106話 精霊たちと戯れる黒幕幼女
雪が再び降り始める。シンシンと静寂の世界に降り注ぎすべては白く染まっていく。降雪の中で動く者たちは魔物のみかと思われたが、一つの古びた建物を見下ろす丘に数十名の人間たちが集まっていた。
その中でも一際小さい人間がもぞもぞと匍匐前進しながら建物を観察していた。毛皮にくるまり、もこもこの塊となっており、少しバランスを崩せば、すってんころりんと建物まで落ちちゃいそうな感じである。
おさげをふりふり、うさぎみたいに小動物っぽくて、保護欲を喚起させるちっこい幼女だ。
二人の狐人が小さい人間が落ちないようにと、周りをウロウロしてハラハラしてたりもしていた。
「過保護すぎまつ! あたちがそんなポカミスをする訳ないでしょ!」
プンプン怒って頬を膨らますのは幼女であった。多少髪の毛に雪がついているので、パパッとはたきおとし心配している二人へと言う。
「今のあたちはスニークミッション中なんでつ。敵に気づかれないように観察しにいってるのに、二人がそばでウロウロしてたら意味ないでしょー」
「いやぁ、僕もそう思うんだけど、心がアイたんを保護しないとと言ってるんだよね〜」
「ん、だんちょーは幼女になったのだから、気をつけるべき。せめて壊しても良い機体に乗って偵察をしにいくのをお勧めする」
ポリポリと頬をかいて苦笑するランカと、チラッとガイを見ながら安全策を勧めるリン。
「おい、壊れても良いってどういう意味だ? 旧型でもまだまだ現役なんだぞ! 死んだら親分に所持金を奪われるんだぞ!」
勇者ガイが抗議をリンにするが、所持金を奪うのはゲームの中だけだ。精々、熱々のおでんを勧めるぐらい。もちろん卵ね。
「それよりも、あれが古代植物園ですか。なるほどそれらしい建物ですな、姫」
ギュンターまでさくさくと積雪を踏みながらやってくるので、スニークミッションは諦め、眼下の建物を見渡す。
「ふぁんたじ〜でつよね。天井がすべてガラスかクリスタルかわかりませんが、ドーム状になっていまつし」
ドーム状の建物であり、天井は透明なガラスかクリスタル。中の光景が見えるが植物が繁茂している模様。不思議なことに雪が天井に積もっていない。神器というやつに間違いないだろう。
「植物園のダンジョンかぁ。なかなか面白そうなんだぜ。でもあの精霊たちはどうするんだ?」
パタパタと翅を羽ばたかせて、マコトが指差す先を見る。ドーム型の建物は広い正面玄関がとられており、何百人も並んで入れそうな広さだ。というか、ドーム自体がでかい。街並みに広い。数十万人は入れそうなドームなのだ。有名な野球ドーム10個分とかそんな感じ。
そんないかにも古代ダンジョンですとアピールする建物の正面玄関には、ふわふわ浮いている六角形のクリスタルがいくつもあった。
「あのタイプが下級精霊……。見たことのあるフォルムでつ。かなり面倒くさい敵でつよ、あれ」
「あっしはクリスタルが欲しいときに光の精霊を倒してましたぜ。空中庭園にうじゃうじゃいるんです」
「ドロップすれば嬉しいでつが、あれって物理攻撃がほとんど効かないで、魔法オンリーでつよね? しかも厄介なことに攻撃するとこちらもダメージ受けるやつ。……もしかして新型?」
あれが下級精霊? 疑問が浮かぶぜ。魔法を使えば楽ちんなボーナスモンスターだけど、魔法が使えないと武器のスキル上げに使えるぐらいの硬い敵になる魔物だ。攻撃が弱いから下級なんだろうけど。
「………新型。精霊も魔物と同じ繁殖タイプだからな。ちょっとしたスキルと、デザインが変更されたタイプが追加されたんだ。ちなみにこの世界の精霊使いでは扱えないタイプ。ほとんど新型は産まれないようにしてあるのにあんなにいるなんて、新型精霊が召喚しているんだ。やったな、ここの高位精霊は新型だぜ! ラッキーじゃん!」
空中でクロールをしながら、教えてくれるアホ妖精。気まずい表情を隠すように、バシャバシャと泳ぐふりをしている。
「精霊使いに扱えない精霊って……」
「規格が違うから互換性がないんだぜ」
「さよけ」
予想以上に酷い有様だ。運営する会社が変わったら規格外になっちゃうのか。それに旧型の精霊って、どんなやつなんだろ?
「まったく害の無い光る玉って感じだな」
「それでよく人間はあれが精霊だってわかりまちたね」
精霊の姿が変わりすぎだろ。あと、心を読むんじゃない。
「僕もアイたんの心を読めるよ。んむむ、あれは美味しそうな敵だ」
「リンも読める。課金してドロップ率を上げる仕様を追加してほしいと考えてる」
マコトに対抗する、アイに対して愛が重すぎる二人。お前らが俺をどう思ってるか、わかるな。こんにゃろー。
「まぁ、良いでつ。魔法で倒せればボーナスモンスターでつし。マコトやりまつよ!」
「おう! 練習したコンビネーションを見せる時だな!」
あいつらを倒すための準備を練習してきたのだ。今こそそれを見せる時。
ちゃちゃーんと、二人は手を広げてポーズをとり、わぁわぁと周りは拍手をして、学芸会モードになる。幼女と妖精の発表会となり、戦い前とは思えない緊張感の無さを醸し出す。
「てってれー! 召喚の卵〜」
幼女がちっこいおててにのせて、まわりへと見せるのは神秘的な緑ががった銀色の卵であった。ぐにゃぐにゃと意匠が彫られており、不思議なアイテムっぽく見える。
「遂に小道具を作り始めたんですね、親分」
「うん。セフィに貰ったミスリルツリーの塊を根気よく削って作りまちた。凄いでしょー」
フンフンと鼻息荒く胸をそらして得意げになる幼女である。とっても可愛らしいので、皆はすごいねと拍手をぱちぱちしてくれる。ちなみに魔法的効果はない。
地面にポンと置いて、幼女と妖精は手をぶんぶんと振りながら踊り始める。
「でんでらでんでらどかべがふんだ」
「でんでらでんでらどかべがふんだ」
二周ほど卵の周りを踊り、手を掲げてビシリと停止して
「サモン! ラングキャノン!」
「来たれ! ラングキャノン!」
揃わないセリフを叫ぶのであった。
サモンにしようと言ったじゃん、いや、来たれの方がかっこいいんだぜと、アホな言い合いをする中で、空中に次々と魔法陣が描かれてラングたちが現れる。その数は20。
雪を跳ね散らして、その威容を見せながら次々と着陸するラングたちは後方支援型のラングキャノンという新型だ。
対精霊用に作成しておいたラングキャノンを格納から取り出したのだ。ちなみに踊りも詠唱ももちろんいらない。せっかくだから、儀式みたいにしようぜと、妖精が提案して、良い考えでつねと、女神に汚染されている幼女が了承したのだ。
とりあえず、ラングキャノンはこんな感じ。
ラングキャノン 20体 平均ステータス32
特性︰身軽、キャノン
スキル︰格闘術2、操糸術4、回復魔術2、炎魔法2、雷魔法4、氷魔法4、影術1、気配察知3、気配潜伏3
ぶっちゃけ、ラングマジシャンの下位タイプである。アラクネウォーリアの素材が足りないから、アラクネから創り上げたのだ。魔力が乏しいからストーム系を連発したらすぐに魔法が使えなくなっちゃう。まぁ、そこは数と下級魔法の連射でカバーする予定。
なんか意味のわからない特性がついているけど、なんだろうね? キャノン? 名前がかっこいいけど。まぁ、使えばわかるだろう。
「ギュンター。指揮をとるのでつ!」
トテテとラングキャノンの後ろへと下がり、聖騎士爺さんへと声をかける。出番だよ、お爺さん。
「ハッ! ラングキャノン、リョウサンにエンチャントファイアをかけよ! その後、戦列を作り炎魔法にて待機!」
目を鋭く細めて、指揮をとるギュンター。その姿は堂々とした将軍だ。隣でちょうどスノーカープに餌をやり始めたおっさんとの対比が凄い。かっこよさ倍増である。
「了解。エンチャントファイア」
ラングたちは待機する30名のダツたちの剣に炎を宿していく。1時間半は効果があり剣でエレメントを倒せるので、コストパフォーマンスが良い魔法だ。敵のアイスボディによる攻撃時の反射ダメージがきついが、寒さ耐性がついているサーコートの装備が効果があるかも確認したい。
全員にエンチャントを終えると、ラングキャノンたちは一列に横並びをして蜘蛛の前脚を砲台のように掲げる。
「装填良し。将軍準備完了しました」
「うむ、目標設定古代植物園正面玄関、アイスエレメント。撃てぇっ!」
天へと掲げた腕を勢いよく振り下ろすギュンターの合図に、ラングキャノンたちは炎の砲弾を撃ち放ち始める。
小さいが明らかに砲音をたてて、空を無数の炎の砲弾が山なりに飛んでいく。ライナーで飛ぶファイアアローよりは射速は遅いが、山なりに飛ぶので射撃距離は大幅に伸びている。
それらの砲弾が宙を浮く氷のクリスタルへと命中すると、爆発炎上をし、その威力でクリスタルを破砕していく。
「特性キャノンは、攻撃方法をキャノンにするんだぜ。ライナーの射撃を山なりに変えて、射撃距離アップ。見た目も砲弾にして、爆発効果追加。砲音を加えたんだ」
説明するぜと、空に銀の軌跡を残して飛ぶ妖精の機嫌の良いセリフにツッコミをいれちゃう。
「最後の砲音だけいらなくないでつか?」
「キャノンとか名前をつけたから、あいつがご機嫌で、キャノンならキャノンらしい攻撃が必要ですよねと適当につけたんだ」
あ〜。そういうことねと諦めちゃう。あの女神様なら嬉々としてやるだろうし。他の効果は嬉しいけど、砲音はいらなかったなぁ。クラッカー並みの大きさだけど、それでも目立つし。
まぁ、仕方ないかと、諦めちゃう幼女をヒョイとランカが抱っこしてきた。ん? なんだ?
「敵の反撃あり! 伏せろ!」
ギュンターの鋭い声に、正面玄関に視線を戻すとわらわらと精霊たちが現れてきていた。しかもフリーズアローを放ちながら。
「あいつの名前はアイスエレメント。平均ステータスは9。特性は特大の物理耐性持ちで、とてもとても炎に弱い。それと魔法感知に雪環境なら小再生に魔力回復だな。下級精霊だぜ」
「魔法感知でつか。でも知性はないみたいでつね。安心しまちた」
フリーズアローは未だにこちらへと届かない。かなり手前の雪を穿つだけだ。魔法感知の距離はかなりあるようだが、いかんせん攻撃方法がないのであろう。ちぐはぐでしょぼいスキルだ。見かけはな。
「アイスエレメントは雪の中なら早々魔力は尽きないと」
連射はできないようだが、光が収束していき、一定間隔で発射してくる。だいたい30秒間隔というところか。魔力回復特性もあるから、あの間隔なら魔力は尽きないと見たぜ。
「盾を構えつつこちらも前進! キャノンをもう一斉射したら待機」
「ん、突撃する」
「了解でさ」
魔法の効かないリンとガイが突撃して、後ろからスノーウルフ隊が続く。フリーズアローはそこまで命中率は良くないのか、突撃する者たちへとなかなか命中しない。しても、盾であっさりと受けられるので問題なさそうだし。
「よし、あたちもいきまつよ! 精霊狩りの時間でつ! ヒャッホー」
ランカの抱っこから逃れて、てててと空を足場に幼女も走る。キャノンたちも前進をし始めて、ランカもフヨフヨと浮遊しながら続き、一気に戦場へと様相は変わり始める。
「なんだか、悪役に聞こえる叫びなんだぜ」
「あたちは黒幕でつよ」
妖精の呆れた声に、飄々として答えながら、黒幕幼女は炎の短剣を振りかざして突撃をしていくのであった。