第二十四話 運命、定め
此の世は、何時であろうと理不尽だ。
懸命な思いで手に入れた幸福など、人の一生からすれば、一瞬の幻想に過ぎない。
一度死ねば、残る物など何一つ無い。
頼重と語り合ったあの日、俺は知った。いや、知ってしまった。頼重の末路を。
決して望んでの行動ではない。視えてしまったのだ。
敢えて言うならば、ほんの出来心である。
夢の中で、頼重は唯座っていた。独りであの小さな部屋に。
彼は月を眺め、口元を緩ませる。そのまま地に置かれた短刀を手に取った。
俺の夢は、其処で途切れる。
「どうか、命を無駄には為さらぬ様に」
二度目の面会で、俺はそう口にする。
対し、頼重は笑っていた。
「儂は易々と死ねる男では無かったと、
其方が教えてくれた筈ではないか」
頼重があの場で死ぬとは、どうしても思えない。
少なくとも、其れを望んではいない様子であったのは確かだった。
しかし、運命というものは残酷で、容易に変える事は叶わない。何故なら運命とは、偶然が偶然に重なり生まれるものだからだ。
あの時、彼が短刀を持って居なかったとしても、巡り巡る運命の中で偶然手に入り、身を滅ぼす為の行為へと乗り出す。それは彼が決めた数々の選択の末に起こった、一つの選択に過ぎない。
ここで、少しばかり話の論点をずらす。
俺が未来から来た転生者だという事実や術の事は他言出来ない。
口に出そうとすれば、体中が押し潰されているような激しい痛みに襲われる。それも尋常でない程の苦痛。
それは恐らく、転生した俺への警告。いわば、掟を破る者への制裁に似たものだろう。
〈悪因悪果〉というには少々強引すぎるのかもしれないが......
さて、本題に戻ろう。
何故こんな話を挟んだのか。理由は明白だ。
〈人前で公言出来ない以上、婉曲的に救うしかない〉という事を伝えたかったからである。
俺はあらゆる手段を使い、彼を救おうとした。
見回りの者に刃物を渡すなと懇願し、彼を出来る限り見張り続けて欲しいと言った。
しかし、何を言っても、何をしても、俺の見る夢の内容は変わらない。
俺はそれから、彼に会うことを拒み始めた。
やるべき事は全てやり終えた。此処までくれば、東光寺から彼を連れ出さない限り、救う事は叶わないだろう。
夜に彼の許を訪れることは出来ない。
だとすれば、晴信が俺の術を理解してくれない以上は、もはや不可能だ。
俺は不安だった。
次第に、食事も手に付かなくなっていた。
他の者は俺を案ずる様子を見せていたが、俺には唯の傍迷惑でしかなかった。
当然である。彼が自ら命を絶つという事実は、俺しか知らないのだから。
彼が命を絶つのは今日かもしれないし、明日かもしれない。
もしかしたら、既に死んでいるのかもしれない。
俺は現実から目を背けた。
ただ、彼が自ずから命を絶つ様を、目に映したくは無かったのである。
「諏訪頼重殿が御亡くなりになられた」
その報告が俺の耳に入ったのは、彼の前から姿を消してから一か月後のこと。
俺は驚かなかった。寧ろ納得さえしていた。
見回りの男によれば、彼は短刀を部屋の隅に隠していたらしい。彼の死体が握っていたそれは、間違いなく諏訪家に伝わる代物であったという。
俺は其の日、連れられるままに東光寺へと向かう。
俺と彼が語り合った筈の部屋には、石が積まれていた。
俺はその手前で手を合わせる。
貴方様は、最期まで誇り高き殿様でありましたな。
其の時、強い風が吹く。
突然の事に、俺は不意に目を閉じる。
〈また、来てくれたのか。〉
何処からか、そう聞こえた気がした。
ゆっくりと目を開ける。
彼は我慢していたのだろうか。
本当は、ずっと死にたいと思って居たのではないか。
何か辛い事でも有るのかと、訊ねるべきだった。
そうすれば、他に何か出来ることがあったのかもしれない。
せめて、何故死のうと思ったのかだけでも、教えて欲しかった。
死ねば、何も残らない。
金も地位も名誉も、何もかも。
それが武士としての誉れだと言うのなら、
俺たち武士が生きる意味とは、一体何だというのか。
俺は問い続ける。
未だ、答えは見つからないまま。
其の頃、裏である男が動き出して居た。
「藤三郎の所在が分かった、今直ぐ向かう」
そう言い残し城を飛び出したのは、
言わずもがな、南部宗秀である。
藤三郎、討伐へ。




