135話 鍛冶の神器を見学する黒幕幼女
甘く見ていたなと、山中に作られた街並みを見ながら幼女は思った。
山裾の街並みを見て、ふぁんたじ〜な光景だと感動したけど、山中に作られた街は外の街並みを凌駕していた。
穴だらけの迷宮っぽい街だと予想をしていたが、天井は不思議にも真昼の如く光っており、その高さ100メートルはある。ただ山を掘っただけではなく、壁も隙間なく石壁で覆われており、ヒビも入っていない。その石壁にはなにかの物語だろう絵が彫られている。
ドワーフの戦士であろう、まるで生きているような石像が奥の宮殿前に並び、噴水が正面通りの広場では水を噴き出し虹を作っており、子供たちが走り回り、遊んでいた。
そして宮殿の後ろには斧と酒杯を持つ髭もじゃの男の巨大な像が立っている。恐らくはあれがバッカス神なのだろう。
「この街は遥かな古代にバッカス神とドワーフたちが作り上げた物じゃ。最早その技は失われているが凄いものじゃろ? あの神像の足元に扉があり、そこからバッカスの鍛冶場に行くことができる」
なるほどと幼女は頷いて、キリリと真面目な表情で説明をしてくれるバッカス王へと言葉を返す。
「バッカスという名前が多すぎませんか? あたちは何が何やらわからなくなっちゃいまつよ」
神様だけで良いだろ。なんで王様とか地名、王国名までバッカスなの? これだけ軽い感じで神の名前を使われているのって、あまりないよ? もう少し幼女に優しい名付けをしてくれ。
まったく伝説とかに興味を見せないアイであった。幼女だから仕方ないよね。そろそろおっさんの記憶力が衰えてきたんじゃないかとか、そんなことは知りません。幼女なので。
「たしかにそのとおりじゃな。だが、バッカス神がそう望んだのじゃよ。自らの名前が世界に轟くようにとな」
苦笑しながら、バッカスもアイの言葉を否定しなかった。やはり少しばかり不便だと思っているのだろう。
「商人根性逞しい神だったんだな。信仰心稼ぎだろ。下級神は信仰心が自身の力になるからな。あたしに清き一票をくれと言うやつだぜ」
フヨフヨと浮きながら、身も蓋もないことを口にする妖精。いつも思うが、世界の真実をあっさりとどうでもよいシーンで言わないで欲しい。
「マコトはどんなシステムなんでつか?」
ちょっと気になるので聞いてみる。
「あたしは浄化の加護を与えた人間がダ、なんでもないぜ。これは秘密なんだからな。まったくさらっと聞こうとするから油断できないんだぜ」
あわわと口を押さえて、自分の秘密は教えないマコト。チッと幼女は舌打ちする。今のは惜しかった。
「なにやら妖精の秘密が語られそうではあったが……。それよりも気になることを口にしたな。……まぁ、良いじゃろ。それよりもこのままバッカスの鍛冶場までゆくぞ。加護がなければ、竜と戦うことはできんからな」
ドスドスと足音をたてながら、宮殿を突っ切って行くバッカスと共のドワーフ戦士たち。宮殿内も見事なものであったが、観光する前に俺たちもバッカス王に続く。
「たしかバッカスの鍛冶場が、神の祭壇にもなっているんだっけ?」
「そうでつ、ランカ。バッカス神の作りし神器。いかなる鉱石をも溶かし鍛冶の素材とする。それがバッカスの鍛治場であり、神の神殿でもありまつ」
言っている最中に気づく。この世界、どこも神殿がなかった。テンプレ異世界ならば、敬っている神の神殿が街に一軒は建立されていても良いはずなのに、まったく見かけなかったんだよな。小さい教会みたいのはあったけど。
神の住まう場所。即ち神殿はもしかしたら世界に一軒しか無いのかも? 肉体を持っていた神ならばその可能性は高いと思う。だって自宅って普通は一軒だけだもんな。
……タイタンも城内に神殿が隠されているのだろうか? 強力な神器と共に。ありそうだなぁ、秘密兵器が隠されているみたいでなんとなく嫌な感じ。
まぁ、いずれわかるだろう。それまでに神器に対抗できるようにパワーアップをしておかないとな。神器の力をまだ一度も見たことがないけど、きっとコロニーから発射されるレーザーのような威力だと俺は予想をしているのだ。
「アイた〜ん。バッカス王行っちゃうよ〜?」
ランカが俺のぷにぷにほっぺをつつきながら注意を促してくれる。やばい、考え込んじゃったぜ。
見ると、既にバッカスは神像の足元まで移動していた。なので、遅れちゃ大変と
「バッカスしゃん、待って〜」
両手を掲げて涙目になり、幼女はとてちたと追いかけるのだった。
ガコンと鍛冶場に繋がる大扉が開く。不思議金属製の分厚く荘厳っぽい意匠が彫られた大扉が開くと、モワッと熱気が吹き出てきて顔にあたる。
「うへぇ〜。こんな形なんですかい」
「うむ……想像の上を言っているな」
ガイとギュンターが驚きの表情となる。幼女たち一行全員が鍛冶場の光景を見て同様に驚く。
「誰しも、この光景を見たら驚くじゃろうて。儂も初めて見た時は驚いたもんじゃ」
ニヤリと悪戯が成功したかのように得意気に笑うバッカス。確かに威張るだけのことはあるな。
「マグマの中心に鍛冶場があるとは思いませんでちた。勇者の剣を鍛える鍛冶場にそっくりでつ」
「あれって、よく考えたら素人が鍛えていたよね〜。まぁ、錬金で素人が剣を鍛えることができた世界だったけど」
ゲームの世界だったからなぁ。ランカの言葉ではないけど、たしかに不思議な世界観だった。
「ふぉぉぉぉ! ふぁんたじ〜が現れた。道具屋で王者の剣を探す。それかオリハルコン!」
外に出て道具屋を探しに行こうとするリン。ルーラや、そのアホな少女を引き留めておいてね。てか、よく昔のゲームを知ってるな、この娘は。
皆が驚く光景。バッカスの鍛冶場は煮えたぎるマグマの中心まで通路が作られており、幾何学模様の床の中心に鍛冶場があった。なんかパクリっぽくね? バッカス神が作ったのは大昔だからたまたま似てるだけか。本当かなぁ?
「ここが神器バッカスの鍛冶場じゃ。この山は元々火山らしくての。バッカス神がこの神器を作り、マグマの活性化を封印し、そのエネルギーを鍛冶と山脈の鉱石復活に使っているのじゃよ」
「やっぱり鉱石はリポップしていたのでつか。さすがは神の行うことでつね。スケールがでかすぎまつ」
ほぅと、ため息をついちゃう。ふぁんたじ〜の世界ならではの仕様だ。永遠に採れる鉱山とはなぁ。この世界に鉱石が溢れかえらないか? あぁ、他の地域にある鉱山は神器がないから普通なのかな? それか鉱石が消えているか、他の物体に変化している。それとも鉱石を喰う魔物がいるか。
それぞれ珍しい光景なので、キョロキョロと見渡しながら中心まで歩いて行く。やはりゲーム画面とは違って現実は凄いな。リンよ、ガイの背中を押して落とすふりをして遊ぶんじゃない。
バッカスはいち早く中心に辿り着き、共の戦士たちへと背負うラム酒の酒樽を下ろすように指示を出していた。よく見れば小さな神像が中心奥にちょこんと置かれており、祭壇が設置されていた。
祭壇は立派な物であったが、気になることがひとつ。大量の酒樽が中身が入ったまま祭壇へと置かれていたのだ。供物だとはわかるが、これの意味するところは……。
「おぉ、バッカス神よ! 我らが偉大なる神よ。見たこともない新たな酒を手に入れました。ここに奉納を致しますので、降臨したまえ」
堂々たる姿で、祭壇にラム酒を置いて、天へと語りかけるバッカス。この儀式で加護を取り戻そうとしているのだろうが、この場所の暑さだけではあり得ない程の汗をバッカスは流していた。
緊張しているのだろう。周りも固唾を飲んで見守っているが……。たぶん気づいたな。トンカツな妖精め。後でウカツサンドにしてやる。
「このような暑い場所に酒を置くとは。酒好きのドワーフとは思えませんな。どれ、儂が回収してきましょう」
「駄目でつよ。供物をとるのは許可されてからでつ。そんなに時間はかからないでしょうし」
供物を速攻回収しようとする酒騎士の腰をペチンと叩きながらも考える。どう誤魔化そうかな、と。
しばらく待ってもなにも起きず、戦士団は動揺を顕に騒ぎ始める。
「新酒だぞ?」
「あぁ……こんなことが……」
「おかしいとは思っていたが……」
お互い顔を見合わせておしゃべりを始める戦士団。バッカスはというと、ゆっくりと顔を持ち上げてこちらへと静かな瞳で見てきた。
「バッカス神は火と鍛冶を司る。そして酒好きな神であり、酒を飲んでは長い眠りにつくことがあるのじゃ。その間、供物はこのとおり野ざらしにされる」
祭壇脇に転がっている酒樽を見ながら語ってくる。すぅと息を吸って、祭壇を叩くバッカス。ぐらりと酒樽が動き、バシンと周りに祭壇を叩いた音が響く。
「だが、新酒を供物にして、現れぬことなど決してない! どんな時でも姿を現すはずなのじゃっ! 加護が消えたことと言い、強力な魔物が多数徘徊したことと言い、いったいなにが起こっているのじゃ! ……妖精よ。儂の知る限り、もっとも深き知恵を持つ妖精よ。知っていたら教えて欲しい。……このとおりじゃ」
激昂して叫ぶバッカス。最後に言葉に力をなくして、マコトへと深く頭を下げるのであった。
やばい。こんなことを言われる妖精なんか、うちには存在しないはずなんだけど。
焦って、幼女がフヨフヨと浮くアホな大根役者へと視線を移すと
「わかったぜ。世界の理を知り、英雄を導く、深淵の智慧を持つ妖精。このマコトが答えて進ぜよう。実は神々は大魔王サもがっ」
神妙そうに目を瞑り、胸の前で手を合わせて賢者な妖精は、得意気に鼻息をぴすぴすとさせながら、余計なことを口にしようとした。
咄嗟にアホ妖精の口を塞ぐ幼女である。こいつなにを言おうとしたのかな? なんだかヤバそうな内容を口にしようとしなかった。適当に考えた設定を口にしようとしなかった? マコトは見かけは妖精だとわかっているのかな?
「最重要機密でつ。でも、バッカス神は二度と現れないし、加護も復活することはないでしょー」
勇者の剣を作らないととか、呟いている妖精をクッキーの入った小袋に封印しておく。調子にのると碌なことをしない妖精であるからして。
お、美味いクッキーだなと小袋がガサゴソ動くから、逃げられることはないだろう。
「むぅ……。月光はなにか情報を掴んでいるのじゃな? いったいなにが起きているのじゃ?」
「駄目でつよ。この情報はお高いのでつ。ただひとつ言えることは、懸命に生きましょ〜ということだけでつね」
もはや誤魔化すことは不可能なので、真実を語るのではなく話の矛先を変えようとする幼女である。過去形でバッカス神のことを言った妖精を殴りたい。バッカス王はその物言いに違和感を持ったから、加護が戻らないのではと、薄々気づいたのだろう。
バッカス王は顔をしかめて、さらに追及をしてこようとするが、大扉から走ってきたドワーフの声に阻まれた。
必死な形相でドワーフは近寄ってきて
「バッカス王! 魔物の群れが攻めてきました! み、見たこともない程の大群です!」
「イベントはっせい! 支援しまつよ、バッカスしゃん!」
とてちたて〜と、ちっこい手足を懸命に動かして、即座に人助けに向かう黒幕幼女である。まだ話は終わっておらんぞと、後ろから幻聴が聞こえてくるが気のせいだよねと、正義に燃える可愛らしい幼女は小袋にハバロネを投入しつつ、外へと向かうのであった。