102話 新型の魔物と戦う黒幕幼女
サウスドッチナーは、ドッチナー家の本家のある領都の南にある3万人程度の衛星都市である。この世界は魔物の脅威が大きすぎて、どこもある程度の城壁を備えないと、人類は暮らせない。
その中でも3万の人口を保つサウスドッチナーは、中規模程度の街であり、そのレベルならば騎士や兵士たちの数も揃っているので、人々は安心して暮らせる規模であった。
既に過去形であるが。
サウスドッチナーの10メートルの高さを誇る城壁には今や魔物たちが跋扈している状態となっていた。
「代官様! こ奴ら見たことのない魔物ですぞ!」
鋼の鎧を着込む上級騎士が額から汗を流しながら、隣に立つ代官へと叫ぶように伝える。
「くそっ! わかっておる。なんだ、この魔物たちは……。魔力よ、炎の矢となりて敵を焼き尽くせ! ファイアアロー!」
代官と呼ばれた男は手に持つワンドを振りかざし、炎の矢を放つ。雪積もる城壁に立つ大柄の魔物へと炎の矢は正確に命中して、敵は苦悶の声をあげて、炎に包まれると地面に転がる。
周りを囲み、槍で牽制していた兵士たちがそれを見て歓声をあげるが、代官は苦々しい顔を崩さない。
「炎に弱いか……しかし……」
一撃では倒せなかったと、地面に転がり火を消す魔物を見て呻く。
3メートル程の体格、その肉体は分厚そうな白い毛皮で覆われており、片手で軽々と丸太とおぼしき物を棍棒代わりに携えていることから、筋肉質だと思われる。口からは牙を剥き出しに、凶暴そうな猪の面構え。
白い毛皮でなければ、オークウォーリアにそっくりな姿であった。
城壁の外には無数の白いオークたちまでもがひしめきあい、街門を破壊しようと、棍棒を振るっている。
突如として、この群れは現れたのだ。異様な走り方を見せて、あっという間に城壁を取りつかれてしまった。
雪に潜るようにして、身体についた炎を消して立ち上がるオークウォーリアモドキを見てとり、兵士たちは怯み後ずさってしまう。
「怯むな! 奴らに隙を見せるのではない!」
代官は周りへと怒鳴るように叫ぶが遅かった。間合いが多少生まれたのを見て、胸を張るようにオークウォーリアモドキは息を吸う。
「いかん! 奴にブレスを吐かせるな!」
「ブォー!」
その言葉は間に合わず、オークウォーリアモドキのその口から氷のような冷たさを持つブレスが吐かれる。吹雪にも似たその吐息を代官たちは受けてしまう。身体が一瞬のうちに凍え、手がかじかむ。体力が奪われる感覚を歯を食いしばり耐える。
だが、たいしたダメージではない。数秒耐えれば良いだけだ。扇状に吐かれるがその射程も10メートル程度のちゃちなブレス。ブレスと呼ぶのも烏滸がましい威力だと当初は考えていたのだが……。
「ブォー!」
「ブォー!」
釣られるように他のウォーリアモドキもブレスを吐いてきて、周りを囲んでいた兵士たちはバタバタと倒れていってしまう。
「くそったれめ! オーク如きが! 兵士たちも役立たずめっ。騎士たちよ、俺を守れっ」
罵りながら、騎士を前に出し、その影に隠れる代官。
こ奴らは一斉にブレスを吐いてくる。そうして連続でブレスを受け続けるとあっという間に体力を奪われる。騎士たちでも上級騎士でなければ耐えきれず、そのしょぼいブレスを受け続けて倒れていっていた。平民の兵士ならば言わずもがなだ。
百匹ばかりのオークウォーリアモドキが城壁上にたむろして、兵士たちを次々と打倒していた。ここには200人の騎士と、500人の兵士たちを集めたのに負けそうであった。
しょぼいブレスでも、その威力は積み重なれば騎士たちを倒せてしまう。多少間合いが開くだけでブレスを使ってきて、無理に間合いを詰めても、他のウォーリアモドキが仲間を巻き込むのを躊躇わずブレスを放つ。
雪に耐性があると見えるウォーリアモドキはブレスを受けてもダメージを負わないみたいなのだ。
オークなど、盾を構えて槍を突き出せば勝てる楽勝な魔物であったのに、対オークの陣形が使えない。槍の間合いよりもブレスの方が効果範囲が長いのだから。盾を構えていたら、ブレスの格好の餌食となってしまう。
即ち、都市は陥落の危機にあった。たった100匹のウォーリアモドキにより。
「オークたちめ、目こぼししておいてやれば、儂の都市を好き勝手に……」
代官はどんどん減っていく兵士たちを見ながら歯噛みする。オークはこの辺りの主な魔物であるので、珍しくない相手であったのだ。
間引きの軍費を本家から貰っていたが、間引きをせずとも、増えたオークたちはアホみたいに街に襲撃に来るので、城壁で迎え撃てば終わりのはずであった。軍費は自分の懐に入って、戦うこともしなくて良い。
その筈であった。今までは。
「いかん、武技を使うぞ! グレートウォールの陣だ!」
ウォーリアモドキの身体に禍々しい魔力光が現れる。これも今までの魔物とは違う。武技を使いその際にわかりやすく魔力が可視化されるのだ。
真実を知る者なら、エフェクトをつけて、コストを上げたんです。私って頭が良いですよねと、豊満な胸をそらしているだろう。エフェクトだけにしておけば良かったと思うのは気のせいだろうか。
ウォーリアモドキはそのまま肩に闇の光を集めて、突進してくる。共通用語、その中で神にしか理解できない言語がある。呻き声にしか聞こえないその言葉を幼女が聞けば、こう聞こえていただろう。
「魔技 タックル」
と。
「くっ、盾技 ビッグシールド」
身体が凍え、手が震える中で騎士たちが盾を構えて、武技を発動させようとするが、魔力が上手く集められずに発動に失敗する。
オークウォーリアは武技を発動できない騎士たちを、強化された突進で吹き飛ばし代官に迫る。その凶暴な表情を歓喜へと染め丸太のような大きさの棍棒を繰り出そうと振りかざす。
「ひいっ! 魔力よ、炎の」
杖を突き出し、焦りながら魔法を唱える代官だが、間に合わずに叩き潰されようとして
「勇者キック!」
横あいから飛び込んできた男がウォーリアモドキを蹴り飛ばすのであった。
代官たちの前に現れた男は真っ黒な服装をしていた。大柄な体格はオークにも似ており、人間だとわかるその顔は髭もじゃで……。
「うむっ、どこぞの傭兵かっ! よく儂の命を救った。金ならやるから儂を守れっ!」
代官はニヤリと厭らしそうに笑いながら、上から目線で言うのであった。
「やれやれ、仕方ねぇな。その顔を見るだけで、悪党だってわかるなっと」
目の前の傭兵は嫌そうな顔をして、蹴り飛ばしたウォーリアモドキが立ち上がってきたのをみてその顔を掴む。
「ブヒッ?!」
顔を掴んだまま、傭兵はウォーリアモドキを軽々と持ち上げて
「魔獣将痛恨撃!」
叫ぶと周りで戦うウォーリアモドキへと、その図体を小石のように投擲するのであった。その巨体が武器となり、戦うウォーリアモドキたちへとぶち当たる。
ウォーリアモドキの重量はかなりあり、それを軽々とぶん投げる山賊へと代官たちは驚きで目を見張る。
傭兵程度の力だ。不意打ちで代官を助けたと思っていたのだが、その身体能力が予想外であったのだから。
「さっさと倒すとすっか」
つまらなそうに、やれやれと呟いて、足を踏み込む。その踏み込みだけで雪が爆発したように吹き上がり、その中を髭もじゃの傭兵は斧を手に、一番近いウォーリアモドキへと接近する。
「グォォ!」
傭兵へカウンターとばかりに、棍棒を横から振ってくるウォーリアモドキだが、その動きに傭兵も斧を合わせていた。
丸太のような棍棒に比べると、ちっぽけな武器に見える斧であったが、両方の武器がぶつかりあうと、爆砕したのは棍棒の方であった。
木の破片が飛び散り、ウォーリアモドキが驚きで目見張る中で、傭兵はそのずんぐりした図体へと斧を軽く当てるとニヤリと獰猛な笑みを見せる。
「斧技 トマホーク!」
左足で地へと強く踏み込み、手首を返して斧に魔力を込めて武技を放つ。
目の前にはウォーリアモドキの胴体があるにもかかわらず、繰り出された投擲技。そのまま胴体にめり込むだけだろうと思われた斧であったが、ウォーリアモドキの胴体が爆発したことに周りは驚く。
胴体からは斧が高速回転をして飛び出して、空中を蛇のように動きながら次々と戦っているウォーリアモドキをまるで操作されているように軌道を変えながら粉砕しながら飛んでいき、8匹でようやく止まるのであった。
「はっ! やっぱり思ったとおりだぜ。基本ステータスに手を加えたら、武技もアレンジできるようになるな!」
小さく呟きながら、再び地を蹴り空中を駆ける。
「うおっしゃー! てめえ等、死にたくなければしゃがんどけ!」
ズシャンと雪を蹴散らして、激しく戦う集団の中に飛び込むように着地する傭兵の言葉。
獣のような獰猛な咆哮をあげる強面の傭兵の言葉に、周りの兵士たちが慌ててしゃがむ中で、片手に持つ剣を逆手に再び男は武技を放つ。
「剣技 魔獣将大地斬!」
節操がないおっさんだった。勇者だから良いよねと男は内心でソードスラッシュと呟きながら剣を横薙ぎに振るう。
赤き光は長くて3メートル程の剣身しか伸びないはずの武技。だが男の技は違った。赤き光が剣から15メートルぐらいに長大に伸びて、高速で振られる斬撃が繰り出される。
ウォーリアモドキたちは回避することも叶わず、その胴体を両断されていく。
一気に敵の重圧が消えていく中で、街の外から炎の矢が十数も飛来して、正確にウォーリアモドキへと命中し、そして爆発した。
「ビギっ!」
「ブヘッ」
「ギャウッ」
炎の矢のはずなのに、爆発するという異常な効果。それらによりウォーリアモドキたちはあっという間に数を減らし、形勢は人類側に傾いていく。
「おめえらっ! この魔獣将軍黒子ガインが来たからにはもう安心だ! さっさと残りを片付けるぞっ」
倒れ伏しているウォーリアモドキから斧を抜き肩に担ぎ轟くような大声で周りを鼓舞する。その姿は悪党というより、猛将といった雰囲気をだしており、周囲の兵士たちも叫び士気をあげるのだった。
ブレスを吐こうとする敵の口には炎の矢をぶつけて、殴りかかってくる敵は、振り下ろしてくる棍棒を片手で受け止めると、反対に斧で袈裟斬りにする黒子ガイン。
その無双っぷりに、兵士たちはますます意気をあげて、戦いを有利に持っていく。
たった一人の傭兵が現れただけで、敗色濃厚であった戦場がいっぺんに変わったことに、代官たちは口を開けて唖然としていた。
「な、なんだ、あの者は? どこの将軍だ?」
「代官様、外にも大勢の騎兵が門前のオークたちを蹴散らしていきます! 魔法使いもかなりの数を連れて来ているかと」
あの炎の矢の数ならばかなりの人数の魔法使いがいるはずだし、命が助かったと上級騎士が喜色の笑みを浮かべる。
「う、うむっ……。か、歓迎の準備だ。歓迎の準備をしろっ」
強大な力を持つ将軍と、その兵隊たちを見て、まずは自己保身だと代官が命令をだすが
「おいっ! 先に負傷者たちを救助しろっ!」
黒子ガインと名乗る男の叫びに上級騎士は目を輝かせて了解しましたと敬礼する。貴族主義で横領が行き過ぎている代官の言葉をいい加減嫌になっていた騎士たちは代官の言葉ではなく、黒子ガインの言葉を聞いて救助を始めるのであった。
「こりゃ、ちょっと洒落にならねぇな……これが神のいなくなった世界ってやつかよ。……邪神じゃねえだろうな、新しい運営は」
ウォーリアモドキ、いや、スノーオークウォーリアを倒しつつ、半眼になり呟く。たしかにしょぼいスキルなのだろうが……。しばらくは人類に混乱が続くだろうと、山賊アイは苦笑する。
世界の崩壊を防ぐために導入されたとはいえ、これ若い主人公なら、崩壊する前に他の方法でなんとかしてみせる! とか熱血して神を倒す流れだぞ。俺は歳を重ねちゃってるから、なんとなくこの仕打ちが悪でないのがわかるけど。
崩壊を防ぎつつ、本当に強力な魔物がポンポンと産まれないように仕組んであるのではと推測してる。マコトが知っていることが正しいとは限らないからな。
それでも邪神ぽいけどね。
「邪神じゃありません、失礼な。創造神ですよ、創造神。バージョンアップ時には混乱はつきものなんです〜」
天の声が聞こえてきたが、幻聴だろう。
ちなみにスノーオーク136、スノーオークウォーリア22がドロップの成果でした。知識因子は氷の息吹レベル1だった。