14話 炊き出しをする黒幕幼女
スラム街に似合わぬ歓声がその区画には響いていた。ワイワイと明るい声が響き渡り、皆は路上に座り込み、並々とシチューが入った木の器を持ち、スプーンで勢いこんで食べていた。
「うめえっ!」
「久しぶりに温かいもんを口にしたよ!」
「こりゃすげえ!」
老若男女、どこに隠れていたのかと思うほど、人々が集まり嬉しそうにしていた。いつもはカビた黒パンか、食べ物を食べれない日もあるスラム街の人々。
新たなるボスはどうやら気前が良いらしいと話しているのが、アイの耳に入ってくる。
「月光って組織らしいぜ」
「俺はその組織の噂を吟遊詩人から聞いたことがあるんだ。巨大組織らしい」
「本当か? それなら俺たちも安心だな」
知ったかぶりのお爺ちゃんが、ドヤ顔で俺が聞いたことがある話ではと、悪竜を倒す英雄物語を語り始めるが、それはうちの組織じゃないよ? というか、たった2名の零細企業は先日設立したばかりだよ。
どこにでもあんな奴らはいるもんだなぁと呆れながら、アイが人々を眺めていると、ララがこっそりくすねた肉を串に刺して焼いているのを、マーサが怒っていた。
「平和でつねぇ〜」
「そうですな……マズっ、ウゴッ」
ガイが器に入れたシチューを啜って、器官に入ったのかむせる。喉に石が飛んできたからではないだろう。いちいち好感度を下げる発言をしなくてよい!
ララが串に刺した焼き肉を齧りながら、ニコニコと笑顔で頭を抑えて近寄ってきた。
「母さんったら、可愛い娘を殴るなんて酷いよね。ん〜、それにしても、この肉は美味しいね!」
「そうでつね。とっても美味しいので、また狩りに行かせまつ」
ニコリと幼女スマイルを見せるアイである。その可愛らしい姿をフルに使うおっさんは、幼女スマイルが相手の警戒心を薄れさせ、好感度をあげると知っているのだ。
ガクリと山賊スマイルを見せるガイ。その凶悪な姿を使うガイは、山賊スマイルがまったく親分の同情心を惹かないと知っているのだ。スマイルではなく、悲壮な表情というのかもしれない。
「それにしては全然食べていないね?」
苦笑するララが俺の手元を覗き込むが、たしかに手元のシチューはまったく減っていない。ごめんなさい、ハードな異世界を舐めてたよ。この間の宿屋の料理の腕が悪かったわけじゃない。野菜もエグミが強すぎて、どうやってもシチューは塩だけでは不味くしか作れなかったよ。
さすがはハードな異世界。原種の野菜の不味さを見誤っていました。さっさと作物の手で美味しい地球産の野菜を作りたい。
「焼き肉はたしかに美味しいでつ。魔力持ちは美味しいんでつね」
さり気なくガイにおかわりだよと、自分のシチュー皿を渡す優しさをみせながら、食べ終えたトンテキの味を思い出す。あれは美味しかった。
血抜きもしなかったのにと思ったが、そういえばゲーム筐体の中でウォードボアの肉にも浄化をかけていた。もしかして、あれが血抜きになったのかな? とすると、肉は他の狩人とは段違いの味になるに違いない。
だって全然獣臭くなかったんだもの。熟成もしていないのに、地球の豚肉よりも味が数段上だった。もうお肉はシチューに入れないほうが良いんじゃないだろうか。
「たしかにこのお肉は素晴らしい味です。貴族に仕えていた頃に似たようなもっと味の劣る肉を食べたことがありますが……まさかこれはウォードボアの肉でしょうか?」
マーサもシチューの器を手にこちらへとやってきて、戸惑うように聞いてくるので、あっさりと頷く。
「そうでつよ。これはウォードボアの肉でつ」
「やはりっ! ガイ様とマコト様のお二人で狩ったのですか? あのウォードボアを!」
驚きで瞠目するマーサ。
「あれをあたしたち以外で狩れるやつがいるなんて、そっちの方が驚きだな!」
焼き肉に齧り付きながら、マコトがちゃっかりと自分も戦ったアピールをする。妖精が魔法でウォードボア退治をしたんだぜと、言外に言っているが、お前は耳元で騒いでいただけだろ。
「私が食べたウォードボアはもうかなり老いてまして、縄張り争いに負けて田畑に現れたのを、当時の貴族が倒したのです。それでも何人もの負傷者が出て大変でした。それをお二人で!」
腕が良いとは思っていたが、まさかこれほどとはマーサは感心していたが、アイは別のことがその発言に気になっていた。気になっちゃった。……そうか、ウォードボアはそんなに強かったのか……。
「とすると、毛皮を売るのはまずいでつかね? せっかく苦労して鞣しておいたのに」
苦労した時間約1秒。幼女には大変な作業でしたと、顔を顰めて尋ねるアイ。本気で苦労したように見せてるよ、この人と、呆れ顔になる山賊と妖精がいたが、行商人はどんな物も苦労したと言うものなのだ。
「鞣した、というのですか? 先程狩ってきた物を?」
「ふ、月光の力の一部でつ。それよりもどうでつか? 売れまつ?」
コテンと可愛らしく小首を傾げて、そわそわしちゃう。売れないと泣いちゃうかも。主にガイが。俺? 俺はもう一度ガイに狩りに行ってこいと命令するだけだよ。
企業のトップとは偉いんだと、ブラック企業の社長かもしれないアイは非道な考えをしていたり。
「お見せ頂いてもよろしいでしょうか? 出来にもよりますので」
「んじゃ、部屋に戻りまつか」
歓声が響き渡り、支部長万歳、月光万歳と人々が騒ぐ中で、おざなりにちっこいおててを振って部屋に戻るアイ。それを見て、大物だと、反対に人々は喜んで、再びシチューへと関心を向けるのであった。
王都タイタンの革と肉、穀物を扱う大商会フロンテ。王族にも拝謁できる力のある商会である。長らくこの王都とその周辺に根を伸ばして堅実な商売をしてきた。
その商会の娘であるシルはお父様に呼ばれて、戸惑い気味に部屋へと訪れていた。重厚な木製の扉をお淑やかに叩く。
コンコンと小さな音が響き、中から入れと声が返ってきたので、静かに開く。
「お父様。お呼びとお聞きしましたが」
絹のスカートの裾を摘み、膝を落としてカーテシーを行う 金髪が美しく輝き、まだ12歳ながら美しい顔つきには未来を期待させる雰囲気があった。
その美しい所作に黒曜樹で作られたデスクに積み重ねられた羊皮紙を見ながら、商会主第5代フロンテはその顔を満足そうにして頷く。
「今日呼んだのは他でもない。お前も12歳になったからな。そろそろ商売を覚えて貰おうと思ってな」
予想通りだとシルは内心で思う。過去に落ちぶれた貴族の娘を嫁にした貴族の血が入っているフロンテ商会は男女に差別はない。優れた血を持つ者として、その有能さを発揮できるのだから。シルももちろん貴族の血が入っている。なので、一般の平民などよりその身体能力は遥かに上である。
なので有能さを見せる歳になったシルはどの部門を任せられるか、緊張する。シルの上には二人の兄がいる。すでに3つ歳上の長男が穀物を、2つ歳上の次男が肉部門を扱っているので、だいたいは想像つくが。
「お前には革部門を任せたい。まずは小さな取引からな」
やはりそうかと嘆息する。革部門は家畜を引き取る際に、必然生まれる皮を捨てるのは勿体無いと始めた部門である。即ち、専門の革を取り扱う商会には敵わない。片手間の部門というわけ。
シルとしては他の二人の兄を押しのけて、自分が商会主になりたいと思っているが、二人共堅実な取引をして失敗することはない。たまには失敗するが、それはリターンが高いときのローリスクの時であり問題は少ない。反対に声高に相手の失敗をなじれば、狭量な器だとこちらの評価が下がってしまうだろう。
「私が一番早く産まれていれば……。考えても仕方ないわね」
順当にいけば、商会の有能な商会員の婿入りを受けて、一族の基盤を強固にして兄たちの部下となるだろうが、まだまだ余裕はある。16歳ぐらいまでは結婚はないだろう。
了解しましたと頭を下げて、退出したあとに歩きながら、これからのことを考えていたら、革部門へと到着する。
かなり広い事務室にて、商会員が並んで待っていた。どうやら話は通っているらしいわね。
「今さらだけどよろしくね。この革部門を扱うことになったシルよ、よろしくお願いするわ」
顎をクイッとあげて、鷹揚に挨拶する。年若い小娘だと、侮る者はいない。いても、内心に収めておいて、その心を外に出す愚かな商会員はいなかった。
「シル部門長、よろしくお願いします」
「お待ちしておりました」
「まずは何から手をつけますか?」
それぞれにこやかな笑みで、商会員が声をかけてくる。この中から未来の夫が出るのかと思いながら、シルは部門長の椅子へと座る。
あくまでも上品な所作で座り、まずはこの革部門の収支を見るべく羊皮紙を手に取る。多少の誤差は貴族への賄賂も含まれているので当たり前だが、なにか変な取引がないか調べ始める。
しばらくはこの仕事が主な仕事になるわねと、キツめの目を細めて読み始めてからしばらく経った頃、なぜか落ち着きなさ気な商会員が部屋に入ってきた。
自分の上司へと声をかけようとする男へと、何なのかしらと少し興味を持ってシルは声をかける。
「どうしたの? なにか問題でも?」
「あ、はい。実はなんというか、そう問題でもないんですが……」
シルが今日赴任したことにたった今気づいたという態度の男が口籠るので、ますます興味を持つ。なにかあったのね。でも悪いことではないみたい。
「……見たところ、一見さんのお客様が来たということかしら? 高価な物でも持ってきた?」
「あぁ、さすがはシル様。実はそうなんです。取引の物はそこまで高い物ではないんですが……。その持ってきた相手も問題でして」
「持ってきた相手? 他国の商人かしら?」
「いえ、そうではなく……。スラムの人間みたいなんですよ。だけれども盗品とも思えなくて、どうしようかと思い困り果てまして」
うん? スラム街の連中? 人生の落伍者が取引相手? シルはその報告に訝し気に男を見る。盗品ではないと思う根拠があるのだろうが、それなら安い物のはずなのに。何なのかしら?
「わかったわ。私が話を聞くから案内して。それでなにを持ってきたの?」
「ウォードウルフの毛皮を5枚程です。既に鞣してありまして、上等品ですよ……。見たこともないほどに」
「見たことがないほどに? どうせ唾で鞣したやつでしょう? それが……違うのね? 面白いわ、どんな物なのかしら」
シルは好奇心が膨れ上がる。年頃の少女に相応しく好奇心旺盛なのだから。
取引相手によって態度を変えるために、いくつか存在する応接室の中で一番貧相な応接室。そこに案内されて中に入る。
「お待たせしまして申し訳ありません」
たとえスラム街の連中でも、一応頭を下げて見せる。もしかしたら良い物を持ってきたかもしれないし。違ったら、連れてきた商会員の評価を下げるだけだ。
硬い木の椅子に座る男女。虎人の男と共人の女性。一応古ぼけた靴を履き、解れてはいるが汚れがない服を着込んでいるが、痩せており、なるほどスラムの連中に見える。貧困層ではあるに違いない。
少なくとも商人には見えない。狩りをして手に入れたのだろう。何人かの生きた肉壁を利用して。
スラム街の連中はそういったことをやる者もいる。そうして森で獲物を狩るわけだ。酷い話だと軽蔑の瞳になりそうだが、内心に留める。それでも盗品でなければこちらは構わないのだし。
「私はマーサと申します。こちらはケイン。本日はフロンテ商会にこちらを買って頂きたくお願いに来ました」
女性が綺麗な所作で、丁寧に頭を下げてくる。
拙いながらも、純粋共通言語に近い。元は落ちぶれた貴族かしらと疑問に思いながら、シルはテーブルに置かれる毛皮へと手を伸ばすのであった。