101話 様変わりする魔物たちと黒幕幼女
粒のように見えるほど遠くに見えていた魔物は意外な速さで接近してきて、その姿がよく見えるようになる。
白いが、以前に見た毛皮、ゴフゴフと鳴き声をあげる牙を持つ口、凶悪そうな表情は好意的なところは全く見えない。体格は小太りに見えるが、筋肉質なのは知っている。
「オークでつね」
その姿を高ステータスの視力でようやく確認できたアイは呟く。数は30体程。木でできた棍棒を持ち、こちらへと近づいてくるのだが……。
「ねぇ、速すぎない? なんだか走っているという意味が違う意味になりまつよ?」
「たしかに親分の言うとおりですぜ。あれは」
「車が走るという意味だね〜。足動かしていないみたいだし。僕的にはあんなのはバズーカを持っていないとと思うよ」
「ん、ホバー移動してる。しかもかなり速い」
皆の言うとおりである。真っ白な雪原を雪を吹き上げながら、足をスノボをするみたいに横に揃えて、疾走してきていた。どこかで見たことがある動きなんだけど。
「新型すぎるでつよ! なんで陸戦最強とあたちが考えているホバー移動を魔物が使ってるんでつか!」
こんな魔物がこの世界にはいるわけ? ちらりとフローラたちのいる馬車を見るが、出てくる様子はないのでわからないけど。
「ん、運営のコンセプトが変わったみたい。人員が入れ替わった?」
コテンと首を傾げて不思議そうに言うリンへと、そんな馬鹿なと答えようとして、ふと気づく。そういえば運営変わってるわ。というか、神様が交代してるや。
バッと肩の上でフヨフヨ浮く妖精へと顔を勢いよく向ける。と、その視線に気づいてマコトはポリポリと気まずそうに頬をかく。
「あいつはこの世界を放置してるんだぜ。でも問題があった。前の神は面倒くさがってはいたが、多少世界の浄化を行っていたんだぜ。で、今はそれがない。現状の魔物の数じゃ、浄化が間に合わないんだ」
「そうすると、凶悪な魔物が産まれるとか? あれみたいに」
ランカが近づいてきているオークを指差すが、首を横に振るマコト。
「いや、いつかは地球みたいに世界が崩壊するだけだぜ。でもそうなる寸前にいっぺんに浄化をすれば良いとあいつは考えた。そうしたら、ワンモア、ワンモア、今度は世界の維持ができるかもしれないので任せてくださいと言った奴がいるんだ」
「物凄く不安な感じがしまつ」
その言葉を口に出して、上手くいく奴っていないと思うんだけど。嫌な予感しかしないんだけど。
「あいつに禁じられて、世界の環境設定は変えられないけど、魔物は繁殖が独特だろ? 似非生命体だから設定を少し変えられるんだ。で、ステータスを変えずに繁殖時の瘴気コストを上げれば万事解決ですと」
マコトの言葉に俺は口を挟む。わかっちゃったよ、原因が。
「あたちはピンときまちた。スキルや特性のしょぼいのをたくさんつければ、生産コストが上がるということでしょ? でもそれって、極めて悪手でつ。適性地形が平地だけだったのが、森や山がついたり、攻撃範囲が2マス先だけだったのが、1〜2マスになるだけでも、劇的に性能は変わるんでつよ!」
陸戦型に変わるだけで、戦術が大幅に変わるんだぜ。そいつはゲーム下手なやつなのは間違いないぞ。
「それにホバーって、斬新すぎるでつ! ハードな異世界からベリーハードになった予感!」
「新種だけだぜ。旧式は手を加えてないから、そんなに数もいなくて大丈夫……のはずだぜ」
口にする自分でも自信なさそうな妖精である。
なるほどね。だから雪鮫とか、スノーカープとか、雪を水に見立てて行動する魔物が現れたのか。あれって凶悪すぎて、よく人類は冬に行動できるなと考えていたが、そもそも今まではいなかったのか。
また、世界の真実をどうでも良い場面で聞いちゃったぜ。これ、世界中大騒ぎになってるだろ。これこそ神の気まぐれってやつか。
……だが、フト思った。マコトは真実を語っているのだろうかと? 嘘は言っていないだろうが、マコトの知る内容がすべての真実を語っているのだろうか? なにか女神様には思惑があるのでは、と。
今までの俺に対するバージョンアップのように。……まぁ、気にしても仕方ないか。俺は俺でできることをやるだけだ。
「魔物以外の設定は変えられたんでつか?」
人間のスペックとか変えたのかな? 魔物に対抗できるように。
「全くないな。この世界は魔物以外は完成しちゃってるからな」
「泣けまつ」
やっぱりベリーハードになっただけか。まぁ、ナイトメアでないだけマシかぁ。完成していない幼女へのバージョンアップを期待しておこう。
「嘆いても仕方ないでつね。ベリーハードな難易度になったら、相応のドロップにもなるのが、世界の理。戦闘を始めましょう」
「それはゲームの理ですぜ。っとと、後ろからダランたちが来ましたぜ」
黒子ガインが後続から狼の上に乗っている騎士たちを見て教えてくれる。皆、もふもふスノーウルフの毛皮装備だ。そして鋼の鎧を着込んでいるが、魔獣工により寒さ耐性1を付与してあるので、極寒でも安心仕様。
そんな防寒装備をしたダランとレミー、他数名の騎士たちがやってくる。ダツたちではない。現地民である。
騎士爵の次男坊や三男坊である。しかも下級騎士の。食い詰めて、ハウゼン男爵や他にも雇った貴族たちを頼ってやってきたのだ。10人ばかりお試しで雇ってみたら、いつの間にかダランが隊長みたいに仕切っていた。
「ギュンター様がここは儂が守るからと、アイ様を守るように我らを行かせてくれました!」
スノーウルフを停止させて、ダランが大声で言ってくる。極めて嘘くさい。きっとギュンター爺さんに戦いに行かせてくれと、頼み込んだに違いない。
若い奴の野心的な行動は結構好きだから、別に良いけどね。幼女はおっさん目線で生暖かい視線を向けたが、幸いダランはその視線を受けて自分に都合の良い考えに至ったみたいで、後ろの騎士たちへとドヤ顔を向けていた。
きっと、アイ様の覚えめでたくなり、俺の言ったとおり前線に来て良かっただろうとか思っているのだろう。
「ぎゃぁー、あっしのカープビットが食われてる!」
黒子ガインが、もうガイで良いよな。ガイが悲痛の声をあげるので見てみると、オークが数匹立ち止まり、むしゃむしゃスノーカープを食っていた。
「駄目だよ〜、スノーカープはあんな弱いのに。ゆけっ、カープビットとか言ったら」
「あっしも新人類を演じて見たかったんでさぁ。多少足止めになったから良いかな?」
嘆くように、顔を手で覆うが、手の隙間から俺をチラチラ見てくる心が強靭な勇者。スノーカープの死を乗り越えようとしていた。決してせっかく作ったキャラを無駄にしたなと怒られるかもとかビクビクしていないだろう。
ランカの言葉を聞くに馬鹿な真似をガイはした模様。あの鯉はステータス8だぞ。素のステータスでもオークへダメージは入れられんわ。あとでお仕置きだ。
「キュピーン! 見えたっ、スノーカープの犠牲は無駄ではなかったぜ。名前はスノーオーク。ステータスは平均12、特性はホバー疾走、名前の通りの効果を一日に一時間だけ使えるんだぜ。スノー系は全部炎弱点だな!」
クルリンと体を回転させて、翅から銀色の粒子を出しながら妖精が嬉しそうに踊る。マコトめ、また新しいエフェクトを手に入れたな。
「あっしの計算どおり! 弱い機体をぶつけて、相手の正体を見破りましたぜ、親分!」
ここぞとばかりに、失態を成功に変えようとする勇者が声を張り上げる。実にせこい小悪党である。
「たしかにステータスは変わってないようでつね。たいした相手でもなさそうでつが油断は禁物! 魔法攻撃後に一斉突撃でつ! あと、その方法は悔しいでつが使えまつね、ガイにはご褒美をあとであげまつ」
レーダー搭載機がない現状、カープによる敵の解析は役に立つ。仕方ないからご褒美に変更しておくよ。
「さすが親分。よし、魔法攻撃に入りますぜ」
「角砂糖とコーヒーを周りにバラした罪と相殺しておきまつ。あたちって優しー」
「くっ、微妙な褒美……。ですが仕方ねぇか、トホホ」
情報漏洩は厳罰なのだ、なので相殺〜。
幼女の優しさに触れて、感涙しているだろうガイ、そしてランカとリンと合わせてアイは魔法を詠唱し始める。
「デデデデデ、デーテーデー、ファイアアロー一斉射!」
魔法射程範囲に入ったと見たアイはおててを掲げて叫ぶ。
相変わらず妖しい詠唱で、ごっこ遊びにしか見えないが、ちっこいおててに炎の矢が生み出されて、飛んでゆく。
ガイが2本、リンが6本、ランカが……11本?! 幼女は1本なのに……。
たった4人の魔法なれど、無数の炎の矢により、スノーオークたちはその攻撃に焼かれて倒れてゆく。
「よし、好機だ、ゆくぞスノーウルフ隊!」
ダランたちが剣を掲げて、ウルフを駆って走っていく。スノーウルフは馬よりも素直に言うことを聞くとはいえ、短期間でよく乗りこなせるようになったと感心しちゃう動きで、猛然とスノーオークたちへと向かっていった。
「マコト……。今まではランカたちも矢の本数は変わらなかった気がするのでつが?」
この冬旅のために、新品の寒さ耐性を持つ鋼装備を支給されて、ダランたちは張り切ってスノーオークたちを蹴散らしているのを尻目にジト目でマコトをみる。
「テロテロリーン、この度の魔物のバージョンアップに伴い、ゲームキャラもバージョンアップされたぜ。ちから及び装備の違いにより、魔法のエフェクト、攻撃効果も変わりました!」
フハハと笑いながら運営のお知らせメールを伝える妖精。ちょっとやばいかもと、先程の会話を聞いて、女神様がバージョンアップしてくれた模様。
「あ、これはゲームキャラだけな。普通に凄腕の魔法使いの中では本数を増やすスキル持ちもいるだろうけど、ステータスの格差で変わるように元々の設計が見直されたんだぜ。アイにもその設定は反映されてるぞ」
「それは助かりまつ。なら下級魔法でも使えるようになりまちたね。って、ランカ、ファイアアローを撃ちまくるのやめなさいっ」
「え〜! マシンガンを撃ってるみたいで楽しいよ〜」
ファイアアローの発射をずらすという器用なことをしながら嬉しそうに撃ちまくるランカ。撃ちまくるの大好きなので、この状況が楽しくて仕方ないらしい。
「うぉー! 奇怪なオーク討ち取ったり〜!」
ダランたちが剣を掲げて、喜びの咆哮をあげる。
「うぉー! スノーオークのドロップが2しかないでつ〜! しかも知識因子はなし!」
ゲームキャラが倒したわけではないので、ドロップがしょぼかった幼女が悲鳴をあげる。
元々幼女のドロップ運はそんなもんでしょうという天の声は無視します。ゲームキャラが倒したわけではないので、ドロップがしょぼかったのだ。
悲喜劇こもごもの姿を見せる中で、ビアーラたちが恐る恐る外に出てきた。いや、フローラだけ恐る恐るで、ビアーラは平気な様子。戦いの覚えもありそうだな、この人。
「たいした敵ではなかったみたいね。この冬は新種の魔物がたくさん出没しているという噂だから警戒してたのだけれど」
「冬仕様のオークといった感じでちたね。まともに戦えばこんなもんでつ」
練習相手にもならない相手だったよと、楽ちんでちたと幼女スマイルを浮かべるアイ。
そんなアイを見ながら、困った表情を作るビアーラ。
「この先に領都の一つ、サウスドッチナーがあるのだけど、大丈夫かしら?」
「……先を急ぎましょー」
マジかよと冷や汗をかく。ビアーラの指差す方向はスノーオークが来た方向だったので。
やっぱりドッチナー家はふぁんたじ〜なイベント係なのかしらんと思いながら、馬車へと急ぎ足で戻る黒幕幼女であった。