104話 侯爵家と取り引きする黒幕幼女
謁見の間にて可愛らしい幼女は膝立ちは幼女虐待じゃないかなと、そろそろ体勢を崩したいなぁと考えていた。おっさんならば膝の上に石板を何枚か追加すれば良いと思うが、残念ながら幼女の中に巣食っていて手を出せない。
とはいえ、くだらないことを考えるだけではない。なぜ平民に金板を100枚も褒美として渡すのか? いかに金がありそうな高位貴族でも金貨にして1万枚をポンと出せるものなのか? この冬の混乱で金がいくらあっても足りないのではと、俺は考えているんだけど。
「おぉ〜。ピカピカでつね」
ペシペシと目の前に置かれた金板をちっこいおててで叩きながら、無邪気な幼女だよと周りにアピールしながら考える。こんなん周囲に対する見せ金だ。自分が功績に報いる親だと子に見せつけて、こちらへと感謝の念を抱かせるに過ぎない。実際の報酬は交渉したかった。こんな端金でなく。
このあとに続く侯爵の言葉にだいたい想像はつけて、高速思考にて、矢継ぎ早に隣で跪くギュンター爺さんへと指示を出すアイであった。
ドッチナー侯爵は月光商会と名乗る者たちが貴族であると確信した。しかも高位貴族である。
ビアーラの言うとおりだと、金板を100枚も目の前に置かれても特に喜ぶような様子を見せない月光の幼女たちの様子に得心する。一人だけ金がとか目を輝かせていたが、小悪党っぽいので除外をしておく。
常に相手に警戒心を持たれない勇者がここにいた。きっと50ゴールドだけ渡しても魔王を退治に行ってくれる気前の良さを見せてくれるに違いない。さすがは勇者である。
無邪気な演技をしているが幼女は本気で端金だと考えて、ギュンターたちは地球の通貨ではないので、いまいちピンとこなかった。ただ綺麗なものだとしか考えない。観光で金の塊を見ているような感覚である。
そんなこととは露知らず、侯爵は妻の言う恐らくは彼女は高位貴族であるとの言を聞き、試すためにも金板を100枚差し出したのだ。目を輝かせて嬉しそうにするのであれば、自分が気を遣う相手でもあるまいと考えていたが、喜ぶ様子を見せない様子から、最大限に気を遣おうと心に誓う。
そして妻の言うとおりに、幼女へと取り引きを持ちかける。まぁ、お目付け役の老齢の騎士が口を挟むのであろうが。
「アイ嬢。妻から状況は聞いておる。サウスドッチナーが陥落寸前までいっていたとか。あそこを落とされたら、我らは王都への道を塞がれるところであった。改めて感謝を」
ドッチナー侯爵領地は王都から見て、平原中央から北東寄りにある。様々な貴族領を挟み、さらに東がフラムレッド伯爵領だ。
ノース、サウスとドッチナー衛星都市があり、要所に存在していた。中継地点でもあるサウスが陥落していたら、たしかに大変だったことは間違いないのだ。
馬鹿な代官はさすがに看過することはできずに伯爵家へと戻すことにした。それに自分は次の宰相らしいので、今度はあちらがすり寄ってくる番であるので、問題はない。
「いえいえ、サウスドッチナーの皆さんはとっても頑張ってまちたちよ。陥落しそうだったので、あたちたちが大半の敵を倒しまちたけど」
謙遜しているようで、まったく謙遜しない幼女の言葉に苦笑してしまうドッチナー侯爵。幼女の態度は高位貴族ならではの態度だ。
「で、だ。サウスドッチナーの光景は大小の差はあれど、現状の侯爵領の光景でもあるのだ。アイ嬢は優れしテイマーを配下に持つとか。そして雪に対応できる魔物もお持ちと聞いている。よろしかったら、数十騎を冬の間貸して頂けないだろうか? どうしても普通の騎馬では伝令が遅れるゆえ」
にこやかな笑顔を作る腹黒侯爵の言葉に幼女はあっさりと頷こうとするが
「わかりまちた。良いで」
「お待ち頂きたい。口を挟む失礼を謝罪致す。ギュンターと儂は申します。スノーウルフ隊は我らの虎の子。そうそう簡単には貸し出せませぬ。希少なる理由は侯爵殿の仰るとおりですしな」
制止の声が横あいの老齢の騎士からかかるのであった。
今のは惜しかったと、侯爵は舌打ちするが、目付役がいるのだ。そう簡単に事が運ぶとも考えていなかったので、顎に手をあてて頷きで返す。
裏ではタイミングを測って、台詞を読んでいた幼女とお爺さんであったのだが。演技に凝りすぎな二人である。
「もちろん理解している、ギュンター卿。だが、今は大変な時期。放置しておけば各地の被害が大きくなる故に、ここは是非とも貸して頂けたらと考える」
なにを求めてくるのか、緊張を僅かに表に出すドッチナー侯爵へと、ギュンターは目を細めて薄く笑う。
「もちろん、我らも人々のためとなればお貸ししないわけにもいきますまい。であれば……そうですな、形として代価を貰うのも義に劣ります故に、月光の商品を扱う商人たちは、その商品に対する自分たちへの贈り物を多少なりとも目こぼしするようにと、貴族の方々へと広めてくれませんかな?」
「む……」
ドッチナー侯爵は言葉に詰まり、悩んでしまう。
なぜならば贈り物とは、その都市における領主や代官への賄賂のことだ。税金とも言える。商人への税金は王都のように年に金貨数枚。もちろんそんな金額では商人を肥え太らすだけだが、元々の小麦や鉱石は貴族が全て掴んでいるから問題はなかった。既にそこで多大な税金を乗せているのだ。
だが月光は違う。聞いたところによると、綿布というもので多大な利益を得つつも、そこにはまったく貴族は関与していない。王国全体へと商圏を広げるには、貴族へと話を通さなければなるまい。そこには税金代わりと多大な賄賂をここぞとばかりに要求する貴族たちもいるはず。いや、ほとんどの貴族はそうであろう。
それを防げと、この老騎士は要求してきているのだ。
ふむ……綿布は今のところ、それほど出回っていない様子。ゴムも然り。それほど量がないのであろう。
チラリと横目で妻へと視線を送るが、ニコニコと笑みを浮かべているだけであった。恐らくは自分の推測は正しい。
これは良い取引だ。月光の綿布などを買うにも、この取引で後ろ盾になったとなれば、優先的に上質な物を持ってくるに違いない。
宰相となれば、その言葉にほとんどの貴族が言うことを聞くだろうが、出回るであろう綿布などは少数。ちょっとした小遣い稼ぎができなかったと、貴族たちは思うだけだ。私を恨む程のことではない。
月光にとっては多数の貴族へのつけ届けが必要なくなり、儲けが大きくなる。……私が宰相になることは知らないのだから、一部の貴族たちへのつけ届けが必要なくなると考えているだろうが、宰相となったらほとんどの全ての貴族が従う。かなりの儲けとなる筈だ。
それにこちらの懐はまったく傷まないし、月光との縁もできる。良いことづくめだな。スノーウルフを使えば各地の被害にも対応できるし、こちらにも、相手にも利益のある話だ。
商人らしい金儲けの考えもできる騎士なのだろう。歳を重ねた騎士なれど、その頭の良さには感心する。自分もこのような騎士がそばにいれば大分楽になるのだが。
まぁ、そんなことを考えても詮無いこと。
「よろしい。私の方もその取引で問題はない」
「おぉ、なれば侯爵殿にはお手数をおかけしますが、紙面へと残していただいてよろしいか? 各地へと周る商人たちへと持たせたいので、10枚程。頂ければスノーウルフ隊50をこの冬はお貸し致すと約束しよう」
「それぐらいならば手数でも何でもない。了解した」
ドッチナー侯爵はにこやかに損のない取引であったと微笑む。
「あたちが紙を用意しまつね。うちの紙をあとで持ってきさせまつ。侯爵様、ありがとうでつ」
ウキウキと満面の笑顔で幼女が言ってくるので、わかったと謁見を終了させるドッチナー侯爵であった。
ドッチナー侯爵では取引の表面上の理由しかわからなかった。いや、そのように誘導していた詐欺幼女はにやりと悪そうな笑みを浮かべるのであった。幼女なので、疲れたからむくれたようにしか見えなかったけど。
ドッチナー侯爵家の城内。来客用の部屋。上品な内装で広さもまぁまぁ、暖炉も灰はなく綺麗に掃除されている中で薪が燃えている。どうやら徹頭徹尾に至りアイたちを貴族扱いすると決めたとわかる部屋にて、長椅子に座りウキウキとアイは紙を眺めながら、嬉しそうに足をパタパタさせていた。
部屋にはガイたちが揃って、マーサとララが壁際に立っている。
「素晴らしい文面でつ。月光商会の商品取引にて、諸々の手続きを簡略することを求む。ルド・ドッチナー侯爵」
ドッチナー侯爵に書いてもらった証書である。9枚は既に倉庫に仕舞い済み。なくしたら困るからね。もちろん倉庫に仕舞えるように、地球製の紙に書いてもらったのだ。
この場合の諸々の手続きとは、つけ届けを要求するなよという意味。書いてある意味を理解できない者は貴族失格な内容である。
「ご機嫌だね、アイたん。そんなにその紙切れが凄いの?」
「そりゃあ、各地の税金を無税にできれば凄い儲けだからだろ? さすが親分。頭の良い取引でさ」
「違いまつ。それもありますが、表向きのわかりやすい理由でつね」
ランカとガイの言葉に、フフンと紙をピラピラさせるアイ。幼女はご機嫌でこの証書の持つ意味を説明をする。
「違う意味とはなんですかな? 儂は姫の言葉を繰り返すので精一杯だったのですが」
「お爺さんは最初から取引のことを気にしてないでしょ。まあ、いいでつ。これはでつね、月光傘下の商会を苦労せずとも増やすという点で素晴らしいのでつよ」
椅子から立ち上がり、フンスと胸をそらしてドヤ顔になっちゃう幼女。ドヤ顔での胸そらしは可愛らしすぎるからナンバリングしないとと、変態二人がパシャパシャ撮影をし始めるがスルー。
「その証書で傘下を増やせるんですかい?」
「そうでつ。うちの商品はこれからもジャンジャン増やしていきまつ。それに対して無税とも言える証書があるとなれば、月光の商品を扱わせてくれと、今までは頭を下げることができずに頼めなかった大店でプライドの高い商会も、仕方ないなぁと表向きは残念がり、お願いに来るのは間違いないでしょー。無税になるという商人垂涎の理由ができまちたからね」
「なるほど、無税の証書という利益の伴う理由ができれば、月光傘下と名乗るのも仕方ないと理由を他の商会に与える訳ですね。そうしてどんどんと月光の商品を扱う比率を高めてやれば、その商会はもらったようなものですし」
ポンと手をうち、ガイが感心する。
「ん、さすがはだんちょー。狡賢い。この良いところは相手は得な取引だと思っているところ」
「侯爵の威光がどこまで通じるかはわかりませんが、一割程度の商会には効いて欲しいでつね」
これは金板100枚程度よりも遥かに価値がある。この冬をスノーウルフを貸すだけで、こんなに凄い証書を書いてくれるなんて、侯爵はなんて良い人なのかしらん。俺の支配圏をこんな取引で増やしてくれるなんて。
「社長を経営コンサルタントにすれば大儲けだぜ。今度あたしの女優業を手伝ってくれ」
「マコトは自分から失敗の坂道に突撃して転げ落ちるから、あたちがやっても無理でつ。ララ、それよりもリョウイチとダランを呼んできてください。この金板をすべて使い、巡る予定の領都にて炊き出しとかをさせるように命令しまつので」
マコトがガ〜ンとショックを受けて、なんだよもぉと怒りながら頭の髪の毛を引っ張ってくるのを追い払いながら、ララへと命令する。
「ぜ、全部? その金板全部!?」
テーブルに広がる金板の輝きを目にしながら、ララが驚愕するが、侯爵家が見せ金に使ったように俺も見せ金にするのさ。
「全部でつ。困窮する人々をこの程度の金をばら撒くことで助けられるなら、安いものでつから」
ついでに月光の名前も広めてきてもらおうと、黒幕幼女はニッコリと無邪気な微笑みを浮かべるのであった。