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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第六十四話 恐れと、誤解

 「何っ、板垣殿が!?」

 板垣の消失は、忽ち家中へと轟く。

 ただ俺は彼らに向け、〈晴信にだけは知られない様にして欲しい〉と口にした。


 板垣が何を考えているのかは、俺にも分からない。

 しかし、この事実を晴信に知られてはならない、という事だけは分かる。

 何故なら、板垣が姿を消したのは、病のせいでは無かったから。

 もし晴信に知られた際には、板垣に対し相当な怒りを買ってしまうことになるだろう。



 その晩、俺は一切の事情を晴幸に語った。

 

 「若者のする事は分からぬ」

 呆れたような口調で語る晴幸。

 その傍ら、遠くで鳴る太鼓や笛の音。

 それらは依然、止む様子を見せない。



 俺はこの数日、幾度か晴信のへやへ向かったが、入室が叶うことは無かった。

 入室を禁じていたのは晴信の方で、彼の言葉に誰も断る訳にはいかなかったのだろう。

 俺にはまるで、晴信が自分達を拒み始めている様にも思えてきた。


 晴信の行為は当然、敵国に知られる訳にもいかなかった。

 一国の城主が酒におぼれ、夜遊びをしている、これほど敵にとって好機なことは無い。

 



 板垣が姿をくらませて、十日目。

 家臣達は集い語り合う。このままで誠に良いものかと。

 その中には当然、俺の姿もあった。

 俺は目を細め、耳に刺さる彼らの言葉を、ただ黙って受け入れていた。

 そんな俺は、遂に晴幸に伝えた。



 今夜何としてでも、殿に御目通りを願ってほしい。



 其の言葉を受け、深夜、眠っていた身体を奪う晴幸は屋敷を抜け出す。

 笛と太鼓の音が消えた頃合いに、城へ向かう。

 消える白い息と揺らめく灯。固まった己が身を、更に凍らせる。


 晴信ならば、敵に有利な状況を自ずと作ることに、何か意図的なものがあるとも思える。

 しかし、それをしたところで、家臣の信頼を薄める事に変わりは無い。

 己のすべきことは、彼の真意を聞くこと。それを決行するのは、今しかない。


 部屋に辿り着いた晴幸は、ゆっくりと障子に手をかけた。


 「儂は弱いか、御料人」


 その時、晴信の呟きを聞く。


 「分かって居る、此のままでは駄目だと。

  しかし、時々とてつもない恐怖を感じるのだ

  儂が何を求めていたのか、今では何も、分からぬ様になってしもうた」

 「殿……」


 晴信と御料人の声。

 晴幸は息を吐き、一気に障子を開けた。


 「殿、晴幸にございます」

 晴信は晴幸(おとこ)に気付くと、御料人の膝枕から飛び起き、咳払いをした。


 「御料人、其方はもう床につくと良い」

 「はい、殿も早くお休みなさいませ」


 彼女は唯、晴幸に向け会釈し、部屋を去る。

 その陰に見えた苦々しい部分を、隠し通せる筈も無かった。


  

 晴信は俺に向かい、座る。

 部屋の四隅に揺れる火が、何処か彼の中に潜む物寂しさを映し出していた。


 「其方の言いたきことは分かる。儂の行いについてだろう」

 「殿に御考えがあるのならば、私は止めませぬ」

 そんな大層なものは無いと、吐き捨てる様に晴信は言う。

 まあそうだろうな。先ほどの会話を聞いて居れば、何となく分かる。


 「儂は己を見失った」

 ゆっくりとした語り口で話し始める晴信の目に、光は灯らない。


 「何を目指し、何を求めていたのか。

  己の進むべき道を、見失ってしまったのだ。

  儂はただ知りたかった。儂の望む世とは何なのか。

  故に演じた。太平の世で生きる己自身を。

  しかし、どれをとっても違う、

  儂の望んだ世とは、このようなちっぽけな物であったのか」



 だから怖くなった。

 我等は、戦無き世を知らない。

 彼が感じて居るのは、己自身が知らない世界に足を踏み入れる恐怖と、

 形の見えないものを追い求める無謀さ。


 晴幸は顔を上げる。


 晴信も晴幸も、太平の世に関しては全くの無知だ。

 しかし、それでも晴幸に絶大な自信があったのには、

 きっと〈あの男〉の存在が大きかったからだ。


 「……私にお任せくだされ。

  若し殿が御迷いになった時、

  儂が殿の目となり、しるべとなりましょうぞ」


 其の言葉に、驚きの表情を見せた晴信は、遂に頬を緩ませた。

 きっと晴信かれは、その言葉を待っていたのかもしれない。

 先の見えない苦しさを抱え、今とは違う自分を演じながら。



 其の日を境に、晴信は夜遊びをすることも、酒を飲むことも無くなった。





 それから二十日後、一五四六年三月。

 板垣は新調の着物を着て、晴信の前に現れる。


 「殿。某に歌を作らせて貰いとうございます」

 板垣はそう言って、さぞ立派といえる和歌を披露し、家中を沸かせた。


 「何処で其れを学んだ」

 「寺の和尚の許へ住み込み、学びました」



 板垣は一連の和歌を披露し終えた後、晴信を諫めた。

 〈信虎を追放したのは、目先の事にしか目を向けて居ない信虎が、太平の世を目指す晴信にとって邪魔な存在であったからであり、今の晴信の振舞いは、信虎時代を彷彿とさせるものである。〉

 彼の言葉を聞き、晴信は頭を下げる。

 「済まなかった、二度とかのような振る舞いはせぬ」

 晴信の言葉に、板垣は息を吐き、笑みを浮かべる。

 周りの家臣も思わず安堵し、笑みを零した。



 己に纏わりつく恐れを払拭する行為。

 それが一つの誤解を生んでしまった事を、後に俺は板垣に語る。

 しかし、笑いながらも、板垣の心は変わることなく、

 此度の晴信の行為も、完全に赦している訳では無かった。

 


 こうして、一連の騒動は解決した様に思われたが、

 新たな影が彼らの元へと迫っていた事に、気付く者はまだいない。





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