120話 大商会の当主と会う黒幕幼女
ほへーと顔をあげて、幼女は建物を見上げていた。黒目黒髪の幼女はおさげをぶんぶん振って、大きな建物を見ていた。ほけ〜っと口を大きく開けて感心していた。
その愛らしい様子にシルの執事セバスがなにかお菓子をあげないとと小袋からクッキーを取り出して手渡してくる。
孫娘のように幼女を可愛がるお爺さん執事のクッキーを受け取り、ありあと〜と笑顔でパクリ。貰ったクッキーを食べて、僅かに目を細める。
想像と違って、カチカチの硬いクッキーではなく、ホロホロと口の中で崩れる甘くて美味しいクッキーだったのだ。
「セバスしゃん。これは砂糖入りでつね? バターも使って美味しいでつ!」
「ハハハ。そうでしょう。マーサさんに頂いた角砂糖を使い、教わったレシピで作ったバターとミルク入りのクッキーですので」
頭をナデナデしてくる嬉しそうなお爺さん執事に、なるほどねとアイは内心で思う。こういう風に様々なやり方が広がっていくんだなぁと。
マーサだけではなく、フロンテ商会の召使いも大勢雇っている。情報漏洩は気にする程ではない。必要であれば角砂糖も配って良いと伝えてあるし。
それに月光の凄さを広めているも同然だしな。
「マーサさんやララは角砂糖を通貨代わりに使っているものね。効果的よね、角砂糖を貰えるとなれば便宜を計ってくれる人は多いもの」
後ろから皮肉を交えて声をかけてくるのはシルである。見たことのない美味しい食べ物ってお金と違って貰うのに罪悪感も湧きにくいし、賄賂としてサイコーなのだから仕方ないでしょ。
「それより、良かったの? 貴女が訪問する必要はなかったのよ? 本来であればお父様が月光に足を運ぶ立場なのに」
僅か一年で立場が変わってしまったわねと、シルは肩をすくめる。当初は毛皮を売るちょっと変わった相手としか思わなかったのに、短時間でもはやフロンテ商会が相手にならない巨大な商会となってしまった。国の支援があったとしても信じられない早さだ。
「いいんでつよ。あたちはあまり他人の屋敷とか訪問したことなかったでつし。フロンテ商会は趣きのある建物でつね」
ムフンと息を吐き、微笑む幼女。シルの言うとおり、今日はフロンテ商会当主に会いに来たのである。商会の屋敷って居住用じゃないから面白いな。来てよかったよ。
「そう言って貰えて嬉しいわ。ほら、出て来たわよ」
屋敷の正面玄関の扉が開き、召使いたちが両脇にズラリと並び、奥に貫禄のある中年男性と横には長男ロンデルと次男テルテが立っていた。
てこてことアイと護衛のギュンターたちが歩いていくと、両手をあげて中年男性が笑みを浮かべて口を開く。
「ようこそ、アイ様。フロンテ商会の当主フロンテと申します。本日はご足労をして頂き申し訳ない」
中年男性、即ち今日の訪問相手である大商会の当主フロンテが歓迎の意を示してくる。
「いえいえ、シルしゃんにはとても助けられてまつので、一度お礼を伝えるためにお会いしたかったでつから」
もちろんアイは笑顔で、問題ないと答えつつ、さて、何の用で会いたかったのかなと、考えを巡らすのであった。
屋根が平面だ。なんというか豆腐な感じ。四角の建物なのである。屋根が平面というのは文化かな? 商会の使う建物ってだいたいそんな感じなんだなぁと、応接間に通されて、ふかふかソファに座った幼女はぼんやりとそんなことを思った。
これ、冬の間は家屋が潰れないように雪かきするのも大変だったろうなとも。なんでお店は屋根をつけないんだろ? なにかの慣習かな?
「改めまして、フロンテ商会の当主フロンテと申しますアイ様」
「初めまちて! 月光商会の支部長、アイと申します。長年この王都でやってきた老舗の商会当主とお会いできて光栄でつ」
挨拶をするフロンテはにこやかな笑顔だ。おっさんなので、胡散臭い感じしか受けないけど。どうもおっさんの笑顔ってデフォルトで胡散臭いと思うのは俺だけだろうか?
幼女ならば、皆は癒やされちゃうので、これをおっさん胡散臭い笑顔の法則と名づけよう。
アホなことを内心で考えるアイとは別に、応接間には対面にフロンテと息子さんたち。こちらはアイと隣にギュンター、なぜかシルもこちら側に座っている。月光の一員アピールをしたいのだろう。
応接間は上品な内装で、センスの良さを見せている。フロンテは多少恰幅がよく、鋭い目つきとナイスミドルな顔つきで、いかにもやり手と言う感じ。即ち油断できない相手ということだ。
しばらくは世間話をする。この冬で作物が全滅したこと。新種の魔物により傭兵たちの被害が大きいこと。暇を持て余した者たちがリバーシばかりしていたことなど。
そうして時間が過ぎてゆくと、ドアが開きトレイに良い匂いの物をのせてメイドが入ってきた。
失礼しますと、メイド服を着たメイドさんがテーブルにクッキーとココアを置いてくれる。ココアのカップは白い陶器である。どこかで見たことあるね、この陶器。滑らかな肌触り、真っ白な陶器にさり気なく模様が入っている。
どう見てもガイ原雄山の作です。ありがとうございます。勇者は寒中水泳が好きだったなと、ガイにあとでやってもらおうと考えるアイへとフロンテが話しかけてくる。
「月光商会の多様な商品とその素晴らしさには頭が下がります。ソファからテーブル、飲み物からお菓子まで全て月光商会の商品とお分かり頂けたかと存じますが」
「そ〜でつね。売っていないのもありまつが、シルしゃんにはお世話になっていまつし、メイドしゃんたちも大勢雇っていまつしね」
スパイ行為と言っても可愛らしいものだ。幼女は気にしないよと、平然として答える。問題はスキルを使ってスパイ活動をしてくる奴らだし。
「そう言って頂けると、こちらとしても助かります。……正直、アイ様にこれまでお会いしなかったのは、貴族に潰されるのではと思っていたからなのです」
「あたちたちは、まっとーな商会なので宰相様が後ろ盾になってくれまちた。でも、その気持ちもわかるので、気にしないでください」
正直に言ってくるフロンテに、何を言い出すのかと首を傾げる。商人が相手の機嫌を悪くする恐れがあるのに、正直に潰されるのではと思ってましたなんて言うなんて、心を開いて告げましたアピールだ。
その目的は相手と接近したい時に使う常套手段。俺の性格を調べておけば分の悪い賭けでもない。が、俺も商人なので、その先の会話に興味はあるが、誠実で正直者なんだなとは思わないぜ、悪いね。
常に裏を考える嫌なおっさんである。職業幼女でなければ、この異世界で皆に信用される可能性は低かったかもしれない。
「そうですな。貴族への上納金をなくす覚書を手にし、王都の商会を次々と傘下に納め、南部地域でも確固たる地位を築いているご様子。素晴らしいとの一言では表しきれないでしょう」
なにかしら含みがありそうな物言いのフロンテ。クッキーを一口齧りココアを飲むと、手にするコーヒーカップを、こちらへと見せてくる。なるほど。
「我らの脇が甘いと言うことであろうか、フロンテ殿」
隣で甘いものより、酒が良いですなぁと念話で話しかけてくる爺さんが話に加わる。というか、参加させた。これ以上は幼女だと変なことになるので、酒騎士にお任せしとく。聖騎士だったっけ?
台本、台本が必要だけど、仕方ないので幼女のセリフを繰り返してもらおうと、アイがギュンター爺さんへと伝える。モニターを見ることができれば、物凄い間抜けな光景であることは間違いない。
なにしろ幼女の言葉をお爺さんが繰り返すだけなのだ。お爺さん、病院に行きます?と心配する人もいるはずである。
「商人たちは、たったこれだけのカップでも血眼になって手に入れようとします。レシピなどもそうです。貴方たちにはたいしたことがない品なのは、今までの情報から理解しております。されど、そういった些細なことが大きな噂となり、作られた真実が生まれ、敵への弱みとなることもあるでしょう」
「……ふむ、そのような事柄を気にしては動くことはできぬ。が、それを口にしたということは、なにかしらの提案があるのだな?」
鋭い目つきでフロンテを見つめながらギュンターが問いかける。カリスマ溢れる爺さんだと一般人なら及び腰になるだろう。実際はこれが終わったら、今日はどの酒を飲もうかとか考えている爺さんであったが。
我が意を得たりと、フロンテは口元を僅かに曲げて身を乗り出す。
「我が商会に南部地域の農作物を任せて頂きたい。商会が行く先々で噂を消してまいりましょう。うまく立ち消えするように。もしくは別の意味を持たせるように。そして様々な情報を集めてまいりましょう」
なるほど。作物を扱い大きくなった商会の当主だけはある。そこに目をつけたか。なかなか面白い。何が一番面白いかというと
「損はさせぬと言わないのだな。フロンテ殿」
ニヤリと口元を曲げて尋ねるギュンター。詐欺師が必ず言う言葉。詐欺師でなくとも言うセリフをフロンテは言わなかったのだ。
「そのとおりです、ギュンター卿。農作物は天の恵み。必ず儲けることができるとは、私の口からは言えませぬ。ですが、きっとお役に立つことができると自負しております」
フロンテはギュンターの言葉に、自信有りげに笑う。息子や娘がその様子を見て感心していた。頭の良い男だと俺も思うし……面白い。
ちらりとギュンターが俺を見てくる。ちらりと幼女を見るようにと言ったので。そこまで演技に凝る幼女は、コテンと不思議そうな表情でギュンターを見つめ返す。傍から見たら、幼女がなにも理解していないと考えるはず。
サクサクとリスみたいにクッキーを齧って、ココアをクピリ。う〜ん、幼女はご機嫌でつ。
「月光由来の作物以外は良いんではないでつか? 月光由来のは大事にせよって、パパしゃんから言われてまつから、それは駄目でつけど」
唐突にパパしゃん設定を持ち出す幼女。ふふふ、謎の黒幕が月光にはいるとアピールしてやるぜ。俺って頭良い〜とか、ほくそ笑む。恐らく今のアイの内心を読み取ったら、女神様は小躍りしちゃってただろう。残念ながらマコトは暇な話だぜと寝ていたので実況されていなかった。まだアイの悪運は無くなっていない模様。
「ふむ……。現地の商会との縁は大事にしたいですしな。わかりました、フロンテ殿。最初から農作物を全て任せるわけにもいきませんし、そもそも一つのところに任せるつもりもない。それでも優先してある程度は任せようと思うがそれでよろしいか?」
競争原理の名のもとに、独占させる訳にはいかないのだ。なので、威圧感を周囲へと撒き散らし、ギュンターは試すように答える。
が、フロンテの表情はにこやかな笑顔のまま変わらなかった。たいした男である。爺さんの物理的な力も纏っているような威圧に子供たちは青褪めてガタガタと震え始めて、声も出せないというのに。
もちろん幼女もガタガタ震えていた。ソファの上でポンポン跳ねて、怖いでつと笑顔でさらにソファの上でキャッキャッと跳ねているのを、恐怖で震えていると称せればだが。
「独占などは望みませぬ。ただ結果を出した暁には、月光の商品の幾ばくかを扱わせて貰えればと、ささやかな願いを持ちますが」
「うむ……検討しよう。悪いようにはせぬ」
儂のささやかな願いは、姫が作った塩茹で枝豆と冷奴、そして多様な日本酒だなと考えながら、外見は渋い笑みを見せて手を差しだす酒飲み爺さん。
「あたちも! あたちも! えっと〜、検討しよう! 悪い良い子は犬?」
幼女も手を差し出して、あたちも握手する〜と、お爺さんの真似をしながら、ちょっぴり違う言葉を口にして、コテンと可愛らしく小首を傾げちゃう。
ふふっと、周りが幼女の可愛らしさに癒やされてほのぼの空気となる中で、ギュンターとフロンテががっちりと握手をして、幼女がその上にちょこんとちっこいおててをのせる。
「取り引き成立ですな、ギュンター卿」
「いや、結果を出さねば取り引きは成立しないと思うぞ、フロンテ殿」
ふふふと二人の男が笑い合う。なんだか通じ合った良き戦友みたいに見えるけど見かけだけだよ。ごめんなさいフロンテのおっさん。
それにしても、この取り引きは大きい取り引きだ。握手をしただけでも価値がある。
まぁ、これも商人の化かしあいさと、アイは内心で呟く。化かしあいというか、幼女に本当に化けているおっさんの言葉なので説得力があるだろう。少し意味が違うかもしれないけど。
「フロンテしゃんはもう知ってると思いまつが、春になったよ祭りを月光主催で行いまつ。どーんと砂糖などのお披露目をしまつので、期待していてくださいね」
「もちろん楽しみにしております。月光の素晴らしさを期待して待つとしましょう」
幼女の言葉にフロンテが答える。メイドたちから情報を得ているだろうし、そもそも月光街の食い物屋に配ってあるしね。情報が漏れるのは当たり前だ。
この世界の食べ物に対する認識を遂に変える時が来たねと、黒幕幼女は張り切るのであった。きっと人々に衝撃を与えることになるはずだ。