127話 バッカスの地
無残に枯れ果てた木々。地肌が見えており、動物たちの骨が散らばっている。初春であるにもかかわらず、地面からは熱気が漂い、ゆらゆらと空気が揺れていた。
去年の春までは普通の気候であり、緑溢れる山々があったのだ。ドワーフたちは適度に間引きをしながら、広大な山脈にて鉱石を掘っていた。
掘り出した鉱石を使い、日々鍛冶を行い品質の良い武具を各地へと売り捌き、その優れた身体能力で数多くの戦士を擁した国の名前はバッカス王国。炎の加護を持つ鍛冶の国にして、30万人の人口の大都市。南部都市連合最強の国とドワーフたちは信じていた。
この春までは。
突如として季節は関係なくなり、常に熱帯地となり、木々が枯れ果てるまでは。
そして、凶悪な魔物が各地にて暴れ始めるまでは。
荒れ地となってしまった地にて、怒号が飛び交い、金属音が木霊する。バッカス王国の北の街道にて激しい戦いが行われていた。
一メートル少しの背の高さ、ビール樽のような体躯。その顔は髭もじゃで、有名なる種族ドワーフが戦っていた。
板金の鎧にて身を包み、常ならば魔物の攻撃など、その装甲にて弾き返し、ドワーフの持つ強靭な筋肉から生み出される一撃で倒されていったのだが……。
「うぉぉー! かかれっ! こ奴らを殲滅せよ!」
「押しつぶせっ〜!」
ドワーフの指揮官の怒号が響き、周囲で魔物へと自らの背丈と同じ程度の巨大な斧を振るうドワーフの戦士たちが雄叫びにて答える。
皆は分厚い鉄の鎧に身を包むが、その動きは鎧の重量に阻害されることはなく、力ある動きで戦っていた。ひとふりひとふり、斧が振られるごとに、風を巻き命中したら、どのような敵も粉砕されるだろうと思われる。
強力なドワーフ戦士団だと、斧を振る動作、自らの強力な一撃に頼ることなく、敵の隙をつくように仲間と連携しながら戦う様子から推測できた。
「ごぉぉぉ!」
対するは獣のような雄叫びをあげる人のような魔物。その体躯は三メートルはあり、手に持つ棍棒でドワーフへと攻撃を仕掛けていた。
額に角が生えており、赤い目と長い牙を見せ、獣の毛皮を着込んでいる。その恵まれた身体能力はドワーフの筋力を上回り、多少の攻撃を受けてもビクともしない魔物、オーガである。
しかしながら、ドワーフたちは己の数倍の背丈の怪物相手に一歩も怯まない。
「むんっ! 斧技 大切断!」
オーガの振り下ろしてきた棍棒を反対に自分の振るう斧にて弾き返し、蹌踉めき隙だらけになった胴体へと斧を反対に叩き込む。
その一撃は豪風を巻き起こし、オーガの胴体をやすやすと斬り裂き、鮮血を撒き散らす。呻き声をあげて地面に倒れ伏すオーガ。
「街道の確保をする為にも、こ奴らは殲滅しなければならない。各自奮戦せよ!」
オーガを倒したドワーフは他の者たちと違い、意匠の彫られた鋼の重装甲鎧を着込み見た目にも強者の雰囲気を見せる男であった。
「おぅ! これならば勝てるぞっ! 皆、気合を入れろ」
オーガの攻撃を受け流し、あるいは受け止め、その隙に他の戦士たちが攻撃を繰り出し、次々とオーガたちを倒していくドワーフ戦士団。
100人ばかりの戦士と20人ばかりの弓兵と魔法使い数人で構成された者たちである。相手は70ばかりのオーガ。
戦いは圧倒的にドワーフ戦士団の有利で進んでいた。怪我を負った者たちは魔法使いがヒールを使い、不利な部隊は支援魔法にて味方を強化する。弓兵が武技にて敵の動きを牽制し、殲滅も可能だろうと思われた。
今まではこの戦いで勝ってきたドワーフ戦士団であったのだが……。
「ロウ将軍、例の新種を発見! 接近しています」
周囲を警戒していた鷹の目持ちの見張りが焦る声音で報告してきて、鋼の重装甲鎧を着込むドワーフの将軍、ロウは舌打ちする。
「弓兵、対空戦用意! 奴らの接近を阻止せよ!」
「はっ! 対空戦用意!」
目の前にいるオーガたちを無視して、弓兵たちが弓を空へと向けて身構える。見張りの言うとおり丘の方面から新たなオーガたちが砂煙をあげて走ってきているのが見えてくる。その数は50程。
新種のオーガたち。素材の不明な緑の鎧に身を包み、強力な武技を使う魔物たち。ドワーフたちがグリーンオーガと呼ぶ恐ろしい化け物たち。
グリーンオーガたちはこちらの視界に映ったと同時に黒い魔力で身体を覆い、力強く地面を踏み込み唸り声にも似た咆哮をあげる。
「魔技 マジックジャンプ」
身体を覆った黒い魔力は背中へと集まり、噴射を始め空高くへと飛ぶ。50のオーガたちは空へと噴煙を軌跡に残しながらドワーフたちへと近づいてくる。
「迎撃開始! 弓隊っ、攻撃開始っ!」
「弓技 パワーアロー!」
「弓技 パワーアロー!」
「弓技 パワーアロー!」
弓を構えしドワーフたちが魔力を練り武技を放つ。光の矢が空中を飛ぶ。光の矢はグリーンオーガたちへと向かい、空を飛ぶ魔物たちは回避不能だと思われた。
だが、魔力にて再び身体を覆ったグリーンオーガたちは今度は足に魔力を集中させて噴射させると、その軌道を変えていく。
その速さは矢を回避するには十分で光の矢はかすることもなく、グリーンオーガたちの横を過ぎていってしまう。
グリーンオーガたちは凶悪な嗤いを見せて牙を剥き出しにし、肩を突き出すように落ちてくる。再び魔力が生み出されて、緑の鎧の肩あて部分が変形して2メートルはある棘が一時的に生える。
「魔技 ショルダーアタック」
咆哮にも似た叫びをあげ、突撃してくるグリーンオーガたち。
「くっ、皆、回避せよっ! 回避だっ!」
ロウ将軍は焦りと共に叫びながら斧を突き出し、魔力を練る。
「ここで負けることは許されんっ! 両手斧技 ハリケーンアックス」
身体を捻り、両手斧を振りかぶるロウ将軍。ロウ将軍が振るう一撃は暴風の渦となり、間近まで迫るグリーンオーガたちを巻き込む。
凶悪な一撃は敵をミキサーにかけたように、グリーンオーガたちを肉片へと変えていく。が、武技の範囲技は狭いため、倒したのは数匹程度であった。
「ぐはっ」
「がふっ」
「げはっ」
他のグリーンオーガたちは、鈍足で軽やかに動けないドワーフの戦士たちへと向かい、ショルダーアタックで吹き飛ばしてしまうのであった。
戦士たちが吹き飛ばされて、陣形が崩壊してしまったことにより、劣勢であった普通のオーガたちも態勢を立て直してしまう。
「おのれぇっ!」
無事であったドワーフが仲間をやられたことに怒りを見せて、グリーンオーガへと斧を叩き込む。だが、グリーンオーガの緑の鎧は破壊することはできず、その巨体を揺るがすこともできなかった。
ニヤリと嗤い、グリーンオーガが棍棒を繰り出す。ドワーフは敵へと攻撃が効かなかったことを予想しており、繰り出された棍棒に斧を横から叩き込み弾く。そして、敵の胴体へとカウンターを入れようとするが、グリーンオーガは弾かれた棍棒の軌道を無理やり変えて横薙ぎに振るってくる。
本来ならば、ドワーフの攻撃の方が速く命中して、敵は態勢を揺らがせ繰り出す攻撃は空をきるはずであった。
だが、胴体に命中したドワーフの一撃は、グリーンオーガの身体を揺るがすことはやはりできなかった。そうしてグリーンオーガの横薙ぎが迫り、斧を繰り出して隙を見せていたドワーフの身体へと命中し吹き飛ばす。
重々しい金属音をたてて、地を転がる。だが、さすがはドワーフ。その鎧は硬く、致命傷とはならなかった。
悔しそうにグリーンオーガを睨みながら、多少よろける身体で立ち上がる。
「こちらの攻撃2回は防ぐとは……厄介な鎧だっ」
グリーンオーガの着込む鎧は灰色となっていた。まるで力を無くしたかのように見えるその姿。見かけどおりに力を無くし、次の攻撃はあの鎧をやすやすと破壊して、グリーンオーガを倒せるとドワーフの戦士は知っていた。
「皆、軽い攻撃でまずは敵の魔法の鎧の力を失わせよっ! 決して全力で攻撃するなよっ。敵に隙を見せるだけだぞ」
ロウ将軍がその様子を見て、忌々しそうに睨みながら叫ぶ。当初の戦いではグリーンオーガたちの着込む鎧の力がわからず、かなりのドワーフの戦士たちがやられてしまったのだ。
今はわかっている。あの緑の鎧は一定までの攻撃を肩代わりする魔法の身代わり人形のようなものだ。数回の攻撃を肩代わりして、効力を失うと灰色となる。
たった数回の攻撃を防げるだけならば、弱い能力かと思いきや、グリーンオーガたちはその間、守りを捨てて全力で攻撃してくるので厄介極まる能力なのであった。
あの跳躍とそれに合わせた突撃の武技。そして攻撃を肩代わりする緑の鎧。それがグリーンオーガたちの力のすべて。最初の跳躍からの攻撃をいなして、緑の鎧の効果を失わせればあとは普通のオーガと同じ。
「ここは負けられんっ! 魔法使いっ、倒れている者たちへと全力でヒールをかけよっ。皆、なんとしてでも街道を取り戻すのだっ」
街道を取り戻せねば大変なことになると焦り鼓舞するロウ将軍であったが
「将軍っ! 新たな敵影を発見っ。速いっ。恐らくは……」
再度の見張りの声に歯噛みする。まずい状況になったと理解する。本来であれば、奴らが来るまでに、通常のオーガたちは殲滅しておくはずであったのだ。
奴らが来るまで、もっと時間があるとも考えていたのだが……。
「ここまでか……」
傷つき倒れる部下たち。まだ戦える戦士たちは多く、無理をすれば勝てる可能性はあるが……。こちらの被害が大きければ勝利しても意味はない。
「皆、残念ながら勝機を失った。撤退だ! 殿は俺が務める。撤退、撤退だ〜っ! 両手斧技 ハリケーンアックス!」
地面へと武技を放ち、砂煙を巻き起こす。そして、斧を全力で振るいオーガたちへと牽制をする。さすがのグリーンオーガたちも砂煙には動揺して、動きを止める中でドワーフたちは傷ついた者を担いで退却をするのであった。
ようやく砂煙が消えたあとにはドワーフたちは遠くに逃げており、その様子を哄笑しながらオーガたちは棍棒を掲げて勝利の雄叫びをあげる。
「ギャハハ、オデタチツヨイ」
「モウドワーフアイテデハナイ」
「ソノトオリダ」
ガハハと嗤い合うオーガたち。これまでに見慣れた光景となった勝利でもあるのだ。
「オイカケルカ?」
「オウニハナニモイワレテナイ」
「ドワーフクイタイ」
「ダガメイレイナイ」
追撃をするか迷うオーガたち。自分たちの本能はドワーフを食いたいので追撃するべきだと訴えているが、この地を死守せよとも命じられているために迷っていた。
「アイツラソロソロクル」
「ドワーフオイカケルカキク」
「ソウダナ」
片言で喋りながら、決定は他の奴に任せようと決めるオーガたちであったが、一匹が遠くからなにかか近づいてくるのに気づいた。
「ナニカクル」
「ウマ? オオカミ?」
「エサキタ」
他のオーガたちも、遠くから近づいてくる何者かに気づき、舌なめずりをする。なにかはわからないが人ならば喰えると、餌を前にした獣のように凶悪そうに嗤う。
近づいてくる者たちは多数の狼が牽く馬車。1台ではなく、軽く10台はある馬車が連なって近づいてくる。馬車を守るように狼に乗った人間たちもいるが、もはや自分たちに敵はいないと人食いの鬼たちは今か今かと待ち構えるのであった。