100話 黒幕幼女は冬旅に向かう
ワンワンキャンキャンと雪原を白い毛皮の狼たちが疾走していた。いや、実際には吠えてはおらず、ハッハと舌を出しながら。
スノーウルフたちの群れである。白き狼の群れが12匹。ヘッヘと走っていたが、旅人が見たら仰天するに違いない。
なにせ、青い服を着込んで、その体格は3メートル程の大きさを持つのだから。
しかもリードならぬ太い紐と鞍がつけてあり、それは後ろに続く馬車へと続いていた。即ち馬車の馬のように、狼が代わりをしているのだ。
不思議なことに積雪は2メートルを超えているにもかかわらず、スノーウルフはもちろんのこと、馬車も雪に埋まっていない。
馬車の大きさは中型のキャンピングカーと同じ大きさであるのに。
その馬車も変わっていた。黒塗りの馬車は車輪にスキー板のように大型の板が取り付けられて、荷重で雪の中に潜り込まない。僅かに雪に埋まるのみでソリのように走っていた。
車体には、共通文字でげっこーの馬車と子供のような字で書いてあった。
そう、これは月光の新型雪用馬車なのである。
なぜか黒い服に黒い頭巾を被った男が御者をしているが、狼たちはお利口さんなので、紐が絡むこともなく、御者の示すとおりに走っている。
周囲にはやはり狼に鞍をつけて走っている騎士たちが30人程おり、後方にも3台の同じタイプの馬車と騎士たちが続く。
その様子を窓を開けて覗く、可愛らしい幼女の姿があった。ロングヘアーの天使の輪っかができている艷やかな黒髪をおさげにした幼女である。多少キツめの目つきはその可愛らしい姿に掻き消えて、お転婆な幼女に姿を見せていた。
そんな幼女は風を顔に受けて、おさげをぶんぶんと尻尾のように振りながらご機嫌である。
「どうやら月光の新型馬車は問題なく稼働しているみたいでつね」
キャッキャッと楽しそうな声音で呟くのは、世界一可愛らしい幼女、アイである。そろそろ家名を考えないといけないかもと思っている今日この頃。
中身は世界一悪辣なおっさんが取り憑いていると、専らの噂である。そろそろおっさん封波とか言ってどこかの仙人が電子ジャーに封印してくれないだろうか。技の代償はちょっと疲れたから酒でも飲んで寝るかレベルで。
「アイちゃん、凄いですわね。これは魔法道具ですわよね?」
馬車内から少女の声がかけられてくるので、とうっと中へと戻る。良い子は真似しないでねと言われそう。幼女は良い子だけどね。中のおっさんが悪いおっさんなのだ。
コテンとふかふかソファにダイブして、脚をパタパタとパタつかせてニコリとお花のような笑みを魅せる。
「これは魔法道具ではないでつ。母国の新技術で作られた馬車でつね。あ、あたちの考えた技術でちた! そう言っとかないといけないんでちた」
きゃー、内緒でつよ〜と、ソファに寝っ転がって、手をふりふり、脚をパタパタさせて慌てるその愛くるしい姿に
「グハァ、アイたんの可愛らしい姿に僕はやられた〜」
「むふぅ、アルバムの容量が足りるか不安。スペースバイトで足りるかな」
同乗している二人の狐人がパタンと倒れて、なにか呟いたが、きっと馬車に酔ったのであろう。
「ふふっ、月光の新技術と言う訳ね。タイタン王国とどれだけ技術差があるのかしら?」
その話を聞いて嬉しそうに妖しい笑みで、コーヒーカップを手に取り、ココアを口にする女性。
「アイと一緒にいると退屈なんかする暇もないわね。これが魔法道具ではないなんて信じられないわ」
自らが座るソファをペタペタ触り、車内を見渡す少女と、その言葉に頷く女性。
すっかりと寛ぐその様子に、アイはコテンと首を傾げて尋ねる。
「ど〜して、フローラしゃんと、ビアーラしゃんはあたちの馬車に乗っているんでつか? 自分の馬車は?」
不思議なことに、この二人はドッチナー家領地に出発〜と、新型馬車に乗ってお出かけしようとしたら、馬車を走らせてやってきたのだ。そして同乗して来ました。
「こんな快適な馬車があるのだもの。うちの馬車なんか狭苦しくて乗ってられないわ。あ、私もココアと言うのを貰えるかしら?」
ソファはいくつかあり、後ろに座っていたマーサが畏まりましたと頷く。そして備え付けの棚からココアを取り出して、エンチャントファイアで燃えるコンロの上で温められていたポットからココアを作り始める。
ララがしずしずと砂糖壺に角砂糖を補充しているが、おかしいな、さっき満タンにしていなかった? あまり食べると虫歯になっちゃうぞ。太る様子はないから、砂糖自体はあんまり食べる機会はないか。
マーサがフローラの手前にあるテーブルへと、カップを置く。ココアの良い匂いを嗅いで、フローラは嬉しそうに一口飲む。砂糖壺も置かれたが、まずはそのまま飲むらしい。飲み方が上手いな。
「あぁ、美味しいわ。これを飲んだらもうワインのお湯割りなんか飲めないわ。身体が温まって、ぽかぽかするわ。なぜか安心する味よね」
角砂糖を一個ぽちゃんと入れて掻き混ぜながら、口元を緩めて満足そう。そうだろう、そうだろう。幼女になったら、ココア大好きになっちゃったので、たくさん常備しているのだ。
ララと旅行でつねと、ココアを飲んで馬車で出発を待っていたら来たので隠せなかったのだ。迂闊であった。幼女なので仕方ないよね。わざとじゃないよ? どこまでこちらの情報を知っているか試した訳じゃないよ? 幼女は迂闊なドジっ子なのだと思わせたいから、ちょうど良かったけど。
侯爵家にココアと角砂糖を見られたのは餌としてもちょうど良かった。お馬鹿な山賊が広めちゃったし、バレてもそれほどのことではない。そして月光は様々な見たこともない品物を扱っていると見せることができたのだから。
まぁ、妖精の隠れ道から来たのかと、今のところ他の貴族が噂を聞いて、珍しい物があるのかと、押し寄せることもないし、未だに月光を周りの貴族に隠している可能性が高い。
この情報がどう流れるか、それとも流れないのか楽しみだ。
そろそろ地盤も固まってきたから、こちらから仕掛けるレベルになってきたのである。
こちらを利用するつもりなら、俺もたっぷり利用させて貰うしな。
「どちらにしても、雪上を疾走するこの馬車に我が家の馬車も騎士もついていけないから、アイさんが訪問なさるのなら、同乗するしかなかったの。ごめんなさいね? このお礼はまた後ほどしますわ」
なにを考えているのか、その妖しい笑みからは読み取れないビアーラがニコニコと言う。ドッチナー家の護衛の騎士たちは遥か後ろを追随している。さぞかし慌てているに違いない。可哀想に。
そしてこの女性は油断ができない。海千山千の俺でも警戒しないといけないタイプだ。フローラはふぁんたじ〜イベントキャラだから大歓迎。
だが、このようなタイプは駆け引きというものを知っている。こちらが不利になるようなことはなかなかしないに違いない。
「仕方ないでつね。新型ですから! なにしろピカピカの新型でつから!」
えっへんと胸を張る幼女。その得意気にしている可愛らしい姿は幼女そのものだ。おっさんはもういなくなったに違いない。
新型と言うのに相応しい馬車なのだ。車体はマグ・メルから持ち込んだアイアンツリー、各所に加工されたスノーウルフの砕いた牙をつけてアラクネの粘着力たっぷりの蜘蛛糸で結んである。
車体は中型のキャンピングカー並み。ソファに折りたたみベッド、取り外し可能な陶器の水タンクに、コンロや棚までついている。もちろん寒くないように、小型の火鉢を数個設置して、炭が煌々と燃えていた。
かなりの重量の車体だ。なにしろアイアンツリーはその名の通り鉄の硬さを持つが、その重さも鉄に近いのだから。
だが問題はない。魔獣工を使用して、せっせとモカたちが作り、せっせと重い木はガイが持ち運び、総監督を幼女がやったのだが、魔獣工の力。即ち魔獣の特性を木に付与したことにより軽くしたのだからして。ガイが大変そうで、幼女が楽ちんみたいに見えるのは気のせいである。それか、いつものことである。
魔獣工。魔物の素材を加工して、他の素材と組み合わせるスキルだが、木材とかにぐにょぐにょと練り込めるのは驚いた。スキルが5だからそこまで強い素材を加工というか合成はできないみたいだけどね。ミスリルツリーは全く合成できなかったし。
しかしながら魔獣がなぜ強力な武器を作れるのかわかった。これぞふぁんたじ〜なスキルだ。
ちなみに敵の武器を魔獣工っとか言って、手を合わせて合成するのは無理。合成と言っても少しずつ練り込むので、だいたい一つの素材は一時間は時間が必要なので。
そして特性は完全どころか、少ししか付与できないが、それでも身軽は三割程度の重さを打ち消し、雪上走破により、多少馬車は沈むだけで、足を取られることなく走行できた。
「アイアンツリーは結構高価なのに、4台全ての馬車に使うなんて、贅沢極まりないわよね。それにふかふかソファにベッド。砂糖にココア。この馬車だけで金貨何万枚の価値があるのかしら」
ポンポンとソファを叩きながらフローラが感心したように言う。たしかに金額にすると、とても高価なことは間違いない。
幼女がケーキ、ドーナツ、プリンを出して妖精から代価として貰ったし、他の素材も狩りで集めたんだけどね。これ全て異世界素材なので、初ふぁんたじ〜アイテムでありプライスレス。
幼女とラング、ガイが頑張ったのだ。人件費もラングはナポリタンに、ガイは冷えたビールとポテチでした。幼女は良い子なので、なにも貰いませんでした。
ガイがそれを聞いたら、最低賃金制度を作りましょうと抗議をするかもしれないが。
「これ一台売ってもらえないかしら? お代は……そうね、妖精樹の庭への数週間の立ち入りと採取し放題。ね、どうかしら?」
妖しい笑みで、何気ない素振りを見せて、全然さり気なくない提案をビアーラがしてくる。
「売りまつ。妖精樹さんを見てみたいでつよ!」
キャーと、ビアーラの言葉に、瞬時に答える幼女である。ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んじゃう。わかっているね、ビアーラ。まぁ、そうでもなければダツたちを100人も連れてこないけどね。
ビアーラの手のひらでコロコロ転がされるように見えるアイである。実際にソファをコロコロ転がっちゃう。
二人の狐人もコロコロ転がり、撮影をしているが特に気にしないことにしておく。
ギュンター爺さんは後続の馬車を率いているので、口を挟む目付役がいないからやりやすいわと、ビアーラが一瞬目を細めたのを見て、うふふと幼女は可愛らしい笑みになる。
幼女の真意はビアーラにはわからないだろう。きっと妖精樹が目的だと考えている。なんとか高位精霊をやり過ごして、妖精花を手に入れるつもりだと考えているだろうが、それは違うのだ。
俺は高位精霊に用がある。戦力アップにはピッタリの敵だ。中位精霊や低位精霊もね。
「ドロップできるか、わからないけどな」
どこかで幻聴が囁かれたが、少し疲れたのだ。この馬車を作るのに、ちょっと苦労したから。きっとそうに違いない。うるさい妖精め〜。
それにこの冬を旅する理由は他にもあるのだからして。
「親分、敵機の反応あり! ふわぁ〜」
御者が鋭くない声をかけてくる。実に眠そうだ。馬車作りに馬車馬のように働いていたからなぁ。あとで一ヶ月食べ放題のお煎餅券をあげよう。
「スノーカープの警戒網に引っ掛かったようですぜ。これ冬以外でも使えませんかねぇ」
御者が残念そうに呟く。たしかに便利なので、気持ちはわかる。
モニターに、スノーカープが映り、パクパクと口を動かしていた。意味はわからないが、どこにいるかはスノーカープの背景を見ればわかる。
「ん、土中遊泳の敵を今度探す」
リンが敵と聞いて、だらだらしてたのをやめて、扉を開けて身を乗り出す。ランカも杖を持ち、立ち上がる。
「ふふっ、テイム持ちって、本当に凄いのね。上位のテイマーは100の魔物をテイムできると言うけど、こんな使い方もできるのねぇ」
ビアーラが楽しそうに微笑む中で、馬車はゆっくりと停止する。敵を迎え撃つためだ。
スノーカープやスノーウルフは大量に素材を集めたのだ。スノーカープは警戒要員として、雪の中では最高の魔物であったので、周囲に展開させていたのだった。
雪の中に潜り、周りを泳ぐスノーカープはいち早く敵を見つけることができたのだ。
魔獣を操る者の設定で正式にガイにしたのだが……。
「ふっ、あっしは魔獣将軍黒子ガインですからね。これぐらいお茶の子さいさいでさぁ」
ふんふんと鼻息荒くしょうもない二つ名を語るアホな山賊がここにいた。
「さよけ。紫のローブを着ないで、なんのために黒子に扮してると思ったら……。ますます寒くなるでしょ」
思わずジト目になってしまう。オヤジギャグここに極まり。なぜ紫のローブかは、勇者の父親がその姿だったので。
「へへっ、元ネタも黒子の格好をして、相手の力をコピーしていたとか。あっしにピッタリの名称でしょ?」
片手に斧を持ち、剣をもう片方に握りしめて、得意気に言う山賊ガイ。
「ガイの奴、原作を見たことないんだぜ」
「バスケ漫画と混じってまつね……」
マコトの言葉に苦笑をして同意する。いるんだよな、有名だから朧気に名前は覚えている奴。
「まぁ、良いでしょ。それよりも戦闘準備スタンバイでつ!」
遠目にちっこい粒のようなものが接近してくるのを見て、強力な魔物ばかりで、これが冬の旅の醍醐味だよねと、馬車を飛び降りて、黒幕幼女は楽しげに身構えるのであった。