124話 覚醒する幼女
お祭りだとトアーズの元農奴ポーラはウキウキとしていた。お祭りは嬉しい。お肉を食べられるからだ。しかも今日のお祭りはいつもと違うのだ。
「アイおねーちゃん。なにから食べに行こっか?」
銅貨を詰めた袋をギュッと握りしめて、隣でぽてぽてと歩く新しいお友だちに話しかける。同じぐらいのポーラからみても可愛らしい女の子。私よりも大人っぽいから、おねーちゃんだよね。
貴族っていう女の子らしいけど、他のお友だちと同じだ。以前に出会った騎士様の子供たちのように偉ぶったりはしないし、とっても優しい。えへへ。
「んと〜。ポーラしゃんは甘い物って好きでつか?」
コテンと首を傾げるアイおねーちゃんに、コクリと頷き返す。
「野いちご美味し〜よね! 野いちご売ってるかなぁ?」
たまに生えている野いちごを食べれるのだ。甘くて美味しいポーラのお気に入りである。
銅貨っていうのがあれば売ってくれるのだ。たぶん……。おと~さんとおか〜さんは心配してたけど、アイおねーちゃんがあたちが一緒にいるから大丈夫でつと説得してくれたのだ。
ふらりとやって来ては、癒やしのまほーという力でたくさんの人を助けていたので、勇気を出して一緒にお祭りにいこ〜と誘ったら、微笑んで頷いてくれたアイおねーちゃん。
私は甘い野いちごを探すのが得意なのだ。野いちごも売ってるかな? アイおねーちゃんにも食べてもらいたい。
「ふむふむ。野いちごは難しいかもしれましぇんね。でも、美味しい物がたくさん売ってると思うので、あたちに任せてくだしゃい」
むふ〜と、息を吐いて胸を張るアイおねーちゃん。お〜、美味しい物がたくさんあるんだ。楽しみ。
「うん、アイおねーちゃんにお任せします」
「任されまちた! ではしゅっぱーつ」
おててを繋ぎながら、幼女二人はてこてこと屋台の並ぶ中へと歩いていくのであった。
おっさん? なんのことやら。既に祭りのテンションで封印済みである。さらばおっさん、封印よ解けないでくれと、紳士たちがきっと願っている。
ワイワイガヤガヤと皆がお喋りをしながら、なにかを食べたり飲んだりしている。へーみんの人たちの中で、もとのーどの知り合いのおじさんたちも混じって、普通に話していた。なんか不思議。
「どうかしましたか? ポーラ」
なにか気になることがあった? とアイおねーちゃんが顔を覗きこんでくるので、指で集まっている人たちを指差す。
「んとね〜。せんそ〜に負けるまで、のーどはへーみんの人たちとあんまり普通に話せなかったの。でも今は普通にお話しているし、一緒の物を食べているから、不思議だなぁって」
不思議だよね? なにが変わったんだろう? おと~さんたちは大喜びしてたけど。泣いちゃってもいた。泣き虫は駄目だよって、いつも言ってたのに。
それを聞いたアイおねーちゃんは、柔らかな見ていてぽかぽかする笑みをしてくれた。
「ふふっ。そ〜でつね。でも、あれがふつ〜なんでつ。正直貴族階級もない方が良いとは思いまつが、力ある者が人々を守る世界でつし、貴族階級がなくなっても、今度は企業が貴族階級に取って代わるだけで本質は変わりませんしね」
「う〜んと? え〜と?」
なんだか難しい。さすがはアイおねーちゃん。私より頭が良い。何を言っているのかさっぱりわからないや。
「んと、今は農奴はなくなり、平民になったんです。だからあの光景はちっとも不思議じゃないんでつ。バンザ〜イ」
「バンザ〜イ」
不思議じゃないんだねと、私は頷き、アイおねーちゃんと一緒に手を掲げる。バンザ〜イ。
きっととっても良いことなのだ。おじさんたちも、おと~さんやおか〜さんも暖かいドテラを着込んで、下に着る服も穴だらけじゃなくなっているから、とっても良いことなのだ。
「では、まずは前菜といきましょ〜。前菜はホットグレープジュースでつ! 少しまだ寒いでつしね」
屋台の一つを指差して、アイおねーちゃんが笑顔で言う。グレープジュースってなんだろ?
お鍋でことこと紫色のなにかを煮ている人へと近づき、シュタッとアイおねーちゃんはおててをあげて、お鍋を煮ている人に話しかける。
「ホットグレープジュース二つくだしゃい!」
「へい、毎度。熱いから気をつけな!」
お鍋の人は木の器にホットグレープジュースというのをよそって渡してくれる。湯気がたっていて、熱々そう。
「熱いから気をつけて飲みまつ。ふ〜って」
「うん! ふ〜っ、ふ〜っ」
熱々のグレープジュースというのをそっと口に含む。口の中に甘みが広がりお腹がぽかぽかしてきた。これとっても美味しい!
「これとっても美味しいよ! 野いちごより甘〜い!」
「そうでしょ〜。そうでしょ〜。これはあたちの作った葡萄なんでつ。甘さが違いまつ」
「アイおねーちゃんが作ったんだ! すご〜い!」
アイおねーちゃんは葡萄作りの人だったんだ。すごい、私はお手伝いもまだなのに。もう自分で葡萄を作れるんだ。
「むふふ。もっと褒めて良いでつよ。あたちは褒められるのが大好きなんでつ」
「うん! 凄い凄い!」
ちっこいおててでパチパチ拍手をすると、むふふと胸を反らして、そらしすぎちゃって、コテンと後ろに転がっちゃうアイおねーちゃん。あわわ。褒め過ぎちゃった。
「大丈夫? アイおねーちゃん」
「大丈夫でつ! それよりも飲み終えたら次の屋台にしゅっぱーつ!」
アイおねーちゃんは既に飲み終えていた木の器を屋台の人に返して言う。私もゴクゴクと飲み終えて、手をあげる。
「うん! しゅっぱーつ!」
次の屋台はなんだろう? ワクワクだ。
アイおねーちゃんが連れてきてくれたのは、お蕎麦屋さんという屋台だった。お蕎麦屋さんのマークなんでつと、屋台に書いてある絵を指差して教えてくれる。
お蕎麦屋さんってなんだろうと、首を傾げて不思議に思っていると、鍋で煮ていた黒いスープと細い物を木の器に入れてくれた。最後に茶色いのを上に乗せて出来上がりと屋台の人はフォークと一緒に手渡してくれる。
「きつね蕎麦でつ。これも熱々なので注意が必要でつよ。ズズ〜っ」
アイおねーちゃんはフォークじゃなくて、二本の棒を使って器用に細い物を掬い上げて食べる。音を立てて食べて良いのかな?
「蕎麦と言う物は、音を立てて食べるのが礼儀なんでつ。蕎麦だけはそうなんでつ。異世界初の蕎麦だから、ここは重要」
なんだか最後の方が聞き取れなかったけど、音を立てて食べるらしい。
私もフォークでズズ〜っ。チュルンと喉を通って、これも熱々で美味しい。ちょうど良いしょっぱさと、スープに野菜やお肉が入っているし。
「鰹節がないので、残念ながら野菜や肉で出汁をとっていまつが、なかなかいけまつ。この茶色いのは狐が大好きな油揚げって言うんでつ」
「じゅわって、甘いのが口に広がって美味し〜。私、油揚げ大好きになった!」
「あたちも大好きでつ。火傷しないようにふーふーしながら食べましょ〜」
「うん! ふーふーっ」
二人で笑みを浮かべて、あっという間に食べちゃう。熱々なのを食べて少し暑くなってきたよ。
「鰹節……鰹節……なんとかなりませんかね? 錬金術の知識がほしい……」
なんだか、アイおねーちゃんは難しそうな顔をして食べ終えたけど、鰹節ってなんだろ?
その後も焼き鳥とか、フライドポテトとか、コロッケとかを食べまわった。お腹いっぱいになるから、アイおねーちゃんと半分こしながら。吟遊詩人さんが楽器を奏でながら英雄譚を語るのを二人でワクワクしながら聞いたり、髭もじゃの人が踊っているのを見て楽しんだり。本当のおねーちゃんみたいで、とっても嬉しい。
あっという間に楽しい時間は過ぎていって、夕方になってきちゃった。
「では、最後に甘い物を食べましょ〜。ドーナツ、ケーキ……なにが良いかな……。クレープ屋さん発見! クレープ屋にしましょ〜」
「クレープ屋さん〜」
またきっと美味しい物だろうと、アイおねーちゃんに手を引っ張られながら、てこてこと向かうと、私たちより少し年上っぽい女の子がやっている屋台だった。
「ここは苺チョコ生クリームにしときまつ! 2個くだしゃい!」
「苺チョコ生クリームですね。わかりました。わかっちゃいました。生クリームは大盛りにしますか? 今日は祭りなのでサービスしますよ」
「おぉ〜。大盛りでお願いしまつ! そういえば昔のクレープ屋って、そんなことができまちた……懐かしいでつ」
アイおねーちゃんの注文を聞いて、鉄板になにかドロドロしたのを垂らすと、棒を使ってしゃしゃっと女の子は素早く丸い形にする。そうして、真っ赤な果物や白い物をその上に乗せて、黒いのをピピッとつけてクルリンと巻いてしまう。
「はい、どうぞ。美味しくてきっとほっぺが落ちちゃいますよ。保証します」
「むむ、鉄板の上で作るとは……。年若いのに良い腕でつ」
女の子が手渡してくるのを受け取りながら、アイおねーちゃんは唸るように呟く。そうして私へと差し出してくる。これがクレープなのかな?
なんだかドキドキする。美味しそ〜。パクリ。
口の中に入れた途端にびっくりしちゃう。とっても美味し〜! これ凄い! 白いのがとっても甘くて柔らかくて、黒いのがそれに加わると甘さが引き立てられる! 赤い果物も甘いけどちょっと酸っぱくて、それがまた白いのの甘さとちょうど良い。
「白いのは生クリーム、黒いのはチョコレート、果物は苺でつ」
アイおねーちゃんが説明をしてくれるけど、これが苺? 野いちごとは違うのかな? 凄い美味しい。
二人で口元に生クリームをいっぱいつけながら食べちゃう。今日は凄い良い日だ。えへへ。
クレープ屋さんを見ながら食べていると、お店の女の子が次々に作るクレープに目を奪われる。魔法みたいにどんどん作っていく。少し私もやってみたい。
じ〜っと、見ていたら女の子が私の視線に気づいて手を止める。
「作ってみたいですか?」
にっこりと微笑む女の子。その言葉に良いかなぁとアイおねーちゃんを見ると、うんと頷いてくれた。
「作ってみたい!」
「了解です。ど〜んと作ってください。生クリームもタネもたくさんありますので。私が後ろでサポートしますから宇宙戦艦に乗ったつもりで安心して作れますよ」
「鉄板は熱いから気をつけてくだしゃいね」
ヘラとトンボというのを渡されて、ぎゅうと握りしめる。お料理は初めてだ。頑張ろ〜。
このタネというのをお玉にすくい、ていっとタネを鉄板に落とす。それでトンボで薄く丸く広げて、生クリームとかをとやぁっ。ぐるりんと包めて出来上がり。
少し皮が破れちゃった。う〜ん、残念。
でも褒めてくれるかなと、アイおねーちゃんを見るとポカンと口を開けていた。なにか変なことしたかな?
不安に思っていると、アイおねーちゃんが焦ったように叫ぶ。
「な、なんで幼女なのに、いきなりクレープ作れちゃうんでつか! サモン! まぁこぉとぉ〜」
その声にびっくりしちゃうけど、誰を呼んでいるのかわかる。妖精さんだ。そういえば今日は肩に乗ってなかったなぁ。
フヨフヨと妖精が串団子というのを持ちながら飛んでくる。そうして面倒くさそうに口を開く。
「なんだよ。あたしは今巨大団子を味わっているんだぜ」
「ポーラの特性! 特性はなんでつか? この間は耐性しか聞かなかったでつけど、特性ありまつよね?」
「ん? そういやあるな。料理の才能だな。作る料理判定に+1つくんだぜ」
「やっぱり! 凄い才能でつ! 鰹節の可能性キター! どんな料理にも+1の成功の可能性を乗せられるなら、鰹節も夢じゃないでつよ!」
きゃー、と小躍りするアイおねーちゃん。おさげをフリフリ、おしりをフリフリ。楽しそうだから、私も一緒に踊っちゃう。フリフリ。
幼女二人の踊りに皆が癒やされる。ほのぼのとした雰囲気になっていく中で、キラリと目を光らせてアイおねーちゃんが手を握ってきた。
「両親のどちらかがこの特性を持っているのでつよね? いや、親戚もいるはじゅ……。全員雇いまつ! ポーラしゃん、あたちのおうちに来ませんか?」
アイおねーちゃんが興奮しながら言ってくる。なんだろう? よくわからないけど、アイおねーちゃんと一緒にいれるという意味かな?
「おと〜さんとおか〜さんに聞かないとわかんないよぉ? でも、私もアイおねーちゃんと一緒にいたい!」
「決まりでつね。それじゃ、ポーラのご両親に挨拶しまつ! 貴方の娘をくだしゃいって!」
手を引っ張られて、早く行こうと促すアイおねーちゃんに、なんだか良いことがあるのかもとついていく。クレープ屋の女の子が幸せにねと、クププと可笑しそうに笑って手を振っていたから、手を振り返す。
そうして、私は、ううん私たちは月光街にお引っ越しをすることになった。親戚中も集められて30人程の集団で。
月光街にお引っ越しをして、またまた驚くことがたくさんあるんだけど、それはまた今度。えへへ。