第八十三話 贖罪と、過去 (二)
過去編、第二話。
※前話(第82話)を改稿したので、
そちらもよろしくお願いします。
出立から二日後。
北条家領内に辿り着いた本間は、浪人という名目で氏康に面会を申し込む。
怪しまれぬ様に召物として下級のものを纏い、彼は主君の前へ現れた。
好青年の顔立ちで座る男、北条氏康。本間は彼に頭を下げ懇願する。
「是非とも、私めを家臣に御引き入れ頂きとうございます」
部屋の隅に座る者の視線。
幾方向から睨まれる本間は、顔を上げる事が出来なかった。
氏康はそんな本間を睨みがちに見ていたが、暫くして立ち上がる。
「付いて参れ」
想像と違う、重みのある低い声。
本間は不意に顔を上げ、呆然としていた自身に気付く。
氏康は既に歩き出しており、本間は慌てて立ち上がる。
氏康の向かった先は、大広間から三部屋ほど挟んだところにある、小さな部屋。
「と、殿!?」
氏康が障子を開けると、其処には上半身裸の男女。
どうやら〈取り込み中〉だった様だが、氏康は構わず足を踏み入れる。
周りに立つ者も流石に止めようとしていたが、時すでに遅し。
氏康は男の方の肩に手を置いた。
「大道寺、本日より此の男が其方の家臣じゃ。宜しゅう頼む」
それだけ言って氏康は立ち上がり、元来た道を引き返し始める。
周りの者も同じく引き返し、ただ一人残った本間は、大道寺と呼ばれた男から漂う殺気に苦笑しつつ、ゆっくりと障子を閉めるのだった。
「はは、見苦しい所を見せてしまった様で済まなかったな。
そうか、其方が新たに儂に仕えると申す浪人か」
「は、宜しくお願い致します」
〈事が済んだ〉男は先程と打って変わり、顔を綻ばせる。
男の名は大道寺盛昌。北条家の重臣の中でも、特に高い立場を担う男のようだ。
本間は彼の屋敷に住まいつつ、彼から仕事を教わることとなる。
衝撃の出会いから始まった二人の生活は、そう悪いものではなかった。
「業正殿、文が届いております」
本間の出立から一ヶ月が経ち、初めて業正に向けて文が届く。
夜、自室の四隅で蝋燭の火が灯る中、業正は文の封を切る。
其処に並べられた文字は、間違いなく本間の筆跡。
『此度、大道寺盛昌という男に仕える手筈となった。
今は盛昌殿の屋敷に住まい、大事無く過ごしておる。
つい先日の事だが、食事の際に氏康殿と語る機会があった。
どうやら氏康殿は、我らの見えぬものまで見えておられる様じゃ。
目先だけではない。乱世のその先を、殿は見ておられた。
今こそ北条家は小大名だが、いずれ間違いなく大きなものとなろう』
やはり、北条氏康は凄い男の様だ。
予想はしていたが、このままではいずれ我らの脅威となろうな。
そうして、業正は文の下部分に目を移す。
最後に書かれてあった、一文。
『このような御方が、我らの主君であったなら』
業正は言葉を失う。
同時に息苦しさを覚えた。
彼は思わず立ち上がり、目を見開いたまま文を読み返す。
目に付いたのは、氏康への敬称。
まさか、本間は氏康の人柄に心酔したのか。
途端に、不安と寂しさが業正を襲う。
もしこのまま本間が、北条家から戻って来なかったら。
そんなことは無いと、業正は首を振る。
しかし、間者として忍ばせた者にさえそう思わせてしまう手腕を、氏康は持っているのだろう。
敵う筈が無い。業正は屋敷の縁側に座り、項垂れる。
「我らの主君……か」
呟き、業正は目を閉じる。
深夜、未だ鳴りやまない笛と太鼓の音。
彼の瞼の裏には、無数の星々が光り輝いていた。
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