表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
86/188

第八十二話 贖罪と、過去 (一)

大幅改稿しました。(12/4)


第3章の要となる《過去編》

少しばかりお付き合い下さい

 数年前


 男は、桜の木の下に立っていた。

 見上げれば雲一つない空に、一匹の白蝶が羽を広げている。

 春風を浴び、風に吹かれる花を追いながら、男は目を閉じる。


 「近江守おうみのかみ殿、少し話があるのだが、宜しいか」

 長野業正の声に、男は我を取り戻し、振り向く。

 直ぐ行くと、そう口にして彼は微笑んだ。


 本間近江守、それが男の名である。

 業正と同じく上杉憲政の許に仕え、与えられた仕事を手際よくこなす彼には、業正はもちろん、憲政からも人望があった。



 領内でも比較的大きな門をくぐり抜け、見えてくるのは業正の屋敷。

 居間へと通され、向かい合う形で安座の姿勢を取る二人。何処からか聞こえてくる鳥の囀り。


 「さて、此度は其方に、北条家についての提案があるのじゃ」

 「北条家、にござるか」

 本間は訊き返し、業正は頷く。

 この頃、勢力を急激に拡大していた北条家。

 同じ関東を守護する者同士、いつかは相対する事になろうと、業正は危惧していた。


 「近日の殿は家臣に贅沢を許し、娯楽を嗜まれておる。

  しかし、ちと度が過ぎるように思うのだ。

  このような時に北条が攻めて来るとなれば、大事ぞ」


 業正の言葉に、本間は腕を組む。

 主君である北条氏康に才がある、それが北条家の急激な成長が見られる理由として間違いない。

 少なくとも、憲政と氏康、一対一で対峙すれば叶わないことは目に見える。

 それならば贅沢を減らし、少しでも主君として真面まともになって貰いたいと思う。

 そんな両者の利害は一致していた。


 

 早速、二人は憲政の許を訪れ、勧説する。

 しかし、その贅沢についてさえも、憲政は聞く耳を持たなかった。

 「儂は忙しいのだ。それを癒すことの何が悪いのじゃ」

 憲政が口にするのは、その一点張り。

 必死な説得の末、遂に諦めた二人は、渋々その場を退くのだった。




 陽が沈み、その日も盛大に開かれた酒宴。

 遠くで酒盛りを聞きながら、二人は別室で茶を飲む。

 彼らの間に、会話は無い。


 如何どうすればよいのだと、業正はただ頭を悩ませる。

 憲政は《関東管領》という立場に、余裕を見せているのかもしれない。

 だが、いずれ必ず北条は攻めて来る。そう信じてやまない業正にとって、この状況は既に〈負け〉を意味している。

 湯呑が光り輝く円を映す。それを眺める業正は、ふと顔を上げた。


 「……そうじゃ、近江守殿。ひとつ手がある。

  我々から北条家に、間者を潜り込ませるのじゃ。

  さすれば北条家中の情勢もはっきりし、殿を説得する口実にもなる。」

 「しかし、その役目、誰が担うというのだ」

 業正は唾を飲み、覚悟を決める。


 「行ってくれるか、近江守殿」


 途端に、本間の表情が変わる。

 危険な頼みであることは、十分承知の上だ。

 それを本間に頼もうとするのは、業正が彼の事を信じているから。

 暫く放心に近い状態で悩む本間。遂に幾度と頷き、業正の目を捉える。


 「……承知した。業正殿の命ならば、聞き入れよう」

 彼は全てを受け入れると言わんばかりの、そんな強かな表情を浮かべていた。


 後日、本間は禁制とされる鹿狩りを行い、憲政の怒りを買う。

 その傍らで、業正が北条への間者を憲政に提案した。

 憲政は直ぐさま理解を示し、それで良いと即答する。

 


 出立の朝、彼を見送ろうと、数名の家臣が集まる。

 その中には勿論、業正の姿もあった。


 「このような形をとってしまい、誠に済まなかった」

 「案ずるな。これで殿の御気持ちが少しでも変わって下されば良いのじゃ」

 本間の言葉に、業正は薄ら笑みを見せる。

 俺は本間の胸をどんと叩き、言った。


 「くれぐれも、道中気を付けよ」

 「あぁ」


 本間は背を向け、歩き出す。

 遠ざかる背中を、業正はただ眺め、息を吐く。

 桜は既に花を散らせ、緑に色づき始めている。

 不意に見上げる空には、一匹の蝶。

 寂しげな姿が、まるで旅立ちを共に見送っているように見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ