115話 トアーズの終わりと黒幕幼女
トアーズ城を転げるように騎士が走る。召使いたちが驚いて道を開ける中で、汗だくで国王の執務室まで辿り着く。扉の前に立つ護衛の騎士たちが驚きの表情を浮かべる中で、息せき切って怒鳴るように叫ぶ。
「き、緊急事態だ! トアーズ王へとお目通りを頼むっ!」
ゼーゼーと息を切らし、汗を拭いながら騎士が必死な形相で告げてくるので、敵がやって来ていると知っている見張りたちもただ事ではないと悟る。
「何があった? 門が破られそうなのか? 敵の数はそれほどいないと聞いていたが」
「門? はっ、門は壊されていない。敵は門に近寄りもしていないさ」
皮肉げに口元を曲げて告げるそのセリフの違和感に気づかぬまま、安堵をする護衛騎士たちへと、再度騎士は怒鳴る。
「敵は城壁を越えてきたっ! いや、城壁などは既にないから越えて来たというのは間違いか。ハハッ」
乾いた笑いをしながら騎士が言う。護衛騎士たちは意味がわからないとお互いの顔を見合わせる。明らかに正気ではない。王に会わす前に落ち着いてもらわないとならないと、お互いの意志を合致させて、騎士の肩へと優しく手を置く。
「落ち着け。意味がわからないぞ? ホットワインの一杯でも飲んで気を休めろよ」
「ちょっとお前は正気に見えないぞ? とりあえずあれだ、味方が苦戦しているんだろ? 敵は2000程度じゃなかったのか?」
優しく問いかける護衛騎士たちの言葉にさらに騎士は狂ったように笑う。ゲラゲラと狂気に足を踏み入れたように。
「苦戦? いや、苦戦はしていないさ。そう、敵は苦戦と思っていないだろう。俺たちをあっという間に蹴散らしたからな!」
予想以上の言葉にギョッとしてしまう。蹴散らされた? 負けたということなのだろうか?
「敵は俺たちを駆逐しながら城へと向かっている。三枚目の城壁に来るのも時間の問題だろうよ」
三枚目の城壁とは、即ち城を囲む最後の壁のことだ。10メートル程度の壁であり、30メートルの高さを持つ二枚目の城壁とは比べものにならない脆弱な壁だ。
即ち既に二枚目を越えた敵軍にとってはそれほど障害にならない壁であった。
「ま、待っていろ! すぐに国王へと緊急事態だと告げてくるから」
護衛騎士たちがようやく事の重大さに気づき慌て始めるが、ドカンドカンと轟音が響いて来たので動きを止める。
あれはなんだと戸惑う護衛騎士たちを見ながら、騎士は肩を落として諦めたように呟く。
「もう突破されたみたいだぜ。もうこの国はおしまいだ」
ハハハと乾いた笑いをしながら、ペタンと床に騎士は座り込み、諦めた声音で呟く。
そうして、なにかが壊れる破壊音がして、そこかしこから悲鳴が聞こえてきて、護衛騎士たちも青褪めて敵軍に侵入されたのだと悟るのであった。
トアーズ城。城壁などはないように、城壁上まで続く雪でできた坂道を駆け上って月光の軍は前進していた。
「降伏する者は武器を捨て平伏せよ! 抗う者たちへは容赦はせぬ!」
老いてますます盛んな聖騎士ギュンターが立ちはだかる騎士を斬り伏せながら叫ぶ。陣形を組もうとする小隊もいるが、スノーウルフのアイスブレスを受けて崩壊していく。
それを見て次々とトアーズ軍の兵士は武器を捨て降伏していく。なにしろブレスを受けたら多少とはいえ、身体がかじかむ。平民なら数発受ければ行動不能となるだろう。それを防ぐには突撃して近接戦闘をするしかないのだが、それも不可能。
斬りかかった敵とは別の敵が横あいから現れて攻撃をしてくるのだ。それを防ごうとするが、いつの間にか敵の信じられない程息のあった連携攻撃が始まり倒されてしまうのだ。
近接戦闘の練度が段違いなのだ。離れて陣形を作ってもダメ、近接戦闘でも負けるとあれば、兵士たちの士気は最低になるのは当たり前であった。命ばかりはと、降伏をあっさりとしてくるのであった。
「粗方の敵は片付けましたぜ。階段から降りて城攻めをしまさ」
黒子が周辺の敵を片付けたのを確認して、城壁から降りようとするが、それをスノーは手で制する。
「え、と、階段から降りるなんて時間がもったいないです。このまま雪原を駆け抜けて行きたいと思います」
そう言って、水色の髪をたなびかせて、蒼いローブを着込んだ美しい少女スノーは目を瞑り手を組み合わせる。
「ふ、冬の……我が名にお、黄昏よりは明るいもの……、恥ずかしいです。詠唱無理! コントロールアイス」
詠唱を口にして、恥ずかしいのか、頬を真っ赤にしてすぐに止めてしまうスノー。どうやら厨二病には罹患していない模様。リンがせっかく考えたのにと不満そうにしているので、原因はこいつである。
しかし、すいっと人差し指を動かし、タクトのように空中を描く。その動きに合わせて街の雪が静かに動き集まっていく。大量の雪が大木のような太さの橋桁となり、その上に8車線はありそうな道路が作られていく。
街の家々から戦いの様子を不安を持ちながら覗いていた住民たちはその光景を見て驚愕していた。街の積雪は一つに集まっていき、冷たく輝く氷の橋へと形成されていく。なにか途方もない魔法が使われているのだと。このような魔法を使う者が敵なのだと恐怖を心に持つ。
「よし。スノーウルフ隊前進。ウォードウルフ隊は後ろに続け!」
ギュンターの指示により、白き狼に乗ったダツたちが先行する。全部スノーウルフではないかと、第三者がその光景を見て不思議に思うだろうが
「考えまちたね、スノー。スノーウルフ隊は300程度しか用意できませんでちたからね。氷の息吹を使うスノーウルフが少数だと敵もなんとか対抗しようとするでしょう。でつが2500のスノーウルフならば、圧力も半端ではないでつ」
「アイさんが快く街道の護衛に集めていたウォードウルフ隊とラングキャノンを使わせてくれたからです。あと集めたスノーウルフの毛皮もです」
幼女が感心しながら前進を始めるスノーウルフ隊を眺める。後ろに続くウルフもスノーのように真っ白な毛皮……と見せかけて、近くで見ればスノーウルフの毛皮を被ったウォードウルフだとわかる。
本当は全部スノーウルフ隊にしたかったのだが、ドロップが、その、ね。いつもの感じだった幼女だったのだ。
だがスノーはそれを聞いて、策を用いた。氷の吐息を使うカスタムスノーウルフを前面に立たせて、ウォードウルフたちをスノーウルフへと偽装するという。
倍はいる敵軍であったが、敵のウルフ全てが氷の吐息を使うのならば戦いにならぬとあっさりと降参してきたのだ。偽物がほとんどなのに。
「スノーのコントロールアイスが加わって、もはや倍程度の敵では冬では我が軍には敵わないでしょー。スノーのチートっぷりは凄いでつ」
「そんなに凄いですか? えへへ、照れちゃいます」
テレテレと頬に手をあてて照れながら身体をくねらせるスノー。美少女の照れる姿は可愛いな。中身もおっさんじゃなく少女らしいし。即ち幼女は中身で負けていた。中身も対抗してチェンジが必要だと思います。
「でも少し気になるんでつ。スノー……冬が終わったら使えるスキルありまつ? もしかして冬でしか使えないとか、雪環境でないと使えないスキルしか持っていないということはありませんよね?」
「え、と、基本的な格闘、斧、槍、氷魔法、気配察知は使えますよ。でも特性強化による大規模なコントロールアイスとかはどうでしたっけ? ステータスボードの見方が難しくてワカラナイナー。他人のスキルを尋ねるのはマナー違反だと、お、思います」
フーフーと口を尖らせて息を吐くスノー。どうやら口笛を吹きたいみたいだけど吹けない模様。その間抜けな様子も美少女なら可愛い。どこかの黒子が軽やかに口笛を吹きながら待機しているので、雪玉をプレゼントしておこう。いつもいつもタイミングの悪いおっさんである。
「初期キャラなのに強いのは、弱点として冬の季節しか能力を発揮できないとか付けて作成ポイントを稼ぎまちたね? だから強いと」
「ぼ、ボーナスポイントが99になるまでボタンぽちぽちも頑張ったんです。本当はふつーのキャラにする予定だったんだけど、お友だちが冬の精霊なんだから、特化にしようよと提案してきたので、そのとおりにしたんだもん」
「それ、自分はふつーのキャラを作るタイプでつよ。他人のキャラだから悪のりしたんでつ。あと、スノーはあたちとまったくキャラ仕様が違うんでつね」
だからスノーは強かったのかと納得しちゃう。実装はされていないけど第三段階まで変身があるし、スノーがやけに強いと思ったんだよね。ゲーム仕様ならいきなり最強キャラを作れないと予想したんだよ。でも、ボーナスポイントって、どのゲームを参考にしているんだよ。
でも、全然構わないけど。
「知力、政治力が高い仲間は大歓迎でつので問題ありません。これから陽光帝国の皇帝職を頑張ってください」
「は、はい。任せてください。週3日間お仕事頑張りますね」
むんと腕を曲げて、頼りになる言葉で答えてくれるスノー。週3日か……。ま、まぁ、大丈夫だよな? たいしたことじゃないよな?
「ニートばっかりの中で週3日働くスノーはマシな方なんだぜ。たぶん……」
「そう言われると、うちの仲間って酷いでつ。まぁ、ウォーカーとして働く時にガーッと働く姿勢は正しいのでつが」
マコトの自信なさ気な口調に苦笑をする。仕方ないのだ、あいつらはウォーカーなので。本当に仕方ないのかは不明にしておこう。
のんびりと雪の道路を進んでいくと、前方から歓声が響いてきた。
「ギュンター将軍が敵将軍カップ・デップ討ち取ったり!」
おぉ〜と、ダツたちがわざとらしく歓声を次々とあげる。敵に対するプレッシャーをガンガン与えるためには声も利用しましょうとスノーが提案してきたのだ。
なるほど、味方の歓声は士気を上げ、敵の戦意を挫く。静かに戦うことも敵に圧力を与えるが、歓声も利用できる。
「冬は無敵の帝国軍でつか……。ここが終わったら建国しまつ。南のバッカスも手に入れまつよ」
「で、でもバッカスはディーア連合に加わってません。大義はどうするんですか? 一方的な侵攻を?」
「それは考えてありまつ。無くてもバッカス王国は手に入れまつよ。バッカス周辺にある鉱山資源は資源に乏しい我が軍が絶対に手に入れたい地域なので」
ムフンと鼻息荒くアイは告げる。そろそろ敵から奪った武器を修復して使うのも限界なのだ。これ以上支配圏が増えれば破綻しちゃう。
「バッカスを攻める前に、農奴解放宣言もしまつよ。皇帝スノーの晴れ舞台でつね」
さっき見た農奴たち。あの哀れな状況を見て、俺は怒っているのだ。犯罪奴隷とかは必要悪だと認めよう。古代文明にて刑務所はないのだし。
でも農奴の存在は必要ないんだよ。地球でも農奴がいらないことは過去の歴史にて証明している。
「草案はできているのですか? わ、私は、アドリブは苦手なんですけど?」
「大丈夫でつ。あたちに相応しい草案を考えてありまつので」
城へと到着すると、大勢の敵騎士が平伏しており
「トアーズ王、帝国顧問リンが捕縛したり〜!」
と大声で少女の声が聞こえてきた。いつの間にか帝国顧問という退職金が高くて仕事をしなくても良い職業にリンはついたらしい。しっかりものめ。
なんにせよ、アイたちが到着するまでに戦いは終わった様子。これでアイは中規模の都市をようやく手に入れたのだった。
「これで帝国基盤は手に入れまたちた。脆弱な国だから、頑張らないとでつね」
そう呟いて、不敵な笑みを作ろうとして、ひょっとこみたいに口を尖らせるだけだった可愛らしい黒幕幼女は城内へと入るのであった。