118話 春来たりて、黒幕幼女は踊る
ようやく陽が暖かくなり、積雪が溶けてなくなるのを自宅の窓から幼女は覗いていた。ふんふんとご機嫌で鼻歌を歌いながら。
その姿は絵になる可愛らしい様子を見せており、狐耳をピコピコ動かして、カメラガールたちがバシャバシャ撮りまくっていたりする。
もう慣れちゃったよと、のほほんと幼女は気にせずに外を見ながら声を発する。
「まだ雪が残っているのに、皆元気でつね」
窓から覗く光景には門前に集まった人々が見えた。剣を持つ者、杖を持つ者。はたまた巻物を抱える者と様々な人々である。
別にアイの自宅に攻めてきたわけではない。彼らはいったいなんなのかと言うと
「某はラーメイの出、ターワン。古きよりこの地にて魔物を狩っている武門。月光の名を聞き士官に参った」
「ハンチャーのヤーキと申す。戦神の戦書を学び、諳んじること一週間はできまする」
「ザーギョのズーミ。文官としてタイタン王国に仕えておりましたが、月光の徳ある行動に共感し、お仕えに参りました」
ワイワイガヤガヤと騒がしく人々は叫んでいた。皆、士官に来た模様。
「月光は平民の商会でつのに、みなしゃんは気にしないのでつね」
マーサからあったかホットココアを受け取り、クピリと飲みつつソファへと戻る。そんな幼女をジト目で訪問していた商人少女が見てきた。なにか変なこと言ったかな?
「南部地域に建国された国は知ってる? 陽光帝国っていう、蜂蜜取りの傭兵団たちが人を集めて作った国なんですって」
「へー。あたちは初めて聞きまちた。建国するなんて、しゅごーい」
パチパチとちっこいおててを叩いて、思わず拍手して感心しちゃう。そんなことがあるんだね。さすがは異世界。
凄い凄いと笑顔で拍手する幼女の姿を見て、なにかを諦めたかのようにシルはため息を吐く。
「色々と聞こえてくるの。悪政をしてきた王を斬り伏せて民を助ける老齢の聖騎士の活躍。凄まじい魔法を扱う狐人の美少女。立ち塞がる将軍たちを圧倒する凄腕の美少女剣士。病気で苦しむ人々を癒やしていく聖幼女。心当たりない? 聖幼女には妖精が付き従ってもいるらしいわ」
「ないでつね」
きっぱり答える幼女を見て、図太すぎる神経の持ち主ねと、シルもテーブルに置かれたココアを口にする。
「あれぇ? 誰かさんの活躍ぶりがなかったでやすね? 黒衣の男の活躍はないんですかね? シル嬢」
ちょうど部屋に入ってきたガイが首を傾げちゃう。ちょっと重要人物が抜けていない? と。
「そういえばいましたわ。もう一人」
ポムと手を打つシルに、そうでしょうそうでしょうとニヤけるガイ。おっさんは良い噂を流されるのは大好きなのだ。
「悪人たちは許さない灰色の狐人の美少女ね。その少女のおかげで、悪人が次々と捕まり治安がみるみる回復していくらしいですわ」
「うぉーい! かっこいい黒衣の男は? シル嬢、魔物を操り敵を倒すナイスガイは?」
「道化っぽい小悪党が、なんだか金貨を配ったらしい話を聞いたかしら?」
が〜んと、ガイは肩を落としてショックを受ける。これがおっさんと美少女の格差かと呟くが、ギュンター爺さんも噂をされてるぞ。
「ガイ様のことはおいておいて、吟遊詩人たちによって、少しづつ話は広まってますわ。なので、職にあぶれた人たちは月光に士官しに来ているのよ。建国したてなら、人材不足。月光商会が陽光帝国に推薦してくれるだろうって」
「……おかしいでつね? 冬の間の行軍でちたから、吟遊詩人が噂にする時間はなかったはずだったのに……。これでは月光商会は動きにくくなるところでちた」
シルの言葉に、アイは顎に手をあてて考え込む。少し妙だ。冬の移動という命懸けの行為をして吟遊詩人が南部地域からやってきた? 商会という線もない。冬の間は月光商会しか南部地域からは交易に来ていなかったしね。幸いなのかはわからないが、新型魔物のおかげで、普通の商会は動けなかったのだから。
「そういえばそうね? 私も南部地域に月光が手を出している事をこの事で聞いたのだもの。どうしてこんなに早く話が広まっているのかしら?」
「誰かが意図的に噂を流しまちたね……。タイタン王国で月光商会が警戒されるように動いているとみまちた。一歩こちらの方が早かったでつけど」
「話には聞いたけど、宰相様の書いた商会への子細無用の覚書があるものね。……ねぇ、どこまで先を見据えて行動しているのかしら? 私も学びたいのだけど、ガイ様……ではなく、ギュンター卿に師事すれば良いの?」
あの爺さんは頭を使わないからやめておいた方が良いよと、内心で苦笑するアイ。でも、これで王国に目をつけられたのは判明した。宰相が動いている線はないはずだから、このあとの展開で誰が目をつけてきているかわかる。
ドッチナー宰相の言葉を無視して、こちらへちょっかいをかけてくれば宰相以上の立場、即ち王族か同等の爵位の者。これ以上ちょっかいを出してこなければ、宰相以下の地位の者。
まぁ、王族だと推測はしている。この間の植物園の精霊戦の時にいた監視。今回の噂の流れ方と繋げると恐らくは王族関連。たぶんドッチナーの力を調べていたのだろう。やり手の王様みたいだしな。ムスペル家とブレド家の影響力を失わせたとイスパーたちから情報を得ている。
宰相の私兵の力を探っていたのではなかろうか? そこで俺たちがかち合ったのだと思う。失敗しちゃったぜ。
こちらの力をどこまで見たかはわからないが、月光商会を排除するという強引な手法ではないところを見ると、侍アイの力までは見なかったのだろう。と、すると未だに俺たちを甘く見ていると見た。
「月光を排除すると、冬に薪を安く売った良心的な商会を何故と民衆から不満が出る……。だから月光は陽光帝国のものだと吟遊詩人に噂させていると」
「なにか思いついたの、アイ?」
「いえ、あの人たちは王様にリストラ、こほん、首にされたのでつよね? 可哀想〜なのでつ。たくさん雇ってあげようと思いまちて」
ニッコリと微笑んでシルへと伝える。無職って大変だもんね。雇って助けてあげないとと、幼女はフムンと胸を張る。
彼らはムスペル、ブレド家と縁の者たちが多いはず。その人たちを雇って、ムスペル、ブレド両家に職が決まりましたと、手紙を出させたらどうなるのかな? 両家と繋がりを持ったと王家は警戒するだろうね。
ムフフと悪戯そうにおててを口元にそえて笑う幼女。中身のおっさんはさぞ悪辣な笑いをしていただろうが、幸い幼女なので、可愛らしい微笑みになっていた。幼女なので、アイは本当に良かった良かった。
「あぁ、親分、こんな手紙を受け取りましたぜ。かっこよくて強そうで二枚目で女性にモテモテな男でした」
ガイがキリリと真面目な表情で、懐から羊皮紙の巻物を出して、手渡してくるので受け取って見てみる。
「ガイがそんなに男を褒めるなんて珍しいんだぜ。なんて書いてあるんだ?」
会話に加わらず、アイの肩の上で暇そうにしていたマコトも覗いてくる。たしかにガイがそんなに褒めるなんて珍しいな?
「えっと、私を厚遇で雇うべし、と書いてありまつ」
なんだこりゃ? こんな一文を書いてきたのか? ……これってもしかして……。
ちらりとガイを見ると、わくわくとなにかを期待している顔だ。暇なの?
しょうがないなぁと、幼女が口を開こうとしたら
「なんだ、つまんねー。ガイの悪戯かよ。隗より始めよをもじって、ガイより始めよか?」
マコトがくだらねーと、答えた。意外なことに。
「えぇ〜っ! マコト、この意味がわかったんでつか? アホなのに!」
「マジですかい! なんでマコトが言うんですか! アホなのに!」
幼女と勇者が驚きで、口を大きく開けてしまう。まさかマコトから言われるとは思わなかったぜ。
「お前ら、あたしを馬鹿にしてるだろ? これでも女優なんだぞ。漫画で読んだんだぜ」
ふざけんなよと、ガルルと唸る妖精。ちょっと怒ってはいるが女優業は関係ないよね? 漫画って有名な歴史漫画か。俺も読んだよ。
「ごめんごめんでつ。置いてけぼりのシルさんにこの意味を伝えると、小悪党を厚遇すれば、有能な人たちはもっと厚遇してくれるはずだと集まって来るという昔の故事でつね」
「へぇ〜。そういう意味があるのね。でも、それが今の状況と関係するの?」
ねぇ、小悪党はおかしくないですかい? と勇者が訴えてくるが、幼女はスルーして答える。
「ようはガイは面接官を任せてくださいと言ってきたんでつ。もしかして美少女か美女が士官しにきまちた?」
「えっとですね。ほら、あっしが面接官をして幹部だとわかれば、もっと厚遇で雇って貰えると有能な人材が集まるじゃないですか。それ以上の意味はありやせんぜ」
キョドりながら答える小悪党ガイ。どうやら困窮している美女か美少女に出会った模様。まったく困ったおっさんである。
でも面接官をしてくれるなら、お願いするか。ガイはそれなりに人を見る目はある。……たぶんある。
「わかりまちた。ガイ、あそこの人々の面接官をお願いしまつ。正直言って、人材はいくらいても困りませんから。怪しい奴はマークしておくんでつよ」
幼女は他に仕事がたくさんあるのだ。春になりますなと、日本酒とツマミを持って、珍しくトアーズを視察してきますといなくなったお爺さんや、ゴロゴロ転がりカメラを手放さない変態少女たちは頼りにならないし。
「わかりやした! このガイが伏竜や鳳雛を探してきやすぜ。この者はきっと我が君のお役に立つでしょう」
ゲームでそれを口にする軍師がいたけど、どんなに低い能力値でもそのセリフだったはずである。
「マーサ、ガイのお手伝いを。シルしゃん、ココア代としてガイの相談役として一緒に行ってください」
アイの言葉に満面の笑みで二人の女性は頷く。
「かしこまりました、アイ様。良き人材を雇えるようにガイ様のお手伝いをします」
深々とマーサが頭を下げて
「わかったわ。セバスも顔が広いから手伝って貰うわね。怪しげな女性とかには気をつけるから安心して」
コクリとシルが笑顔で頷く。
「へ、へい。マーサとシル嬢には期待してますぜ。アハハ」
それを聞いて、ガイは乾いた笑いをしながら、絶望の顔で二人にドナドナされて部屋を去っていくのであった。さすがは勇者。ドナドナがとても似合っていた。
それを見送り、幼女は次の仕事に移る。やることはたくさんあるのだ。
「これでシルしゃんを追い出せまちたし、スノーとの連絡がとれまつ」
「ガイが可哀想……でもないか。それにしても、社長はしっかりしてるぜ」
呆れるマコト。ガイへとなかなか帰らないシルを上手く押し付けたアイである。
「見られたら困りまつからね。何もない空中に話しかける幼女。幼女にしか見えない妖精さんと話していると誤魔化せまつかね?」
「無理だろ。本物の妖精がそばにいるんだぜ?」
「セフィたちの姿は見えないでつが?」
ここにいるだろと、マコトが髪の毛を引っ張ってくるので、こんにゃろーと、ほっぺを引っ張ってやり返すアイ。
幼女と妖精がバタバタと戯れる中で、空中にモニターが浮かぶ。
「え、と、もう会議の時間なんですが、良いかな?」
「あぁ、大丈夫でつ。それでは会議を始めましょー」
黒幕幼女はぐしゃぐしゃになった髪の毛を直しながら、陽光皇帝スノーへとニコリと微笑むのであった。