128話 オーガたちと出会う黒幕幼女
荒れ果てた地。バッカス王国を見て最初に思うのはそんな感想だ。ちょっとこれは酷いね。枯れ果てた木々がそこら中にあり、森林は段々と減っている。草原も少なく荒れ地と変わり、そうなれば動物たちも死ぬか、この地を離れるので、段々とこの土地は死んでいっていると思うのだが……。
「ふぁんたじ〜な気候でつからね。熱帯地帯が普通に温帯地域の中にあるのにも驚きまつが、この環境に合う動物や植物もあるんでしょー」
馬車の窓から外を眺めて黒目黒髪の幼女が呟く。艷やかで天使の輪が髪に浮かび、綺麗におさげに纏めている。キラキラと天使のようなおめめ、すっきりとしたお鼻にちっこいお口。多少目つきは鋭いが、やんちゃな感じを見せて、ついつい頭を撫でたくなる。とっても可愛らしい天使のような幼女だ。
中身は悪魔のような狡猾なおっさんだと噂されるが、紳士たちが退治する方法を探しに旅にでているので、そろそろ退治されてもおかしくないという噂である。
世界を支配せんとする闇の巨大組織月光を支配する幼女でもある。純粋に生きている社員は幼女と妖精だけという巨大すぎる秘密組織だ。皆には内緒なのだ。他人が聞いたらごっこ遊びだねと微笑ましそうに頭をナデナデしてくるに違いない。
そんな幼女は、仲間と一緒にバッカス王国へと来ていた。長旅をして来たのである。一週間の長旅だ。準備を入れると二週間、山を超え、森を抜け、平原を進みようやくバッカス王国のある地へと到着したのだ。
大変な旅だったのだ。とっても大変な旅だったのだ。地球ではあり得ない環境を旅してきたのだ。なにしろ砂漠がある隣の土地は雪に覆われているといったふぁんたじ〜な世界を苦労して旅してきたのだ。まぁ、バッカス周辺以外は今のところ普通の環境だけど。
「こんな地だと住むのも大変でつよね。ドワーフは熱に強いんでつか?」
とうっと馬車の中に戻りソファにポスンと座って、正面に座るドワーフ王バッカスに尋ねる。この長旅を一緒に旅してきた男は難しそうな表情で口を開く。
「いや、この地も夏頃までは周辺と同じ環境であったのだ。だが、じわじわと暑さが増して、冬も寒くなく、ただただ暑い地へと変貌した……。それよりも、尋ねたいことがあるんじゃが良いかの?」
「もちろんでつ。なんでしょ〜?」
幼女は小首を傾げて、可愛い微笑みを浮かべちゃう。なにか質問かな?
「アイと言ったな? アイよ、昨日まで貴様らは何処にもいなかった。朝になったら合流してきたが……おかしくないか? いったいどうやって合流してきたのだ?」
「アイスココアでも飲みましょ〜か。あたち作るの得意なんでつよ」
んせ、とソファから立ち上がり、ココアを作ろうとするアイ。幼女はココアを作れるのだ。えっと、粉を入れて、と。
「誤魔化すな! ……まさか伝説の魔法、テレポートを使える魔法使いがいるのではあるまいな?」
ちらりとバッカスは近くに座る狐人の少女を見て話を言う。杖を傍らに置き、魔法使い然とした少女を疑っているみたい。ちなみにその魔法使いは眠りこけている。クリエイトアイスにて作った氷をそばに置いているので、ちょうどよい涼しさとなって、眠るのにちょうど良かったのだろう。働く気ゼロのランカである。
「んと〜、バッカス王、砂糖はいくついれまつ? テレテレ、んと〜、なんでちたっけ? あたち、魔法に詳しくないのでつ。ココアを作ることはできまつよ」
えへんと胸を張って、ココア作りが得意だよと言う可愛らしい幼女に、なにもわかっていないんだなと、ドワーフの王はため息をつく。
「まぁ、聞く限り月光は不思議な商会らしいからな。秘密であれば聞くまいて。そうだな、話を戻すがドワーフはたしかに熱に対する耐性を持つ。鍛冶をするのに優位な能力じゃ。この変貌した地の暑さでもなんとか暮らせていけるぞ」
「先天性の耐性じゃないんだぜ。子供の頃から鍛冶場に立つから、熱耐性が多少つくんだな」
「ぬ? そうだったのか……」
マコトがアイの周りをくるくるとまわって、教えてくれる。なるほどねぇ。
妖精を見て、その知識が人とは違う深い智慧を持つと感心しながらバッカス王は先天性の物ではなかったのかと初めて知った。だが、鍛冶場にいるからこその熱耐性なのだ。
「この地の暑さに耐えられるから、平穏無事に暮らせるかと言うと話は別じゃ。この暑さで木々は枯れ果てた。鍛冶に使う木々はなくなり、作物も育たぬ。厳しい状況となっている。なにより魔物が強くなった」
「ふむ……。急に暑くなったんでつか……。ていっ」
拳を振り上げて、何もないのに殴るふりをする幼女。なんだとバッカスが首を傾げるが……。
「これは自然環境ではないんだぜ。環境を悪化させている力が働いているな。魔物だと思うけど。本来はもう少し涼しくて、木々が枯れ果てるほどではないと思うぞ。枯れ果てる程暑い地域は遠くに見えた火山周辺に限ると推測するぜ」
妖精があっさりと原因を伝えてくるので、顔色を変えて、思わず立ち上がる。
「ま、まことか! 魔物が原因じゃったか! どんな魔物じゃ! 教えてくれっ、妖精殿っ」
「それはわからないな。空気を解析しただけだからな。空気を敵に見立てるのは無しだと思うんだが……今回は魔物の力が働いているから例外にしておくぜ。ちなみにあたしは真しか言わないぜ。マコトなだけに」
ずる賢い幼女へとジト目で見てきて、おっさんジョークを口にするマコト。馬車内が少し涼しくなったみたい。
「そうか……。いや、妖精殿、感謝を至す。この状態が魔物の力によるものだとわかっただけでも有り難い。明日には国に到着するじゃろう。心当たりもあるでな。ドワーフ戦士団を編成して討伐に向かおう」
深く頭を下げて、感謝の意を示すバッカス。これが自然でなければ、バッカス王国も助かる目が出てくるのだ。これ程の情報をポンと教えてくれるとは、さすがは英雄譚にて英雄を補佐する妖精だと感謝の念を浮かべる。
まさかモニターに映る解析結果を読んでいるだけだとは思いもしないだろう。
「共に長旅をして来たバッカス王でつからね。それぐらいのサービスはしまつ」
「どうあっても、一緒に旅をしてきたと言い張るのじゃな……。まぁ、良いじゃろ」
疲れたようにため息を吐いて、長旅は疲れまつよねとココアを手渡してくる幼女を半眼で見るバッカス。
実際はルーラ隊とダツたちだけだった? そんなん知らないよ。ココアおいちー。
全力で誤魔化す幼女である。中身のおっさんの図太さがわかろう。きっとオリハルコンの皮膚をしているに違いない。
まぁ、良いかとバッカス王はソファに凭れ掛かる。外と比べてこの月光の馬車はクリエイトアイスにて氷の柱が置かれており涼しい。ついてくる部下たちに少し同情をしてしまう。というか、王なのに護衛をそばにおかないとは豪胆すぎるだろ。
……なにか強力な特性を持っているからだと予想はしているけど。
「ココアのお茶請けはなににしまつかね。お煎餅でよいでつか?」
アイはガサゴソと袋から煎餅を取り出して、テーブルに置く。硬い醤油煎餅だ。バッカスもすまぬなと煎餅を口にして、おやつの時間だねと、寝ていたランカが目を覚ます。
今回の陣容はガイ、ギュンター、ランカ、リン、ルーラである。スノーは来ていない。支配地域の事務仕事がたくさんあると言って断ってきたけど、冬の精霊王だから、この地に来なくて正解だろう。
ギュンターはいつもどおり、外でダツたちを指揮。リンも今回は外でルーラ隊と行動している。身体を慣れさせるためだそうな。ニートなリンは卒業かな。ランカはニートからいつ復帰してくれるのかな?
そしてかっこよくて勇気ある者なガイはというと
「親分、前方に砂煙を見つけましたぜ。どうやら戦闘があるみたいです」
御者席に繋がる小窓を開けて、報告してきた。常に御者役が似合うアニメとかでは顔も映らないモブ役が似合うおっさんである。
「戦闘じゃと? ……この先に砦があるから、そこから出向いた者たちか? 砂煙ができるほどの大きな戦い?」
不思議そうに首を傾げるバッカス。なんだろう、なにか問題?
「いや、この街道は交易するための重要なものだからな。街道沿いは常にドワーフ戦士団で魔物を間引きしている。ゆえに大量の魔物の群れは存在せず大きな戦いになぞ、なるわけがないのじゃが……」
「それが大きな戦いになっているというわけでつね。ガイ、ルーラたちを呼んでくだしゃい。どうやら問題が発生したみたいでつ」
ピンと幼女センサーに働くものがある。アホ毛があれば、感知したと立っているだろう。その代わりにおさげをぶんぶんと振っちゃうぜ。たぶんイベントバトルだろ、これ。
ゲームに状況を当てはめて、すぐさま警戒する幼女である。呼ぶようにと命じながらも、念話にてルーラへと通信を繋げる。バッカスがいるから一応ポーズだ。離れた人間と通信を使えるとは思われたくない。たぶん、これ物凄いチートな力なので。
「ルーラ隊、聞こえまつか? 前方に敵がいるかもしれません。先行してくだしゃい。あ、一度馬車にきてね。あたちも敵がいるなら見てみたいでつし」
「了解です、閣下。それではルーラ隊、行動を開始します」
相変わらず真面目な軍人少女は敬礼をして頷く。……外でいきなり敬礼していないよな? 不自然極まるぞ。
疑っちゃうアイだが、きびきびと動き始めて命令を出す幼女をバッカスが驚きの表情で見ていたことには気づかなかった。相変わらずすぐに自分が幼女だと忘れるおっさんである。一番不自然な存在だとは自覚がまったくなかった。
すぐに馬車の扉が開き、ルーラが顔を見せるので、とうっとルーラの乗る狼へとアイは飛び移る。
「閣下、前方の砂煙は収まりつつあります。そして角が生えた人型が多数」
「この地に多く発生するオーガでつね。数がいるんでつか?」
「はい、およそ100少し。半分は緑の鎧を身に着けています」
ふむ、とアイも前方を見る。たしかにオーガなのだろう。が、話に聞いていたオーガと違わないかな? オーガは毛皮に棍棒といった簡単な装備のはずだ。
「待て! この地はバッカス王国。儂も戦いにゆくぞっ」
ビール樽の体格をしながらも、馬車から素早く飛び降りてバッカス王が巨大な斧を構えて言う。ステータスは高いけど、短足だから素早さはないと思ったけど、筋肉による瞬発力はある様子。
「バッカス王。緑の鎧を着込むオーガを見たことがありまつか? 今までいまちた?」
ちっこい指を前方に向けて尋ねる。前方にいるオーガたちが獣のような咆哮をあげて、走ってきていた。
「緑……? なるほど、緑色の鎧を着込んでいるな。いや……見たことないな。なんじゃあれは?」
首を傾げて戸惑うバッカス王の答えに嫌な予感がしちゃう。新種の予感。しかも、だ。群れをなしている程多いのに、今までバッカス王が見たことがない?
「ヤバイ状況にバッカス王国はあるのかもしれません。もしかしたらピンチなのかも」
群れをなす新種のオーガたち。先程の砂煙。大きな戦いがあった様子。それだけの状況で、アイはこのストーリーを予測する。おっさんは様々な体験をしてきているのだ。もちろんゲームの中の話だけど。
「どういう意味じゃ、アイ? その言葉は不穏すぎるぞ?」
「この先に砦があるのならすぐにわかるでしょー。ランカ、魔法攻撃は最小限。情報収集を優先しまつ!」
「わかった〜。それじゃ、フリーズアローで足止めをしておくよ」
杖を手に馬車から飛び降りてきたランカが頷き、さて、このストーリーの難易度はどれくらいかなと黒幕幼女も短剣を構えるのであった。