117話 農奴解放は金絡みな黒幕幼女
農奴の幼女、ポーラは見たことも、もちろん味わったこともない物を夢中になって食べていた。熱々なスープ。たくさんの野菜やお肉が入っており、甘じょっぱくて凄い美味しい。
子供たちだけに配られたドテラという服も暖かくて、寒さを忘れちゃう。ポーラには大きいので、包まるように着られるのがお気に入り。
「う〜ん……。死ななかった理由は寒さ耐性+0.2があるからでちたか。飢餓耐性も0.2……。泣けまつ。ふぁんたじ〜な世界でなければ死んでたってことでつか……」
ポーラを見ながら、同じぐらいの幼女がつんつんと肩をつついてきたが、食べるのにポーラは夢中だ。貴族様の前では平伏しなさいってお母さんからは言われてたけど、目の前の幼女はさらさらな髪の毛、きれいなお肌、上等な服を着ていて貴族様に間違いないのに、食べていていいでつよって、優しい微笑みで言ってくれたから大丈夫。
「肺が少し弱いんだぜ。まぁ、普通なら治るんじゃないか?」
幼女の肩の上に浮いている妖精さんが私を見ながら言ってくる。ケホケホしちゃうことを言ってるのかな?
「いたいのいたいのとんでけ〜。キュアディジーズ」
幼女がおててを掲げたら、私の身体が光って、胸のもやもやがなくなった感じがした。凄い、ケホケホしたくなくなった。まほ〜と言うやつだ。
「ありあと〜。えっと私ポーラ!」
「あたちはアイでつ!」
笑顔で返してくれるアイに私は嬉しくなっちゃう。びょーきを治してくれたんだ。凄い子だ。私と同じぐらいの歳なのに。
「えっと……。んと〜」
もじもじして、空になったお椀を見つめる。食べ終わっちゃった……。
「おかわりしまつ?」
アイの言葉におかわりしていいのかなって、そばに立つ両親を見ると、コップに入っているなにかをごくごくと飲んでた。
「美味いなこれ。初めて飲むぞ」
「身体がぽかぽかしてきたわ。甘いわね。ワイン……じゃないわよね?」
嬉しそうに両親は飲んでいる。なにかな? 私も欲しい。
「甘酒はまだ早いでつよ。豚汁のおかわりど〜ぞ」
「ありあと〜。これ美味しいね!」
「お腹いっぱい食べてくだしゃい」
スプーンを手にして、また食べ始める。こんなにたくさん食べるのは初めてだ。えへへ。
周りの人たちも笑顔で食べて飲んでいる。お隣のおじさんたちも、よく遊ぶ友だちも。大きな鍋からスープをよそって食べていた。せんそ〜にまけたとお父さんが言ってたけど、せんそ〜に負けるとご飯が貰えるのかな?
不思議に思っていると、アイはなにかを飲んで、また他の人にハイヒールと唱えていた。ピカピカの光が生まれて人を優しく包んでいく。お〜、凄い。アイはまほ〜つかいなんだね。
「魔力ポーションって、甘すぎ! 蜂蜜をガブ飲みしているみたいでつね」
「希少な魔力ポーションを使いまくっておいて、よく言うんだぜ」
「侯爵が持ってけとたくさんくれまちたからね。子供は最優先で治さないとでつ。大人はゆっくり治していきましょー。それよりそろそろ時間でつ」
よいせと呟いてアイはてこてこと行こうとするから、慌てて声をかけちゃう。
「ねーねー、アイおね〜ちゃん。また会える?」
「もちろんでつ。うろうろしてまつので声をかけてくだしゃいね」
「それじゃ、次は一緒にあそぼ〜」
「わかりまちた。次はあそびましょ〜」
お互いぶんぶんと手を振って、笑顔でアイをポーラは見送るのであった。
大勢の人々がトアーズ城テラス前の広場に集まっていた。騎士も平民も農奴も。多くの鍋が置かれて、人々は寒空の中でもかまわずに配られる甘酒と豚汁を食べている。食糧庫には数年分の籠城用の食べ物が眠っていたので、それらを使ったのだ。さすがは城塞都市。備えはばっちりだったのだ。処刑した国王は有能な政治家ではあったのだ。
国王の特性、腐敗無き世界は一定の範囲内の物を保存する能力だった。効力は一ヶ月。効果が切れそうになればかけ直していたのだろう。食糧庫の食べ物は新鮮そのままであり、城塞都市に相応しい能力を国王は持っていたのだ。
スノーが倒したので、アイさんへのドロップはなかったけど。でもすぐに手に入るだろう。スノーたちはすぐに他の都市へと皇帝のお披露目に向かう。将軍レベルがいなくなれば、トアーズの王族は腐った騎士たちと反乱を起こすはずだ。すでにその情報を掴んでいる。
フウグ一族はかなり有能だ。諜報関係も問題ない。……というか、騎士たちの密告が酷かった。我も我もと言いに来たのだ。トアーズ王族を哀れに思っちゃうよ。
自分本位な王族に保身に走る騎士たち。それらを上手く使うのも皇帝の仕事ですよと言われたので、苦手だけどスノーは頑張るけど。
さて、農奴はもちろん平民たちも揃っている。そろそろお披露目だ。ちらりとダツへと目を向けると、銅鑼をてやっとバチで叩いてくれた。
「陽光帝国、スノー皇帝のおなぁりぃ〜」
銅鑼の音を聞いて、人々が顔をあげてスノーを見てくる。無数の視線が突き刺さりゴクリと息を呑む。緊張しちゃうから、あまり見ないで良いよぉ。
蒼いローブを羽織り、宝石の嵌まった王杖を持ち、水色の髪をたなびかせて、美しい顔立ちの少女はテラスに立ち、キリリと顔を引き締める。
「余はスノー。陽光帝国皇帝スノーである。これよりこの地は陽光帝国の物となる。余のために、人よ、よく働きよく遊びよく食べよ。これよりこの地は陽光降り注ぐ地となったことを宣言する! 食べながらで良い!」
可愛らしい声音だが、カリスマを感じ……、カリスマはあんまり感じさせなかった。だが、自信にみなぎり、能力の高そうな少女を見て人々は思った。
なんか軽そうな皇帝だなぁ、言う内容もなんかなぁと。でも庶民的で可愛らしいし、炊き出しをしてくれるし、良い支配者なのかもと。
「そして、私、え、と、余は農奴の解放を宣言ちゅるっ!」
「………」
皆が静まり返る中で、噛んじゃったと赤面する皇帝。
「農奴の解放理由は、御用達商人に説明させる! 以上」
恥ずかし〜、と顔を手で覆い、パタパタと走り去るスノー。さすがは皇帝の器に相応しいと女神様から送り込まれただけはあった。たくさんの人が私を見るんだもん。仕方ないよねと、奥へと隠れていった。
恥ずかしがり屋の皇帝。早くも伝説を作りそうな予感。
しょうがねぇなぁと、頭をかきながら、のしのしと入れ替わるように現れた男を見て、人々はざわめく。
「あ〜、あっしは御用達商人の者だ。農奴の解放理由をこれから説明するとしやすぜ」
もじゃもじゃの髭、大柄な身体、毛皮を羽織ったおっさんを見て、商人じゃなくて山賊だろと皆は思ったが、とりあえず黙る。
「はいっ。謎のトルイヌが説明します。まず、農奴がいると良いメリットはなんですかい? そこのおっさん、答えてみ?」
どうやら視聴者参加型らしい。指さされたおっさんは俺? と確かめてくるが、トルイヌと名乗る山賊が頷くので、皆の視線に照れながら答える。
「えっとですね、農奴はくいもんを少し与えるだけで作物を作るから、俺たちの食うパン代が安くなる? 貴族様は農奴に賃金は払わないから儲かる?」
「正解だな。正解のおっさんには金貨一枚プレゼントだ」
トルイヌが金貨をほいっと投げて、慌てておっさんは飛んでくる金貨を受け取り、ホクホク顔となる。プレゼント投下型でもあるらしい。昔の日本でよくあった感じ。
そうして、山賊はかぶりをふって話を続ける。
「貴族は儲かる。平民はパン代が銅貨一枚ほど安くなる。農奴のメリットはそんなもんだ。だが、これが農奴がいなくなるとどうなる? 平民が作物を育てたら? はい、そこのお姉さん」
明らかにおばさんと言った風体の女性が、お姉さんなんて照れるねぇと頬に手をあてて答える。
「パン代が高くなって、貴族様は儲からない。だろ?」
農奴がいる場合の反対のことをいえば良いとおばさんが言う。金貨をくれるのかしらと目をギラギラさせて。
だがトルイヌは、ぶっぶーと擬音を口にする。山賊自体の存在がぶっぶーだろと、その光景を見てイラッとする民衆。
「違うな。それだけじゃない。お姉さんはなんの仕事をしてやす?」
「あたしゃ、酒場をしているよ。来てくれれば歓迎するよ」
「そりゃありがたい。夜にでも行かせてもらうよ。で、だ。不正解なのは、だ。平民が賃金を貰って作物を作る。夜には一杯飲みに行くかとなりやせんかね?」
「そりゃあ……疲れたって言いながら来るだろうよ」
尋ねるトルイヌの言葉に頷くおばさん。そりゃ、普通の農家なら酒場に来るだろう。毎日ではなくとも。
「農奴全員が賃金を貰う平民の普通の農家になる。お姉さんのとこはどうなる?」
「……パン代が値上げされても目じゃないほど儲かるに決まってる!」
「正解。金貨をプレゼントだ。そのとおり、金を使うんだ。もちろん酒だけじゃない。服だって、家具だって買う。金をためて家も建てるだろうな。野菜とかだって買うだろうさ。さて、農奴って、いると思うか?」
耳に手をあてて、周りの返答を待つ山賊の様子に、民衆はなるほどとお互い顔を見合わせて悟った。農奴なんかいないほうが良いと。
賃金を手にした農家の方が遥かに俺たちを儲けさせてくれるのだと。
なので、一斉に皆は叫んだ。
「農奴なんかいらないぜ」
「俺たちと同じ平民で良い!」
「農奴じゃなかったら、あの娘と結婚できる!」
最後の発言者には、うぬぬと羨ましく思う山賊であるが、好意的な反応に満足する。やってることは小悪党の詐欺な説明会っぽいが。デメリットは説明しないので。皆が働くことにより、競争が激しくなり忙しくなったりとか。
「ということで、農奴制度を皇帝はなくすことに決定しやした! 賢帝に拍手〜」
わ〜っとパチパチ拍手が巻き起こり、トルイヌは頭を下げて退場するのであった。
その後にブンカンが現れて話を引き継ぐ。
「農奴はこれより平民となります。ただし、平民と違い農地を購入しておりませんので、借りているという形ですね。借地税として、田畑の一割に月光が配る種を常に育てて、その全てを税として払ってもらいます。土地を購入すれば借地税はなくなりますので、頑張ってくださいね」
農奴たちはその話を聞いて、呆然としていたが、本当に自分たちが平民になれると理解して涙を流して、喜び合う。農奴の子供たちはなんの話? とキョトンとしていたが、これからはお腹いっぱい食べれるんだよと説明を両親がしていた。
人々が好き勝手に話し始めるので、これで話はおしまいとブンカンは次の話に移るが、誰も聞いてはいなかった。いなかったが、次々と法律やこれからの予定を話すブンカン。都合の悪いところは早口で終わらしているのは、誰かさんの指示である。
農奴解放反対と声高に言わないのは農奴は全て領主の持ち物とされていたからだ。平民たちには今まで影響はなかった、だが、農奴が解放されれば、自分たちの暮らしが豊かになると興奮して、人々は農奴解放に賛成していた。
「自分の報酬に繋がらないため、農奴はやる気がなく、収穫は最低と言うのが、地球の歴史で判明してまつ。だけど、そんなことを平民に言ってもピンとこないでつもんね。自分のお財布が暖かくなると説明した方が話は早いでつ」
「社長らしい説得の仕方だぜ」
柱の影に隠れて様子を見ていたアイがムフフと悪戯そうに微笑み、マコトが後ろ手にしながら、感心半分呆れ半分で言ってくる。
「人の良心に訴えるより、利益を訴えたほうが効果は高いんでつ。これで農奴への差別もなくなると信じたいでつね」
それは人々の良心に任せまつと、黒幕幼女はこっそり隠れて帰るのであった。
この農奴解放宣言は各国に衝撃を以て伝わったが、農奴を解放する国はほとんどなかった。なぜならば農奴からもたらされる利益は全て王、または貴族であったためである。
自分たちの目先の利益を優先する王たち。平民は残念がり、農奴たちは不満を溜めていき、不穏な空気が各国に生まれるのであった。