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第三十九話 理解と、過ち

 俺は渡された書を開く。そこに書かれている文字の羅列。全て、武田に仕える者の名である。


 「虎胤殿、これは」

 「実は、幾名の名を記し損ねたのじゃ。この機に調べ、記してはくれぬか」


 書には名のみでなく、歳や石高、家族構成まで詳細に記されている。いわば、現代で言う戸籍謄本に近いもの。

 虎胤はどうやら、俺に対し名もろもろを書けと言っている様である。

 これは、調べるうえで貴重な情報源になる。俺はふとそう思い立ったが、虎胤が先程の流れでこれを渡してくるという事に対して、何か事件について勘づいている部分が有るのではないかとも思っていた。


 「如何した?」

 虎胤の言葉に俺は首を振る。

 いや、唯の考え過ぎか。


 無論この男を見くびっていた訳ではない。だからと言って答を期待していた訳でもないが、少なくとも訳があっての行動でないということは理解できた。

 少しばかり心が緩んだ俺は、書を懐に仕舞う。今は一刻も早く事を片付ける為にと別の書物に手を伸ばす。


 狐の男を知る者は居ない。少なくとも今、この場に限っての話である。今も其の男はこの城内で、何食わぬ顔をして職務に励んでいるのだろう。

 心が痛む。やはり早めに晴信に伝えるべきだと感じた。でなければ、いつ第二の被害が起きてもおかしくはない。

 だが何と言っても情報が少なすぎる。もしや、何か見落としている事でもあるのか。いや、見落とす見落とさない以前に、事を起こす理由すらも分からないのだから、それらの考察に意味は持ち得ない。

 まあ狐の男が武田の使いともなれば、恐らくは何か頼まれ事をされていたのだろうが、内訳など分かる筈もなかった。

 



 「晴幸殿、其方は駿河から此方へ来たと申していたが、何故今川に仕えようとはしなかった」


 俺は突然発された虎胤の言葉に、内心衝撃を受ける。成程、塞ぎかかっていた傷を抉るというか。まあ虎胤には毛頭そんなつもりは無いのだろうが。

 折角だ、暇つぶしに俺の昔話でも語ってやろうと、俺は此処に来る経緯を語る。駿河で出会った最愛の人、その人を残し、板垣と共にこの地へ足を踏み入れたこと。虎胤はただ黙ってそれを聞く。俺の語り口は徐々に饒舌になり、久方ぶりに訪れた、そんな何気ない時間だけが、流れるのである。

 思えばこんな風に多く語ったのは、庵原殿の屋敷に訪れた以来か。


 「駿河には一度、使者として足を運んだことがあってな、良く知って居るのじゃ。其れこそ小姓だった頃の話よ」

 「使者、にございますか」

 「当時の我が主君は相当の切れ者であった。隣国に目を付けては、隙を見て使者を送り情勢を探らせるのは定石だが、探らせ方まで全て網羅した御方は、儂とて見た事は無かった」

 虎胤は、白い息を吐いた。

 本当なら、この時点で気付くべきだったのかもしれない。




 「全く、機に乗じて使者を向かわせるとは、流石は裏切者の発想よ」


 

 まて



 彼に対して抱くべき、その違和感に。




 まて、この男、何を言ってる?

 まさか、武田に関する者の仕業だと、既に気付いていたというのか?

 いや、違う。だとしたら、先程の言葉の意味が説明できない。

 何だ、何かがおかしい。

 全身に汗が浮き出る。身体が小さくぶるりと震える。虎胤の目は、俺を捉えている。


 「とらたねどの」

 此れ以上の言葉が出ない。

 俺の中で、目前の景観が壊れてゆく。

 原虎胤、どうやら俺は、此の男への理解を取り違えていた様だ。



 今思えば、俺はこの男に会うべきでは無かったのだろう。

 そもそも会わなければ、会おうとしなければ、俺が近い未来で死ぬことはなかったと分かっていた筈なのに。



 「儂を疑っておるのか」

 虎胤の乾いた声が、脳裏に焼き付いて離れなかった。



俺の周りで、何かが壊れ始める。

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