110話 強敵なスノーと戦う黒幕幼女
自信過剰で打たれ弱い。空気よりも軽い価値しかない土下座を得意技とする少女。それがリンである。
リンの親父さんは、ヘタレなところが母に似たのだと、以前、地球にいた頃、酒を飲んだときに笑って教えてくれた。
なるほど、たしかにそうだとその後の付き合いで理解した。まぁ、まだまだ子供だからとのんびりと思っていたものだ。
おっさんは優しい目で子供の成長を見守っていたのだ。違う視線なら通報からの投獄であるが、おっさんは常識人であった。
今は幼女となってしまった身であるが、その気持ちは変わらない。
だからこそ今まで勝ったことのない相手だと言われてたら、おっさんの力で一度は勝たせてやりたいのだ。まぁ、正々堂々の試合で勝つのは、自分自身でやってくれ。俺なりの戦いをするので。
眼下に落ちていく無数の丸太を空中で見下ろしながら、ニヤリと笑い決心するアイ。
そうしてリンへといくつかの質問をして、必殺の攻撃を準備するのであった。
小さなコックピットの中で、もう一人の幼女がちょこんと座席に座っていた。幼女は無駄な足掻きだなぁと、落ちてくる丸太を見て、焦りもなく冷静に考えていた。丸太の重量に押し潰されてもびくともしないキャラだし、隙を狙っているのなら、それこそこちらを甘く見ている。
「私はここに来る前にお友だちと対戦プレーをたくさんしてきたんです。対戦プレーをしたことがない人には負けません」
モニターに映る丸太を見て呟きながら、レバーを引く。そうして意識をスノーへと移すのだった。
スノーはハルバードをたった1振りするだけで丸太を一瞬押し返す。バラけてはいるが再び落ちてくる丸太。だが、先程と違い、少女が通れる隙間がいくつもできている。
相手の気配を感じつつ、一つの隙間へとトンと地を蹴り、身体を滑り込ませる。トントンとそのまま丸太を足場に隙間を縫っていくと、アイが刀を身構えて待ち構えていた。
「幼技 幻想連撃!」
「キャンセル技ですね。でも私には効かないです」
魔力の流れを読みながら、スノーは攻撃を受け止めるべく身構える。技を受け流したら反撃で終わりだと思いながら。
アイがニヤリと悪戯そうに笑い、攻撃を繰り出す。
「ホールショートケーキあたっーくっ! からの生クリームたっぷりシュークリーム弾!」
幻想は幻想でも、おやつ系幻想連撃であった。幼女に最高適性のある必殺技だった。
「ほへ?」
フハハと笑いながら倉庫から、1週間分のおやつを投擲するアイ。密かに自分で食べていたおやつだ。
生クリームたっぷりで、美味しそうな二人分ぐらいの大きさのショートケーキ。シューから生クリームが覗き、食べたらほっぺが落ちちゃいそうなシュークリームをポイポイと落とす幼女。
「あわわわ、もったいないです! おやつを捨てるなんて許されないでつ!」
慌ててハルバードをポイと投げ捨てて、落ちてくるケーキやシュークリームを掴み取るスノー。
「隙ありぃー! 刀技 月光の舞!」
光のドームにスノーを包み込み、さらに半月により範囲攻撃を強化して、剣撃を放つアイ。
さすがは悪辣なおっさんが中にいるだけはある。卑怯な技だった。
なにしろ剣撃の中で、トドメとばかりに今度は生チョコレートケーキのホールとドーナツ、最後にプリンアラモードを投げつけていたので。
「もぎゅ、ふぁんてひきょふな」
このケーキは美味しいですと、戦闘中にもかかわらず、口いっぱいにケーキを頬張っていたスノーは動揺しちゃう。
食べながらも、ひらりひらりと満月の自動範囲攻撃を発動の気配だけで回避する神業を見せるが、攻撃範囲におやつがいると見えたのだ。
「くっ、おやつだけは保護しないといけない」
おやつを無駄にすることはできないと、ケーキに向かう剣撃をその身体で防ぐスノー。瞬時にいくつもの剣撃がスノーへと入るが、おやつを抱えたスノーは回避できない。
おやつでなく、子供とかを守るなら感動的だが、ケーキやプリンアラモードなのでアホにしか見えない。というか、実際アホである。
くっ、とか、いたっ、とか言いながらも、おやつをその身で守りながら食べていたので。
よくよく見れば、剣撃を受ける瞬間にその箇所に極小の氷の盾を生み出して、ダメージを緩和している。ふざけていても、その力は圧倒的らしい。
「たぁぁぁ!」
叫びと共におやつマスターアイが、刀を腰だめにして突進してくる。
さすがにアイの突進はスノーでも防げなかった。氷の盾を生み出して、なんとかその突進を受け止めるが、勢いを止めることはできずに、地へと二人とも落ちるのであった。
雪積もる広場に二人は落ちて、雪が噴き上がり小さいクレーターができる。
「スノー、私の勝ちです。貴女はおやつを大切にしすぎたんです」
悲しげな表情で侍アイは倒れたスノーの首元へと刀を突きつけて告げる。もう片方の手は最後のとっておき、ココアシュークリームを持っていた。なんのアピールをしているのだろうか。負けを認めないと食べちゃうよアピールだろうか。
「……そうですね。でも、でも私はおやつを見捨てることができなかったんだもん」
クッと呻いて、手の中におやつを大量に持っているにもかかわらず、ココアシュークリームへと手を伸ばそうとする食いしん坊少女。
負けを認めないとダメ〜、とアイは口元へとシュークリームを近づける。人質ならぬおやつ質をする悪辣で極悪なおっさんの霊がアイを操っていた。
「え、と、仕方ないです。負けを認めますね」
しょうがないのだ。こんなに悪辣な方法をとられたら、仲間も降参するだろうと思いながら、スノーはコクリと頷き
「ふぉぉぉ! いつも組み手でコンテンパンにやられるのに、今日は初めて勝った! これが団の絆! 夫婦の力! 弱点を教えたリンのファインプレー!」
リンが喜びの声をあげる。うん、罪悪感を感じるからやめて欲しいです。本当にこんな攻撃方法で勝てるとは思わなかったけど、相手は組み手のつもりなので助かった。普通に戦っていたら、勝てるイメージ湧かなかったしね。
「スノーを倒すなんてやるな! さすがは社長だぜ! 勝ち方はともかくとして」
「相手の好物を聞いて来た時は意味がわからなかったけど、さすがはだんちょー! 私の愛する人。勝ち方はともかくとして」
「ほっとけでつ」
マコトとリンの称賛に、プイと顔を背けて不貞腐れる幼女であった。……まさか俺も上手く行くとは思ってなかったのは内緒である。
広場にて、待機していた仲間も合流して、アイは操作をやめてラングの背中に乗ってココアを飲んでいた。熱々のココアサイコー。
「リンのことを心配した師匠が送り込んできたんでつか?」
「はい。そ、そうでなんです。きっとこのままだとリンは本当に強い敵に破れちゃうイベントがあるだろうって」
クピクピと両手でコップを持ちながらココアを飲むスノー。おやつも置いてあり、こっそりと盗ろうとするリンの手を素早い動きでペチリと叩いてもいた。
「リンの師匠……さすがは人工的に女神様を創った国なだけはありまつね。異世界に派遣できるとは……」
相変わらず母国の技術は凄すぎするぜと感心しながらアイは納得した。
「でもよく私だって気づきましたね? リン」
「ん、あれだけ毎回やられていたら、見慣れるに決まっている。私を戒めに来たことに感謝する。ありがとうございます」
最初の打ち合いで知り合いだと気づいたそうな。師匠が組み手の相手として寄越す少女の一人らしい。リンをまったく寄せ付けない凄腕の持ち主だとさ。
ペコリと頭を素直に下げるリンに、ほにゃぁと、ほんわかスマイルでスノーは頷き、アイを見てくる。
「それと、アイの組織の弱点を補うようにって、女神様からもお願いされました。難易度を上げてしまったお詫びも含めてだそうです」
「弱点? なんでつか?」
首を傾げて不思議に思う。俺の組織の弱点?
「キャラを作っても、皆は団長から離れたくない人ばっかりで、皇帝などはやりたくない人ばっかり。最低でも気軽に旅をできる身分ではないといけないみたいですね。それを補うために、私が派遣されました」
なるほど、最悪な弱点を持っていたよ。それに加えて、その口ぶりだと……。
「ま、まさか事務仕事をできるんでつか?」
「え、と、私に勝てばという条件付きでした。勝てる可能性はないとは思っていたので、何回か出会って戦うイベントを考えてい」
「雇いまつ〜っ! スノーしゃんを雇いまつ〜」
なんて素敵な女神様の贈り物だと、幼女はきゃっほーいと喜んじゃう。脳筋ばかりで困っていたのだ。
「え、と、貴女は精霊王との戦いで力を示しました。契約を望みますか? 平日9〜17時勤務、週休4日、休祝日、盆、年末休みあり。有給20日、賞与10ヶ月分、おやつあり、で契約できますよ」
「もちろんでつ。精霊との契約。なるほど自然に仲間を加えられるイベントでつね。月光母国から派遣された幹部にして、新皇帝と言うことでお願いしまつ。リンは皇帝を譲位することで良いでつよね? ただ特別出勤手当てをつけるので、休日出勤をごく稀にお願いしまつけど」
「ん、問題ない。リンは院政を行う裏の実力者。ふふふ」
たとえ週休4日でも構わないぜ。即断即決のアイと、全く皇帝に興味のないリンであった。なにしろ街へと一回しか顔を見せてないからな。絶対皆リンを覚えてないぞ。
リンはリンで、設定が厨二病ぽいから嬉しそうである。働かなくても良いことに喜んでもいたりした。
「自然な流れですかね〜?」
「まぁ、誰にも知られなければ良い。スノー殿は自宅に戻ってから皆に紹介すれば良いだろうて」
首を傾げて疑問の表情のガイと、スノーならば姫に興味のない者なので、皇帝職をやってくれるだろうと安堵するギュンター。最近、儂は働きすぎだと思っていた模様。
基本、ウォーカーはドカッと仕事をして、ドカッと休暇を取るので、常に働くという意識が薄いのであったりした。
「なんにしても新たなる仲間だね! 僕はランカよろしくね」
ランカが握手しようと、スノーへと手を差し出して、照れながら弱気そうなスノーが握手する。
「冬を司る精霊王スノーと契約した! 特性に精霊王と契約した者と書いておくぜ! ちなみにスノーは冬以外はステータス半減、弱点は潰してあるからないからな! それと他人のキャラだからステータスはわからないぜ」
他のプレイヤーなんだぜと教えてくれるマコト。異世界ゲームを楽しむプレイヤーが増えたのね。
「ステータスが半減でも、スノーしゃんは素のプレイヤースキルが高いから問題ないでつね。というか事務仕事ができるという点で雇用決定〜」
「わ、私の力もキャラの性能で抑えられているので弱いですが、私もキャラ強化はできるので頑張りますっ。それと私はキャラからこの異世界の地に降りることはできないです。ちなみにもしもやられたら精霊界にて24時間待機後、復活という設定になります」
両手をグッと握りしめて、健気な様子で宣言するスノー。この娘は良い子だとわかるなぁ。そして設定が悪辣すぎる。この娘も不死か。
「スノーは冷酷な時は恐ろしく冷酷。だんちょー、スノーの見かけに騙されないほうが良い」
リンの言葉に、なるほどとスノーを見る。気弱そうなぽやぽや娘に見えるが、たしかにダツたちを倒すときも、リンを倒すときも躊躇いはまったくなかった。見かけとは違うということか。
「スノーのゲーム仕様が気になりまつが、まずは妖精花を回収といきましょー。そういえばもしもあたちたちが来なくて王国騎士団が来てたらどうしたんでつか?」
「その場合はアイスゴーレムのみとなっていました。人間にはアイスゴーレムしか見られていなかったですし。それと私の仕様は自己強化ハクスラタイプです。アイさんのようにクリエイト系の仕様とは異なります」
ほうほうと、幼女は納得しながら、妖精樹へと近づく。あからさまに花が一輪咲いているので、間違いようがない。
「妖精花とったどー」
浮遊にて空を浮かび、花を手にして満面の笑みを浮かべる黒幕幼女。貰えるものは貰うのだ。幼女は欲張りさんなので、妖精花もゲットしちゃうのであった。
「アイスゴーレムのドロップはないんだぜ」
「知ってまちた」