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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第八十四話 贖罪と、過去 (三)

過去編、第三話

 こうして季節は巡り、三度目の春が来る。

 盛昌は縁側で桜を眺める本間の背を見つける。

 その姿に、哀愁に似た何かを感じ取った盛昌は、隣に腰を下ろした。


 「一年ひととせとは、直ぐに周るものだな」

 出会ったのがまるで昨日の事のようだと、盛昌は口にする。

 本間は驚きつつも、薄ら笑みを浮かべたまま語らない。

 

 見上げるのは、あの頃と同じ色の花。

 桜は、いつまでも上杉家家臣として眺めるものだと思っていた。

 いや、それを許さなかったのは己自身であったな。

 瞳に映す桜は、満開とは程遠い姿。

 それにも魅力を覚えるのは、懐古の情に駆られるのは、己が北条の家臣では無かった故にある。

 見る度に思い出す。思い悩み、胸がぐっと苦しくなる。


 彼の脳裏に浮かぶのは、旧友、長野業正の姿。

 己の中に作り出した業正おとこは、中身のない唯の人形に過ぎない。

 何故なら、彼は自分の意思通りにしか動けないから。


 業正、すまない。

 儂は御前を、裏切ってしまうかもしれない。


 きっと本間は、優しい言葉をかけて欲しかっただけなのだろう。

 都合の良い存在を己の中に作り出し、彼は己の言動を正当化しようと努めた。



 「さて、夕飯の後は少しばかり暇があるであろう。

  久方振りに語り合おうではないか」


 盛昌の発言に、本間は頷く。

 本当は、怖かった。

 此の男は、自分が間者であることを知らない。

 彼の見せる優しさが、己の中の罪悪感を増幅させる。

 ただ此処に居座ることが、これほどまでに苦しいものだとは思わなかった。

 

 

 北条氏康の器量は確か。

 この男に付いていきたいと、不意に思わせる魅力がある。

 しかし、氏康の背を見る度に、己の本当の居場所を実感する。

 

 やはり、自分には主君を裏切ることなんて出来なかった。

 笑う盛昌の隣で、本間は思う。

 明日、黙ってここを出ていこう。


 


 

 その日の夕暮れ、本間は氏康に呼ばれる。

 皆に隠れ、出立の準備をしていた最中のこと。

 此の男と語るのも、これがきっと最後だ。

 本間は覚悟を決め、氏康の前に現れる。

 そんな氏康の第一声に、本間は固まる。



 「其方、上杉の間者であろう」



 何故分かったのかと、訊ねてしまった。

 訊ねる事は、認める事を意味する。

 それでも訊ねるのは、己を蝕む苦しみから解放されるのを望んでいたから。

 目頭が熱くなる。零れゆく感情が、思いが止まらなかった。


 本間は涙を浮かべながら、此処へ来た経緯を語る。

 それこそが、己に残された、たった一つの道。

 懺悔と感謝の意を、余すことなく語る。

 氏康は、ただ何も言わず聞いていた。




 如何して儂は、上杉の家臣だったのか。

 最初から、此の男の家臣として生きていたなら、

 こんな思いをすることなんて無かっただろうに。


 部屋を照らす月明りと蝋燭の火が、己の心に光を当てる。

 それは一寸も欠けることのない、満月の夜であった。


 


 翌日、日も昇らぬうちに、本間は屋敷を抜け出す。

 領地を一歩出ると、本間は振り返り、深々と礼をする。

 二年間過ごしたこの土地に、感謝の意を込め、再び歩き出す。

 東の山から覗く朝日が、彼を照らし始めていた。


 其の頃、氏康は一人目を覚まし、天守から外を眺めていた。

 朝日を浴びながら彼は俯く。そして、世の残酷さを悟る。

 氏康は、主君を思う本間の心意気を認め、帰参を見逃した。

 本間が姿を消した後も知らないの一点張りを貫き、間者であることを語ることは無かった。



 最も寂しい思いをさせたのは、盛昌だろう。

 目を覚ます盛昌は、本間の突然の消失に驚きつつ、残された一枚の置手紙を発見する。

 『どうか、何も言わず去ってしまった愚か者を、赦して欲しい』

 置手紙それを読む盛昌は、声を挙げ号泣する。


 盛昌も、本間が間者であることを誰にも話さなかった。

 それは彼なりの優しさもあるのだろうが、一番の理由は、また再び出会えると心の底で信じていたからだろう。




 こうして再び二日かけ、本間は上杉領地へ辿り着く。

 領内へ足を踏み入れる彼の表情に、悔いは無かった。

 最初にする事は決まっている。

 そんな本間が最初に向かうのは、業正の屋敷。

 


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