表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/188

第六十二話 未来と、蜻蛉 (第2章最終話)

 「御帰りなさい」

 若殿は俺の足取りを見て、表情を変える。

 俯き加減の俺は、彼女に向け茶を頼み、縁側に胡坐をかく。


 「先程、矢島殿等の首が晒された」


 弱弱しい声に、若殿は口を閉ざしたまま、茶を点てる。

 斬り落とされた彼らの首は、城門の前に吊るされた。

 武田に牙を向けた、悪党として。



 茶を運ぶ彼女は、俺の隣へ座る。

 心地良き秋晴れに、穏やかな日々が戻った事を実感する。

 

 〈其方に三日程の暇を与える。好きな様にせよ〉

 

 此処に戻る少し前、晴信が俺に告げた言葉。

 恐らく、俺と若殿を思っての事だろう。

 俺は目前に広がる景色を眺めながら、口を開いた。


 「若殿、儂は変わったか」


 唯一つ、甲斐に来てからずっと、訊ねたかったこと。

 それは、駿河に居た頃とまるで変わっていない若殿から見た、俺の姿。


 「晴幸殿は、変わりました」

 そう呟いて、彼女は空を見る。

 何処が変わったのか。俺はあえて訊ねようとはしなかった。

 二人の会話は、たった一度のキャッチボールから続かない。



 人というものは、常に移り変わってゆく。

 新たな場所に赴けば、自ずと其処に見合った人格が生まれる。

 それはきっと、若殿も同じこと。

 

 俺は白い息を吐く。

 思えば、せわしい秋であった。

 裏切り裏切られ、俺はまた悔い、苦しみ、死にかけ、足掻き、そして学ぶ。

 その度に俺は、己の無知さを実感する。

 何が良く、何が違うのかさえ、社会人として働く大人だった筈の俺にも分からなかった。


 未来に居た頃、それこそ俺は、無知は最大の幸福なのだと思い込んでいた。

 知らなければ無駄に散財する事も無いし、人間関係がこじれる事も無い。

 俺が高遠達を知らなければ、こうして悲しみに暮れる事も無かっただろう。

 しかし、今は違う。〈知らない〉ことは、其れこそ大事な物を失ってしまう事に繋がる。

 下手をすれば、人の持つべき心さえ、失ってしまう。



 「若殿」

 俺は、彼女の方を向く。

 彼女の姿に、無意識に身体が熱くなる。

 頬を赤らめた俺に、彼女は笑った。


 「……やはり、晴幸殿は晴幸殿です」


 言葉の真意を考える余地も無いまま、俺は頭を巡らせる。

 こういう時、如何様な言葉をかけるべきか。

 気づけば、そんな事さえ忘れてしまっている。

 だが、此れからまた、思い出せば良いだけの話だ。



 俺は歴史が嫌いだ。

 若し歴史を知っていたなら、俺は史実をなぞるだけで良かった。

 今の状況が、史実と同じかどうかなんて、俺には分からない。

 しかし、俺は山本晴幸としても生き続け、天寿を全うする。

 俺が未来に戻るのは、きっとその時だろう。



 いや、もう戻ることは叶わないかもしれない。

 其れでも良い。今の俺には、この醜い身体が御似合いだ。


 ただ、若し元の時代に戻れるなら。

 若殿。

 残された時間で、俺は御前に何ができるだろうか。

 御前の為に、何を残せるのだろうか。






 「明日、儂と共に出掛けぬか?

  儂が甲斐を案内してやろう」



 明日は、何処に行こうか



 そう思った時、一匹の蜻蛉が、縁側から飛び立った。






 第2章 完

これにて、第2章完結です!ありがとうございました!

第3章では、晴幸(俺)の運命を大きく左右する、新キャラも登場します。

ここからが、武田の鬼の本番です。



※申し訳ありません、第3章再開まで、少々時間を頂きます。その間は、閑話を更新する予定なのでお楽しみに。


物語はまだまだ続きます。

後に第2章のあとがきとして、活動報告を更新します。是非そちらも見ていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ