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黒幕幼女の異世界ゲーム  作者: バッド
10章 戦争を再開するんだぜ
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125話 メイドはかく思う

 王都門を守る門番はふわぁと欠伸をした。ようやく寒い冬が終わり春になったのだ。眠気を誘う柔らかい陽射しのもと、眠気に襲われるのは自然であろうとひとごちる。


 門を通る人々を眠い目で見ながら思う。最近随分平和になったなぁと。裸足で歩く人々の姿はなく、痩せた身体で外へと向かうスラム街の人間もいない。今年の冬は体験したことのない寒さと雪であったが、薪は安く大量に売られていたし、食べ物も手に入らないということはなかった。


 平和なのだと見る視線の先には、多くの商隊が出入りしている。どこから見ても騎士であろう護衛をつけた商隊が目立つ。これから南部地域に向かうのであろう、最近よく名前を聞く月光商会と、騎士の護衛がいるならば一緒についていってよろしいかと頭を下げている他の商会。


 そばにはみすぼらしい鎧と銅の剣を下げた傭兵たち。いつも徒歩で移動する小さな商人たちの隊だ。


 月光の商人は笑顔でその申し出を受けて、共に王都を出て行く。


 気がつけば、随分月光商会と一緒に行動する商隊が増えたように思う。太った商人の商隊がその様子を忌々しそうに見てもいた。細かい商品を扱う商人たちが街から街へと大勢で移動するようになって、色々な物が手に入るようになっている。


 街中へと視線を向けるとドテラを着た人々が歩いており、その中にメイドと呼ばれる召使いもチラホラと見えるようになった。これも月光商会が始まりらしいと、酒場で聞いた。その英雄譚も。


 目にする物、耳に入る事、そのすべてが月光の物ばかりだ。


 その意味することとは……。


 ふわぁと欠伸をもう一度する。王都の門番は門を守ることが仕事なのだ。つまらないことを考える必要はない。


 今日は奮発して春の祭りから流行り始めたタレの焼き鳥と豚汁で一杯飲むかと、最近できた月光街の酒場に行くことを門番は決意するのであった。





 マーサは忙しなく動いていた。ダラン卿が帰郷して結婚式をあげるというので、アイ様から様々なお土産を持たすように命じられたからだ。予算は金貨100枚。レミー様がその話を聞いて、感動で目を潤ませていたのが印象深かかった。


 そんな優しい主君に仕えられた自分を幸福に思う。予算の中にウエディングドレスというのも入っている。聞いたことはないのだが、アイ様の国では白いドレスをお嫁さんが着るのが決まりらしい。


 ウエディングドレスを流行らせて大儲けでつと、むふふと笑うその姿は幼女っぽくなく苦笑してしまったが。


 なので、職人の下へとウエディングドレスの出来上がりを見に行くのである。完成していたら、レミー様にお渡しするのである。


 屋敷を出発してから、のんびりと歩きながら考える。


 月光街も随分変わった。ハウゼン様たちが新しく雇った文官と屋敷に訪れたり、商人たちはアイ様にお目通りをと頭を下げてきた。大勢のメイドたちはお茶を出したり、掃除をしたりと頑張っている。


 アイ様たちは、また秘密裏になにかをしているようだ。屋敷にいるはずなのに、いつの間にかいない時が多い。噂では南部地域で勢力を伸ばしている陽光帝国と関係しているらしい。


 たった一年で元スラム街とは思えなくなった。歩く人々も仕事に忙しいとは言っているが、笑顔だ。誰も彼も健康そうで、もう絶望の表情をしているものはいない。壊れた家屋は既になく、公園には子供たちが遊んでいて、食堂ではお腹を空かせた人たちがたっぷりと食べ物を食べている。


 ここは月光街になったのだ。たぶん春のお祭り以降から。平民地区の者たちが祭りを羨み、一緒になって楽しもうと訪れたその時から。精神的には自分たちより上だと思っていた平民地区の人々が月光街に訪れた時に劣等感は消えてなくなったのだ。だから、皆は笑顔の中に誇らしい表情も混ざっていた。


 たぶんマーサも同じ表情になっているに違いない。もちろん私も誇らしいのだから。


 つらつらとそんなことを考えながら月光街を抜け、平民地区を通り他の月光街地区へと向かう。服飾職人で良い腕の人が他地区にいるのだ。もちろん元スラム街の住人である。この半年、ひたすら服を作ってきた人々の中で、キラリと腕が光る非凡な人をアイ様が職人に格上げしたのだ。


 とはいえ、まだまだの腕前ではあるので、ガイ様が主となって作っているはずだが。


 ガイ様の腕は一級品なのだ。その技を惜しげもなく教えるので、職人たちに尊敬されている。なにしろ様々な方面に詳しいので、是非弟子にして下さいと頭を下げる人たちが絶たないのだ。


 弟子をとることはなく、アイ様のお供をしているのがガイ様らしい。巨額のお金を稼げる立場でありながら、どうやら戦いをしているらしい。


 自分としては、安全な職人が良いのではと思うけど……忠臣なのだと思う。


 考えながら歩いていたら、ようやく職人の店が見えてくる。革職人などと違い臭いがしないのが綿布の一番の特徴かもと思いながら、お店へと入る。


 見習いさんたちが、私を見て挨拶を返してくるが……どうも変だ。騒がしい感じを受ける。店の奥でお喋りをしている声がするが、なんとなく友好的ではない空気だ。


「こんにちは。今日はレミー様のウエディングドレスを受け取りに来たのですが、親方はいますか?」


「あぁ、マーサさん。ガイ様なら来ていますよ。最終チェックとか言ってました。ただ面倒くさい人も来てまして……」


 私はガイ様とは言ってないのに、相手は得たりと教えてくれる。まるで私がガイ様がいる時を狙ってお店に来たみたいではないか。赤くなる頬を誤魔化すように、咳払いをしつつ尋ねる。


「また服を用立ててくれと言う商人が来たんですか?」


 段々と噂は広まってきており、この店の綿布を使った服は一級品だとも噂されるようになっている。それを聞いて、商人たちが買い付けに来るのだ。すべてアイ様の月光商会を通さないといけないのに。


 中には職人を引き抜こうとしてくる非常識な者もいた。職人を引き抜いても、綿布がなければなにもできないと思うのだが。


「悪いがこのドレスは売り物じゃねえ。それに見知らぬ貴族相手に服を作る気もないっ! 帰ってくんな。なぁ、今のあっしって頑固親父っぽくない? 帰ってくんなあたり?」


 怒鳴り声が聞こえてきたが、最後の台詞が嬉しそうに聞こえてきた。綺麗な純粋共通語なので誰かはすぐにわかる。決して他意はない。ないったら、ない。……すぐにあの人の声だとわかるなんて恥ずかしいし。


 だが次に聞こえてきた声を耳にして青褪めて立ちすくむ。それは……聞いたことがある声音であったから。


「なぁ、あんた? 私はね、こう見ても王都では知られた商人なんだ。毛糸にかけては知らぬ者がいないんだよ? 貴族にも顔が利くんだ」


「へー。だがここは毛糸じゃなくて綿布職人の店だ。あんたの扱う物とは違うと思うがね?」


「わからん奴だな? 次は綿布を扱おうと言うわけだ。その手始めとして、覚え目出度い伯爵様に素晴らしい逸品を贈ろうと思ってね。あんたらも金が稼げるようになる。もう小さな商売であくせくしなくて良いのだ。見る限りあんたはスラム街で燻っていた人間だろ?」


 ガイ様に言っているのだろうことは簡単に推測できる。失礼な物言いだった。胸がムカムカしてきて、強張った身体が自然に動かせるようになったので、私は奥へと入っていく。


「あっしが小悪党だとぅ? くっ! あっしの持つオーラがわからないとは。しっしっ。もう帰んな」


「意地をはることはないだろう? ほら、これだけの金貨を前金として渡そう。これだけの数の金貨を見たことあるかい?」


 奥に入ると言い争いはまだ続いていて、商人であろう太った中年男性とその護衛らしき男二人。そして、職人側にガイ様と数人の職人たちが立っていた。


 商人らしき男は100枚程度の金貨を職人が使う机に置いて、厭らしそうな笑みを浮かべている。……きっとこれだけの金貨を一般人は見たことがあるまいと考えていることは明らかだ。間抜けなことに、よりによってガイ様に見せるなんて……。


「ガイ様はその何十倍もの金貨を取り扱っているんです。間抜けで恥ずかしいので帰ったらどうでしょう、ジロンさん」


「な、何十倍? 馬鹿なことを……マーサ? マーサじゃないかっ」


 私の声を聞いて、振り向いた商人ジロンが驚く。なぜならば……。


「お久しぶりです。ジロンさん。勘当される前はお父さんと呼んでいましたが」


 私を伯爵家の侍女として仕えさせて、挙げ句に子供を妊娠して放り出された時に、貴族との揉め事はまずいと冷酷に勘当を言い渡してきた、かつての父親ジロンなのだから。


 丁寧に頭を下げる私へと、驚く表情はそのままでジロンはこちらを値踏みするようにジロジロと見てきた。そして私の着るメイド服の上等さに気づいたのだろう。商人としての目利きはさすがにあるようで、口元を曲げて話しかけてくる。


「まさか生きていたとは……ゴホン、私はあれから勘当は言いすぎたと後悔して、お前を探していたんだよ。その様子から見るに、また貴族の方にお仕えできたんだな、マーサ?」


「今は月光商会のアイ様の下に仕えています」


 探していたとはよく言う。探そうと思えば簡単に探せるはず。私はハラット古着屋に仕事を貰っていたのだから、少し探せばすぐに見つかったはずなのだ。探す気はなく、とっくに死んだとも思っていたに違いない。


 ジロンは私の仕える相手を聞いて、喜色を示す。まるで本当に私を勘当したことなどないように。まったくそのことを気にせずに、娘が出世をしたのだと喜ぶ様子を見せる。


「月光商会のアイ……! 今王都一番と呼ばれる商会じゃないかっ! 綿布を一手に扱い、驚くべき品物をたくさん扱っている……! やったなマーサ。さすがは私の娘だ! 勘当なんて、あの時の言葉の綾だったんだよ。私の娘よ」


 大仰に両手をあげて喜ぶジロン。その表情は喜びで輝いていて、そして醜悪な笑みを浮かべてもいた。これこそ面の皮が厚いというのだと、マーサは呆れてしまう。


 勘当だと放り出された時の私の気持ちをこの人は考えたことがあるのだろうか?


「そして、ジロンさんが交渉している方は月光の幹部の方ですよ。端金程度に喜びはしません」


 ガイ様を見て冷たい声音で告げると、ジロンはまた驚愕で顔を歪める。失敗を悟ったのだろう。ガイ様がこの程度の金貨で動じる訳がない。


「あぁ、そのとおりだ。あっしはこれでも月光ナンバーツーでね。わかったら、とっとと帰ってくんな」


 ジロンを睨みつけて、その肩を強く掴みながらガイ様がその強面で怒気を纏わせて言う。見慣れた私でも少し怖いと思ってしまうその声音は馬鹿にされたと怒っている様子であった。


「も、申し訳ありま」


「さっさと帰んな。でないと……。わかるな?」


 ジロンの護衛たちも青褪めて後退る威圧。そんな威圧を受けて、頭をペコペコ下げながら、ジロンは部屋を出ていく。が、私の横を通り過ぎるときに懇願するように耳元へとボソリと語りかけてきた。耳を塞いでいればよかったと思う内容を。


「マーサ。私はともかく母さんはお前を心配していたぞ? お前の弟もな。今度顔を見せに来ると良い。私たちはお前を歓迎するからな。うちは今まずい状況なんだ。お前の助けが必要なのだよ」


 そう語りかけて足早に去っていったのだった。……最悪である。たしかに母さんは優しかった。ただ優しかっただけなので、ジロンには逆らうこともしなかったけど。


 弟はどうなのだろう。私を心配したのだろうか? なにも助けてくれなかったのは変わりないが……。


 ジロンが去っていくのを見て、頭をかきながらガイ様が近寄ってきた。


「マーサ。あんまり考える必要はねぇですよ。一度里帰りしてから考えると良い。利益だけを考えている家族なら縁を切るのもよし。情が残っているなら、また縁を復活させても良し。まぁ、あっしも護衛についていきたいですんで、バッカス……コホン。あっしの用がすんでからが良いですが」


 たとえ小声でも貴族の身体能力を持つガイ様には聞こえていたのだろう。先程怒っている演技をしていた表情を変えて、優しい目をして言ってくれる。でも……勘当されたのに、私は彼らに情をまだ持っているのだろうか?


 自分の心に問いかけるが、その答えは出てこない。母さんたちに会えば、なにかを思うことがあるのだろうか?


「あっしの最初の家族は化け物に食われて皆死んじまいました。救いなく、女神様の加護もなく。だから、家族のことで悩むなら、生きているならとりあえず会って見てから考えれば良いんでさ。会わずに後悔するより、よっぽど良いし、気に入らなければあっしが守って見せますぜ」


 力瘤を見せて、力強い微笑みをかけてくれるガイ様。いつもと違う遠い目を一瞬したのを私は見逃さなかった。


 そうですか……。ガイ様にはそのような過去があったんですね。


 それなのに暗い影を見せずに笑うその様子に、マーサは心が痛くなる。この人は、それでもこれだけ優しいのだと。


「わかりました。一度会ってみようと思います。その時は一緒に行ってくださいね」


 優しいこの人と共に行くのならばきっとなにがあっても大丈夫だと、マーサも野花のような淡い笑みを愛しい人へと返すのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  優しいこの人と共に行くのならばきっとなにがあっても大丈夫だと、マーサも野花のような淡い笑みを愛しい人へと返すのであった。 ↑ ガイは月光街の壁に頭うちつけて 中身入れ替えたほうがいいよ …
[一言] サラッとナンバー2に復帰してるガイには(笑)
[良い点] 本当に面白いです。勇者は実は優秀ですよね。内政、裁縫、陶芸、など多才です。腹話術人形のお爺さんの方がポンコツw
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