141話 バッカス王国で一休みの黒幕幼女
山中の都市バッカス。魔物の襲撃が終わり、人々は忙しなく動き回っている。火災が発生しているために、消火活動に頑張ったり、傷ついた者を癒やしたりと勝利の余韻に浸ることもできずに、ドタバタとしていた。
その中で、用意された館の一室で、あぐらをかいてちっこい体躯の幼女がおめめを閉じて瞑想していた。周りの人々がそれを見て、なにかがあるのかと声をかけるのも躊躇うほどに、真剣な表情を見せている。
そんな幼女は、カッと目を見開くと立ち上がり、おててを掲げて踊りだす。
「あたちはサイキョー。物欲サイテー。とっても良い子な幼女でつ。あたちはサイキョー。物欲サイテー。とっても良い子な幼女でつ」
ふらふらとフラダンスのような踊りをするとっても可愛らしい幼女である。
「可愛いよ、アイたん」
「ん、だんちょーの可愛さはサイキョー」
キャッキャッと狐ズが騒ぎながら撮影してくるが、反応をせずに懸命に踊る幼女。しばらく踊ったあとに、ピタリと動きを止めておててをビシッと伸ばしちゃう。
「マコト、発表ど〜ぞ!」
半眼になって、無駄な努力をする幼女を見ながら、空に浮く妖精はくるりと身体を回転させる。
「素材はヒクイドリ16、ファイアスネーク3、ファイアコング5、赤亀5、武器素材は火石38、炎石7、火炎石1、炎の羽根、赤亀の甲羅、魔鏡の甲羅、ドレイクの爪、知識因子は格闘6、拳技6、蹴技6、火魔法6、闘気法3、魔法操作、セージ4、源素材、結晶小石30、結晶中石4、結晶大石1以上だぜ!」
くるくると回転したあとに、ふらふらと踊りビシリと手を伸ばす妖精。幼女に対抗して踊るその姿は相変わらずの盆踊りだ。バックダンサーは諦めたほうが良いだろう。
そして、妖精の告げた内容に混乱の踊りを踊る幼女。
「紅亀とファイアドレイクがドロップしてないでつ! あたちは疲れて寝てるんでつね」
現実逃避をする幼女がここにいた。というか大群を倒したのに、こんだけ? ドロップ悪すぎじゃない?
「だいたいの敵のトドメはドワーフたちが刺していたしな。敵の動きを止めることをメインに戦っていたから仕方ないんだぜ。それでも悪すぎだけど」
「ぬぬぅ、ぐぐぬぅ。紅亀とドレイクがドロップしてないでつ! 知識因子のドロップは凄いでつけど、素材もほちかった……」
地団駄を踏んで、ぷんぷん頬を膨らませて悔しがる。その二体のどちらかでもドロップしていれば、これからの戦いが楽になったのに。
おっさんの影を持つ幼女には世間は厳しいとアイは悔しがるので、自覚はある嫌な幼女であったりした。
「まぁ、武器素材はかなりドロップされましたし、良かったのではないですか、姫」
慰めてくれるギュンター。戦いが終わり、酒を飲みながら寛いでいた。アンチドーテのある世界なので、酔ってミスることはないので、がぶがぶ飲んでいた。もう、今日は動かないと、ワゴンからビールやら日本酒を買いまくっていた。地下生活なら45組確実な爺さんである。
「自分は少し残念であります。フウグの改良をお願いしたいので」
ルーラが残念そうに言う。魂なきルーラたちはステータスアップの方法が素材のステータスを継承するしかないのであるからして。疑似魂でも同じ人間だと思うんだけどね。こればかりはゲーム仕様なので仕方ない。
「う〜ん、たしかにルーラたちは特務部隊としては多少力が劣ってきまちたね……。様々なスキルが増えてきまちたし検討しまつ」
新型の魔物が増えてきて、少数精鋭の部隊であるフウグたちは最近苦戦気味だ。そろそろ改修か、新型に変える必要があるだろう。
「ハッ! ありがとうございます。その際には是非空中戦もできるようにお願い致します、閣下!」
ブンブンと尻尾を振って、輝くような笑顔でルーラが敬礼するので、ふらふらと尻尾を触りにいっちゃう幼女である。モフモフサイコー。
ていていと手を突き出して尻尾を触る幼女。ますます嬉しそうに尻尾を振る灰色の狐人。二人の少女も対抗して、尻尾を突き出してブンブンと振るので、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしちゃう可愛らしい姿を見せちゃう。
「あ〜、ごほんごほん。風邪でもひいたかな? ごほんごほん」
モフモフ対抗戦を繰り広げる少女たちに、わざとらしく咳をする山賊がいた。包帯で身体をぐるぐる巻きにしている。片目が隠れるように包帯を巻いていたりもしていた。
「風邪でつか。それならキュアディジーズをかけまつよ?」
「えっと、あっしは三人目なんで大丈夫です」
「さよけ。それ無口な少女じゃないと駄目なやつでつ」
そのネタは髭もじゃのおっさんがするには無理があるぞ。まぁ、アピールする理由は判るけどさ。
相手にしてくれと、おっさんが包帯をぐるぐる巻きにして佇むその姿は悲しいものがあるぞ。
「今回のガイの戦果は素晴らしかったでつ。まさか格上の敵を倒すとは思わなかったでつよ」
ドレイクは強かった。敵のスキルもステータスもガイを上回っていた。ラングとの連携、ガイが斧しか使えないと思わせたこと、コマンドオーダーを上手く使っていたこと、様々な罠をガイは張って強敵であるドレイクを打ち倒したのだ。その戦いぶりは素晴らしく、感心してしまった。
「ですよね? そうですよね? あっしは死ぬ可能性もあったのに頑張りやした。これはもうニュー勇者になるぐらいの戦果だと思いやす」
フハハと胸を張って調子に乗る山賊。威張るレベルの戦果であるので、皆もパチパチと拍手をする。
「これからは強敵はあっしに任せてくだせえ。いかなる敵も、あっしの優れた知恵を使い倒してみせやすぜ」
「わかりまちた。それじゃあ、火竜退治は任せまちたよ勇者ガイ」
「アイタタ、急にお腹が痛くなりやした。きっとドレイクとの戦闘の傷が開いたのかも」
頭を抱えて腹が痛いと浅知恵を見せる山賊である。さすがは優れた知恵を持つおっさんであった。
「とはいえ、ガイにはご褒美をあげまつ。柿ピー食べ放題の券で良いでつか? 柿ピーを飲むように食べれまつよ」
コテンと首を傾げて、無邪気な笑みでひらひらと取り出した券を振る。かきぴーたべほーだいと幼い文字で券には書いてあった。幼女にできる一番のご褒美なのです。本当だよ?
「いやいやいや、嫌嫌嫌、おかしいですよ。やっぱり報酬は新型でしょ?」
ツッコミを入れてくるおっさん。新型新型と口ずさむので、よっぽど新型が欲しい模様。
「前向きに善処したいと思いまつ。期待していてくだしゃいね」
「政治家みたいなことを言わねえでくだせえよ。頼みますぜ、まったくもう」
「それじゃあ、それがご褒美でつね。了解しまちた、新型はご褒美に関係なく製作する予定でちたけど」
味方の強化は当たり前でしょと告げる幼女に、そんなぁと泣きつくおっさんと、ワァワァと騒がしく今回の防衛戦の戦果を確認し終える幼女であった。
騒がしく勝利を祝って、飲んで食べていると、コンコンとノックの音がしてきた。
「はいは〜い。入ってくだしゃい」
冷たいグレープジュースをクピクピと飲みながらアイが答えると、ドアが開きドスドスと足音をたてて、土や血で汚れたバッカス率いるドワーフたちが入ってきた。
「なんじゃ、美味そうなもんを食っとるの」
よいせと椅子に座って、テーブルに並ぶ食べ物や飲み物を目敏く見つけるバッカス。儂にもくれと腰にぶら下げた銅のジョッキを手にする。
「王よ。失礼ですぞ。お礼を私たちは言いにきたのですから」
ゴチンとバッカスの頭を自分の銅のジョッキで叩くロウ将軍。そのまま自分は置いてある酒樽からラム酒をジョッキへと注ぐ。
自然な動きすぎて止める暇もなかった。さすがはドワーフである。酒を貰うことに躊躇をしない種族である。
俺も俺もと、他のドワーフたちもジョッキを手にして、ラム酒を注ぐ。……とりあえずドワーフたちにラム酒が回るまで待つか。というか、ジョッキを腰に下げるのはデフォルトなのかな? 酒を好きすぎだろ。
ひとしきりラム酒をドワーフたちが飲むのを見ていたら、バッカスがジョッキを置いて、真剣な表情になる。周りのドワーフたちも真剣な表情となり、居住まいを正す。
「今回の魔物の襲撃に対する我らへの助力、感謝致す」
深々と頭を下げてくるバッカスとドワーフたち。
「そなたらの助力がなければ、儂らは大変なことになっていた。まさかあれ程の魔物が現れるとは……」
「加護もなく、バッカス神の姿も見えない今、私たちは極めてまずい状況となっている……」
ロウ将軍が話に加わってくるが、その声音は苦々しい。
「状況が逼迫してまつよね。予定ではドラゴンしゃんは加護を使って倒すつもりでちた?」
「火山に住む火竜は動きを見せない。周囲に新種の魔物は現れても、危険がなければ倒すつもりはなかった。だが、マコト殿が教えてくれた魔物の力によりこの地域が人の住めない環境へと変化されていると聞いた。火竜が原因としか考えられん。そうなのだろう?」
ため息を吐きながら、バッカスはマコトへと視線を向ける。余計なことを言うからだぞ、マコト。
「わかりやすいものな。一応知らないと答えてはおくぜ」
あたしはし〜らねと、背泳ぎで空を泳ぐマコトである。一応内緒にしているみたいだけど、マコトの基準がわからないな。
一応はと誤魔化すつもりも見せないマコトの言葉にバッカスは深く頷く。
「その答えで充分じゃ。アイの言うとおりじゃ。儂は加護の力を使い火竜を倒すつもりじゃった。だが、バッカス神の加護なき今では竜を倒すのは厳しい……」
「もったいぶらないで良いでつよ。スキップしまつ。ドラゴン退治をあたちたちがして、バッカスしゃんは侯爵になるということで良いでつね?」
面倒くさい駆け引きはいらないのだ。結果は決まっているのだから。スキップスキップランランなのだ。幼女はスキップが大好きなのだからして。
「うむ、そなたの持つ神器から召喚された聖鳥と大魔法使いが揃えば戦える。もちろん儂らも軍を率いて行くつもり」
「それは遠慮をしておこう、バッカス殿。古来より竜相手に軍を率いて戦うのは愚の骨頂。儂らのみで挑ませてもらおう」
ギュンター爺さんが手を突き出して制止する。もちろんモニターで幼女が指示を出したのだ。
だって、軍を出しても竜に勝てないとわかっているんだもの。傭兵王がそれをやったら、ダイスの目が悪くて負けてたしね。
「それならば儂だけは行こう。国宝のフルアダマンプレートとアダマンアックスがある。それを着込めば、加護がなくても役に立てるはずじゃ」
「駄目でつよ。あたちたちは連携して戦いまつ。連携が崩れる方が戦いは厳しくなりまつので」
フルパワーで戦うつもりなのだ。いかに優れた武具があっても、パーティーメンバーでなければ竜相手だと邪魔にしかならない。
「しかし、儂らの問題をそなたたちだけに押し付けるのはっ」
「その分、報酬は上乗せして貰おう。バッカス王国が陽光帝国への傘下に入ることに加えて、月光への鉱山の一部採掘権及びバッカスの鍛冶場の使用権を報酬として貰いたい」
冷然な声音でギュンターが告げる。月光にも利益がないと困るので。鍛冶スキルをあげた時には幼女の武具を自分で作りたいのだ。
「火竜を退治して貰えれば良いだろう。ここで頷かないと滅亡するのでな。しかし……そなたたちだけで挑むのか?」
「もちろんでつ。竜退治は慣れてるので任せてくだしゃい」
パチクリとウインクをして、黒幕幼女はクスクスと悪戯そうに笑うのであった。