105話 野心的な若き騎士たち
ダラン・ユースルはカールマン男爵領の若き騎士である。その容姿は武骨であり、バーンのように二枚目でもなければ、金を持っている訳でもない。貧乏男爵家の貧乏騎士爵を受け継いだだけの騎士だ。
身体能力も下級騎士にしては高く、上級騎士から見たら低い。固有スキルもなければ、家宝の武具なども持っていない。
ないない尽くしの中で、あるのは受け継いだボロい鉄製装備のみ。サイズは幸い父とあまり変わらなかったので着込むことができたが、それでもピッタリとはいかず、節々が動くと痛みが走り、鎧の留金も外れかかってはいたが、直すための金もなかった。以前まではどうしてもとれない槍の錆をなんとかできないか、それだけが悩みであった平凡な騎士だ。
若さ特有の自分は立身出世をして、成り上がるといった考えを持ち、恋人のレミーへと話していたが、本気とはとられなかった。
貧乏騎士にどんなチャンスが舞い込んでくるのだ。そんなチャンスはないと、騎士ではあるが、開拓している農家の手伝いをして、成り上がることを諦めてはいないと周りに見せるだけのために、腕を磨くために訓練を欠かさなかった。
だがその気概も、あと数年経てば消えてなくなり、レミーと結婚をして落ち着いただろう。そうしてボロい鉄製の鎧の留金をなんとかしなければと思いながら、子供へと次の騎士爵を継がせるために働く日々となっていたはずであった。
だが、チャンスは舞い込んできた。途轍もないチャンスが転がり込んできたのだ。
「ありがとうございます、ダラン卿。貴方たちのおかげで男爵領は救われます。侯爵様と月光の主の方へと感謝をお伝えください」
目の前で感謝の意を示して頭を下げる男はドッチナー侯爵の寄り子の男爵である。ちょっとした宿場町であり、バーン男爵よりも裕福でありそうな男は本来貧乏騎士であるダランへと頭を下げることなどなかった者だ。
その男が、いや、周囲で同じように頭を下げる人々を見て、ダランは内心で歓喜に震えながらも、顔には出さずに真面目な表情で頷く。
「お気になさることはありませんぞ、男爵。人々が困窮しているのならば手を貸すのは我が主にとっては当たり前のことですので」
尊敬するギュンター卿の真似をして答えるダランに、男爵は顔を上げて、がっしりと握手をしてきた。
「騎士とはかくあるべし、ですな。ダラン卿、貴方は騎士の鑑。重ねて感謝を」
「ハハハ、騎士の鑑とは言い過ぎですぞ。それでは私は次の任務がありますので、これで失礼致します」
軽く手を振りながら踵を返し、仲間たちのもとへと戻る。それを見ていた人々は名残惜しむように手を振って見送ってくれる。
「ありがとう騎士様!」
「貴方のことは忘れません」
「僕もダラン様のような騎士になる〜」
人々の見送りの言葉を受けて、ダランは待っていたスノーウルフに跨り、出発するのであった。
街から離れるのは、スノーウルフ隊の10人。この雪でも足をとられぬ狼たちの魔法の力であっという間に見送る人々の視界から消えるのであった。
しばらく駆けて行き、見送りの人々が見えなくなる頃。ダランは嬉しさを耐えきれずに笑ってしまった。
「ククク、見たかレミー? この俺がダラン卿だと呼ばれたんだぞ? バーン男爵領にいて一度もそんな呼び名をされたことがなかった、この俺が!」
「はいはい。ご機嫌で良かったわね。まぁ、たしかに私もレミー卿って呼ばれてびっくりしたけど、悪い気分じゃないわよね」
「悪い気分じゃない? 最高じゃないか! なぁ、お前ら?」
肩をすくめて呆れた様子の恋人へと、笑いながら後ろに続く仲間たちへと顔を向ける。仲間たちもニヤニヤと笑いながら同意してきた。
「あぁ、騎士爵を継げなかった俺が卿呼びされたんだ」
「へへっ、今の姿を実家の奴らが見たらきっと驚くぜ」
「あぁ、部屋住みの穀潰し呼ばわりしてきた兄貴を見返せるってもんだ」
「そうそう。嫁をとって子供ができた途端に追い出しやがって」
ワイワイと話すスノーウルフ5番隊。ダランを含めて10人編成の部隊だ。
皆は新品の鋼装備に、手渡された寒さを防ぐ青色の魔法のサーコートと雪に僅かにしか沈まない魔法の靴をお揃いで着ており、どこから見ても立派な騎士たちである。アイ様は魔法装備ではないと仰っしゃりながら支給してくれたが、魔法の服であるのは明らかであった。
今までは貧乏な者たちなので銅の装備ならまだマシ。たんに革鎧に中古の短剣を持ち騎士には見えない者たちだったのだ。
それがこのような装備を支給されて、嬉しさを隠せなかった。
「しかも街を襲うスノーオークを倒し、少なくない金貨を使い皆のために炊き出しというものや、家屋が破壊された者には見舞金を渡して去っていく。英雄物語そのものじゃないか?」
ニヤニヤ笑いが隠せずに、ダランは周りへと同意を求めて、まさしくそのとおりと、仲間たちは同意してくる。
たった今までいた男爵領。そこでたった今までその言葉どおりのことをしてきたのだ。ドッチナー侯爵の部下からは異常がないか、各地の寄り子を見て回るように指示を出されている。
ギュンター卿からは回る途中で月光の名前を出して、金貨を使い人々を救うように指示を出されていた。
ドッチナー侯爵家はスノーオークが魔物の中でも多く、雪のさなかでホバー? という不思議なスキルで走るために騎士たちはどこも苦戦を強いられていた。スノーオークウォーリアがいた場合はもっと酷い。
だがブレスを防ぐ寒さ耐性のある魔法のサーコートに鋼の武装をし、スノーウルフに乗った自分らの相手ではない。あっという間に倒す俺たちに、助けた者たちは皆尊敬の視線を向けてくるのだ。こんなに気分が良いことなどないだろう。
さらに金をばら撒くのだから、人々は賞賛の意を持ち話しかけてくるのは当たり前だった。
「このまま、月光で俺は成り上がるぞ。俺と身体能力も腕も変わらなかったケンイチは最近見ないと思ったが、ガイの話によると出世して異動となったらしい。しかもだ、嘘か本当か領主になったらしいぞ。俺も領主を目指せるということだ!」
思わず興奮して声を高くしてしまう。それぐらいに自分にとっては衝撃的な話であったのだ。
「なにそれ? ケンイチさんは領主になったの? 初耳なんだけど?」
レミーが驚いた表情で尋ねてくるが、自分でも確証はない。だが、夢がある話だ。
「半信半疑だがな。領主なんぞになってお疲れ様だよなぁと、ケンジたちと話しているのを聞いたんだ。嘘は見られなかった」
「母国の領主になったのかしら? うんん? それは少し変じゃない? アイ様に付き従ってきたのに、出世したらアイ様から離れちゃうの?」
首を傾げて疑問を口にするレミーの言葉に、たしかにそうだなと自分でも疑問に思う。
「それはわからないが、ダツ家の一門は最近出入りが激しいことと関係するのだろう。もしかしたら……いや、まさか南部地域を切り取っているのか?」
ハッと気づく。領主になるために母国に帰る? 海のものとも山のものともわからない見知らぬ地についてきながら、アイ様から今更離れるとは考えにくい。と、すると月光はどこかで領地を手にしているのだ。
タイタン王国は無理だろう。数も足りなければ、神器もない。戦いになれば勝てる訳はない。しかし、南部地域ならどうか? 妖精国との繋がりから、なにかをしているのではなかろうか?
「と、すると私たちでは手は出せないわね。アイ様が私たちに隠すのもわかるわ。タイタン王国が関わっているとなると面倒くさいことになるからでしょ?」
だが、レミーの言うとおりだ。南部都市連合は外敵に対して結束をして対抗してくる。タイタン王国の騎士が戦いに加われば国際問題となるだろう。
月光はその点を上手く隠していると見た。明らかに他国の侵略行為であるのに、結束できないような穴をついているのだ。
「それは本当か、レミーさん?」
「南部地域を切り取るとなると、戦だよな?」
「お、俺は王国の騎士じゃないから、戦いに加わることができるぞ」
ざわつく仲間たち。こいつらはたしかに王国の騎士ではない。南部地域で戦争が起きているなら加われる。戦場こそ騎士が功績をあげられる最大のチャンスなのだから、目の色が変わるのは当たり前だ。
「待て! アイ様の覚えめでたいのは俺だ。スノーウルフ隊にはダツ一門が担う筈だったのに、入れたのも俺が声を挙げたからだろ? そのおかげで今の装備も支給されたんだぞ」
慌てて制止の声をあげる。俺だけ出世のチャンスを逃すのは耐えられん。
その言葉を受けて、たしかにそのとおりだと顔を見合わせる仲間たちだが、戦いに加われないんじゃ仕方ないだろと、哀れみの籠もった視線を受けてしまう。
小さいながらも小隊の隊長になったのだ。これが最高の地位だったとは思いたくない。
なにかないか? 良いアイデアが。タイタン王国の騎士という立場でなくなる方法。騎士を辞めるのはなしだ。バーン男爵を裏切ったようにも見えるので。
うぬぅと歯を強く噛んで考え込むダラン。ここが人生の分岐点かもしれないと、あれこれ考えるが良い方法が思いつかない。
一か八か騎士を辞めて雇ってもらえるかと、ダランが考え始めた時に
「月光を手伝っているのはバーン男爵の命令だし、その時にアイ様へ恩に報いるためにとか言ってなかった? それなら貸し出されている立場。タイタン王国の騎士ではなく月光の一員だと言い張れるんじゃない? そもそも南部地域で戦争なんかしてないかもしれないし」
レミーがあっさりと答えを提示してくれた。
「なるほど、さすがはレミーだ。たしかに貸し出されている間は騎士爵ではないと言えるな。言えるか? いや、言えると言い張ろう。そしてもしも戦争が起きているならば、使って頂けるようにお願いするのだ」
「普通に木材とか南部地域から持ってきてるし、戦争なんか起きているとは思えないけどね。それよりもこのチャンスを活かす方が大事じゃない? あり得ない戦争を妄想するより、目の前の任務をこなして功績を稼ぐのは。そもそもガイさんの言葉だとまったく信憑性がなさそうだし!」
ちょっと強めに注意をしてくるレミーのジト目を受けて、僅かに怯んでしまう。それもそうだ。あるかどうかわからない戦争よりも、わかりやすいこの任務での功績の方が大事に決まっている。
「さすがはレミーだな。俺は出来た恋人がいて嬉しいぞ。愛してるぞレミー」
「あほっ! さっさと次の地へ行くわよ!」
バシンと兜を叩かれてしまう。そうして、レミーはスノーウルフの駆け足を速めて先に行く。
「ダランは愛妻家だなぁ」
「いつ結婚するんだ?」
「ちょっと胸焼けするよな」
呆れた声をあげる仲間たち。耳に入ったのかレミーは顔を赤く染めて睨んでくる。
「急ぐわよ。回れるだけ回れば、アイ様の報奨もたっぷりと増えるはずよ」
「そうだな。報奨が良ければ余裕が生まれる。春には結婚式を行っても良いのでは?」
レミーは出来た恋人だ。金も余裕ができたことだし、そろそろ結婚をしても良い。レミーの爵位は弟に譲れば良いだろう。幼いが成人までの数年はレミーが代行すれば良い。
「ダラン……それ、本気?」
スノーウルフの足を緩めて隣にレミーがやってくる。
「もちろん本気だ。一旦故郷に帰らないといけないな」
俺の言葉にレミーは嬉しいのか、怒ろうとするのか複雑そうな表情を浮かべるが、なにか変なことを言ったか? なぜ拳を握りしめているのだ?
「なんでこんなロマンチックの欠片もないとこで言う訳? 馬鹿ね!」
「グホォ!」
頬にレミーの拳が突き刺さり、ふらついてしまう、かなりの痛みを感じるので本気のようだ。
「ダラン……」
「なんでちょっとした買い物みたいな感じで告白してんだ?」
「これはフォローできないよな」
仲間たちの呆れた声を聞きながら、たしかに失敗したかもしれないと後悔するが、またもやレミーはスノーウルフを速めて先に進むので、野心家な若き騎士は慌てて追いかける。
結局しばらく謝ったら許して貰え、冬が明けたら故郷に一旦帰ることに決まる。どんな野心家な騎士でも男は女には敵わないのであった。