103話 大混乱な侯爵領地に訪問する黒幕幼女
ドッチナー侯爵領は大混乱の中にあった。普段は上品でそこそこ静かなはずの領主の城。その館内は怒号が響き、人々が忙しく走り回っていた。
城の中でも贅を尽くした応接間にて、普段は見事な調度品や、毛足の長い絨毯が敷かれて、アイアンツリーにて作られたテーブルや長椅子などに目が映るだろう豪華な応接間。
そこには今や、大勢の汗だくの騎士たちや寄り子の貴族たちが詰めかけており、冬なのに人の熱気で暖炉の炎以上に暑さを感じられた。
それら人々の中心として、長椅子に座りながら、当主であるドッチナー当主は、長男のボイルと共に頭を抱えていた。
長机にはたくさんの羊皮紙が置かれている。その内容を見ながら、会議をしているのである。要望を訴えるばかりの部下たちに囲まれ、困りきっていた。
「なんだ? 今年の冬はいったいなんなんだ? なぜここまで私に苦難を与えるのだ? おぉ、神よ! なぜ? 私に艱難辛苦を与えるのか!」
天を仰ぎ、大袈裟に両手を掲げて嘆くドッチナー当主。その様子を冷ややかな視線でボイルは眺めて
「父上、演技が行き過ぎています。失笑しか生まれませんよ」
と、ツッコミを入れてため息をつく。
「あぁ〜、私の悪いところだな……。しかし本心からだぞ? 正直言って、悪夢としか思えん」
「わかっています。これだけの救援要請がきていますからね」
演技過多なドッチナーの言葉にボイルは疲れたように頷き、羊皮紙の束へと視線を戻す。そこには領土の各地から寄せられた報告が書いてあった。
「魔物と種類、そしてその戦い方がこの大雪で大幅に変わりましたね。どこもかしこも救援要請ばかりですよ。酷い状況だ」
「陥落した都市はありませんが……。この冬の状況は厳しいとしか言えませんぞ」
ボイルの言葉に寄り子たちが苦々しい表情となる。各地で魔物が大暴れしているのだ。しかも新種ばかりが。強力とは言えないが、厄介な武技や、特殊攻撃にて騎士たちは苦戦を強いられていた。
「いや、どこもかしこもという訳ではない。見よ、まともな奴が代官の都市や村は食料や薪の支援要請のみ。魔物により被害が出ているから救援をと言ってきているのは、魔物の被害がいつも多い間引きをしているのか怪しいところばかりだ」
「そういえば……。たしかに父上の仰るとおりです。そうか……これは冬に間引きされていない魔物の群れが食料を求めて現れるいつもの光景だと?」
当主の言葉にそう言えばと、周りの者たちも頷く。演技過多な当主であるが、その目のつけどころはさすが侯爵家当主だと感心する。
「この大雪と新種の発生に誤魔化されていましたが、そういうことでしたか。いつもはこちらに報告しないで、密かに魔物の襲撃を撃退していたのに、今回はそれがこの冬の異常でできなかっただけという簡単な理由でしたか」
「もう少し間引きを真面目に行わせておけば良かったですな……。今更ですが」
文官の言うことはもっともな話ではあるが、今までは問題がなかったために放置していたのだ。寄り子たちの忠誠を勝ち取るための軽い小遣い稼ぎをさせていたのである。伯爵家や子爵家の次男坊や三男坊を代官にしておけば、その本家は感謝を示すのだから。
その勢力を保つために高位貴族は高位貴族で大変なのであった。
ドッチナーはまったく兵力が足りんと思いながら、報告書を読むが、ふと気づく。絶対に来ているだろう都市から救援要請がきていない。
「誰かサウスドッチナーからの救援要請は見たか?」
「いえ、そう言えば来ておりませんな……」
「私も見ておりませぬ」
「あそこから来ていないとは……。自分たちでなんとかできたのでは?」
最後の発言者の言葉に首を横に振って否定する。そんな訳はない。たとえ、自分たちでなんとかできても、魔物による被害が大きかったのでとかなんとか言って、支援金をせしめようとするにあの代官なら決まっている。一族揃って横領がお家芸だと勘違いしているクズ伯爵家の次男坊なのだから。
嫌な予感がする。もしも救援要請ができぬほどの被害が出ているとしたら……もしかしたらサウスドッチナーは魔物により陥落しているかもしれない。
「誰ぞ、サウスドッチナーへと向かい様子を調べて」
状況を確認しようと、部下へと偵察の任務を与えようとした時に、扉がコンコンとノックされて、許可をすると家宰が中に入り、報告をしてくる。
「御当主様、ただいまフローラ様が帰還なされました。その……ビアーラ様も共に」
「そうかっ! そう言えばフローラには王都へ騎士団の支援を貰えるように行かせていたな。騎士団も連れてきたか?」
この状況だ。妖精樹の精霊退治以外もお願いしようと、喜びを表情に出して問いかけるが、気まずい様子の家宰を見て落胆してしまう。家宰も騎士団の支援が来ると知っていたのだ。
「いえ、大規模な騎士団は来ておりません。100人程度の騎士たちのみです」
「ん? 騎士団自体は来ているのか。しかし、100人か……。少な過ぎるが、それだけ強力な者たちなのか?」
神器持ちの者たちが来たのであろうか? それならば話はわかるが、下手をすると全滅してしまう数だぞ?
顎に手をあてて、疑問に思うドッチナー当主へと、さらに言葉を続ける家宰。それは予想外の言葉だった。
「騎士団は王国の者たちではありません。それと、サウスドッチナーの代官をビアーラ様は拘束して連れてきました」
「はぁ?」
なんだそれはと、ドッチナー当主は首を傾げてしまうのであった。
「侯爵の領都も王都に負けず劣らず、栄えているんでつね」
ドッチナー領都の中心にある城前で、アイは馬車から出て、キョロキョロと周囲に広がる立派な街並みを見ながら、なかなかの広さだよねと都市の大きさに感心していた。
やはり、神器がある都市なので、上下水道が備わっている模様で、白い柱から凍結もしないで、無限に水が出てきている様子が見える。
主要な領都は大小の差はあれど、同じような感じらしい。ここが一番地球と違うところだな。ふぁんたじ〜の基礎は上下水道からかぁ。地味すぎるが、ふぁんたじ〜とは、こういうところが大事なのかもね。
雪に覆われて、潰れた家が多少あり、そこら中の家から、黒い煙がもうもうと煙突から出ている。なんだか煙そうな都市だが、これは観光にきた時期が悪いのだろう。
雪かきも主要な道路だけされており、他はそのままであり、人々がまばらに歩いているのみであったので、寂れた感じもしちゃう。
ちなみに観光ではないはずだが、幼女は滅多に他の都市をみないので、観光気分で、ウキウキと都市を眺めていた。
幼女が目をキラキラと輝かせて、周りをちょろちょろと走り回り、景色を楽しむ姿は可愛らしい。おっさんならば、この怪しい奴めと牢獄行きは間違いない。
「薪がふんだんにあるのは、王都ぐらいよ。皆、生木を燃やして暖を取っているの。おかげで煙くって煙くって仕方ないわ。それにしても遅いわね」
同じように馬車から出ている貴族少女が嫌そうにかぶりを振るので、なるほどねと納得する。この冬の中で木の伐採もしているのか……。樵さん、お疲れ様です。
さすがにもう薪の余裕がないなぁ。生木で今年は我慢してね。きっと燻製になるほどの煙が出ているだろうけど。
「姫、何人か家から出てきましたぞ」
街へと入ってきたので、後方から合流したギュンター爺さんが言ってくるので、視線を向けると、家宰らしき男と召使いが何人かやってきていた。
「ようこそ月光商会の方々。御当主様がお会いになるそうです。こちらへどうぞ。ご案内します」
「ありがとーございまつ! お邪魔しまーす!」
ようやくかよと、こっそりとため息を吐いちゃう。この寒空の中、どんだけ待たせる訳? 幼女は寒さにも弱いんだぞ。
まったくもう、と内心ではプンプン怒りながら、表向きは無邪気な幼女スマイルでアイたち一行は家宰のあとをついていく。
何気に城内に入るのは初めてである一行は、通路を歩きながら観光気分で楽しんでいた。
「凄えな、親分、城ですぜ、城。こんな建物が今でもあるんですねぇ。あっしは初めての観光でさ」
「ん、ガイ、これは現役の建物。人が住んでる。とりあえずアルバムにスクショを保存。サムネはお城にきました、で」
「そういや、そうだった。お土産屋はどこにあるんですかね? ケインたちにお土産を持っていこうと思うんですが」
こういう観光地には土産物屋もありやすよねと、強面の小悪党が可愛らしい召使いの少女へと尋ねていた。地球じゃないんだぞ、土産物屋なんかあるか。あと召使いちゃんは怯えているからやめなさい。それとリンよ、もう少しサムネは凝った方が良いよ。
「ププッ、こういう場所だとたしかに観光気分になっちゃうね」
「お前ら、ふざけるのはやめよ。姫の恥になるであろう」
はぁ〜、とため息を吐いてギュンター先生が引率をしてくれる。任せた、この連中は勝手に城内を見回り迷子になりそうだからな。
家宰が困ったように表情を変えるが、特に何も言ってくる様子はなく、大扉の前に到着する。
「月光商会のアイ様たち御一行をお連れしました」
扉の前に立つ騎士へと家宰が言うと、中へと入っていき、再び戻ってきた騎士が許可を出す。
中へと入ると、絨毯が敷かれて、その先に豪華な玉座が置いてある、がその椅子には座らずに、その手前にある椅子に座った男が見える。さらにその横に若い男性とビアーラも見える。なるほど、王の権威の元にありますよアピールか。異世界って面倒くさいな。
壁際には騎士や貴族らしき者たちが、値踏みするように、こちらを眺めてきている。
「おぉ、ようこそいらっしゃった月光のアイ嬢。歓迎しよう。私はルド・ドッチナー。この侯爵領を取り纏める当主である。横に立つのが長男のボイルだ」
大袈裟にまるでオペラのような大音声で、椅子から立ち上がり身振り手振りがいちいち演技っぽい男が、歓迎の意を示してくれる。
口元は笑顔だが、目はこちらを値踏みするようにジロジロとアイや他の面子を観察してきていた。
貴族主義の高慢な態度はその言葉からはまったく見れない。
怪しい、怪しすぎる。侯爵がこの歓迎っぷり? 狸っぽいな……。
「フローラしゃんのお招きにより、訪問させて頂きまちた。テヘへ」
幼女は頑張って挨拶をしますと、花咲くような、心が洗われるスマイルを見せて、ちょこんとスカートをつまみカーテシーをする。
アイの挨拶に、周りの人たちが癒やされるなぁと、優しい目になるので、挨拶では俺の勝ちだな。幼女サイコーと、クフフと内心でほくそ笑むアイ。
おっさんのプライド? たしかスーパーで安売りしてたよ。
「腹黒狸対狡猾な子狐な感じだぜ」
「ほっとけ」
姿を消して、肩の上に座る妖精のツッコミは無視。こういう駆け引きは最初から油断できないんだよ。
「それとサウスドッチナーを守って頂き、感謝を。金板100を受け取って欲しい」
既に用意してあったのだろう。召使いによりピカピカ光る金板が積み重ねられて、持ってこられる。さすがは侯爵家、金があるね。
目の前に置かれる金板を見ながら、さて、これはどういう意味を持つのかなと、黒幕幼女は作り笑いをするドッチナー侯爵と、その横で微笑むビアーラを見ながら、考えを巡らすのであった。