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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第九十三話 贖罪と、過去 (十二)

過去編最終話です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 長野業正は、声を聞く。

 彼は読書を止め、屋敷の縁側へと赴いた。

 朝顔の咲く庭に、ぽつりと佇む男。


 「業正様……」

 男の表情の中に、不吉な何かを覚える。

 如何したのか訊ねるまでに、少々時を要した。

 男が業正に差し出したのは、一つの封筒。


 「これを、業正殿にと」







 【上杉陣中】


 地上とは裏腹に、星々の輝きは一層増してゆく。

 花の宴が、炎の戦場と化す上杉陣。

 皆狂い戦う狂乱の中で、二人の男は相対する。

 偽りといえども、かつて主従を誓った者同士。

 両者は刀を手に、構える。


 覚悟など、とうの昔に出来ていた。

 炎に包まれた陣中に滲む汗。本間は睨み、刀を握り直す。

 苦し気な息遣い、瞳の奥に灯る闘志、怖気付くどころか、その逆である。

 盛昌もまた、如何様な相手でも本気で臨むべきだと知っていた。



 「……っ!!」

 静寂が続く中、本間が遂に地を蹴る。



 先手を打とうとした本間に向け、振り下ろされた真剣。

 それらはぶつかり合い、激しい金属音を立て刃を削り合う。

 目前に映る本間の表情は、命削る者の誉れを映し出しているかに思えた。


 押される本間は、体勢を左に傾け刀を受け流す。対し盛昌は一歩退き、低い姿勢を取りつつ刀を横に構えた。勢いよく振るう刃先が本間の左足を通り、血を現す。対し、振り上げた本間の刃先は彼の頬を霞めた。

 両者の間で飛び交う動きの読み合いは、熾烈を極める。

 十数か所の傷を負い、立つこともままならないにも関わらず、本間は刀を振るい続ける。

 それはまるで、本能のままに敵を喰わんとする獣。



 本間殿、其方は何故そこまで戦おうとする?



 もはや、言葉では伝わらない。

 結局は刀で問うしかないのだと、盛政は悟る。

 



 生ぬるい感触が、身体中を走る。辺りには血だまりが広がる。

 傷を負い、既に片目が見えなくなってしまっていた。

 それでも刃先を向け、突き刺さんとする本間。

 それを避けられ、直ぐに防御体制へと切り替えた、その時である。


 遂に本間の意識が遠のき、身体がふらつく。

 それを見逃さなかった盛政は、身体ごと彼を押し倒した。

 どさりと音を立て、為す術無く血だまりの中に飛び込んだ二人。


 本間は歴戦の勇士ともいうべき傷だらけの姿で、立ち上がることはおろか、呼吸することもままならなかった。

 盛政の身体も同じく、限界を迎えていた。彼はゆっくりと立ち上がり、本間てきに刀を突き付ける。



 「……は……はは……」

 仰向けに倒れた本間。突き付ける刃先を見て、遂に表情が壊れた。

 まるで己の終焉を悟ったかのような、そんな笑みを浮かべていた。

 全てを受け入れるかのように、本間は倒れたまま刀を手放す。


 済まない、勘太。

 どうやら其方との約束、守れそうにない。




 

 

 「……本間近江守、其方は立派な武将おとこじゃ。

  ただ一つ聞かせよ。何が其方をそこまで突き動かしておる」

 盛政は刀を首に突きつけ、そう口にする。

 対し、苦し紛れの息遣いで本間は語る。


 「私は、己の生き様が嫌うございました……

  貴方様を裏切り……憲政殿にも捨てられました……

  ただ、それでも私を必要としてくれる人と出会い……

  其の者の為にも生きたいと……そう思えたのです……」


 本間はそれ以上、口にしなかった。

 武士は殿の為に、御家の為に命を懸ける。

 地位も家も、すべてを失った本間は、あの村の暮らしに生き甲斐を覚えた。

 死を本望だと語る武士の在り方に、疑問を覚えた。

 それは、彼にとって初めての感情。


 しかし、天は武士という肩書を捨てることを、許してはくれなかった。

 死を望み、死を恐れない。

 そんな感情を、何処かに置いてきてしまった。

 だから、必死に抗うしかなかったのだ。

 

 盛政もまた、悟っていた。きっと彼の北条家に対する裏切りは、偶然の産物。

 裏切らねば、死の恐れを知ることも出来なかった筈だと。




 「盛政様……最後に一つ……お願いしたきことがございます……」

 「何じゃ、申せ」


 本間の言葉に、目を向ける盛政。

 本間かれはゆっくりと、右手を上げた。

 届きそうで届かない、光輝く星を目掛けて伸ばされる。


 「貴方様には……私の様になってほしくはありませぬ……

  盛政殿に、いつまでも氏康殿の許で尽くす覚悟があるならば……

  どうか本間の金提灯を……大道寺家に伝えて下され……」


 上杉家家臣として死に、北条家家臣として与えられた我が家紋を伝える。

 それこそが、両家の橋渡しとなる最後の砦。



 「あぁ……必ず」


 突如、震え始める声。

 ぽたぽたと、地に落ちる雫。

 盛政の目から溢れる何かが、頬を濡らしてゆく。

 何故だろうか。堪えようと決めていたのに。


 「……泣かないで下され、盛政殿」

 本間も涙を浮かべ、笑む。

 盛政の後方で輝く星々。

 同時に数々の思い出が、本間の頭の中に現れ、消えてゆく。



 思えば、数奇な人生であった。

 裏切り、思い悩み、憎まれ、殺し合う。

 乱世に生まれなければ、こんな思いをすることも無かっただろう。

 



 業正殿


 其方ともう一度、見たかった。

 死ぬ前にもう一度、あの庭に咲き誇る桜を。




 目の前に広がるのは、美しい桃色の花々。

 風に吹かれ舞い踊るように、散る花弁。

 その花を一枚、手に取った本間。見上げれば青空が広がっている。

 今にも吸い寄せられそうな感覚を覚え、本間は微笑む。




 どうか、泣かないでくれ。

 なに、少しばかり遠くに行くだけじゃ。

 きっとまた会える。その時には、二人であの桜を見に行こうではないか。

 



 本間はゆっくりと、目を閉じた。

 まだ残る、花弁の色。

 遂に、一滴の涙が零れた。






 達者でな、業正。





 


 盛政は刀を本間の喉に刺した。途端に大量の血が噴き出し、返り血を浴びる。

 力が抜けた様に動かなくなった本間に、盛政は膝から崩れ落ちた。


 

 彼は声を荒げ、泣いた。

 戦場に響く、嗚咽と慟哭。

 其の日、夜空に輝く星は一層、輝きを増していた。
























 「これを、業正殿にと」

 業正は男から文を受け取り、開く。

 

 『本間近江守討死』

 

 その七文字に、彼は言葉を失った。

 信じられずにいたが、本当のことなのだと悟る。


 「何故だ……何故だ近江守殿……っ」

 男は業正の様子を見て、驚く。

 今まで泣く所を見せたことのなかった男の涙を、目の前で見たからである。




 其の後、憲政は無事業正の許へ帰還。

 戻って来た日から、憲政は少しばかり生気を失っていた。

 一連の戦闘による連合国軍の死傷者は、一万三千人から一万六千人に上ると伝えられている。
















 後日、憲政達の許へ本間の首が送り届けられた。

 それは氏康の家臣、かつて本間が仕えたという大道寺盛政を通じてのものである。




 熱暑日続きの中にも関わらず、首は腐敗していなかった。

 生き抜いたと、満足げに微笑む。

 それは間違いなく、本間近江守の顔をしていた。


 



次回より、本編へ戻ります。

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