第三十八話 思案、残留思念
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床から出て、気付く。
脳裏に焼き付いている、昨晩の記憶。
(何だこれは?)
俺はそれを掘り起こそうと、目を閉じる。
地に伏せた死体の衣服に触れ、術を使う晴幸。
そして、目の前に立つ、狐の面を被る男。
〈武田には、裏切者がいる〉
男の言葉に、俺は目を見開く。
成程、見る限り騒ぎの原因は、城の周囲で何者かが殺されたことで、昨晩それを晴幸が発見し、真相を確かめようと術を使った。と、こんなところだろう。
詳しいことは分からないが、彼が身体に乗り移ってくれたおかげで分かった。
もし彼の昨晩の行為がなければ、事件の詳細を知ることは出来なかっただろう。
「居るか、晴幸?」
俺は晴幸に詳細を訊ねようとしたが、反応がない。
どうやら彼は未だ、俺の中で眠っている様だ。
(まあ、晴幸にはいつでも訊ける事だな)
しかし、脳裏に焼きついたこの事実を、皆に伝えるべきか否かは決める必要を感じる。
あの狐の面を被った男。恐らく彼が主犯だとして間違い無い。
そんな彼が発した裏切者という発言、それが事実ならば、この狐の男はその裏切者に関係する人間だろう。
それはつまり、何らかの形で武田と関わりを持つ人間だということ。
やれやれ、面倒な話だ。この事実を確信を持って信じてくれるものは、恐らくいない。
仮に晴幸が代弁してくれたところで、皆は信じてくれるだろうか。
まずもって裏切者発言に確証が持てない。仮に確証が持てたとしても、それしか証拠が無い以上発言する危険も高い。
そもそもスキルについては他言出来ないため、理解させるのは困難を極めるだろう。
「いや、待てよ」
俺は顎に手を当て、再び思考する。
狐の面の男、あいつの裏切者発言は案外正しいのかもしれない。
三番目の術は、〈触れた物の残留思念を読み取る〉という術。
残留思念が語る言葉なら、現実でも同じ会話をしていた可能性はある。
だがやはり、まだ確証というには程遠い。
晴幸の反応がない以上は、訊ねてみるしかない様だ
思い立ったが吉日である。俺は早々に着替え、城へと向かった。
早速板垣に話を聞いてみたが、詳しいことは分からないという。
死体は虫が湧く為既に処理されてしまった様で、残って居るのは衣服と提灯のみ。
「既に殿には報告して居るのか?」
「報告はしておる。我々は村人同士でいざこざがあったという結論に落ち着いたのでな。
それより、其方も早めに持ち場に付くのだ」
俺は詮索を諦め、仕事場へと向かう。
違う、村人の仕業ではない。此れは武田に関する者の仕業だ。
俺は顔を両手で覆う。
晴信はどうだ。彼は分かってくれるだろうか。まさか既に、意見に流されていないだろうな……
其の時、俺は誰かと肩をぶつける。
「あ、あぁ、すまない、大事無いか」
「無事だ。気を付けよ」
相手の男は俺の顔を見て、目を見開く。
「おぉ、晴幸殿ではないか」
「虎胤殿……!本日は此処で仕事をなさるのですか」
「あぁ、其方もか」
虎胤は俺を連れて、書物部屋へと向かう。
其処には数え切れぬほどの書物が治められている。
「まさか、共にこうして勤める日が来るとはなぁ」
虎胤は微笑む。
「虎胤様、今朝の事件、御存知でしょう」
「あぁ、ありゃ悲惨なものだ。
しかし不可解じゃな。あんな事が起こったにも関わらず、周りの者は何事も無かったかの如く振舞っておる。
儂には少し、引っかかる事があるのだが……」
「引っかかる事、にございますか?」
虎胤は、書物を取る手を止める。
「あれは誠に、いざこざで起きた事なのだろうか」
やはり気付いていたか。俺は少しばかり微笑む。
これなら、信じてもらえるかもしれない。
「虎胤殿、実は私も、同じことを思うておりました」
「……其方が思うのなら、そうなのかもしれぬ」
虎胤は俺の方を向き、一冊の書を差し出す。
「お聞かせ願おう。其方の言葉を聞く限り、この事件、何か裏がある様だな」
俺は書を受け取る。
〈天文十二年 武田家帳面〉
書の表には、そう書かれていた。
その書に記されたものとは




