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第三十三話 隠した、本音

 話は、その日の内に板垣から伝えられた。

 全く、無茶を言うものだな。晴信が何を考えているのか、直々に聞き出すことなど容易ではない。

 俺ほど晴信と関わりを持つ者は居ないと考えた上での判断だろうが、幾ら何でも安直すぎる。


 「居るのだろう、出て来い」

 俺は直ぐ様、誰も居ない筈の居間を見回す。

 その声に応じるかの如く、庭木の裏から人影が現れた。

 「全く、板垣とやらの話を聞いておれば、清々しさまで感じる人使いの粗さよのう」

 俺は小さく息を吐き、《彼》を見つめる。どうやら既に、《彼》は全てを把握しているみたいだ。




 《彼》とは紛れもない、《本物の山本晴幸》。

 やはり、あれは夢などではなかった。あの日・・・から晴幸は、毎日の様に俺の前に現れるようになった。

 ちなみに彼のことは、俺以外の人間には見えていないらしい。



 「此度の件、御前はどう考えておるのだ」

 「いや、儂には理解し難き事じゃな。迎えれば良いではないか。

  何故皆こぞって其れを邪魔する?」

 「何故とは……晴信が殺されるかもしれぬのだぞ」

 「殺されるだと?はっ、その可能性は皆無よ」

 「……何故そう言える?」


 食いついたな、と晴幸は微笑む。

 うまく乗せられたと思い、俺は己の発言を恨んだ。しかしこちらとしても、晴幸このおとこの言い分には少々興味がある。

 「少し考えれば、容易き事じゃ」

 そう言って、晴幸は俺に語り始めた。







 「晴信様、夜分に失礼致します」

 その日の夜、晴信の許を訪れた一人の男。

 小畠虎盛。その男の名である。


 「殿、家中で噂が立っておいでですぞ。何故訳を御話しなさらぬのかと」

 「……」


 (あくまで沈黙を貫き通す御積もりか。)

 虎盛は口を紡ぐ。これは単に晴信(このおとこ)が身の危険を感じているからでは無いのだと、彼自身も薄々気づいていた。


 そんな二人の場に割り込む男。


 「失礼いたします」

 「......晴幸か、何の用じゃ」

 そう言いつつも、やはりあの事を聞く為だろうと、晴信は目を逸らす。

 俺は畳に両拳を付き、逃すまいと言うかのような鋭い目で晴信を見続けていた。


 「......殿は、御気付きであられる筈です。

  御迎えなさる諏訪家の姫君は、我らに恨みを覚えてなどおらぬことを」


 その言葉に、晴信は目を丸くする。

 俺はその表情の変化を見逃さなかった。


 「此度の戦が起こった要因は諏訪側にあり、頼重殿は武田に保護される形で自ら命を絶った。寧ろ申し訳が立たぬと思っておられるのは、諏訪の方にございましょう」

 「確かに、その通りであるな......」

 小畠は俺の言葉に、納得の表情を見せる。


 「此度の件は恐らく、武田と諏訪の同盟関係を結び直す為の布石。

  ならば何故、殿はその訳を隠しておられるのか、私にお聞かせ願いとうございます」




 



 「やはり、気づいておったのか」

 晴信は遂に微笑み、顔を上げた。



 「あぁその通りじゃ。無論気づいておった。

  諏訪は我らを恨んでなどおらぬ。

  儂は唯、復縁が〈情け〉からの行いだと思われるのが嫌だったのだ。

  仮に家臣共に語り、諸国にその様に伝われば、諏訪家は末代まで恥を掻くことになろう」


 「しかし、もし家臣に伝わるとして、誰がそれに反対するでしょうか。

  決して情けなどでは無いと、堂々と宣言すれば良い事ではありませぬか

  一国の城主ともなれば、行い一つで家中の者を惑わす事になりかねませぬぞ」


 「これ、口が過ぎるぞ」

 「良い」

 小畠の言葉を遮り、晴信は遂に頷いた。


 「ああ、そうだな。其方の申す通りじゃ。

  明日、皆に訳を話そう」


 俺は深々と礼をする。

 やはり、この青年もまだ未熟な若者だ。


 諏訪との縁を切ったのはこちらだ。それに諏訪としても後継ぎは欲しい筈である。ならば側室を迎え入れ、こちらから復縁を図るのも一つの策。

 しかしこの男は、其れがもたらす影響を、あらぬ所まで予測してしまったのだろう。



 全ては晴幸の言葉通りに語ったのみだが、彼の心には深く伝わった様だ。

 全く、優しさが起こした小さな騒動だったな。

 その後、晴幸は一礼し、部屋を後にするのであった。





 「晴幸殿」

 屋敷へ戻ろうとする俺を、虎盛は引き止める。


 「其方が、知行二百貫で武田(ここ)に仕えたと噂の男か」

 俺は黙って頷く。

 また何かと嫌味を言ってくるだろうかと思っていたが、虎盛(このおとこ)は違った。

 「そうか、此度の其方の働き、儂の耳にも伝わっておるぞ。此れからも期待しておる」

 寧ろ俺の働きを褒め、城に戻って行く。

 



 己の行為を良く言われたのは久方ぶりだ。

 しかし、俺は表情を変えることは無い。

 「......名を聞きそびれたな」

 まあ良いと、俺は再び屋敷へ向け、歩き始める。


 しかし、そういう俺もまた人間である。

 平然と取り繕う外見とは打って変わり、心中では先程の言葉を反芻していた。

 一歩歩く度に自らの策が褒められたのだと、深い喜びを噛み締めていたのだ。

 

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