123話 炎と鍛冶の国のバッカス王と黒幕幼女
炎と鍛冶の国を治めるドワーフの王バッカスは蹌踉めきながら歩いていた。息は荒くその足取りは覚束ない。
「皆、ついてきておるか? まだ意識はあるか?」
ゼェゼェと息を荒げて、周りへと問いかけるが、常に自分を守る護衛の屈強であるドワーフの戦士たちは誰もいない。
「うぬぅ……。おのれ陽光帝国……。不意打ちとは卑怯な……」
最後の一人になってしまったのかと、嘆息しつつ足を早める。樽のような腹で、体格は小柄ではあるがその筋力と器用さは誰にも負けないドワーフ。作り上げた武具は一流で、戦う際の勇猛ぶりも一流だ。陽光帝国とやらからの招待を受けて、堂々と訪問する胆力もバッカスたちにはあった。
裏などなく、正々堂々と訪問したバッカスたち100人。トアーズに訪れたバッカスたちを陽光帝国の者は卑怯にも不意打ちを仕掛けてきたのだ。
その不意打ちにより戦士たちはひとり、またひとりと離脱していき、最後に残ったのはバッカス王ただ一人であった。
トアーズの街の中を歩き、次の角を曲がると、見慣れたドワーフの戦士たちがゾンビのようにこちらへと歩いてきていた。
「バッカスや〜。お主もこっちにこい〜」
「一箇所にしろ〜」
「もう疲れただろ〜」
手を胸の前にあげて、死者のような囁きをしてくる仲間へとバッカスは歯をギシリと噛み締めて怒鳴る。
「うるさいっ! まだ見たことのない酒があるかもしれんじゃろっ! 儂は全ての酒を飲むぞ!」
ラム酒とやらを気に入って、腰を落ち着けて飲んでいる仲間たちへと
「日本酒に焼酎、ウィスキーにジン、ラム酒とやらは全部味が違うんじゃ。しかも街の各所でてんでばらばらに売っておる! ドワーフの誇りにかけて全部飲むまで歩みを止めることはできんっ!」
炎と鍛冶の国を治めるドワーフの王バッカス。酒好きなドワーフは一箇所に腰を落ち着けて飲む情けない仲間たちへと告げて、再びよろよろと歩き始めるのであった。
さすがのドワーフでも、かなりの酒を飲んでいるので酔っちゃっていた。
砂糖とはただそれだけで売れる商品である。しかしながら砂糖を作る際のサトウキビの絞りかすから酒も作れるのだ。
ラム酒という伝統的酒が。異世界物で砂糖で大儲けをする話は多いけど、ラム酒で大儲けをする主人公って見たことないんだよな。なんでだろと幼女は首を傾げてしまう。
エールとワインだけの世界なら人気になるはずなのにと。目の前のドワーフみたいに。
「ラム酒とやらは美味いっ。他の酒も美味いな、月光の。ツマミも最高じゃっ! 出会えたことに感謝を! ウハハハ」
陽気にラム酒を飲んで笑うのは、バッカス王である。テンプレドワーフなので、酒好きなのだ。
「うむ、バッカス殿、なかなかの飲みっぷり。やりますな。こちらの酒もいかがか?」
「共人なのに、酒豪じゃな、ギュンター殿」
高ステータスのぼうぎょにより、毒耐性の高いギュンター爺さんが飲むのに付き合い、ワハハと周りのドワーフたちも上機嫌で笑いながら飲む。
「酒樽がどんどん消費されていきますぜ。さすがはドワーフ」
街の各所に散ってしまったドワーフたちを集めるべく、大量の酒樽を広場に置いておびき寄せたのだが、山のように積まれた酒樽が次々と空になっていくのを見て、ガイが感心半分呆れ半分といった感じで言う。
「酒の化身と言ってもおかしくないでつね。凄い飲みっぷりでつ」
「そ、そうですね。お酒ってそんなに美味しいのかな? ケーキの方が美味しいと思うのに」
「……スノーしゃんはお酒を飲まないんでつね。まぁ、好みの問題でつ。そういえばキャラの五感とリンクしてるんでつね」
「うん、異世界の食べ物を味わえないと悲しいでしょって、このキャラは五感リンクしているの」
口元に生クリームをたっぷりとつけて、ホールのショートケーキに齧り付いている少女をアイは呆れた視線で見る。それは何個目のホールケーキ? スノーはお菓子の精霊だったっけ?
バッカス王のそばには空の酒樽。スノー皇帝のそばには山のようなケーキやらドーナツやら。
地位の偉い二人が話し合うにはカオスな光景であった。幼女もそばでココアを飲みまつ。クピクピ。
「で、スノー皇帝。儂になんのようか? ただ祭りに招待した訳ではあるまい」
ごくごくとラム酒を飲みながらも、バッカス王は鋭い視線でこちらへと問いかけてくる。どうやら真面目な話を始めるつもりだ。
片手に銅製のジョッキ、片手にネギマを持ちながら。
「はい。もちろんただ招待した訳ではありません。我が国の力を見てもらおうと思いまふぇへ」
スノーも真面目な表情で頷き、お遊びはおしまいと話始める。
片手にドーナツ、片手にチョコケーキを手にしながら。
「力とな」
グビグビ
「そうです」
ハグハグ
「この祭りで」
ゴクゴク
「我が国の」
モグモグ
「二人共、食べたり飲んだり禁止! 真面目に話し合いなちゃい!」
酒を飲んだりお菓子を食べながら話そうとするアホ二人の頭をはたいていく。舐めてんの、こいつら?
「真面目に話し合いをしない悪い子には、もう追加のお酒もお菓子もありませんからね! アンチドーテ!」
怒れる幼女はバッカスの酔いも覚ましておく。真面目にやれ、真面目に。まったくもぉ〜。
プンスコ怒る幼女に仕方ないなぁと、二人は真面目な表情になる。
「広場だから周りは人だらけだけど、気にしなくて良いでつから。悪巧みをする訳ではないでつからね。ね、スノーしゃん」
「え、と、そうですね。悪巧みではないです。話は簡単。バッカス王、私の配下になってください。侯爵の地位と本領安堵が条件です」
おどおどしながらスノーが言う。その内容にバッカスは目を見開き驚く。
「まさか誤魔化しもなく、正面から言ってくるとはの。驚いたぞ」
こんな祭りの場で言う内容ではない。なのに、あっさりと言ってくる皇帝の胆力とその意味に舌打ちするバッカス。
返答がどちらに転んでも問題ないとこの皇帝は考えているのだ。この話をバッカスが受ければ良し。断ってもバッカス王国を潰せるとの自信を見せているのだ。見かけは弱々しい少女に見えるが、その胆力は皇帝の器である。
「知っておろうが、バッカス王国は山脈に位置する30万の人口の国じゃ。そばにはオーマとデガッサという15万の人口を持つ鉱山都市国家もある。魔帝国の侵攻があった際にすぐに対応するべく作られた同盟国の盟主じゃぞ?」
「知っていますよ?」
サラリと答えるスノーへと地面にジョッキを叩きつけて、バッカスは殺気とも思える凄みを見せながら睨んでくる。
「わかっとらん! バッカス同盟国は計16国、バッカスとオーマ、デガッサの大国3国、5万人の国が6国、5000人の小国が7国。衛星都市も含めればその総計は100万人を超える! そなたの国とは規模が違うのだ。国力が違うんじゃ! なぜそのような言葉を吐けるのか根拠はあるのかの?」
陽光帝国は30万人。たしかに降伏を求める国としては弱すぎるよな。だが問題はないと思うんだ。都市国家という時点で弱いから。
「根拠は我が国は私の一存で動かせるというところです。30万人の国を操れます。バッカスさんは100万人を操れますか? 同盟国と言いながら実のところ、バッカス国しか操れないでしょう? ほら、私の国とバッカス王国は同格ですね? そして同数の国に我が国は絶対に負けません」
弱々しい視線でバッカスを見ながらも、その内容は辛辣なスノー。バッカスはその言葉に顔を顰める。馬鹿にされているとも、見下されているとも思われる台詞だからだ。
しかしながら、スノーは弱々しい表情だが、その言葉の裏に自信を感じさせた。本当にそうだと心の底から考えているのだとわかる。
傲岸不遜の皇帝だと、バッカスは少女を見て、さらに言葉を重ねる。
「同盟は同盟じゃ。儂の国と戦っている間に他国が救援に来るぞ? 儂の国は短期間で落とされるほど情けない弱き国ではないしの」
「オーマとデガッサは救援に来るかもしれませんね。でも他の国はどうでしょう? 冬の被害はなかったんですか? 我が国はなかったんですが」
「うぬっ……」
痛いところをつかれたとバッカスは苦々しく思う。鉱山都市国家であるバッカス、オーマ、デガッサはたしかにこの冬の大雪と、新種の魔物に対しても被害は少なかった。そもそも薪は鍛冶の為に大量にストックしてあったし、雪は降らなかった。平原が少なく食糧が乏しいバッカス王国らは常に他国から仕入れた食糧で倉庫をいっぱいにしていたこともある。
周囲の魔物も常に腕試しと伐採のために狩っていたので、冬の新種の魔物も少なかったのだ。……冬の魔物は問題はなかった。そもそも……冬がこなかったのだ。
だが他国は違う。特に魔物の間引きをしていなかった国や、海沿いでそもそも海中にいる魔物群など間引きできなかった国の被害は大きい。
バッカスが予想するに、他国は救援には来るまい。なぜならば陽光帝国はバッカス王国と同規模の国なのだ。救援に向かわなくても、バッカス王国だけで対応できるだろうと思われるに決まっている。
他国が危機に陥るのはバッカス王国が陥落した時に違いない。
ならば陽光帝国にバッカス王国は勝てるのか? 都市を防衛するだけでも良い。鉱山都市はアリの巣のように山中に作られており、防衛をするのは問題はないだろう。今はまだ。今のバッカス王国は大変な問題を抱えているのだが……。
「降伏の条件としては、月光から7日間で大木になる木の種を購入する権利。そして様々な酒の原料の購入権。独占ではないですけど、これらをバッカスさんに与えます」
「木? 木というのか? たった7日間で育つ木とな?」
バッカスはその内容に身体を強張らせる。スノーの提案は驚くほど魅力的であった。なにしろ今のバッカス王国はある問題を抱えていたからだ。
「そうです。火山が活動を始めて、なぜか周囲の木々は育たなくなって、新種の炎の魔物が闊歩し始めたバッカス王国にはちょうど良いかと」
やはり知っていたかとバッカスは口を歪める。隠すこともできないことなので、仕方ないとも言えたが。
「……火山にて炎のドラゴンが現れた。今までは熱くもない普通の山であったのに、まるで熱した鉄板のようになってしもうた。凶悪な力を持つ魔物たちが現れ始め、火山周辺の山々の木々も枯れてしもうた。儂らの生命線である薪は少しずつ減っておる。それが本当ならば……」
検討しても良い。このままでは枯れ山で鍛冶もできずにドワーフたちは苦しみ、最後には国を捨てることになるだろうから。薪は嵩張るし、食糧に加えて木材も仕入れる必要があるとなれば他国に牛耳られるのは目に見えていたからだ。
「バッカスしゃん。あたちたち月光がバッカス王国に行きまつよ! 美味しいお酒と、魔法の種を持っていきまつので安心してくだしゃい」
ドワーフ王の苦渋の表情を見逃さずに、幼女は元気よくおててをあげた。人助けをするのは良いことだよねと、無邪気な笑顔でムフンと胸をそらす。
幼女の言う人助けとは、自分自身を一番に助けることを言う。
「え、と、そういう言う訳です。月光の人たちがそちらへ訪問しますので、問題が解決したら、是非私の提案を考慮してください」
お願いしますと、スノーも胸の前でおててを握りしめて、うるうるおめめでバッカスへと告げる。
「小悪魔たちだぜ……」
妖精が呆れた呟きをするが、バッカスの耳には届かず、それならばと黒幕幼女たちの提案を受けるのであった。