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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第九十二話 贖罪と、過去 (十一)

 深夜、静寂の中に蠢く人影。

 それを見つめる人もまた、闇の中。

 氏康は隊を成す兵の様子を目前で確認し、告げる。


 「多目ため、其方は此処に残れ」

 「は、殿は何処へ向かわれるのです」

 「なに、見世物に花はつきものであろう」

 不敵な笑みを浮かべる氏康。

 彼は総勢六千の精鋭達と共に、暗闇へと馬を進めるのであった。

 

 馬上で夏の夜空を見上げ、氏康は息を吸う。夏草の臭いが鼻をくすぐる。

 今宵は新月。この日の為に、全ての手筈を整えてきた。

 馬を下りた氏康は、皆の方を向く。


 「鎧兜を脱げ」

 それは日付の変わる頃のこと。

 氏康は全ての兵の鎧兜を脱がせ、彼等を敵陣へと向かわせた。


 陽の昇る頃には、全てが終わっている。

 半年間という長丁場を耐え抜いた我等にとっての、有終の美。

 それだけを信じ、氏康は遠ざかる彼らの背を眺めていた。




 【上杉家陣中】


 「んぁ、何じゃあれは」

 本庄と共に守備を任されていた二人の男は、遠くから迫り来る影を見る。

 それも一つや二つではない。

 初めは猪のたぐいかと思っていたが、近付いてくる対象に、次第に恐怖を覚え始める。

 

 「や……夜襲じゃぁぁぁ!!」

 その正体は二千もの敵兵。彼らは其の声に応えるかの様に雄叫びを上げる。

 また同時に、他方面から次々と姿を現す者達。

 北条家は一方だけではなく、三方向から同時に攻め込んできた。

 氏康は総勢六千の兵を三つに分け、それぞれ違う方向から攻め立てるよう指示していたのだ。




 「憲政、戦場に酒など愚かなものよ」

 葉桜を背に、戦況を眺める氏康。

 その隣に立つ男は居ても立ってもいられず、氏康に頼み込む。

 

 「行きたくば行くが良い。

  あの男もあの場におる事だろう」

 

 許しを得た男は、直ちに馬に乗り走り出す。

 彼の思惑を十二分に理解している氏康は、彼の背中を見送りつつ、一度目を閉じた。



 「やはりか......!

  吉業、其方は下がっとれ!」

 「本庄様っ!」

 本庄は吉業に向け、笑みを浮かべた。

 そのまま刀を取り出し、敵に向け走り出す。


 突然の事態に、動揺を隠せぬ者多数。

 家臣が目の前で血を流し倒れゆく様に、一瞬にして酔いが覚める憲政。

 同時に手に持っていた御猪口が、手から落ち地で割れた。


 「殿、此方へ!!」

 声の方を向くと、家臣が馬を引き連れていた。

 ようやく状況を理解し始めた憲政は、直ぐ様馬に飛び乗った。

 「忝い……」

 そう言いかけた時には、家臣は血を流し、地に伏せていた。






 雑草の上を、蛍が飛び交う。

 灯る無数の火。其処から眺める戦場には、壮観さを覚える。

 男達の怒号が木霊する。その方向には上杉陣。

 其処に立つ本間は、微笑みつつ覚悟する。


 「殿、最後の御奉公にございます」

 そう己に呟き、彼は勢いよく駆け出した。





 本庄は自陣で奮戦する。

 総勢八万の上杉軍が、八千の北条軍に負けるはずなどない。

 それは確実だった。しかし今、戦況が大きく変わろうとしている。


 戦には常に〈風向き〉という物が存在する。

 自陣に良い風を吹かせる為には、まず兵の士気が高いことが重要視される。

 現に捨て身の覚悟で突入する敵兵の士気は異常に高い。

 対し先程まで酒を飲み交わす程の余裕を見せていた上杉軍の士気は、言わずとも分かるだろう。

 

 このままでは、一気に押し倒されかねない。

 どんなに兵の数が勝る状況でも、敵将の首を取られれば負け。

 そう考えた時に、今は最も危険な状況にある。


 「ぐぁっ!」

 次々と斬りかかってくる敵兵に、本庄は遂に押し倒される。

 馬乗りになった敵兵は、一気に短刀を振りかざした。

 本庄は目を閉じ、死を覚悟したその瞬間。



 ふと、身体が軽くなった。

 振り上げられた短刀は顔の横に落ちる。

 男は首から血を流し、うめき声を上げながら地に倒れた。


 「無事か……!」

 「近江守殿っ!」


 本庄の声に、憲政は反応する。

 目を向ける先には、かつて己を信じ慕っていた、血まみれの男の姿。

 

 「殿!此方の道が開いております!

  早く御逃げを!!」

 「近江守……っ」

 憲政は目を見開いたまま、呆然と彼を見ていた。


 戻って来たのか?

 あれほどの仕打ちの後に、まだ儂を助けようとしておるのか?

 そして憲政は思い知る。己の犯した失態を。


 此の男は決して、上杉家を裏切ってはいない。

 北条家から戻った際にも、変わらず忠義を尽くしてくれていた。


 それなのに、儂は奴の思いを

 無碍にしてしまっていたのか。



 憲政は歯を食いしばる。

 何も言えぬまま、彼は背を向け走り出した。

 



 数千の兵に囲まれた状況で、血が足りずふらつく本間は、憲政の後姿を見る。

 そして朦朧とした意識の中で微笑む。

 あとは、どれ程の兵を道連れに出来るかだ。


 「そこをどけ」

 その時、本間に近付く一人の男

 彼は本間の三歩手前で立ち止まった。


 「もりまさ……どの?」

 本間はか細い声で、そう口にする。

 その瞬間、男達の怒号が消え、世界が二人になったような錯覚を覚える

 盛昌は血まみれの本間を、唯見つめている。


 盛昌の脳裏に思い出されるのは、目の前の男と共に過ごした二年間。

 それを切り裂くかの様に、本間は口を開いた。


 「……大道寺盛昌殿、儂と一騎打ちを致せ」


 盛昌はその言葉に驚くことはなかった。

 彼はそのまま勢い良く、己の腰刀を抜く。

 



 「受けて立とうぞ、本間殿・・・




 それは《浪人対武将》ではなく、《武将対武将》としての言葉。

 本間を浪人ではなく、一人の勇敢な武将と認めた証だった。


次回、過去編完結

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