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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第六十九話 歪み、狂い

申し訳ありません、晴幸の設定を一部変更するにあたり、以前の話を多少改稿させてもらいます。

 朝。心地よい春風と日差しに、俺は目を覚ます。

 手探りで眼帯の在処を探り、起き上がる。

 彼の右目に映るのは、壁を背に座り込む男。

 (晴幸か……)

 いや、もう一人いた。真田幸綱が、刀を立てながら眠っている。


 俺は晴幸の記憶に残る昨晩の出来事を思い返し、溜め息を吐く。

 若殿はもう起きているだろうか。

 今日は、二人分の朝飯を作ってもらおう。そう思いながら、俺は居間へと向かう。



 朝食後、俺と幸綱は屋敷を出る。

 どうやら幸綱は、俺を城の北側のとある場所へ案内したいらしい。


 「いや、済まなかったな。飯まで作って貰って。

  それにしても若殿様は、誠に綺麗な御人であるな」

 俺は幸綱の言葉を耳にしつつ、晴幸を睨む。

 当の晴幸は俺と目を合わせ、にかっと満面の笑みを浮かべる。


 (やはり納得がいかん......俺の知らぬ間に、どうして泊りを許したんだ)

 (其方も理解しておる筈じゃ、この男を敵に回すとまずい。

  ならば今のうちに手を打っておくというものよ)


 全ては、味方へと引き入れる為の布石。というのは建前で、実際のところは彼に信頼感を抱き始めているからだろう。

 まったく、此の男は器用なのか不器用なのか、未だに分からない。


 「何処に向かっておるのだ」

 俺の言葉に、幸綱は答えない。

 歩みを続ける身体に、付いてゆく身体。

 二つの影が、徐々に伸びてゆくのを感じる。


 「此処じゃ」

 城の北側にそびえ立つ山を登り、見えてきた光景。

 それには俺も思わずため息を吐いてしまう。

 其処は、甲斐が一望できる開けた土地。

 扇状地に沿う様に建つ城からの景観も比較的良いが、それよりも格段に良い景色が広がる。



 「この時代へ来る以前の儂は、一度だけ此処を訪れたことがあった。

  あの頃と変わらぬ、良い眺めだ」


 幸綱は沈黙する。

 俺は彼の背後に近づく。とても話しかけられる雰囲気では無かった。


 そういえば甲斐に来てからというもの、この地形には随分と驚かされたものだ。

 北側の山々だけでなく、西と東にも峰がある地形。

 敵が攻めるとしたら南側しかない、防御に適した平城。

 いわば、〈碁詰〉に近い感覚である。

 此れこそが、武田家が城一つで存続できた理由である。



 「晴幸(ほんもの)よ、其方もそこに居るのだろう」

 俺は目を丸くし、晴幸は口を噤む。

 幸綱には、晴幸の姿は見えていない。

 其れでも確信を持って言えるのは、彼の持つスキルの御陰なのだろう。



 「此処へ飛ばされる以前、儂は教師をしておった。故に多少の知識はある。

  だからこそ、其方等に伝えておかねばならぬ事があるのじゃ」

 そう言って彼は振り向き、俺の方を見る。

 


 「今が何年か分かるか」

 「天文十五年、だが?」

 「ああ、天文十五年。つまり西暦で言えば一五四六年。

  武田勝頼、この年に奴は生まれる筈だった」



 「……へ?」

 俺と晴幸は、耳を疑った。

 同時に頭をよぎる、妙な違和感。


 「其方が高遠頼継と、宮川において対峙したのはいつのことだ」

 再び問う彼の表情は、真剣そのものである。

 俺は微かな声で、去年の秋だと言った。


 「宮川の戦いは、史実通りならば一五四二年に起こる筈だった戦だ。

  それに、首謀者である高遠頼継が、この戦で命を落としたという記述はない」


 俺は言葉を失う。視界が回り始める。

 晴信とて眉に皺を寄せ、同じことを思っている。

 スキルを使ってか否か、幸綱は俺達の感情を察し、問いを止めた。


 「此れで気付いただろう。今、歴史は大きく狂い始めている。

  其れは恐らく、儂と其方がこの時代へやって来た故じゃ」


 俺が無知なせいで、何も気づけなかった。

 今現実は、史実と違う方向へと向かって居る。

 

 「儂の……せい......?」

 史実では、宮川の戦いにおいて、晴幸は出陣していない。理由は言わずもがなである。

 宮川の戦いが起こったのは一五四二年、いわば晴幸が甲斐へ来る一年前。

 つまり、晴幸は出陣していなかったのではない。元々そこにいなかったのだ。


 武田勝頼が早期に生まれたのも、俺が御料人との結婚を晴信に勧めたから。

 高遠の死に大きく関わっているのは、紛れもなく俺。

 そして、宮川の戦いが史実から三年もずれていた原因は、恐らく俺や幸綱の存在。

 俺達がこの時代へ転生した時から、歴史は歪みを生み出し始めていたのかもしれない。


 死を視るスキルの通りにしていれば、きっとこんな事にはならなかった。

 少なくとも史実と異なる出来事全てに、俺が大きく関わっているのは事実だ。




 「だからこそ、儂は其方と手を組みたいと考えた。

  これから先、儂が出来る範囲の知識を、其方に伝えるつもりじゃ。

  なに、史実というものは曖昧なもの。

  案外、これが正しい歴史なのかもしれぬしな」


 幸綱はこの状況に危機感を持ちながらも、俺を励まそうとする。

 それでも、どうにもならなくなった時はどうするのか。

 俺の問いに、幸綱は微笑する。



 「その時は、新たな歴史を我等で作ろうではないか。

 その際に我等に与えられるであろう使命、其れは武田晴信を天下統一に導くことじゃ」



 俺はようやく気付いた。

 此の男は、狂い始めた史実を目の当たりにしながら、

 歪みを生み出した出来事に武田が大きく関わっていると踏み、この甲斐へやって来たのだ。





 間違いを犯した俺を、救う為に。






 不意に頬が緩む。

 俺と晴幸、二人の心の壁が、少しずつ壊れてゆくのを感じた。




この出会いが、俺の運命を少しずつ狂わせてゆく。

しかし、それはまだ何年も先の話。

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