122話 春の祭りと黒幕幼女
月光街がざわめく人々で埋め尽くされていた。どこもかしこもヒトヒトヒトである。幼女の考えた都市計画の下、大通りは整備され、そこかしこに公園が作られている。
その公園には屋台が作られて、なにやら様々な物を忙しく作っている人々がいる。
雪解けとなり、大地に若芽が芽吹いてきて、寒さも和らぎ春へと季節が移り変わる境目。ちょうどその季節に月光は祭りを開いているのだ。
春の訪れを喜ぶ祭りと名称はなっている。今年の大雪と寒さにより、鬱憤のたまっていた人々はそれを聞き大喜びして、集まっていたのだ。
しかも……。
「ど〜ぞ。お祭りを楽しんでくださいね」
はい、どうぞと銅貨の入った袋を幼女たちが配布しているのだ。その枚数はなんと100枚。月光街の人々へとお祭りだからと配っている月光の幹部たちなのだった。
「ありがとうございます、アイ様」
「これでたっぷりと酒が飲めまさ」
「甘い物かえりゅ?」
老若男女がアイたちの前に並び、感謝の言葉を紡ぎながらお金を貰って喜びの笑顔を見せる。アイにしても銅貨100枚なら祭りにちょうど良いお小遣いだと満足していた。前回は銅貨10枚だったので、月光が大躍進していると皆にもアピールできるし。
またもや民忠が大きく上がるよと、無邪気な幼女スマイルの裏で大悪魔オッサンがほくそ笑んでいたりもしていた。
「お嬢さん。祭りをあっしと巡りませんか?」
「すいません。私結婚したんです」
髭もじゃの小物がナンパをするが、にこやかにナンパ相手が断っていたりもした。まぁ、いつものことだろう。
ギュンター、ランカ、リンも銅貨を配っている。他の月光地域でも今頃ダツたちが配布している。草鞋などの細かい金額の物の売上などで銅貨が文字通り山となっていたのでちょうど良い。この冬の儲けは金貨64万枚。半纏がたくさん売れて、薪やら炭の売り上げが良かったのだ。でもお金はほとんど銅貨だったので。
陽光帝国とは別資産の月光商会。その資産は国と比べると少ないが、その分自由に使える。そのお金を使い月光の部下に銀貨1枚程度配っても、2万4000人だから計金貨2400枚。痛くもない使い道である。
民忠が上がり、貯まりすぎて困っていた銅貨も捌けるし。あ、二回貰おうとするのは無しだよ、そこの人。俺らはブンカンたちが念話越しに見ているのだ。不正はだいたい防ぐぞ。
「皆しゃん。それでは食べて飲んで遊んでください! 月光の春祭りはじめま〜つ」
「お〜! 食うぞ〜」
「飲むぞ〜」
「甘い物たべりゅ〜」
幼女が銅貨を配り終えて万歳して、春に相応しい元気な可愛らしい声で叫び、人々は声を揃えて片手を突き上げるのであった。
と言う訳で、幼女はさらなる飛躍を求めて屋台にいた。ふんふんと鼻息荒く浮遊で浮いて、なにかを作ろうとしていた。なにが、と言う訳かというと、月光の食べ物をアピールアピールするつもり。
「売り上げ勝負でつよ、ガイ!」
ちっこい人差し指を隣の屋台にいるガイへと突きつける。クククとねじり鉢巻に半纏を着て、その姿が似合いすぎる小物将軍ガイは含み笑いで返してきた。
危ないから降りなさいと、んしょんしょと頭に登ろうとしていた小さい女の子をゆっくりと下ろしながら。あの女の子はいつもガイの頭に登ろうとするけど、なにかポリシーがあるのかな?
「あっしの勝ちでさ、親分! 遂に下剋上が始まるとき。いきますぜ〜。ガイ岡ガイ郎の力をお見せしますぜ」
大量の油を入れた鍋が置いてあり、そこにガイはなにかを入れていく。その手に持つ薄く切られたなにかが油の中で弾けるようにパチパチ音を立てて揚がっていく。
おぉ〜と、観客たちがその様子を珍しげに眺める。大量の油を使うということ自体見たことがない人々なのだ。揚がっていく音を聞いて、興味津々である。
「へへっ。売れると思って大量に買い込んだじゃが芋を捌くお洒落な食べ物。薄く切った芋を揚げた後にもう一度揚げると空気が入って膨らむこの食べ物。ポムスフレだぁ〜!」
叫びながら手を振り上げて、足を伸ばし無駄に大仰な動きをしながら作っていたのはポムスフレであった。
さすがはガイ。サマルなおっさんだけあって難しいはずのポムスフレを上手く空気を入れて膨らまし作っていく。そうして得意げに周りでなんだろ〜と窺っていた子供たちにピンポン玉のように膨らんだポムスフレを熱いから気をつけて食べろよと渡していく。
ポムスフレとは三ミリ程度の薄さにして油で揚げたフライドポテトを冷ましたあとに、もう一度油で揚げると空気が入りピンポン玉のように膨らむフランス料理の付け合わせの揚げた芋のことを言う。見かけは面白いが作るにあたり難易度が高い代物であり……。
「お前ら、美味しくておっしゃれ〜、ガイさん、これならモテモテだよと叫んで良いんだぜ?」
ガイのウキウキとした声音での問いかけに、子供たちは困ったような顔になっちゃう。
「食べ甲斐がないよ」
「おいちくない」
「最初に揚げた方のがうめー」
「ガイだけに食べ甲斐がないですね」
「失格だな、ガイ郎」
そうして素直に散々な評価を告げるのであった。最後らへんの発言者は子供たちに混じったリンとランカ。おっさんギャグはリンは止めたほうが良いと思います。
というか、ポムスフレにする前の方、フライドポテトの方が人気があった。ざっくりとして美味し〜と子供たちはどんどんフライドポテトを食べていく。
「ええっ! 美味しくておっしゃれ〜じゃないのか?」
ショックで仰け反る勇者ガイ。漫画だと祭りで大受けだったのにと、予想外の子供たちの様子に戸惑っていた。
が、当たり前である。
「ポムスフレは所詮付け合わせ。パリッとした感触はしまつけど、薄すぎる芋はまったく食べ甲斐も味も無いから、現実ではフライドポテトかポテチの方が美味しいんでつ」
「本当ですかい〜? あ、ホントだ。こりゃ受け狙いでしか無理ですね」
パクリと自分の作ったポムスフレを食べて、肩を落とすおっさんである。たしかにただでさえ薄かった芋が空気で膨らんだことによりパリッとした感触が残るだけで、全然食べている感じがしないと理解したのだ。
あの漫画は真実しか書かないと思ったのになぁとガッカリしていた。あっしのモテモテ計画が破綻したと。わかるよ。俺も目玉焼きについて話し合う世界的組織が現実にあると思ってたから。
常にモテモテハーレム計画を目指すおっさんがここにいた。
そして常に頓挫するおっさんでもあったりした。
ちなみにフライドポテトも駄目である。幼女的に。なぜならば芋と油しか使ってないから。
「あほっ! この屋台の意味をわかってまつ? 月光の商品をアピールしろって言ったでしょ! こういうのを作りなさい。こういうのを。」
ジト目でアイはガイに告げて、手にしたコッペパンをぶん投げる。グホッとガイが口に入ってきたコッペパンに驚いてむせちゃたりするがスルー。
「てやあっ、とやぁっ」
「あたしも手伝うぜ。オラオラ〜」
幼女の屋台は鉄板が置かれており、炭が燃えて熱々状態になっていた。そこに麺を放り投げて、あたしも手伝うと妖精もそばに来る。
ジュワ〜と音がして麺が焼かれていき野菜を投入。そして全体が焼けてきたら小壺に入れた黒い液体を撒く。ジュワジュワと音がして良い匂いが周囲に広がっていく。
「ふふふ、マコト、パンの方はお願いしまつ」
「任せるんだぜ。とやあっとな」
フンスフンスと鼻を鳴らしながら、アイはとやあっと焼きそばを作っていき、マコトが小さな身体をめいいっぱい使い、手にしたコッペパンを鉄板の上で多少炙る。
「凄い良い匂いだな」
「あぁ、腹が減ってきたよ」
「おと〜さん、あれ食べた〜い」
ソースの焦げる良い匂いが広がっていき、観客はお腹が空いたとアイたちを注目する。そうだろう、そうだろう。ソースの匂いは最強なのだ。
月光商品として、醤油、味噌、ソースも売り出す予定なのである。小壺で小分けして売れば平民でも買ってくれると思うんだ。銀貨1枚程度で。
「こっちは良いぜ」
「こっちもでつ! それじゃ、焼きそばパンを今から売りま〜す! 幼女と妖精の焼きそばパン屋でつよ〜。えと〜、お祭り価格銅貨5枚で〜つ! 普段なら倍はしまつよ〜」
ペシペシとコッペパンをひっくり返して炙っていたマコトを見て頷き、観客たちへとアピールする。完売目指しちゃうぜ。
「一つおくれ」
「わぁ、このパン柔らか〜い」
「凄い! これ初めて食べる!」
「俺も売ってくれ!」
あいよと、可愛らしい声で幼女は答えて、コッペパンに切れ目を入れて、たっぷりと焼きそばを入れて、お客へと売っていく。ランカ、リン、会計係よろしく。
皆が我先にと焼きそばパンを買っていき、口にして驚く。コッペパンの柔らかさ、焼きそばに使われたソースの美味しさに。
誰も彼もが焼きそばパンを買いに来る。焼きそばパンサイコー。
「やっぱり焼きそばパンは最強でちたね」
「あぁ、どんどん焼いていくぜ」
どんな世界でも焼きそばパンは最高だよねと売り捌く。これでソースの味が噂にのぼるだろう。
「豚汁はいかが〜?」
「みたらし団子ありますよ〜」
「ドーナツ売ってま〜す」
「クレープ屋です。クレープ屋ですよ」
そこかしこから、月光の商品の宣伝をすべく、様々な食べ物を売る屋台。クレープ屋なんか作ったっけ? まぁ、良いか。
これは宣伝になることは間違いない。なにしろ祭りと聞いて、平民地区の人たちも多数来ているので。
皆、幸せそうに笑顔だ。その笑顔を見ていると知らず口元が綻ぶ。
「じゃんじゃん売って儲けましょー。たっぷりとまた銅貨が増えそうでつが」
「うおーっ! フライドポテトとコロッケパン、揚げパンに変更だぁ! 親分、コッペパン分けて〜」
「分けてあげて〜」
「新しいの作るんだって〜」
「甘いの?」
ガイが焼きそばパンを真似しようと、子供たちにまとわりつかれながら、情けない声で言ってくるので、仕方ないなぁと渡してあげる。コッペパンはたくさんあるから大丈夫。
「ガイ様。私もお手伝いしますね?」
「手伝う〜」
「何すれば良いの?」
「甘いのつくりゅ?」
いつの間にか来ていたマーサがにこやかな笑みで手伝うと言って、勇者ガイはよろしくお願いしと頼み込む。子供たちもおててをあげて手伝うと言ってくるので、まずは芋を潰して、あ、マーサは卵を買ってきてと和気藹々と皆で作り出すのであった。
「月光は太っ腹だなぁ」
「食べたことのない物ばかりだ」
「俺たちでも、あの液体は買えるのかなぁ?」
今まで食べたことのない味に皆は感動しきりである。硬いパンに薄い塩味の野菜スープがほとんど。お祭りで食べれる肉が唯一の楽しみであった人々にこの味の洪水は刺激的なのだ。
「ヤックデカルチャーなんだぜ」
「マコトの歳がわかりまつね」
なんだとこんにゃろーと、妖精が髪の毛を引っ張ってくるのを防ぎながら、明日はトアーズでお祭りだと考える。祭りの日にちを少しだけ各都市でずらして行っているのだ。
「バッカスの人が招待を受けてくれれば良いんでつが」
様々な物を売って、どこの屋台も行列が並び忙しそうだ。これが他の都市でも起こるだろうことは間違いない。
「祭りを楽しまない人間なんていないんだぜ。特にドワーフは祭り好きだからな」
「まぁ、ダメ元の作戦でつからね。失敗しても気にはしませんよ」
あたちもお祭りを楽しもうと、再び焼きそばを焼き始めて、笑顔を振りまく黒幕幼女であった。