。狼たちがどんどんミサイルでやられていく中で、ランカたちはジグザグに動き、爆発する周囲に動揺も恐怖も見せずに突き進む。
無数のイフリートやファイアエレメントを倒し、ミサイルを回避しながら突き進むが、少しずつ傷が増え、疲労により汗が額から流れていく。
数万のミサイルによる攻撃と押し寄せる数千の敵をたった500匹の狼たちと4人の人間が突破していく。その姿はまるで英雄譚で語られる英雄たちのようであった。
「あぢー。あぢーし、傷だらけになるし疲れた。あっしは疲れました。ランカッ。まだかよ?」
英雄たる勇者は仲間を心配して声をかける。たぶん心配しているのだと思う。己の身を。さすがは勇者である。
ランカは狼にしがみつきながら、前方を睨んで探していた。絶対に敵を監視するためだけの竹があるはずだと。
そうして、サクリファイスを使わずに、ポツンと佇む竹を一本見つけた。
「見つけたっ! 見つけたよ、アイたんっ」
喜びの声をあげるランカ。狐の尻尾をブンブンと振って嬉しそうに言うと、次の瞬間には気配が変わった。爆発するように魔力が増大して、一気に能力が跳ね上がる。
唐突に現れた強者の気配にイフリートたちが向きを変えて、ランカを見る。
「やっぱり強さの違いを感知できる能力があったんだね〜。予想していて良かったよ」
雰囲気の変わったランカ。いや魔法使いアイがニマリと悪戯そうに笑う。最初からランカを操作していたら、防衛している魔物はランカへと集中攻撃をしてくるだろうと考えていたのだ。
「だが、もう遅いよっ!」
狼の背から勢いよくジャンプして、一気にレーダー代わりと思われる竹へと肉薄する。そして吸魔の杖を掲げて魔力を集中していく。
膨大な魔力が集中することにより、風が逆巻き魔法使いアイの周囲に星の輝きを宿す闇の光が現れる。
「連続魔」
ポソリと呟き、一瞬の内に連続魔法を叩き込む準備をして、胸を張って叫ぶ。
「凍る程のハート! 刻むぜ冷たいビートッ! 極寒の魔法オーバーブリザードッ!」
どっかの波紋使いみたいなことを叫び、吸魔の杖を叩き込む。瞬間、強力な環境変化系統のブリザードが極寒の吹雪を竹に叩き込む。
なぜか周囲にはブリザードは広がらず、竹を瞬時に凍らせるのみであるが、魔法使いアイはその一撃に満足せずに足を踏み込み杖を連続で竹へと叩き込む。
「ブリザードブリザードブリザードブリザードブリザードブリザードブリザードブリザードブリザード」
連続魔により、10連続ブリザードが竹へと叩きこまれる。ふぃーと息を吐き、知らずに流れていた汗を拭う。
「幼女10烈魔法。お前は既に死んでいる」
今度は救世主になる魔法使いアイであった。そして杖を担いで不敵な笑みを浮かべ周囲を見渡すと、全ての竹や筍が凍りつき、イフリートたちは消えていくのであった。
火口にて火炎樹は凍りついた身体を信じられない思いで見ていた。己の身体は既に死んでいる。もはや自分は燃え尽きた命の燃えカスでしかない。
「信じられぬ……。ブリザードを私の根に叩き込むとは……。張り巡らされた根を環境の一つとして意識をし、凍りつかせて来るとはっ!」
10連続のブリザード。植物の根を環境の一つとして考えて、火炎樹だけを凍らせにきたのだ。広大に張り巡らされた根であるからこそ、環境の一部として認識を可能にしたのだろう。
「ぐ、紅蓮様……こ奴らは英雄……神器などでは……おきをつけ、を……」
身体にヒビが入り砕け散る火炎樹。氷の欠片が火口に舞い、キラキラと溶岩の熱で儚く消えていく。
「ふむ……。ご苦労であった火炎樹よ」
己が眷属が消えていくのを見ながら、紅蓮は首を持ち上げる。
「英雄級……。面白そうだ」
黄金の瞳を輝かせて、幻獣の王たる赤竜は口元を嬉しそうに曲げるのであった。




