13話 黒幕幼女は取り敢えずの金策をする
草木を押し分けて現れたのは普通自動車並みの大きさを持つ猪であった。興奮しているのか、ブルルと鼻息が荒い。
山賊ぼでぃなアイは目を細めて、武器を構えて対峙する。魔物って、狂暴な性格すぎない? とも思っていたけど。猪って、こんなに好戦的だったっけ?
「あの猪の名前はウォードボア! ステータスはヒットポイントが500超え! ステータスは平均40でぼうぎょが高めだぜ」
「OKだ。食いがいのありそうな奴だぜ!」
軽く1トンは超えていそうなその猪の姿に舌なめずりをする。舌なめずりが似合いすぎる山賊ぼでぃだ。今の姿を役人に見られたら、凶悪すぎるその様相に捕まるかもしれない。
「あれだけの図体なら、これだ! 斧技 トマホーク!」
先制攻撃だと、山賊アイは大きく振りかぶって斧を投擲する。魔力を帯びた斧が回転をしながら、ウォードボアへと迫る。狙うはその巨体を支える足がであったが、ウォードボアは身体を震わすと緑の光に包まれた。
そうして回転するトマホークが足に命中するが、僅かに表皮を削っただけで、多少血が飛び散っただけに終わる。
「ボアスキンだぜ! 物理系のダメージを緩和させる技だな」
マコトの言葉にアイは舌打ちする。どれぐらいのダメージが軽減されるわけ? こちらのステータスは倍なのに。
「疑問に思ったみたいだから教えておくけど、初期武器は全部10、銅の装備並みだな。魔法と自動修復、自動帰還はあるが所詮は初期武器ってわけだぜ」
「もしかして毛皮は装備扱いかよ。とすると、あいつのぼうぎょはステータスの倍はあるのか?」
なんとなく今のかすり傷レベルのダメージを見てそう思う。装備も強くしないと駄目か。たぶんキャラ作成で装備武器も作れるはずだし。ただ、その条件は厳しそう。
「強すぎて、狩人は狩れないと思うぜ」
「泣けてくる異世界設定だな」
ふんふんと鼻息荒く、足で土を蹴り突撃をしてくるウォードボア。トラックが突撃してくるように、草木を蹴倒しながら、その巨体の威圧感をみせながら迫ってくる。
「当たっても、もう俺は異世界転移済みだからな!」
突撃を躱すべく脚に力を込めて横っ飛びする。今までいた場所をウォードボアが通り過ぎていく中で、再び手元に斧を引き戻し、アイはトマホークを放つ。
だが、命中する寸前で緑の光がウォードボアを守り、毛皮に刺さりもせずに落ちてしまう。
「ブルォォォ!」
しかし傷を負わされたウォードボアは怒ったようで、大きく咆哮をする。その口から圧縮された風が放たれて、アイはその攻撃を見てとり腕をクロスさせて受け止める。かなりの威力があるのか、身体が軋み地面をズザザと足を擦らせながら後ろへと流されてしまう。
「暴風の咆哮だ! 気をつけろよ!」
「見ればわかる! 剣技 ソードスラッシュ!」
木の幹から幹へとアイはそのステータスを利用して、猿のように飛び交いながら剣技を放つ。咆哮により動きの止まった猪の横あいへと幹を蹴り飛ばし移動していったアイは大きく振りかぶって、その首へと振り下ろす。
だが、やはり僅かに身体にめり込むだけで、到底倒せるレベルではない。
ウォードボアは身体を震わせて、着地したこちらへと向き直り、苛立たしい様子で土を蹴る。
「どうすんだよ? このまま、ちまちまと攻撃して倒すのか?」
マコトが尋ねてくるが、かぶりを振って否定する。時間をかければ、また新たな魔物がくる可能性が極めて高い。
「倒しても、持ち帰ることができないんじゃ意味がねぇ。勇者ガイのちからを見せる時だ!」
突撃の構えになるウォードボアを見て、斧を投げ捨てて両手を突き出す。
「一撃でカタをつける。まぁ、見てな!」
自信ありげに山賊アイは笑みを見せて、モニターに映るガイは嫌な予感に身体を震わす。絶対に酷いことをすると、僅かな付き合いで悟るガイである。
「グォォォォ!」
咆哮しながら突撃してくるウォードボア。その威力は大木すらも圧し折るに違いない。その巨体が眼前に迫る中でアイは気合の声をあげる。
「格闘技 腕力強化!」
腕を赤い光で強化して、アイはなんとウォードボアの突撃を受け止める。靴が地面に擦れて焦げるような臭いがして、身体がその巨体の突撃にミシリミシリと音をたてる。
その牙が身体に突き刺さり血が流れるが、アイは気にせずに不敵な笑みと共にウォードボアの口へ腕をねじ込み、素早く口の中で腕を器用に動かす。
「ほんにゃらほんにゃら、エンチャントファイア!」
本当は詠唱が必要だが、諳んじる韻と魔力、そして確固たるイメージと最後の力の言葉にて魔法は発動する。腕の複雑な動きも必要だが。熟練の魔法使いなら無詠唱と必要な腕の振りも必要ないらしいが、そのスキルのないアイは詠唱が恥ずかしくて、韻だけにしちゃったのだ。
たとえ幼女でも、恥ずかしくて詠唱は口にできなかったアイである。
なんにせよ、腕を炎が覆いその熱さでウォードボアは喉を焼かれて苦しむ。ジタバタと暴れるウォードボアの舌を掴み、足をその胴体へとつけて力を込めるアイ。
「へへん、動物の弱点ってやつだぁぁぁ!」
得意げにアイは笑い、その力を込めていく。ブチブチと肉が裂かれる音が聞こえてきて
「いっけぇ〜! ハイパワータン抜きだぁ!」
「耳元で怒鳴るなでつ! そのネタはもういらないかりゃ!」
ゲーム筐体の中で、腕を振り上げてノリノリなマコト。アイは耳元で怒鳴られたので、むぅと怒っちゃう。天丼はいけないのでつ。
山賊アイはウォードボアの舌を引き抜き、ゴロンと転がって地面に落ちる。掴んだ舌を手に持ったまま、ウォードボアの様子を窺うと、真っ赤な血を口から吹き出して、炎により爛れた喉を血が埋めて、ヨロヨロとよろけて大きな音をズシンとたてて、地面へと横倒しに伏すのであった。
「どーよ、どーよ? 見まちたか、この知恵を使ったしょーりを。人間様には知恵のない動物じゃ相手にならないのでつよ」
ゲーム筐体へと意識を戻して、幼女の平坦な胸を張り得意げにフンフンと鼻息荒く威張るアイである。
「たしかに凄かったぜ。社長は脳筋じゃないんだな」
スキル任せではなく、舌を狙い即死攻撃を繰り出すその戦い方にマコトは感心した。元歴戦の勇士とは本当らしいと。
「フハハハ。もっと褒めて良いんでつよ。あたちは褒められて伸びる幼女なのでつ」
フハハハと得意げに、いつまでも笑う黒幕幼女であった。
しばらく幼女の得意気が響き渡っていたが、獲物を回収しなきゃと気を取り直したアイ。
今はせっせと解体したウォードボアと、狼を同じく解体した毛皮をゲーム筐体に入れている。ガイは疲れ切った表情で周りを警戒していた。
牙が突き刺さった痕が痛えですと、しつこくアピールしてくるのでヒールをかけてあげて、既に身体は回復済みだ。たぶん激闘を思い出して、感慨深いに違いない。きっとそうだと幼女は思います。
せっせと、幼女らしからぬ腕力を見せて、てこてこと懸命にゲーム筐体へとウォードボアの肉をんせんせと押し込む。
「おいおい、毛皮を鞣すのは無理だと言ってなかったか?」
幼女のヒップアタックで無理矢理肉を押し込むアイへと、怪訝な表情でマコトが聞いてくるので、フフンと指を立てる。
「それがでつね。このゲーム筐体なら可能なんでつ。奇麗にな〜れっと」
ゲーム筐体の洗浄能力を使うと、毛皮についていた脂や血が消えて綺麗な鞣された毛皮となった。
「おおっ! これは凄いですぜ親分。完全に鞣されてもおりやす」
ガイがその光景を見て感心する。
「なるほどなぁ。洗浄というか、浄化がついているから、毛皮は奇麗になるのか。裏技だな、よく思いついたと感心するぜ」
マコトも苦笑交じりに称賛の声をあげてくれる。
「フハハハ! これならいくらでも毛皮も売れまつ! あたちは天才でつね!」
フハハハと高笑いをまたもする調子にのってご機嫌なアイであった。これを思いついた時には俺は天才だと思ったものだ。弱体化はしないと言質を貰っているし、これからもこの技は色々使えるだろう。
「さて、拠点へと戻りまつよ〜」
アイの声に頷き、一行は敵に出会わないように、てってこととその場を離れるのであった。
拠点の皆はポカンと口を開けて、ボスの部屋に並ぶ肉と毛皮を眺めていた。手ぶらでガイが戻ってきたので、なにも狩れなかったのかと思っていたのに、これだけの物をいつの間にと。
「これでまずは体力作りでつね。皆を呼んで炊き出しをするのでつ。拠点の栄華は住民の健康から! 野菜はそこの銅貨を使えば良いでつ。買ってきなしゃい」
フンスフンスと鼻息荒く幼女。椅子の上に乗っちゃって、偉そうに宣言するが、椅子がボロいのでガタガタと揺れて、落ちそうになり、ガイが慌てて支えていた。
だが、ケインたちはそれどころではない。これだけの大量の肉をなにに使うと?
聞き間違いかと、マーサが恐る恐る確認してくる。
「アイ様、今なんと仰られたのでしょうか? 炊き出しとは何なのですか?」
「炊き出しとはおっきな鍋に肉や野菜を入れて、シチューを作るんでつ。そして部下に配りまつ。お腹をいっぱいにして元気になってもらいまつ。この量ならしばらくはもつはず。腐りそうなら干し肉にしとけば良いでつね」
ゴクリとツバを呑み込み、マーサは驚愕で目を見開き、周りの面々はざわめいて顔を見合わせる。
「やった! アイちゃん、肉を食べても良いの? 少し焼き肉にしても良い?」
ララが小躍りして、お祭りだねと喜びでキラキラと目を輝かせて、マーサはアイの言葉に本気でこの幼女はこの地域を栄えさせるつもりなのかと戦慄した。
きっと兎や鹿を狩ってきて、自分たちだけで独り占めするだろうと予想していた。多少の金を自分たちのためにだけ使うだろうと。腕は良いみたいだし、上納金など取らなくても暮らしていける連中なのだ。それだけで私たちは楽に生活できる。スラム街の中でだが。
王都の見捨てられたスラム街。炊き出しの噂が広がれば、支部長への忠誠を誓う者も出るはず。皆は貧困で食べ物に飢えている。その食べ物を配る人間に好意を持たないわけがない。
「……申し訳ありません、アイ様。あの、鍋がありませんが」
「う、そこからでつか……。銀貨も使うと良いでつ!」
持ってけドロボーと、銀貨も使うようにアイは指示を出してきた。この拠点はマイナスからスタートでつねとの呟きも聞こえてきて、たしかにそのとおりだと、マーサは苦笑いを浮かべる。
貴族だって、タダでは食べ物も配るまい。それを来てすぐの幼女が躊躇いなく行うのだ。
「アイ様。わたくしマーサがこの王都の情報をお伝えしましょう。お役に立てて下さいませ」
深々と頭を下げて、メイド時代を思い出しながらマーサは礼をした。忠誠を誓うとはいかないが、それでも一歩この支部長に近づくのも良いだろう。
「私も教えるよ! えっと、野菜を安く買えるお店とか!」
ララが手を挙げて、私も私もとアピールする。
「支部長! 俺らも役に立ちます。お前ら、この区画の奴らを急いで集めてこい!」
ケインたちも役に立つところを見せようと、アイへと懸命な様子で声をかける。我も我もと皆は忙しなく動き始めて、スラム街の死んだ目で生きる人々らしからぬその様子に、何か新しい風が吹くのを感じていた。
その様子を満足そうに見ながら、黒幕幼女は毛皮を売らないと、お金が無くなりまつねと、冷や汗をかいていたのだが、それは誰にも知られなかった。