107話 植物園を散歩する黒幕幼女
古代の植物園。冬の寒空でも積雪がなされても、建物内は雪が入っていないはずであった。
古く見えても、汚れのつかない不思議な透明のドーム天井。その下で植物がすくすくと育っている。
好き放題に繁茂した見たこともない様々な植物に、不思議な石畳の道が合間を縫っている。植物に覆われないことから、なにかしらの秘密があるのだろう。そうして、本来はジャングルのような中を歩いていくはずなのに、植物たちは雪に覆われていた。
それほどの積雪でもない。30センチ程度だ。しかし天井には積もっていないのに、建物内は雪に覆われているという不思議な光景があった。
そしていまや、植物園は轟音が響き、炎の砲弾が飛んでいく戦場と化していた。
「雪環境にできる精霊がいるということでつね」
アイは集団の中心あたりにいるラングの背中に乗りながら、敵の様子を見ながら呟く。
木々の合間からアイスエレメントたちが光を収束しながら、フリーズアローをバシバシ撃ってきており、頭上を氷の矢が通り過ぎていく。
かなりの数の下級精霊だ。召喚されているとなれば、元を叩かなければ殲滅することは不可能だ。
そして、下級精霊以外にも厄介なことに魔物たちが隠れすんでいた。
「ていっ」
短剣をちらりと木の葉の影へと投擲する。がさりと木の葉の影に短剣は入っていき、ガサガサと音がすると、1メートル程度の白い蝶が短剣に刺されて落ちてくる。
「スノーバタフライだぜ。平均ステータスは17。特性は雪鱗粉、その鱗粉を吸った奴の雪耐性を1下げる毒なんだぜ」
「色違いにするだけで、魔物の種類を増やそうとする昔のゲームの匂いがしまつね」
リターンにて手元へ短剣を戻しながら、マコトヘと言葉を返す。それと地味に嫌なスキルだ。効果がしょぼくても、この雪の中では効果的だ。
「新種を増やすには仕方ないんだぜ」
「なんとなく気持ちはわかりまつ……。まぁ、油断せずに倒していきまつよ」
ラングの背中からふわりと体を浮かせて、空中をトントンと軽やかに飛ぶ。アイスエレメントたちは数はいるが、アイたちにはステータス格差で通じないので問題ない。
アイスエレメントたちが浮く合間を、木々を蹴り通り抜けながら、腕を鋭く振り抜けて、手に持つ魔法の短剣はアイスエレメントを寒天のようにプニっと斬り裂く。
「よっと」
クルリと小柄な身体を回転させながら、態勢を変えて木の枝に足をつける。その真横を氷のビームが流れていった。
幼女の腕の太さ程度の白い光は回避しきれないラングへと命中してしまい、ラングの足取りがふらついてしまう。
「ヒール!」
すぐさまゲームで鍛えた技にて回復魔法をラングにかける。白魔道士もゲームではやっていたのだ。神経を使いすぎる上に、地味なのでアーティファクトを手に入れたら辞めちゃったけど。
ヒールの効果はしっかりと発動して、淡く身体が光るとラングは態勢を立て直す。そうしてビームの飛来してきた方向へとファイアアローキャノンを発射させる。アローとキャノンが被ってるな。
木の葉の間に見えたなにかはその砲撃を受けてよろけるが、一撃では倒せないらしく素早く木の影に隠れてしまう。
だが、幼女はその姿をはっきりと視認していた。あれはボール?
「アイスボールだぜ! フリーズビームを放つ中級エレメントだな! 平均ステータスは22。体温を下げて体力を奪う技だな!」
「……近未来的な魔物でつけど、たしかにいまちた。あんな敵」
フハハと両手を掲げて教えてくれるマコトヘとジト目で返す。空を移動するバスケットボール状の敵。モノアイがボールの真ん中についており、青い金属のような身体をしている敵だ。
アイスエレメントと違い、そこまで数はいない。あれで中級かぁ。あんまり強くないなぁ。
「あれは作業用を改修したタイプだからな。新型ができたら棺桶とか呼ばれるかもだぜ。現在絶賛開発中〜」
「ロボットでつか! でも、なるほど旧型の精霊たちはもっと強いと。旧型の精霊たちに文句言われない?」
「新たな神となれば、新しき眷属が出てくるのは仕方ないと思ってるぜ。数が増えないように配慮してるしな。新たな神の眷属にしてくれと、力ある旧型の精霊たちは媚を売ってるし」
「どこでも政治の世界は腹黒いでつね。精霊への幻想が消えちゃいまつよ」
ため息をついちゃう。精霊王がスーツを着て名刺を女神様に渡しながらペコペコする……。う〜ん、シュールで哀れな姿だけど、買収された会社の役員はそうなるか……。
「うぉぉぉ! 斧技 トマホークっ!」
山賊の掛け声と共に斧が猛回転して空を飛ぶ。そして木の影に隠れていたアイスボールへと大きくカーブを描いて木を回避して命中する。斧がめり込んだアイスボールは力をなくし、地へと落ちて砕けて溶けるように消える。
「おぉ、やりまつねガイ。早くも新たな武技の使い方を学びまちたか」
バージョンアップにて手に入れたステータスの数値により魔法の効果、威力が変わるという仕様。武技も結局魔力を使うから魔法だったのだ。トマホークは多少軌道を変えられる程度だったのに、今はかなり意思による操作をして軌道を変えられるようになった。
「へへっ。あっしは日々パワーアップしてるんでさ。新型だけに活躍は、っうぉぉー」
雪の中から10メートル程の巨大な白いワニが出てきて、得意げな山賊の胴体に噛み付いてきた。あひょーと叫びぶんぶんと噛まれながら振り回されるガイ。黒子ガインでは本物のワニには敵わない模様。
「スノークロコダイルだな! 平均ステータスは36! 力が強いけど、牙は装備扱いだから攻撃力はもっと高いぜ! 特性は雪化粧と雪鱗! 雪化粧は体の周りを雪で覆って、敵に気づかれないように接近する。雪鱗は」
「こいつめっ! こいつめっ! 何だこいつ、鱗がパラパラ砕けるだけですぜ」
リターンにて引き戻した斧でガイがペシペシとスノークロコダイルを叩くけど、氷の鱗がパラパラ落ちるだけでピンピンしており、効果がなさそうだ。
「雪鱗は装甲タイルだぜ! 皮膚の周りに氷の鱗を形成して200までのダメージを受け止めて剥がれていくんだ。補充方法は雪を食べること」
「戦車! 戦車の要請をお願いしやすぜぇぇぇ! ファイアアロー!」
口へと手を差し込むと、ガイはファイアアローを撃ち放ち、スノークロコダイルの口内を焼く。タイルの効果は皮膚だけなのだろう。スノークロコダイルは慌ててガイを木へとぶん投げて解き放つ。
「グホォ!」
「ヒール」
木の幹に投げつけられて、痛みで呻くガイへとヒールをかけておく。毛皮装備が破れて血が出ているので、気休め程度の回復魔法だろうけど、今は魔力を抑えたいのだ。あとは自分で回復してくれ。
「僕にお任せっ! ファイアアロー!」
吸魔の杖を振りかざして、ランカが無数の炎の矢をスノークロコダイルに向かって撃つ。着弾し、爆炎に包まれたクロコダイルはあっさりと燃え尽きる。
「ん、敵の砲撃がくる」
リンの声に周囲を見ると、木の影から数体のアイスボールが力を収束している様が見えた。
「直線的な攻撃じゃ、あっしには効かねぇ!」
勇者が言ってはいけないセリフを口に出してフラグをたてる。もちろんフラグは速攻回収された。勇者ガイ、常に余計な一言が多いおっさんである。
アイスボールから放たれたフリーズビームは俺らの方に向かわずに、アイスエレメントのクリスタルの体へと命中して
「げげっ! 危なっ」
「ぎゃあ! ちべてー」
「皆、サーコートにて身体を覆うのだっ」
ランカが慌てて伏せて、アイスボールを倒そうと走っていたガイへと命中し、ギュンターはダツたちへと指示を出す。
アイスエレメントのクリスタルの身体に当たったフリーズビームが跳ね返り、しかもいくつも分裂して、他のアイスエレメントにも当たる。それが再び分裂して跳ね返り襲いかかってきたのだ。
森林を無数の氷のビームが複雑な軌道を描き襲いかかる。
「リフレクトビームでつか。攻撃力を上げなければ、適当にスキルをつけても大丈夫という適当な考えが薄ら見えまつ!」
アイもタタッ、と空をかけてちっこい身体を丸めるように、くるくる回転させながら器用に敵のリフレクトビームを回避する。高速思考であれば、この程度なんともない。
「適刀剣技 水鳥炎烈斬り!」
皆がフリーズビームを躱すので懸命な中、リンだけが地を蹴り、刀を振る。エンチャントにて燃える刀から糸のようなカミソリのような切れ味の銀の剣が閃く。
空中にて体を捻り、浮遊にて足場を作り、リンは舞を舞うように刀を振るい続ける。ふわりふわりと羽のように軽やかな動きであるが、振るわれた刀は鋭く、周囲にいる敵へと炎を纏う剣閃は飛んでいく。
切れ味鋭いその攻撃は精霊たちも、攻撃を防ぐ雪鱗を持つスノークロコダイルも、そのすべてをバターを熱したナイフで斬るように滑らかに斬り裂くのであった。
瞬く間にすべての敵を倒して、トスンと地に戻るリンは刀をチンと涼やかな音をたてて鞘に納める。
「ソードスラッシュを利用するとは、さすがはリンでつ。刀の申し子でつね」
周囲の敵が全滅したことに、アイは感心しながら自身も地に降りて、リンへと近寄りポンポンと腰を叩き称賛する。幼女なので、背伸びをしても頭をナデナデできないのだ。手が届かない。
「むふー。この程度楽勝。頭を下げるからナデナデ希望」
わざわざ頭を下げてくるリンに苦笑しつつも、幼女はちっこいおててでナデナデする。目を瞑って尻尾をパタパタさせて喜ぶリンは小動物っぽくて可愛らしい。幼女の方が小さいんだけどね。
「んん? なにか今変なのを倒さなかったか?」
マコトが首を傾げながら不思議そうな表情で呟く。
「変なのってなんでつか?」
「いや、ログにな、ファントムバードを撃破したって表記されてるのに、ドロップ判定がないんだ。あたしへの報酬も入ってないんだぜ」
「ドロップ判定がない? というか、やっぱり中抜きしてまちたね!」
「しまった! 口が滑ったぜ!」
やっぱりマコトのコンソールは俺と表記が違うんだな。そして、密かに報酬を貰っていたと。こんにゃろー。
「なんの報酬でつか! あたちにも少し分けてくだしゃい。魔物退治頑張るから」
「駄目だぜ。これはあたしの優雅な生活がかかっているし、分けることは禁じられているからな」
口を抑えて、やばいと焦って逃げる妖精を幼女が待て待て〜と、追い掛けるほのぼのとした光景に、パシャパシャと撮影する嬉しそうな少女たち。中の人たちの姿にすると借金取りから逃げる債務者みたいな感じなんだが。
ガイが体を癒やし、ギュンターが隊の立て直しをする。ラングたちがヒールをかけて、動けなくなったダツを回復していく。
マコトを追いかけながらも俺は推測する。目をつけられていたかと。対抗策を考えねばなるまいと。よくあるテンプレだ。どこの勢力なのかな?
ドッチナー領都の安っぽい宿屋の一室。酒場と兼用のために、外からは呑み助たちの騒ぐ声が響く中で、干し草の上に毛皮が敷かれているみすぼらしいベッドの上にて男があぐらをかいて座っていたが、チッ、と舌打ちする。
「殺られちまった。馬鹿げた武技でな」
「あ〜ん? あんたの鳥は誰にも見つからないんじゃなかったのかい?」
「気づかれた訳じゃねえ。範囲攻撃に巻き込まれただけだ。恐ろしく強力な武技だったな」
椅子に座り、酒をちびちびと飲んでいた女性の問いかけに肩をすくめて答える。
「あれだけの範囲を一気に攻撃できる武技……。ブレド家なら可能か?」
「そんなに凄かったのかい? ドッチナー家はブレド家と組んでいると?」
「いや、それは例えで、見たことがない武技だった。……ドッチナー家の私兵の力を探っとけと陛下に言われて来たが……とんでもない奴らを見つけちまった。神器も持っていたしな」
男の言葉に女は眉を顰める。聞き捨てならない言葉だ。
「神器? 神器と言ったのかい?」
「あぁ、どうやら妖精の力も借りているらしいが、強力な魔物を多数召喚する神器だ。卵タイプの神器だな」
怪しげな最近話に聞く月光商会。ドッチナー家の密かに集めていた私兵かと思っていたが、予想外であった。まさかアラクネを呼び出すとは。しかも凶悪な魔法を使うタイプだ。
顎に手をあて考え込みながら、苦々しい表情で女はため息をつく。面倒くさい話になったと思いながら。
「そうかい……。神器持ちだとすると、陛下への報告は外せないね。急いで戻るとするよ」
「この雪の中をかよ。仕方ねぇなぁ」
そうして怪しげな二人はドッチナー領都を去っていくのであった。