131話 バッカス王国の危機を聞く黒幕幼女
バッカス王国。連なる山脈に都市を作る王国だ。山脈の奥には噴煙をあげる火山も見える。雄大な山脈を視界にいれながら馬車でアイたち一行は砦まで到着した。
「なるほど、わかりやすい状況でつね」
オーガたちを蹴散らした幼女一行はバッカス王の気にしている街道を守る砦に辿り着いたが、石造りの武骨な砦が過去に存在したのだろうとしか思えなかった。
なにしろ石壁は砕けており、穴だらけだ。燃えた形跡があり、馬車や元は兵舎であったのだろう焦げた建物があったので。
「こ、これはなんということじゃっ! ここには200の戦士と300の兵士が駐留していた。住人も3000は住んでいたのだが……」
驚愕の表情で、廃墟となった砦を見て叫ぶバッカス王。まぁ、完全に滅ぼされているからなぁ。
「オーガは群れても数匹。その貪欲な食欲は仲間と共存できない特性を持ってまつ。そんなオーガたちが群れていた時点でこの状況は予想できまちた。あたちはべんきょーしたんでつ」
ドッチナー侯爵から見せてもらった魔物図鑑を読み込んでおいたのだ。幼女は勉強家なのだ。ランカとリンが俺の言葉に感心しているけど、お前らも一緒に見たよな?
「むぅ……。まさかオーガキングが現れたのか……。儂が留守にしている間にこのようなことが起こるとはっ!」
ギリギリと歯噛みしてドワーフの王は悔しがるが、どうだろうなぁ。
「バッカスの旦那。もっと状況は悪いかもしれませんぜ。オーガキングがいても砦は燃えやせん。奴らは特殊能力も魔法でも炎系統を持たねえから」
「ぬぅっ……たしかに……だが、ここは焼け落ちている……どういうことだ? わかるか、御者よ?」
ガイが口を挟むとバッカスはたしかにそのとおりだと頷く。そろそろ御者ではないと、おっさんはバッカスにわからせる必要がないかな? ガイが気にしていないなら良いけど。
「炎特性を持つ魔物。たぶん新種でさ。魔獣将軍のあっしが推測するに、ズバリ炎を使う魔物!」
アホみたいに炎を使う魔物と繰り返すおっさんである。御者ならその程度の推測しかできないだろう。うん、このおっさんは御者です。
「バッカス王。ガイの言うとおり、炎の魔物。オーガが使役している巨大な魔物ですぞ。乾いた地面なれど、巨大な獣の足跡と、人型の裸足の足跡が残っておりますゆえ」
戦いが絡むと頭が良くなる聖騎士が地面を指差しながら説明してくる。後続にいたのだがルーラ隊と交代したのだ。これから出会う敵が強そうなので。
「たしかに……これは、ファイアシープの足跡じゃな。オーガがファイアシープを使役した? この巨大さは稀に現れる希少なビッグファイアシープ、か?」
獣の足跡は蹄であったが、たしかに羊の特徴的な足跡であった。ファイアシープも勉強したけど、たしか熱さに耐性を持つたんなる草食系魔物だったはず。あと、お肉がピリッと辛いらしくて美味しいそうな。
「ファイアシープは儂らの貴重な肉の供給源じゃ。ただの草食動物と同じ。毛糸も採れてちょうど良い魔物なだけであったはず」
運営が変わったから、ボーナスモンスターだったのが、設計変更されたんだろ。それよりも最悪な予想があるぞ。
「なにか新たなる能力を手に入れたんでしょー。ちょっと厄介かもでつね。オーガが使役しているのなら良いのでつが」
「それはどういう意味じゃ? この足跡から見るにシープとオーガだけじゃぞ?」
訝し気にバッカスが問いかけてきたが
「バッカス王! バッカス王ではないですか! お帰りになったのですな!」
焼け落ちた砦の中から鎧を着込んだドワーフたちがドタドタと走ってくるのであった。皆薄汚れており、包帯を巻いた者もいる。しかも血が滲んでいるので、回復魔法かポーションが間に合っていないのだろう。
喜びの笑みで、なんだか一番立派な鎧とマントを着る指揮官ぽいドワーフが跪く……。いや、バッカス王に殴りかかってきた。それを手のひらで受け止めてガードするバッカス。バシンとちょっと痛そうな音がしたので、結構相手は本気だったぽい。
「すぐに戻ると言っていたではないですか! あれから大変だったのですぞ!」
怒気を纏わせて、額に青筋をたててつばを飛ばしながら言い募る指揮官ドワーフ。ドワーフの国は礼法がないか、緩いのかな? それか、このドワーフは失礼をしても許される程バッカスに信頼されているか。たぶん両方かも。
「す、すまぬ、ロウ将軍。こちらの苦境を解決できるとスノー皇帝が提案してきたのでな。いや、それ以上のことを既に入手しているぞ」
「ぬ? そうなのですか……。それなら仕方ないですな。連れてきた騎士団がスノー皇帝の騎士団ですかな?」
冷や汗をかいて言い訳めいた感じで答えるバッカス王にロウ将軍とやらがこちらを見て値踏みするように観察してくるが、俺を見て不思議そうにする。たしかに幼女がこんな所にいるのは変だよな。
「この者たちは陽光帝国の御用商会の月光じゃ。挨拶は後でで良い。この状況はいったいどうしたことじゃ?」
バッカス王にとっては、砦が焼け落ちていることの方が重要だ。ロウ将軍の肩を掴み問いかけると、将軍は沈痛な表情でため息をついてきた。
「バッカス王が陽光帝国に向かってすぐでした。奴らが大挙して現れたのは」
将軍の話を要約すると、魔物の群れが大挙して攻めてきたということだった。もう少し街道を先に進むと北と南の街道が交差してバッカス王国に繋がる要所がある。宿場町として存在していた衛星都市。それが魔物の大群に滅ぼされたそうな。
もちろん大群に小さな砦が対抗できる訳も無く、ここも滅ぼされたとのこと。
「幸い、敵が接近して来るのが早い段階で確認できたため、街の者たちは避難できました。それゆえ被害は街ひとつで住んだのですが……」
「街を取り戻せないのか? あそこが魔物に占拠されたままでは食糧を他の国から輸入できないではないか」
声を荒げて問いただすバッカス。バッカス王国がやばい状況だと理解しているのだ。
なにしろバッカス王国の自給率は悪いらしい。鉱山都市であり、平原が少ないこともあり穀物や野菜があまり採れないのだとか。
「ふぁんたじ〜を現実にすると、イタタタって感じでつね」
「姫の言うとおりですな。他国に食糧を頼っている時点で終わっています」
ギュンターが俺の言葉に同意する。地球でも平和じゃないとできない政策だからなぁ。ハードな異世界でよくドワーフたちは王国を作れたな。
ふぁんたじ〜な小説では、ドワーフが山中に住んで鉱石を掘って生活している国がテンプレだけど、実際にそんなことをすれば、食糧はどうしているのかって話になる。だからこその連合なのだろうけど。
他国に奴隷にしてくださいって言っているようなもんだ。優れた武具を作るから大丈夫だったんだろうけど、結構綱渡りの政策だぞ。
「街を占拠してるのは植物系統の魔物なのです。なので、接近しなければ大丈夫です。そのため我らは街を迂回して、戦士団の護衛をつけてなんとか他国の商隊を王都に招き入れていたのですが……。最近ではそれも無理となってきました」
「むぅ……。先程儂らも出会った。オーガたちが街道を塞いでいるのだな?」
バッカスの言葉に嬉しそうな表情となるロウ将軍。
「おぉ、やはりオーガと出会っておりましたか! ご無事であるところを見ると、あの手強い新種のオーガたちを追い払えたのですな? さすがはバッカス神の加護を持つ王ですな」
どうやらバッカスがオーガを追い払ったと推測していたのだろう。まぁ、街道封鎖されているのに、馬車が連なって来たら、簡単に予想できるよね。なにか気になることをロウ将軍は口にしたけど。神の加護?
「うむ。あの奇妙なオーガたちは殲滅した。が、儂の力を使った訳では」
難しい表情でバッカスが答えようとした時に、ドワーフの戦士が焦った様子を見せながら走って来て叫ぶ。
「鷹の目にて監視していた者が、近寄ってくるオーガの群れを発見しました。ビッグファイアシープらも一緒です!」
「なに! 群れを殲滅したのがもうバレたのか……」
騒然となる戦士団。どうやら砦を焼き払ったと思われる魔物が来たみたい。鷹の目かぁ、便利なスキルだけど、まだ鷹の目持ちを作っていないんだよなぁ。どうしよ。
「ふむ。先程足跡からファイアシープも絡んでいると推測していたが、そうなのじゃな?」
「はい。炎を吐く新種へとファイアシープは変化したのです。名前どおりの力を持つ魔物となりました。しかもオーガが使役をしているのです。戦士団はシープを連れたオーガたちに初戦でかなり痛手を負いました。特にビッグファイアシープの火炎の息は強力なので……」
苦々しい表情でロウ将軍はバッカスの問いに答えるが、バッカスはその言葉を聞いて、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「ならば、オーガたちもビッグファイアシープらもすべて殲滅といこう。儂は今日は加護の力を使っておらん。久しぶりに力を使いバッカス王の力を魔物に見せつけようではないか」
「おぉ! 加護を使わずに出会ったオーガたちを殲滅したのですか。ならばちょうど良いでしょう。奴らを倒すチャンスですな。皆、出陣だ! オーガたちを殲滅するぞ!」
自信満々に斧を担ぎ、砦から出ていくバッカスと、それに続くロウ将軍たちの部隊。
「姫、我らはいかが致しますか? バッカス王はかなりの自信を持っている様子ですが」
ギュンターが俺に問いかけてくるが、う〜んと顎にちっこいおててをそえて答えに迷っちゃう。
「……バッカス王は加護を最近使ったのでつかね? 話を漏れ聞くに気軽に使えそうではありまつが……。加護を使うまでもなくバッカス王は強かったでつ。使う機会なんかなさそうでちたよ」
嫌な予感がしちゃうよ。加護? スキルでもなく、特性でもなく。加護だって?
ちらりと肩の上にいるマコトを見ると、あっけらかんとした表情で妖精は口を開く。
「神の加護なんか消えているに決まっているぜ。だって神々は死んでいるからな」
情け容赦なく、簡単に真実を口にする妖精がここにいた。いつもどおり、重要な真実を簡単に伝えてくる妖精である。
「でつよね! やっぱりそうでつよね! 早く言ってくだしゃい! ギュンター! 助けにいきまつよ!」
「はっ! ダツたち、我らも向かうぞ。ルーラ隊を呼べ!」
焦ってしまう幼女の命令に従い、冷静に指示を出す聖騎士爺さん。ダツたちも平静を保ち、素早く行動を開始し始める。
「たたかうコマンド選択。あとは敵を見てからでつね」
ポチリとパーティーコマンドを選択して、幼女も砦の外に向かうことにするが、ガイがちょいちょいと肩をつついてきた。なんじゃらほい?
山賊は悪人顔をますます悪人に見えるような深刻そうな表情で言ってきた。
「あっしは世界の真実に目覚めました。この地域の敵のコンセプトがわかりやしたぜ」
「コンセプト?」
「えぇ。シープって羊ですよね。だから」
ゴクリとツバを飲み込み、気づいてしまったと勇者は言葉を続ける。
「ラム。羊はラムと言いやす。ビッグファイアラム。略して」
「量産される前に倒さないとやばいでつよね。いきまつよ!」
てってけてーと、ガイの言葉を最後まで聞かずに走り出す幼女。え〜っ、とガイが気づいてたんですかいと、ショックを受けていたけど、バッカスとの最初の会話で気づいてたよ。
問題はどのような能力を実際に敵が持っているのかと、ロウ将軍がオーガの群れに襲われたとは言わなかったこと。
魔物の群れということは多種の魔物が現れたのだ。と、するとそれらを支配する魔物が現れたのだろうと、苦々しい表情になる黒幕幼女であった。