133話 目覚める赤竜
バッカス王国から2日間程歩くと存在する活火山。常に火口からは噴煙が噴き出しており、周囲は冷えない溶岩の河が流れており、一つの山を超えるほど遠く離れた場所まで続いている。
山裾から火口までは高熱から生み出される熱気により揺らめいており、生命の住めない場所であった。
地球ならば。
地球ならば、冷えない溶岩の河が存在することはあり得ないが。
そしてふぁんたじ〜な世界であるこの地では、そのような高熱の世界でも生きていける生命体がいた。
高熱が発生している山肌には熱をエネルギーとする植物や、その植物を食べる草食動物。さらにその草食動物を獲物とする肉食動物たち。昔から連綿と続いているこの苛酷な地でも食物連鎖があった。
そして、それら食物連鎖とは外れた存在。即ち魔物たちも徘徊している。時折地面から間欠泉の如く噴き出す炎を食べる鳥の魔物。
溶岩の河をスイスイと水中にいるように泳ぐ魚の魔物。岩のようにじっとしているが、時折獲物が近づくと大口を開けて噛み付いてくる魔物。
様々な生命体がこの地には息づいていた。そして、周辺の土地へとジワジワと浸食しながら、炎の地は拡がってもいた。
なぜならば、去年の夏頃から火山を中心として、気候が大幅に変わってきたのだ。温帯であったこの地を、熱帯など比較にもならない程の熱さへと変えて、普通の植物を枯らし、動物たちをその熱で殺していったのである。
その結果、荒れ地と一旦は変わるが、その後に炎の地の環境へと土地を変えていった。
人の住めぬ地へと変えていった。
それは偶然などでは、もちろんなかった……。
活火山の火口。マグマの熱により光り輝く美しくも恐ろしい場所に一匹の赤い竜が寝ていた。常ならば、寝たまま殆ど動かない竜がいた。
が、なにかに気づいたように、赤竜はゆっくりと目を開く。マグマの中で寝ていたことから、身体の半分は溶岩に沈み、身動きがとれないようにも見える。
だが、そのことを赤竜は気にもかけていなかった。己が動きを束縛しないと理解しているので。
身体を覆う溶岩の欠片をはたき落としながら、赤竜は翼を広げ伸びをする。
全長30メートル程の成竜である。鮮血の如き鮮やかな赤い鱗、いかなる硬い防具をも切り裂けるルビーのような輝きを持つ爪。口からは炎を噴き出し、何者をも噛み千切ることかできるであろう牙を覗かせる。
黄金色の竜の瞳を開き、赤竜は身体を震わせる。溶岩の欠片がパラパラと全て落ちて、ちらりと見えた腹には「SAKUーX01 紅蓮」とこの世界の者には読めない文字で綺麗に書かれていた。
その下に小さく「でかげれげれ」と汚い筆跡で書かれていたが、バツとその上に取り消し線が上書きされていた。どうやら本来の名前はこちらであったのだが、ネーミングセンスの無さに、誰かが書き換えた模様。
「紅蓮様、お目覚めでしょうか」
赤竜が首をもたげると、火口であるにもかかわらず、不思議にも燃えて溶け落ちないしっかりとした広場が存在しており、そこに佇む者が金属を擦り合わせたような耳障りな声音で声をかけた。
「火炎樹か……。異変を感知。目覚めた」
たどたどしい口調で赤竜紅蓮が火炎樹と呼ぶ者へと視線を移す。
マグマの中に存在する広場。そこに立つのは人型のように一見見えるが、決して人ではなかった。節くれだらけの身体、カラカラに乾いた皮膚。顔の部分は洞穴のような口と目。髪はなく葉が身体に生い茂っている。
炎をエネルギーとする魔物、火炎樹である。よく見ると広場は全て火炎樹の根でできており、全てその身体に繋がっていた。燃えない身体を利用して、広場を火炎樹が作り出しているのだ。
「異変とは何ごとでしょうかのぅ? 万事順調ではないですか?」
マグマが噴き出して、その中から現れた魔物が話に加わる。一メートル程の大きさの赤い亀がのそのそとマグマから広場へと登ってくる。
その甲羅は磨き抜かれた鏡のようで、マグマによって溶けることもなく、冷えた溶岩がついて甲羅が曇ることもない。
「紅亀の言うとおりですぜ。人間など相手じゃねぇ。オーガたちで充分なようだしな」
火口へとなにかが飛び降りて、ズシンと音をたてて広場へと降り立つ。
降り立ったのは二本足で立つ竜であった。4メートル程の体格の竜、ドレイクである。赤き鱗に身を包み、はちきれんばかりの筋肉でできた体躯。鋭そうな爪を生やし、鰐のような口には牙がゾロリと生えている。
「ファイアドレイク。我は異常を感知。ゆえに目覚めた」
紅蓮は言葉を繰り返すと、己の忠実なる腹心を睥睨する。
「左様ですか……。その異変とはいったい?」
火炎樹がゆらゆらと身体を揺らしながら尋ねると、紅蓮は三体を見ながら、先程感知した内容を口にする。
「ファイアオーガキング、ビッグファイアシープの死亡確認。ファイアオーガ、ファイアシープの全滅を確認」
その機械的な口調から出された言葉に三体は驚きを見せる。火炎樹は身体に生える葉から炎を噴き出し、紅亀は自分の身体の大きさを変える。ファイアドレイクは口元を歪め嬉しそうに。
「ミッション通商破壊は失敗と判断」
淡々と悔しさも見せずに言う紅蓮。その黄金の瞳からは感情は読み取れない。通商破壊により、バッカス王国を封鎖して食糧の枯渇と環境の激変により、この地から追い出そうと紅蓮は考えており、オーガたちを操っていたのだが、失敗しても、ただ、そうなったかと認識するのみであった。
「あのファイアオーガたちはドワーフたちでは倒せない奴らであったかと。加護を失いし者たちでは、ビッグファイアシープを撃破することは叶わぬはず」
「そのとおりですのぅ。神器持ちが救援に来ましたか? 王よ」
「バッカス王国を助けに神器持ちがか? タイタンか魔帝国の奴らが? 変じゃねえか? ユグドラシルのエルフは絶対にドワーフを助けには来ないだろ」
火炎樹が疑問を口にして、紅亀が推測を言う。ファイアドレイクが腕を組み、訝し気に呟く。彼らは紅蓮と同じく、創造された際に、周辺地域の基本的な知識を与えられていた。
都市連合で助けに来れる強者はユグドラシルのエルフと理解していたが、理解しているからこそ、ドワーフをエルフは助けに来ない。種族的に仲が悪い二者だからだ。
「我がモニターには、軍が瞬時に撃破されたと表示。詳細不明」
紅蓮は常にモニターにて状況を確認していた。多少のオーガの損耗は許容範囲。だが、遊撃隊が全滅したことを受けて、敵の大掛かりな攻撃があったのかと推測して、本隊を向かわせたのだが、想定外に軍の表示は一瞬で消えたのだ。
少しずつ削られるのではなく、瞬時に。なにか異常事態が発生したと判断して、紅蓮は目を覚ましたのである。
「瞬時に! やはり神器持ちが現れましたか」
オーガたちを瞬時に倒す力は人間たちにはない。神が死に、可能性としてあるとすれば神器のみだと火炎樹は声をあげる。
「ならば警戒をしなくてはなりませんのぅ。いかがいたしますか、王よ」
神器相手では、自分たちでも敵わないと理解している紅亀が紅蓮へと尋ねてくるが、答えは既に決まっていた。
「武器系統の強力な神器制限、一ヶ月に一回。使用可能前に撃破」
武器系統の神器の中でもオーガの軍を瞬時に倒せるほどのものとなれば、魔力のチャージに最低一ヶ月はかかると紅蓮は理解していた。ならば、チャージ前に倒せばよいと、新たなるミッションを発動させる。
「新たなるミッション。バッカス熱帯化作戦を発動させる。紅亀に命令する。ファイアイーグル隊を引き連れて、バッカス都市を正面から攻撃せよ。ファイアドレイク、バッカスの神器を解放する為に侵入せよ」
「ハハッ。畏まりました。敵の動きを惹きつけましょうぞ」
「面白え。ちまちまと通商破壊なんざやることはなかったんだ。俺があっさりと決めてやるから、王様はど〜んとここで勝利の報告を待ってな」
新たなる王の指示を受けて、二匹は凶暴な笑みをその口に浮かべる。魔物として創造された本能が戦いの予感に喜びを見せる。
紅蓮はその様子を見て、指示どおりに二匹が動くと満足し、モニターへと視線を戻す。
そこには炎の眷属の現在が映し出されていた。下級眷属658/1000、中級眷属77/100、上級眷属1/2、特殊眷属3/3と表示されている。
他の表示としては一つだけ。この地をアチアチふぁんたじ〜な環境にせよと、ミッション名が表示されているのみ。
「命じられた内容を再生」
一年前を思い出し紅蓮は当時の状況を再生した。少しの間をおいて、火口に似つかわぬ少女たちの声が響きわたる。
「ふぁんたじ〜って言っても、この世界って、あんまりふぁんたじ〜じゃないですよね」
「古風なふぁんたじ〜世界ですからね、姉さん。あまり不思議な環境は設定されていないんですよ」
「そんなのつまらないですよね。芸術家として私がこの異世界に彩りを与えましょう。ふふふ、皆大喜びですよ、きっと。じーえむとして私の名前が世界に轟いたらどうしましょう。サインの練習をしておいた方が良いですかね?」
「はいはい。とりあえずふぁんたじ〜感を失わせるこの名前は変えておきますね」
「え〜! 私が考え抜いたネーミングなのに! そんなありふれた名前にするんですか? ん〜、まぁ、私製ともわかりますし、良いですかね? 紅蓮、テキト〜にこの地をアチアチなふぁんたじ〜環境にしなさいね」
そこで声は止まる。何度聞いても心を揺さぶられる偉大なる声だと紅蓮は感激で身体を震わす。
紅蓮はその言葉を聞いて、指示どおりに動いていた。偉大なる創造主から命じられたとおりに。
「創造主の声、再生終了。偉大なる創造主に敬意を」
そして、最初に与えられた眷属三体へと視線を戻す。私は一体しかあげないなんて、ケチな女じゃないですよと、創造主から頂いた三体は、再生された声に感動していた。
「創造主様のためにも、我らの力を人間たちに見せないといけませんのぅ」
「俺は感激しているぜっ! 何度聞いても、創造主様の声は素晴らしい」
「この地を炎の地へと変える。それが我らの使命」
三体も感激に身を震わせて、それぞれやる気を見せる。
「我らが力により、炎の地へと変えて、創造主じーえむへと贈る」
「ジークじーえむ!」
「ジークじーえむ!」
「ジークじーえむ!」
三体は狂信者のように声を揃えて叫ぶ。王の言うとおりに、この地をアチアチな環境へと変えて、創造主じーえむへと贈るのだ。
そうして、紅亀とファイアドレイクは火口から出ていき、バッカス王国へと向かう。火炎樹は動きを止めて、火山周辺に侵入者がいないか警戒に戻る。
紅蓮は再び目を閉じて、マグマへと身体を沈ませる。紅亀とファイアドレイクの戦闘力ならば問題はないはずと想定している。神器のチャージが行われる前にバッカス王国を攻め落とせるだろうと。
もしも失敗した場合は……。神器が複数あるのか……。
最悪なパターンでは英雄級が現れたかである。
その場合、自らが戦わないといけないだろうと、マグマに浸かりながら、再び眠りへと紅蓮はつくのであった。
「姉さん、アチアチな環境にする地域の指定ってしました?」
「地域の指定ってなんですか?」
「…………」