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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第八十六話 贖罪と、過去 (五)

過去編、第五話

 本間との一件から発言通り、憲政は自ずから倹約を第一とする様になる。

 同時に家臣も贅沢を禁止され、太鼓や笛の音を耳にすることも無くなった。

 

 業正は、再び訪れる本間との暮らしに安堵。

 少しばかり生気の無さが目に付くが、理由は自明である。

 氏康を裏切った事への罪悪感。

 しつこい様だが、やはり北条家に情を移してしまったことは確かなのだろう。

 人前では笑顔を見せつつ、何かにつけ物思いに更ける本間。

 寂しさが拭えないのは、一人で抱え込もうとする彼の優しさを知っているから。





 そんな日々が続いたある日、業正は地検の件で憲政の許を訪れる。

 障子の手前で聞く、幾人の話し声。

 どうやら既に、数人の家臣が入室していた様だ。

 取り込み中だと悟り、その場を去ろうと立ち上がる。

 そんな業正の耳に刺さる、突然の一言。


 「本間は殿に気に入られたいが為に、このような偽りを申したのでございます」

 ……は?

 業正は一瞬、理解が追い付かなかった。


 「其れは、誠か?」

 「は、あの男は己の仕事を全うした様に装う為、至極誇張した言い分をしております。

  北条など、氏綱がおらねば恐れるものなどありませぬ」


 それに続く憲政の声。

 業正の思考が、徐々に捻れてゆく。

 なんだ、どういうことだ?

 身体が強張る。思考が何重にも絡み合う。

 業正の頭は、徐々に混乱を始めていた。



 業正には、それから暫くの記憶が無かった。

 烏の声に我を取り戻すと、そこは己の屋敷の前。

 朦朧とした意識の中で、帰路に付いたのだろう。その道中の記憶は少しも無い。

 屋敷へ入ると、居間で本間が何事も無いかのように飯を食っている。遅かったな、という彼の声に、業正は何食わぬ顔を浮かべた。

 此の男は何も知らないのだろうか。その様子に、業正の胸がぐっと苦しくなった。

 


 夕食後、業正は再び城内へ赴く。

 平然とする憲政に何も訊ねることが出来ない。

 用を終えた彼は、あの言葉の真意を考える。


 〈偽りを申した〉、其れは嘘だ。

 本間の事は誰よりも己が知っている。本間(あのおとこ)は本気で氏康を信じていた。

 ならば何故、あの様な事を口にしていたのだろうか。

 途端に、業正は立ち止まった。


 (もしや、贅沢を禁じられた家臣達の腹いせか……?)


 贅沢を禁じられた要因は、元を辿れば本間と業正じぶんにある。

 それに腹を立てた数人の家臣が揃って、本間に関するあらぬ噂を流した。


 その仮説が正しいとしたら、今すぐに弁解を謀る必要がある。

 業正は直ぐに向きを変え、城へと引き返し始めた。



 しかし、時すでに遅し。

 家中はいつの間にやら、〈本間近江守追放〉の噂で持ち切りになっていた。

 それについて、既に憲政の決定が得られているのだという。

 業正は頭が真白になる。追放。その二文字が脳裏を回り続ける。


 「本間殿も残念なものよのう。せっかく好かれておったというのに」


 誰かの声。小さな笑い声。

 その空気の中で唯一人、取り残された業正は城を出て走り出す。

 向かうのは本間の屋敷。しかし中は何もない、唯の質素な空間が広がっていた。

 何故じゃ

 屋敷を飛び出す業正は、息を切らし、また走る。

 まだそう遠くまでは行っていない筈だ。そう信じ、走り続ける。





 どれほど走っただろうか。人影を見つけた業正は、肩を掴む。


 立ち止まる人影は、ゆっくりと此方を向く。

 紛れも無い、本間近江守が目の前に立っていた。


 「何をしておる」

 何を訊ねるべきか。迷いに迷った業正の口から発された一言。


 「此れは儂への天罰じゃ。

  主君への忠義をないがしろにする儂を、天は愚か者だと諫めておるのじゃ」

 「何を言う!?其方は悪くない!

  あれも全て主君の為の行為だと、儂は知っておるのだぞ!!」


 本間は薄ら笑みを浮かべる。

 何処か寂し気で、悲し気な笑みを。


 「其方には、済まないことをした。

  北条氏康殿は名将じゃ。

  儂は一度殿を、其方を裏切ろうとした。

  この男の家臣であったならばと、そう思うてしまった」


 喉が渇く。業正はただ目を見開く。

 「......何故、

  儂に何も言ってはくれなかったのだ......」

 済まない。問いに対し、それだけを言い残して去ろうとする本間。


 その時、業正は気付く。心の憶測に紛れていた疑問と、罪を感じていた本間の真意。

 どうして、共に説得を試みた業正には、何も命じられなかったのか。


 答えは決まっている。

 彼は、業正じぶんに被害が及ばぬように、自ら追放を名乗り出たのだ。

 業正は歯を食いしばり、叫んだ。



 「近江守殿!!」

 

 本間は振り返ることなく、歩き続ける。

 業正は己の無力さを悟り、拳を握り締めたまま遠ざかる背中を見ていた。

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