第三十二話 晴信と、側室
第2章も宜しくお願い致します
運命というのは、至極数奇なものだ。
想像を逸する事象が、前触れも無く襲い来る。
俺がこの男に転生した事もまた、同じ。
偶然か、はたまた必然か。そんな事は誰にも分からない。
ただ一つ言えることがあるとすれば、転生したその〈事実〉こそが、今此処にいる証明になるのだということ。
静かな夜に、俺はまた探している。
俺の運命を、己が身の様に理解してくれる者を。
日が昇る。俺は目を覚ます。
周囲を見渡し、此処が自分の屋敷であることを確認すると、大きく息を吐く。
良かったと、ただそれだけを呟いた。
俺は十数年前、突然この時代にやって来た。
それも俺の身体ではなく、《山本晴幸》という名の他人の身体として。
俗に言う〈転生〉というやつである。
何故こんな事になってしまったのか、当人の俺にも見当がつかない。
全ては《俺に巡り合わせた運命》だったと決めつけてしまえばそれで御終いなのだろうが、そう思うことが出来ないでいるのは、きっとその理不尽さに納得がいかなかったからだろう。
三つの術を手に入れたのも、俺の前に本物の晴幸が現れたのも、全てを必然だと考えるなんて、そんな勇気は無かった。
本物は俺に言った。その身体を儂にくれと。
不思議なものだ。その間の記憶は残っているというのに、〈俺自身が行動した記憶は無い〉のだから。
俺は起き上がり、緩んだ心に喝を入れるように息を吸う。
そのまま今日を何事もなく終えられることを、切に願うのであった。
一方その頃、板垣信方はある男の許へ赴いていた。
招かれた部屋で待っていたのは原虎胤。彼は深刻そうな表情を浮かべ、板垣を見る。
「分かっておる、殿の事であろう」
虎胤の言葉を耳にしつつ、板垣は目を細めた。
虎胤の言葉が指すのは、主君である武田晴信について。晴信は諏訪家との一件から、自身の側室を迎えることを望んでいた。
それだけならば良かったのだが、案の定、そこには大きな問題が潜んでいた。
晴信の望むその相手とは、諏訪家の姫。
無論、先の戦で姫は武田家に恨みを抱いている筈だと考え、家臣共は皆揃って反対していた。
「確かに御美しい御方ではあるが、殿は何故その方にこだわるのか……」
長年仕えている二人にも、明確な理由は分からなかった。
幾つかの考えられる理由を上げても、やはり危険が付き纏う。下手をすれば殺される可能性だってある。
しかし、彼らが最も理解し難いのは、晴信がその訳を話さないことにある。家臣が訳を訊ねても、晴信は何かにつけ、うやむやにする。
そのせいで、余計に分からなくなってしまう。
「しかし幾ら考えてみた所で、殿の御気持ちが解せぬ以上、側室に迎えるのはまずいだろう。
我々重臣から直接申し上げた方が良いのではないか?」
板垣は顎に手を当て考え、何かを思いついたかのように、頬を緩ませる。
「そうじゃ、居るではないか。殿の御気に入りが。
あやつに聞き出して貰えば良い」
「あやつだと……あぁ、あの男の事か」
「へっぐしゅんっ」
書物を読んでいる最中、突然出るくしゃみに、俺は苦笑する。
誰かに噂されているな……
根拠の無い事を思っては、再び書物に目をやるのであった。




