第九十五話 幸綱、暴走
お待たせいたしました、三日ぶりの更新です。
「上杉憲正が笠原へ援軍を遣わせたようにございます。
それに際し、内山城にいる者等に策を講じようと参りました」
城内の一室で、幸綱は上原に伝える。
ただ上原の表情は依然険しく、幸綱に対し鋭い視線を向け続けている。
此方に援軍は寄越さないのか。上原からの問いに、幸綱は首を縦に振る。
返答に対し、上原は素直に頷く姿勢を見せた。
少し心配ではあったが、志賀城に人員が必要であること、援軍が内山城を通らないと踏んだことを理解してくれたのだろう。
しかし、幸綱が此処に来た理由はそれを伝える為ではない。彼らに策を講じる為である。
「万一の為に、城の四方で火を焚いて貰いとうございます。
そして兵を東側、いわば内山峠の方に集める。
内山峠から見た我らを、大軍だと思わせるのです」
あえて峠を塞ぐという選択肢を取らなかったのは、全て山本晴幸の我儘が生んだことだと苦笑した。
可笑しな男だな。そう口にし、上原は屋敷から外を見る。
夏空の下、緑が生い茂る庭に蜂。汗が滲む暑さに、照り付ける日差し。
「伊賀守殿、一つ御願いしたきことがございます」
「何じゃ」
鋭い眼差しを向ける幸綱。
次に幸綱の口から発された言葉に、上原は驚嘆する。
「内山城に集う兵の半数を、志賀城へ寄越してはくれませぬか?」
「一つ訊ねても良いか」
陣の隅で語り掛ける晴幸。
俺は盤上に広げられた地図を見つめたまま応える。
「幸綱の術、お主は如何考える」
思考が止まる。目を向けると、真剣な表情の晴幸が俺を見ている。
幸綱が持つ〈目を見た相手の思考が読み取れる〉術と、〈相手の寿命が見える〉術。
晴幸が問い掛けているのは、彼の持つ三つ目の術について。
「あの男は己について語ろうとせぬ。
それには何か訳があるのではないかと思っておったが、
如何やら、儂らが考えておる以上に、恐ろしい術のようだ」
「……恐ろしい?」
晴幸は、それ以上を語らなかった。
いや、術の素性が明らかにならない限り、言を発する事が出来なかったからだろう。
俺にはそれが、不安の根源として心に根付いてしまっていた。
「ば、馬鹿を申すな!!」
上原は思わず立ち上がる。周りに控える者達もざわつき始めた。
流石に攻め込まれればひとたまりもない。それは幸綱にも分かっている。
だが命じたのは晴幸であり、己ではない。
「ふざけるな、真田殿。
儂は其方等の遊びに付き合っている暇は無い」
部屋の両側に並ぶ男達。彼らは皆揃い、幸綱を睨んでいる。
彼等はどうやら、元から従う気はないようだ。
気持ちは分かるが、仕方ない。
この術を使いたくは無かった。
幸綱もまた立ち上がる。そのままゆっくりと、上原の手前まで歩を進めた。
「……何じゃ……?」
上原の問いに、鋭い眼差しを向けた。
「許せ、伊賀守殿」
その途端、幸綱は上原の頭を掴む。
彼の行動に、周りの男達は驚嘆の表情を浮かべた。
「なっ……何をする……っ!!」
「上原伊賀守、そちはこれより我が僕じゃ」
今までとは打って変わった、図太き声。
上原は掴まれた腕を振りほどこうと暴れるが、鋭い眼光を向ける幸綱を前に、直ぐに力が抜けたように動かなくなる。
腕がだらんと下がり、口は半開きの男が発する、微かな声。
「……はい、主様」
その言葉を聞き、手を放す幸綱。
「い、伊賀守、殿?」
上原はゆっくりと振り向き、言った。
その目に、光は灯らない。
「其方等、此れより主君の命に従い、志賀城へ向かえ」
上原の変化に、男達は揃って混乱を始めていた。
幸綱は目を細め、上原の背中を見ている。
彼の姿はまるで、忠誠を誓った男の様。
〈触れた相手を一定時間、主従関係にできる〉術。
それが彼の持つ、三つ目の術である。
自らの力を、恐れる者




