132話 見ていられない黒幕幼女
バッカスたちはドタドタと短い足を動かしながら砦の外へと向かっていった。
アイはとてとてと、ちっこい身体を動かしながら砦の外へと向かっていった。
見た目だけなら、幼女の可愛らしさの勝ちである。勝負を挑んでいる訳じゃないけどね。
焼け落ちて、焦げが残る砦を抜け外に行くと、ゴツゴツとした岩山だらけの景色の中に、なにかが岩山の向こうからチラチラと見えてきていた。
レッドオーガの上半身が岩山から覗くように見えるが、何かが変である。ゆらゆらと揺れていて歩いているようには見えない。
ドシンドシンと重そうな足音が響いてきて、なぜレッドオーガの動きが変か理解した。
「メェェェ」
可愛らしい羊さんの鳴き声が聞こえてきた。しかも唱和をしてきて、可愛らしい鳴き声なのに耳が痛くなるほどの大きな声だ。
「メェェェ」
「メェェェ」
「メェェェ」
ドシンドシンと足音をたてて、300体程の赤い羊の群れがレッドオーガやグリーンオーガを乗せてやって来た。オーガを乗せていることから、その巨大さが想像できる。
その中でも一際巨大な羊に二本角の赤に金で意匠された鎧を着込むオーガが乗っており、口から牙を覗かせて、凶悪そうな笑みを浮かべていた。
なので、幼女はその群れを見て、ゴクリと息を呑み、真剣な表情で言う。
「美味しそうでつ。あたちはラムもマトンも好きでつので。ジンギスカンサイコー」
まったく恐怖していなかった。美味しそうだとしか思っていなかった。幼女は食いしん坊なのだ。しかもピリ辛のふぁんたじ〜な味がするらしいし。
「炎の毛糸ってどんな感じなんでやすかね? 羊も捨てるところがないですよね。よく平原でデカ羊をあっしは狩ってましたよ」
「あれは競争相手が多くて、あたちは諦めまちた。全然ドロップしない敵でちたし」
「それは親分のドロップ運が、ゴホッ」
山賊が腹を押さえているが、お腹でも空いたのかね。まったく拾い食いをするからだよ。
プンプンと怒りながら、ちっこいおててでシャドーをする幼女である。
「そろそろコントはやめた方が良いよ〜。バッカスさん、なにかをするみたい」
杖を後ろ手にしながら、苦笑するランカ。アホなコントをする二人に注意を促してくるが……。
「うん……わかってまつ。ただね……。見てられないというか……」
バッカスがドワーフたちの先頭にたち、斧を両手に握りしめ天に掲げていた。力強く威風堂々としたまさに王者という雰囲気を見せるバッカス。
「バッカス!」
「バッカス!」
「バッカス!」
戦士団たちが興奮状態で、それぞれが武器を掲げて声をあげる。これから起きることに期待をしているのだ。
「バッカ、バッカ、バッカ」
見ていられないと、幼女は耳をちっこいおててで塞いで蹲る。これから起きることが羞恥プレイになるとわかっているのだ。
「火と鍛冶の神バッカスよ! 神たる貴方様に名を許されし我に力を与え給え! 敵を打ち破る偉大なる力を。バッカス神の加護!」
「ウォォォォ! バッカス! バッカス! バッカス!」
ボルテージマックスな戦士団。バッカスは力強く斧を一振りし……。あれぇと首を傾げていた。
「バッカス神の加護!」
失敗したかなと、もう一度斧を天に掲げるドワーフ王。
しかし、なにも起こらなかった。
「バッカス神の加護!」
しかし、なにも起こらなかった。
ざわざわとドワーフ戦士団がざわつく。なにか様子が変だと気づいたのだろう。
「見てられないぜ。神は死んだと教えてきてやろうか?」
アチャーとマコトも顔を手で覆って聞いてくるが、首を横に振って否定する。
「ニーチェみたいなことを言っても信じてはくれないでつよ。信じられたら信じられたらで、逆に混乱を招くだけでつしね」
諦めずに、バッカス神の加護と叫ぶドワーフ王を気の毒そうに見ながら、悪いけど神が死んだのは最高機密なのだと答える。……いずれ人々は気づくと思うから、それまでは内緒だ。幼女は秘密が多いのだ。
「バッカス王! もしや加護が失われたのですか?」
焦るバッカス王にロウ将軍が尋ねる。その問いに苦々しい顔でバッカス王は素直に頷く。
「バッカス神の力がまったく感じられん……。迂闊であった。加護を使うのは数年ぶりであったが、いつの間にか儂は神の加護を失っていたのか……」
肩を落とし消沈するバッカス。よく小説とかで力を失った小悪党な勇者が調子が悪いと誤魔化したりするが、バッカスは隠す気はないらしい。
「なんと……。それでは神殿の神官たちが言っていたことは真実であったか……」
言葉を失うロウ将軍。その言葉に不穏な内容が混じっていることに気づくが、なんだろう?
「仕方あるまいっ! 加護はなくとも、儂にはまだ王の力は残っておる! 特技 王の鼓舞! 特技 燃え盛る熱血の身体!」
魔力を集中して特技を使うバッカス。赤く薄い膜のような魔力のオーラが周囲の戦士団を覆い、さらにバッカス自身は炎のように燃え盛るオーラを纏う。
てい、と小石をバッカス王に投げちゃう幼女がいたけど、誰も気にしなかった。幼女だから、悪戯したのだろうとしか思われず、バッカスはスルーである。おっさんがやったら無礼者と斬られるに違いない。
「バッカスの力を解析終了っ! 平均ステータス88、ちからが強くて、すばやさがとても低いな。特性は王の鼓舞、自分の率いる部隊100人までに全ステータス+10、精神耐性+1補正。それと燃え盛る熱血の身体は筋力2倍、疲労耐性+2だなっ」
説明妖精がパタパタと翅を羽ばたかせて教えてくれる。マジかよ。王族ってかなりの強さを持つんだな。なんちゃって王とは違う真の王族のステータスを垣間見ちゃったぜ。タイタンや魔帝国の王族はどれぐらいなのかね。
既に敵はかなり接近してきている。ファイアシープは体長6メートル程。真ん中にいるオーガの指揮官が乗るビッグファイアシープは20メートル程の巨大な羊である。
「受けよっ! 斧連技 大トマホーク乱れ投げ!」
腰にぶら下げる手斧を抜き手も見せない速さでバッカスは次々と抜き放ち、迫り来るビッグファイアシープへと投擲する。まずは敵の指揮官を倒そうというのだろう。
猛回転する手斧はまだまだ百メートルはある距離をあっさりと飛び越えて、ビッグファイアシープへと向かう。
しかも、手斧を覆う炎のオーラは数メートルはある巨大な斧へと型作る。そうして3つの手斧がビッグファイアシープへと突き刺さる。
常ならば加護がなくても、簡単に敵を斬り裂く威力の武技なのだろうが……。
モフッ
モフッ
モフッ
羊毛に潜り込んで、傷をつけることもできずに、ポロリと落ちるのであった。
「がっはっはっ! 王に賜りしビッグファイアシープに、そんな攻撃が効くものかっ! 我らの力を思い、ん?」
二本角のオーガが得意げに嘲笑い大声で叫んでくるが、顔になにかが飛んできたので受け止める。
「なんだ? 小石?」
訝し気に咄嗟に受け止めた物を見て首を傾げる。もちろん小石を投げたのは幼女である。
ストライクと、呟くピッチャー幼女。常に先手をとる幼女なのだ。
「あの指揮官の名前はファイアオーガキング、平均ステータス78、とてもちからが強くて、とてもとてもすばやさが低いな。特性鈍足、炎の鼓舞、炎の身体、炎の身体の能力は炎無効、水、氷脆弱だな! スキル斧術6、魔装3。水、氷の攻撃にとてもとても弱いぜ」
ちゃらら〜と口ずさみ盆踊りをしながら、マコトが説明してくる。相変わらず踊りが下手な妖精であった。
「乗っているのはビッグファイアシープ。平均ステータス70、特性炎系攻撃範囲アップ、炎の身体、もふもふな毛皮。もふもふの毛皮は物理ダメージ中減少だぜ。スキルは炎の吐息レベル5だなっ。ちなみにファイアシープは平均ステータス20で特性炎の身体、もふもふな毛皮。物理ダメージ小減少、スキル炎の吐息レベル1。水と氷の攻撃にとてもとても弱い」
説明ありがとと、アイがお礼を言う間にもドワーフ戦士団の緊迫感があがっていた。バッカスは信じられんと目を見開き呆然としており、必殺と思われた王の攻撃が効かなかったことに動揺していた。
ステータスのぼうぎょ値と毛皮の防御力を合わせて、さらに物理ダメージ減少がつくと、ダメージがほとんど入らないと。シープはドワーフの天敵になっちゃったな。
「フンッ! 美味そうな子供までいるではないか。食糧を積んできた馬車群が来たと報告を受けたが、思わぬご馳走まであるとはな。私に王の加護が舞い降り」
「月の光のもとにっ! ブリザード!」
高笑いをして、俺を見てくるファイアオーガキングであったが、ランカの声が響きわたり、その身体は一瞬のうちに凍りついてしまう。魔物の群れは広範囲に渡る吹雪を受けて、魔装もその威力の前には意味がなく、氷像となっていく。
そうしてオーガたちは羊たちとともに雪まつりの氷像の如くとなるのだが
「メェェェッ」
一匹だけ氷の攻撃を耐え抜いた魔物がいた。半分凍っている身体を動かして、足を踏み出して近づくのはビッグファイアシープであった。
そして、その口を開き炎を溜めてきた。
「随分タフでつね。ランカッ、次の魔法を」
マップ兵器を使うつもりだと、焦っちゃう。オーダーしたブリザードなら片付くと予想していたんだけど甘かったか。
ランカが慌てて、魔力を集中させるが間に合わなそう。連続魔に切り替えをと指示を出そうとするが、ただ一人、油断をしていなかった男が突撃していった。
「悲しいけど、これは戦争なのよね」
地面を抉るように蹴り、ビッグファイアシープに近づくのはガイであった。悲しいけどと大声を張り上げて敵へと斧を振り上げ迫っていく。
その表情は満面の笑顔で、悔いがなさそうなおっさんである。言いたかったセリフトップテンのひとつを言えたぜと嬉しそうだ。チャンスを虎視眈々と狙っていたに違いない。
「仕方ないでつね。コマンドオーダー、こうげきでつ」
「月の光のもとにっ! スレイプニルアタッークッ!」
炎渦巻く敵の口内へとスレイプニルを召喚して叩き込むガイ。さすがは勇者。熱そうなので、寸前で飛び込むのを止めた模様。勇者に相応しい勇気ある決断を見せてくれる。
ちなみにクッキーが空から落ちてくるが、食べなくても大丈夫な模様。儲かっちゃったぜと、袋に仕舞うポジティブなおっさんであった。
「ガイ様? こういう使い方は保険がおりませんよ〜」
炎に巻かれて、敵の口内で爆発するスレイプニル。さしものタフなデカ羊も金属の塊が口の中で爆発したために、血を吹き出してその巨体を揺らがす。
「ん、今必殺の月の光のもとに、リンの力が漲ってくる。月の魔力を纏わせて、フリーズストーム!」
やけに長い詠唱を嬉しそうに唱えて、リンが魔法を解き放ち、デカ羊はその攻撃に息絶えるのだった。
コマンドオーダーの連続攻撃は強力すぎるな。感動しちゃうぜ。
「グリーンオーガ38、ファイアシープ(炎の身体)37、知識因子、斧術6、炎の吐息1、武器素材鬼の角5、火炎の角笛、もふもふな炎の羊毛、炎のルビー、ミスリルだな」
マコトがすぐさま結果を教えてくれるが、ドロップ率の悪さは神懸かってるな。泣けてきちゃうぜ。
「っていうか、ボスキャラはドロップなしでつか! 酷いでつ……。そろそろドロップアップの課金がほちい」
がっかりでつよと、ガクリと膝をつく幼女。
「信じられん……これ程広大な範囲を凍らせることができるのか?」
夢でも見ているのかと、ガクリと膝をつくバッカス。
まぁ、目の前に広がる岩山全部が凍りついているからなぁと、黒幕幼女は苦笑をして、どうやって説明をしようかなと考えるのであった。