139話 潜入するドレイク
ピチョンと、水が天井から滴り落ちてきて、ドワーフのかぶる鉄兜にあたる。煩わしそうに兜についた水を手で拭き取り、ドワーフは心配気な顔をする。
坑道を守るドワーフの戦士だ。常に見張りをたてておかなければ、いつの間にか魔物が入り込んでくることがあるので、山中にある街への道に配置されているのだ。
鉱山都市の弱点。坑道が都市と繋がっているので、魔物が稀に坑道から入り込むのを防ぐためである。
ドワーフの戦士は篝火により、照らされている周囲の向こう。暗闇が支配する坑道を見ながら口を開く。
「なぁ、外の戦況はどうなってるんだ?」
相棒のドワーフへと囁くように問いかける。外では多数の魔物が攻めてきており、多くの仲間たちが戦っている。だが、最近の魔物の強さを考えると、厳しいかもしれないと不安が心に巣食っていた。
「大丈夫だ。我らにはバッカス神がついているんだ。きっと、我らが苦境となれば助けてくださるに違いない」
「そうか? ……そうだよな。魔物に都市が滅ぼされそうになれば、きっと降臨なさるに違いない」
頷きながらも不安な表情は晴れない。手に持つハルバードを握りしめ、その重さに安心感を持たせて誤魔化そうとする。相棒の顔も優れない。神が助けてくれると、信じていないのだろう。気まぐれな神がバッカスの国を常に見守ってくれているとは思えないからだ。
「やれやれ、信じてもいないのに、神頼みを口にするとは、この国もおしまいだなぁ」
二人の戦士とは別の声が坑道奥から聞こえてきた。なにかが引きずるような音と共に。
「何者だっ!」
「現在坑道は魔物が攻めてきたために封鎖されているぞ!」
すばやくハルバードを身構えて誰何の声をあげる。彼らは外の戦いから外されているが、実力がないからではない。その反対に二人で坑道を守れると判断された実力者たちだ。
滑らかに武器を構えて、険しい視線を坑道奥へと向ける。油断なく、腰に下げる手斧へと片手をそえる。
「ほぅ、なかなか腕がたちそうじゃねぇか。それでこそドワーフの戦士って奴だな」
不敵な物言いをしながら現れたのは二本足で歩く竜、ドレイクであった。三メートル程の体躯は硬そうな鱗を持ち、筋肉質の立派な体格をしている。その手に生える爪は長くまるでよく切れる剣のようであり、鰐のような顔は凶暴としか言いようがない。
ぞろりと生える牙を見せながら、不敵に嗤うドレイクは丸太のような尻尾を引き摺りながら、重々しい足音をたてて一見無防備に見える様子で近づいてくる。
「斧技 トマホーク」
「斧技 トマホーク」
魔物だと判断したドワーフの戦士たちは、瞬時に手斧を投擲する。篝火に照らされて、キラリと光る手斧は回転をしながらドレイクを斬り裂かんと向かう。
「いいね。そうこないといけないよな」
迫る手斧を見ながらドレイクは恐怖するどころか、嬉しそうに嗤い、地面をドンと蹴る。足跡の形に陥没した地面を残し、体格に見合わぬ速さで、ジグザグに移動をするドレイク。
投擲された手斧はドレイクの横を通り過ぎ、間合いを詰めてくるのをドワーフの戦士たちは顔をしかめて、次々と手斧を投擲する。武技でないため多少威力は下がるが、それでも当たれば大きなダメージを与えることができるのだ。
横幅10メートル程の坑道であり、接近をしてくるのだから、命中すると確信するドワーフたちであったが、ドレイクは迫る手斧を見切り、ぎりぎりで回避していく。
その動きは達人の動きであり、普通の魔物とは違うことをドワーフたちは理解して、目を見張る。
「チッ、ここは俺が時間を稼ぐ! お前は敵襲を仲間へと知らせてこいっ」
両手でハルバードを持ち、仲間へと指示を出しながらドワーフが叫ぶが
「遅えっ! 魔技 ハイダッシュ!」
地面を爆発させるような力強い踏み込みをして、間合いを一気に詰めて、爪を突き出してくるドレイク。その速さに対応できず、僅かに身体を動かすのみで、ドワーフは鉄の鎧ごと胴体を貫かれてしまう。
「お、おのれっ! 魔物がっ! 斧槍技 クラ」
「蹴技 ハイキック」
残りのドワーフが武技を放つ前に、ドレイクは貫いたドワーフから腕を引き抜き、手と同じく切れ味鋭い爪を生やす足にて、その頭を蹴り抜くのであった。
ドサリドサリとドワーフの戦士たちが地面に倒れ伏し、返り血で汚れたドレイクはニヤリと嘲笑う。
「こんなもんだろう。お前ら仕事の時間だぜ」
暗闇の坑道へと振り向き、ドレイクがなにも見えない通路へと声をかける。その声に従うようにポツリポツリと小さな炎が暗闇の中に浮かびあがる。浮かびあがった小さな炎の灯りと共に、ズルリズルリと引き摺るような音が坑道に響き、トカゲが口の端から火を吐きながら歩いてくる。
坑道から次々と炎を吐くトカゲたちは現れて、のそのそとドレイクの横を通り過ぎて、坑道から繋がる場所。即ち、山中にあるバッカスの都市へと進む。
1メートル程の体格の真っ赤な肌を持つトカゲたちが突如として都市内に現れたなら、ドワーフたちは大混乱であろうと、楽しそうに顔を歪めるドレイクであったが
「む?」
なにかに気づき、腕を交差させて腰を落とす。次の瞬間、坑道に氷の風が吹き荒れる。炎のトカゲたちは動きを鈍くし、吹き出す炎も掻き消されてしまう。
そうして、次々と都市方面から白い毛皮の狼たちが現れて、トカゲたちへと食らいつく。
氷が弱点の炎のトカゲたちは碌に抵抗もできずに次々とやられていく。
しかも頭の良いことに白い狼たちはドレイクには襲いかからず、トカゲたちを倒していき、倒れ伏すドワーフたちへと何匹かが近寄る。仄かにドワーフたちの身体が光ると、ピクリと動くのを見て、狼たちはズリズリとドレイクから離れるために引っ張っていくのであった。
「よく躾けてあるじゃねえか。お前さん、テイマーか?」
その様子を邪魔をする訳でもなく、ドレイクは腕を組み眺めながら都市方面へと面白そうな声音で問いかける。
「ふ、そのとおりだ。あっしこそは魔獣将軍ガイ。強くてかっこいいとご近所の子供たちに騒がれる勇者だ。これからお前を倒す男でもある」
じゃりと小石を踏みながら現れたのは黒衣の男であった。髭もじゃの顔に小太りにも見える大柄な体躯。余裕そうに不敵な笑みを浮かべてドレイクの前に姿を現す。
その手に魔法の斧を持ち、あっしは強者ですと、オーラを放とうとしていた。
「雑魚か。テイマーならそんなもんだろうな」
なんだよ、雑魚かよ、山賊かよと、がっかりするドレイク。さすがは勇者、まずは第一印象で相手の油断を作り出していた。
「はぁ? あっしのどこらへんが雑魚なんだよ! これでも月光ナンバーツーなんだぞ。最近は窯に籠もるとメイドさんがちやほやしてくれるんだからな! 暑いでしょうとタオルなんかくれるんだぞ? お礼にできた陶磁器をあげたりすると、凄い可愛らしい笑顔を見せてくれるし!」
タオル一枚で高価な陶磁器をあげちゃう安い勇者であった。マーサがいなければ、財布も狙われていたかもしれない。でもおっさんは稼げるから問題はないのだと、満足していたので救いようがない勇者であったりした。
懸命に反論するその姿に呆れた様子を見せるドレイク。面倒くさいと、拳を握りしめ身構える。
だが、なんとなくやる気がなさそうだと、多少弛緩させた構えに勇者はキランと目を光らせて、手を振り上げた。
「かかったな! ラングキャノン、一斉発射!」
掛け声と共に手を勢いよく振り下ろす。ガイの後ろから空間から滲み出るようにラングキャノンが五体現れて、待機状態にしていた魔法を解き放つ。
油断していたドレイクを複数の氷の嵐が発生して覆い隠す。氷の欠片が舞い、吹雪が氷を弱点をするドレイクへとダメージを与えていく。
「ふははは! 勇者ガイの頭の良さを見たか! 最近の勇者は頭を使うんだ。魅了は持つとだいたいパーティーを追放された男にざまぁをされるからいらないけどな!」
ヒャッハーと小躍りして調子に乗る知性派勇者ガイ。高笑いをしながら勝利を確信して調子にのる姿は勇者の姿に相応しい。髭もじゃのおっさんの姿は誰が見ても、勇者の中の勇者だと褒め称えるに違いない。
しかしながら当然の如く、世界の理は発動した。小物勇者のフラグは見事に回収される。
「やるじゃねぇか。そういや、テイマーだったな」
轟々と氷の嵐が吹き荒れる中で、ドレイクの声が聞こえてくる。ガイは眉をピクリと動かして、目を細めて、素早く後ろに下がりラングキャノンの後ろに隠れてしまう。
さすがは勇者、的確な判断を見せて行動をする男だ。身体が震えているのは武者ぶるいである。
「ガアッ!」
ドレイクの唸るような咆哮と、歪む空間。波紋のようにドレイクの周囲の空間は歪んでいき、激しく吹き荒れていた氷の嵐はあっさりと霧散してしまう。
そうして、大口を開けて立つドレイクが姿を見せる。皮膚には多少の傷が見えるが致命傷には程遠い。
「継続魔法は俺には通じないぜ。魔力の構成を妨害する俺様のブレス。ジャマーブレスがあるからな」
「あ、そうなんですか。それは凄いでやすね。あっしは感心しました。貴方の素晴らしさを仲間に伝えてくるので、ここらへんでお暇しますね」
口元を引き攣らせてヘタるおっさんである。選択を間違えたと後悔もしていた。親分に借りたラングキャノンは魔法特化なのだ。相性が悪すぎる。
「そういうなって。俺の力も見せないとなっ!」
爪を光らせて、ドレイクは地面を踏み込む。ドンと荒々しい音がして、加速をしたドレイクが猛然と接近してくるのをガイは斧を構えて向かい撃とうとする。
ラングキャノンたちも再び魔法を唱えて、フリーズビームを解き放つ。
「ブハァッ!」
だが、大口を開き空間を歪めるブレスにて、フリーズビームは拡散して消失してしまう。
「拳技 スピンクロー」
接近してきたドレイクは両手を水平に伸ばし、コマのように回転をする。猛回転し、切れ味鋭い丸鋸のような爪となり、ラングキャノンを一匹、二匹、三匹と斬り裂いていく。
「ギャァァァ! 虎の子のラングキャノンが! 親分に怒られるだろ、このトカゲ野郎! 武技 トマホーク!」
あまりラングキャノンの素材はないんだよと、仲間をやられて嘆く勇者。
怒りを胸に、その手に持つ斧を身体を捻り投擲する。
回転するトマホークが、ドレイクへと向かうと、コマのように回転をしていたドレイクは回転をピタリと止めて、ゴツいその見かけによらず、滑らかな手の動きで肉薄する斧をふわりと包むようにそえる。
武技の力にてチェーンソーの如く回転をしていたはずの斧は回転を止めて、あっさりとドレイクの手の中に納まってしまう。
手の中で重さを確かめるように、斧を軽く振りながらドレイクはニヤリと嗤った。今の武技は先程のドワーフの戦士たちと比べても、比較にならない強さを持っていたと感心する。
「前言は撤回しておこう。なるほど、お前は将軍級だ。たしかに強いのだろう」
ドサリとラングキャノンたちが倒れていくのを横目にドレイクはガイへと向き直り告げる。
「だが、俺は魔物の中の将軍だ。わかるか? 地力が違うということが。力の違いを見せてやるとするか」
「むぅ、力の違いだと……。わかりやした。そこらへんを詳しく口頭で説明をお願いしやす。あっしは頭が悪いんで、質問をしまくると思いやすが、時間は気になさらないでいきましょう」
へっへっへっと、揉み手をしながら、戦闘中に斬新な提案をする小物勇者。揉み手をさせたら勇者の中では一番だろう。
「俺も頭が悪いんでな。実践で見せてやるから安心しろよ」
半身に身構えてドレイクが不敵に嗤うのを見て、まぁ、そうだよなとガイも身構えて、腰に下げた手斧を手に持つ。
未だに親分は外の敵と戦闘中である。時間稼ぎは無理そうだなと嘆息しながら、勇者はボスとの戦闘に挑むのであった。