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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第5章 十日間の、災厄 (1547年 3月〜)
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番外編EX6 受難、祝言前夜の乱!

 祝言を明日に控えた、屋敷の一角。

 そこはもはや戦場だった。

 それも血の流れない、しかし胃に穴が開きそうな類の戦場だ。


 「晴幸様! 諏訪の地酒がさらに三樽届きました!

  どこに置けばよいですか!?」

 「もう床が抜ける! 縁側の隅に積んでおいてくれ!」


 俺は悲鳴に近い声を上げた。

 数日前から、板垣殿や甘利殿、更には商人たちから「祝儀だ」と称して、信じられない量の酒が届けられていた。

 甲斐の銘酒、どぶろく、さらには京から運ばれたという高価な酒まで。


 「……なぁ、幸綱。

  祝言というのは、こんなに酒が必要なものか?」

 俺は、目の前で酒樽の山を検品している幸綱に助けを求めた。


 「何を言っておる。

  武田の祝言は『どれだけ飲ませたか』が主君の面目に関わる。

  ほれ、この駿河の酒は庵原殿が『晴幸の喉を焼いてやる』と息巻いて送り込んできたものじゃ。

  なに、毒味は済ませたから安心せよ」

  「毒味って、ただ飲みたいだけであろう!」


 幸綱はすでに顔を赤くして笑っている。

 戦場での冷静さはどこへ行った。

 そこに追い打ちをかけるように、ドタドタと騒がしい足音が響いた。


 「晴幸様! 大変です!

  若殿様の白無垢、帯の締め具合がどうしても決まらぬと、侍女たちが騒いでおります!」


 飛び込んできたのは、なぜかパニックに陥っている作兵衛だ。


 「それは女子陣に任せるしか……」

 「何を仰ります!? 若殿様は『晴幸様がこの色を好むか不安だ』と仰って泣いておられます!

  晴幸様が行って『最高に似合っている』と一喝してくだされ!」

 「かような所に行けるわけがないであろう!!

  禁制だぞ!其方が行けばよいではないか!!」

 「私では意味ございませぬ!!

  晴幸様が襖越しに叫ぶなり、文を投げるなりしてくだされ!!」


 作兵衛が、俺の肩を掴んで前後に揺さぶる。

 脳震盪が起きそうだ。


 さらに、屋敷の隅では松尾泰山が、

 届けられた鯛や野菜の山を前に、

 嫌な音を立てて算盤を弾いている。


 「……ほう。この鯛、少し鮮度が落ちておるな。

  板垣の配下が値切られたか。

  晴幸殿、わしが市場へ行って、最高級のものをふんだくってきてやろうか?

  無論、手数料は祝儀として『後払い』でな」

 「其方の『後払い』は返しきれぬ故結構だ! 頼むから静かに酒でも飲んでいてくれ!」

 「かっかっか、冷たいのう。新郎は余裕がないようじゃ」

 泰山は楽しそうに、山積みの酒樽から勝手に一升瓶を抜き取り、ラッパ飲みを始めた。



 「山本晴幸、おるか!」

 「もう、次から次へと何じゃ!?」

 今度は、晴信様の側近が駆け込んできた。


 「殿より伝言! 『明日の披露宴で披露する、お主の初夜を祝う歌を一首、今すぐ詠んで届けよ』とのこと!」

  「……は?」

 「殿は大変楽しみにされております!

  間に合わねば、明日の酒をすべて酢に替えるとの仰せ!」

 「あのぶらっく社長め……っ!!」

 俺は頭を抱えた。祝儀の酒を全て酢に変えられてしまっては、たまったものではない。



 酒の選定、若殿のメンタルケア、泰山の監視、そして主君の無茶振り。

 現代で、納品日直前にトラブルが連発したプロジェクトリーダーの頃の記憶が蘇る。


 「晴幸殿! 酒をこぼしましたぁ!」

 「ああっ、そこは大事な袴が置いてあるのだぞ!」

 「軍師殿、歌はまだか! 韻を考えろ、韻を!」

 「晴幸様ぁ! 若殿様がさらにお悩みですぞー!!」




 「……ああ、もう!

  戦に出る方がよっぽど楽だ!!」




 俺の叫び声は、夏の甲斐の空に虚しく響き渡った。

  一五四七年、七月。 山本晴幸の人生で最も長く、最もドタバタした「決戦前夜」は、こうして更けていったのである。

次回より、第6章開幕

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