126話 サウナは熱い黒幕幼女
石造りの部屋にて汗だらけになって、幼女は閉じ込められていた。この異世界に来て、何度目かの窮地である。
一度目は密かにケーキを食べていて、マコトにバレたこと。
二度目はゲーム筐体で寝ないと幼女の身体はトイレに行く必要があると気づいたこと。
三度目はこの身体はプリチーすぎると、鏡の前で踊っていたら、ララに微笑ましそうに見られていたこと。
そして今、石造りの部屋に閉じ込められて、サウナを堪能しているこの状況である。幼女はサウナが苦手なのだ。入ってから気づいてしまったのだ。おっさんの時は大好きだったのに。
くだらないことで窮地に陥る幼女であった。そのアホっぷりはおっさんの影が呪いをかけているのではと思える。
「あ〜、あづ〜。あづいでづ〜。ランカ、リン、あづいので離れていてくだしゃい。毛皮が視界に入るだけでもあづい〜」
ちっこい舌を突き出して、ヘロヘロな幼女は汗を拭いながらそばにいる狐人の美少女たちへとジト目で告げる。二人共バッサバッサとフサフサの尻尾を振って、サウナの熱気を撹拌していた。
「やめるんだぜ! お前らはサウナを管理する人かなんかか? 尻尾を振るたびに温度が上がる感じがするんだぜ!」
妖精も汗だくになって、怒りでプンプン空中で器用に跳ねて言う。マコトも汗だくでフラフラな模様。
「え〜っ。本当は大丈夫でしょ?」
「ん、リンも暑いけど耐えられる。水を撒いてもっと暑くする」
「たしかにステータスの高さからこれ以上はダメージは負わないでつが、それでも暑いのは暑いのでつよ。ビクともしないステータスのはずなのに、一定までは寒暖差を感じるみたいなのでつ」
ゼーゼーと息を切らせながら答えるアイ。ダメージを負わないが、そうなるとなにも感じない身体になってしまうので、ある程度までは寒暖差を感じちゃうのだ。
「サウナは水風呂に入れば回復しやすからね。そういう点も考えられた理だと思いやす。一日外泊券を使ってサウナに入ったおっさんもあっという間に回復してましたし」
「ガイも暑苦しいから、離れてくだしゃい。髭もじゃウザいでつ」
「親分ひでえっ! くっ、あっしの隠しきれないパワーが闘志の熱気を」
「ん、ガイウザい」
「あぢー!」
顔に手をあてて大袈裟に悔しがる厨二病おっさんへと、リンが部屋の真ん中に置いてある熱湯を桶で掬い浴びさせて、山賊はあぢーと飛び上がる。
おっさんが踊りまくるので、ますます暑苦しさを増す空間。
「もはや幼女のいる空間ではなくなりまちた! 脱出!」
「おう! 脱出だぜ!」
ちっこい身体を丸めて、コロリンコロリンと回転しながら幼女は妖精と共にサウナを脱出するのであった。もう幼女的に無理。ここは教育的にも悪いと思います。
とぼんと水風呂に入り、ふぃ〜っと可愛らしい吐息をつく。目を瞑って、気持ち良さそうに水風呂に浸かる幼女はとっても可愛らしい。
「回復するでつ〜。水風呂サイコー」
「あぁ、気持ち良いんだぜ。サウナも盛況みたいだしな」
水の上に浮かぶマコトが周りの様子を見ていう。マコトの言うとおり、多くのサウナ室があり、大勢が入っていた。すぐに脱出して水風呂に入る人も多いけど。
皆は湯浴み着を着て、一応混浴ということになる。まぁ、湯浴み着を着ているので問題ないでしょ。
「一週間無料キャンペーン中でつからね。入ってもらわないと困りまつ。ところでお爺さんが見えませんが?」
「入ったと思ったらすぐに出ていって酒を飲んでるぜ」
「隣が酒場だったのは失敗でちたかね。お酒を飲んでサウナ利用は禁止しとかないと」
焼酎を酒場に持ち込んでいるような気がするなぁ。酒飲み爺さんめ。
「これでサウナが文化として定着すれば良いな?」
「でつね。サウナで雇用も増えまつし」
「社長はいつもそればっかだな。根っからの商人なのか、政治家なのかわからないけど」
「本拠地があれば、もっと頑張るんでつがね〜。それよりも水風呂は汚れませんかね? 流れるプールみたいにじゃんじゃん水を使えるのが、この世界の強みでつが」
水風呂はいくつかの水の湧き出す神器から取水しているので、水風呂というより、無数の小川みたいになっていた。なので、汚れている現地人でも大丈夫のはずなんだけど、限度があるからね。
「サウナに入る前に、足を洗うようの場所も作ったしな。汚れれば使用禁止にして水風呂を洗ってるし大丈夫じゃないか?」
「それなら大丈夫でつかね。あとは併設してある酒場の料理評価でつが……」
ちょっと顔を顰めちゃう。幼女は野菜とかが苦手なので、あんまり食べたくないのだ。異世界限定の野菜が嫌いなのは秘密である。だって凄い苦いんだもん。
「あっちー。あいつら、調子に乗って熱湯を掛けてくるんですぜ親分。酷いと思いません?」
生贄、もとい、勇者ガイが文句を言いながら、サウナから脱出してきて、水風呂にザブンと入る。きっと紳士たちが見たら、幼女と同じ水風呂に入るなんて羨ましいと血の涙を流して、勇者を暗殺しに来るだろう。
「バッカスに行く前の訓練だよ〜。ガイは火口に落ちる役だし」
「ん、きっと子供を人質にとられて、大火炎球で跡形もなく燃え尽きる役」
「どっちも勇者じゃねぇだろ、それ。それに火炎耐性なら新型に搭載する予定ですよね、親分?」
あとからランカとリンも水風呂に入ってきて、飄々として言うので、ブルドッグが唸るように二人を睨むガイ。さり気なく、そろそろ新型が欲しいともアピールしてくるちゃっかり者でもある。
「手持ちのスキルでは火炎耐性はないでつから、現地に行ってからでつね。強い新型が作られていなければ良いのでつが」
ちらりと妖精を見ながら言うが、期待できなさそう。バッシャバッシャとクロールで泳いでいるし。俺は邪神の玩具になっているんじゃないだろうな? ゲームバランスを考えないGMはノーサンキューだぜ。
「ルーラ隊はそろそろバッカス王国に到着するでしょー。考えるのはそれからでつね」
「そんな話よりも、飯食いに行こーぜ。酒場の料理がどんなものか楽しみなんだぜ」
「そうしまつか。そろそろ酒場に行きますよ〜」
水風呂から出て、三人に告げると、妖精を頭に乗せてぽてぽてと幼女はサウナを出て行くのであった。
「結構盛況でつね」
ワイワイガヤガヤと騒がしい酒場を眺めて、更衣室で着替えたアイは満足げに言う。大勢の人々が飲んで食べて騒いでいる。テーブルにはパンとスープ、そして串焼きが皿に置いてあり、今流行のラム酒の入ったコップを手にお客は話し込んでいる。
「だね。不思議なんだけど、なんで日中にサウナに来れる人がいるのかなぁ?」
不思議そうに首を傾げるランカだけど、答えは簡単。
「古代の文化って、意外と仕事中時間が余る時があるんでつよ。この異世界も同じでつ。あと、週休1日制が月光街に浸透してきまちたからね」
「細かい所でも影響を与えているんだね。そう考えると、異世界転移系の主人公って、文化クラッシャーだよね〜」
「ん、地球のコピー文化になるから、程度が難しいとリンも思う」
たしかにランカとリンの言うとおり。異世界ならではの文化を産み出す土壌を荒らしているかもね。
「この世界は文化を産み出す土壌がないんでつよ。魔物のせいでつね。余裕がなければ文化は生まれません。それに、あたちたちが地球の文化を持ってきても、少しずつ変化して最後には似ても似つかないものになるでしょー。だから、気にすることはないでつよ」
「社長の言うとおりかもな。どうせオリジナルの文化がこれから発展していくに決まっているんだぜ。他の土地の文化をコピーしただけの土地になるなんて、奇跡でも起きないと無いし、魔法があるふぁんたじ〜な世界だから、きっと面白い文化も生まれると思うぜ」
後ろ手にフヨフヨ浮きながらマコトが言うが、そのとおりだと思う。俺たちが魔物の被害を少なくして、各都市の交通をよくするだけでなにかしらの文化が生まれる土壌を作っていると思うんだ。
「ま、あたちは好きにやりまつが。幼女は我儘なんでつよ」
「ムフーッ。幼女なだんちょーの我儘は可愛い」
「あ、僕も撫でたい。リン、次貸してね」
ひょいと俺を抱き上げて、鼻息荒く頭をナデナデしてくるリンと貸してくれと言うランカ。幼女はぬいぐるみではないのだ。貸し賃とるぞ〜。
「ふふふ、あっしが酒場で頼むのは湯上がり御膳! 長年の間に研究されたプロが考えた料理が一番なんでさ。ざわ、ざわ」
アホなおっさんが不敵な顔で含み笑いをしているが、サウナは今日完成したんだぞ。擬音まで口にしているけど
「ないでつ。湯上がり御膳ないから」
「ふっ、安心してくだせえ親分。あっしもそこまでアホじゃありやせん。既に酒場に食材を置いておいたんでさ。サッと湯上がり御膳を作りますぜ。ざわ、ざわ」
なければ自分で作る気であったおっさんである。湯上がりに料理なぞしたら、湯上がりではなくなると思うんだが、そこは考慮しない模様。
「あ〜、なるほど。得意げになるだけはありまつね。何を置いておいたんでつか?」
「ふっ。まずは純米大吟醸、そして米、圧倒的米! 味噌に醤油はもちろんのこと、野菜も親分から買った物。浅漬けなども用意して豆腐とかもありまさ。肉も親分から買った血抜き処理がふぁんたじ〜な物でさ。それで最高の湯上がり御膳を作って見せますぜ。ウハハハ」
ほ〜、と感心しちゃう。今日のために色々用意していたのだろう。イベント好きなおっさんだなぁ。
「ねぇ〜。もしかして純米大吟醸って、あれのこと?」
ランカが指差す先には既に酒場に乗り込んで飲んでいるお爺さんがいた。ガラスのお猪口に日本酒を注いで、美味しそうに飲んでいた。
ついでにいうと、テーブルには豆腐やら肉やらも置いてある。オチがわかっちゃったぜ。
「おぉ、姫。お先に頂いてますぞ。現地の日本酒もなかなか美味いですな。浅漬けもちょうどよく浸かっていて美味い」
お爺さんが機嫌良さそうにお猪口を掲げて挨拶をしてくる。お酒をクイッと煽ると、冷奴に醤油をたらり。
「……爺さん……ここに冷奴があるわけねぇだろ。確信犯だな、こんにゃろー!」
せっかく用意しておいたのに、食べやがったなと怒る勇者。それに対して、爺さんは首を傾げて、テーブルに並ぶ料理を見て納得したように頷く。
「む、そういえばそうか。いやぁ、気づかんかったわい。詫びにこの枝豆を奢ろう」
「それもあっしのだ! キシャー! 今こそ下剋上の時!」
ほろ酔い爺さんへと、勇者ガイは花札をテーブルへと叩きつける。どうやら花札で勝負する模様。さすがは勇気ある者、正々堂々と戦うみたいだ。というか、いつの間に花札を作ったのやら。異世界ではギャンブルはやりにくいぞ、魔法があるからな。まぁ、高レベルの魔法使いは小金を稼がないか。
周りの客も爺さんとガイの戦いをなんだなんだと見学に来る。二人共手慣れた様子で酒を飲みながら、ルールの確認をしていた。個人的には花見酒と月見酒はなしにした方が良いと思う。
ワイワイガヤガヤと大勢の飲み客が集まり、酒を頼んで見学をする。ウェイターは忙しく注文を聞いて酒を運ぶ。
周りを見ると、皆はこざっぱりとしていた。サウナに満足してくれたみたいでひと安心。
ざっと考えても、サウナの準備をする人、掃除する人、湯浴み着やタオルを洗濯する人、入場口の受付や薪売り、様々な物を運ぶ運搬。大勢の人々が雇用されている。今回は平民地区にも一斉にサウナを作ったので、かなりの人数だ。
「衣食に娯楽。娯楽が少し弱いでつが……。月光の支配は着々と進んでまつ。バッカス王国を含む資源地帯を手に入れれば、もっと面白いことができまつね」
「まだ一年経ってないのに、辣腕すぎだぜ」
幼女がちょこんと椅子に座って呟くと、妖精は感心したように見てくる。その言葉を受けて、俺は肩を竦めて考える。
「順調でつが、それはあたちたちを明確な敵と意識する者がいなかったからでつ。そろそろ新しいステージに入ると思いまつよ」
バッカス王国を手に入れないと、きっと詰むだろうと考えて、しかしながら手に入れられないとは欠片も思わない黒幕幼女は、そろそろバッカス王国に向かう時だと決心するのであった。