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第一話 転生先、醜男

 この目に映る世界が、全て夢だったとしたら。

 この幻想はどれほど淡く深く、儚いものか。



 「また、呆けておられるのですか」

 背後から聞こえる女性の声。

 縁側に座る俺は振り向きもせず、返答らしからぬ返答をする。


 「何も為さず、平凡に死に逝く。其方はそれを滑稽だと思うか?」

 「晴幸殿は、まだ何も為してはおらぬと申すのですか?」


 晴幸。俺の名を呼ぶ女性に、俺は微笑みかけた。

 女性は俺の横に座り、覗き込むような姿勢を見せている。問いに問いを重ねる彼女に、俺は応じざるを得なかった。


 「夢を見た。どうにも可笑しな夢だ」

 「夢……」



 俺は女性から目を逸らし、天を見る。

 遠き憂き目で視ていたのは、忘れることのできない《未来》の記憶。


 

 「其方に一つ、訊いても良いか?」

 「ええ、何でしょう」

 「もし、後世に語り継がれるような大戦(おおいくさ)の中で、指揮を執る者がいたとする。味方の軍勢は敵に追い詰められ、戦況は明らかに不利。

  その時、男は如何様な顔をしていたと思う?」

 「さあ……」

 余りの即答さに、真面(まとも)に考える気が無いことを悟った俺は、溜め息交じりにこう説いた。


 「その者は大声で、高らかに笑っていたのだ」

 「笑う......何故にございますか?」

 「儂にも解せぬ」


 俺は女性を横目に、うんと背伸びをして立ち上がる。



 この時代に来て十一年が過ぎた、今だから分かる。


 何年後、何十年後になるかは分からない。しかし俺が何もしない限り、俺が視た出来事はきっと現実となる。

 俺はあの地で、『勘助』という名の下に、命果てる運命なのだろう。



 「儂は未だ、夢を見ておるのやもしれぬわ」

 


 俺は歴史が嫌いだ。過去の出来事を知ったところで何になるというのか。

 しばしばそのように思っていたものだが、今となっては内心、少し後悔している。

 


 「若殿。明日、儂と共に市に行かぬか。

  其方に(くし)を買うてやりたいのだ」

 


 駿河の国で過ごす九年間は、思うよりも短いものだった。

 庵原忠胤(いはらただたね)殿の屋敷に匿われ、重鎮を通じて駿河を治める今川義元(いまがわよしもと)に仕官を申し込むも、敢えなく却下。

 その理由は様々。俺(晴幸)はこれまで小者一人も連れたことのない程の貧しい牢人で、城を持ったことは勿論のこと、兵を率いたこともない。

 それに加え、色黒で隻眼、身体に無数の傷があるという容姿にも原因があった。そんな俺の姿を、今川家は気味悪がったのだ。


 

 勿論こんな容姿を望んだ訳でもなく、他人を容姿で判断するのは如何(いかが)なものだろうかとも思ったが、こればかりは仕方がない。



 今の俺は牢人という半端な存在だが、俺の転生した山本晴幸という男は思っていたよりも凄い奴らしい。


 兵法に長け、乱世を見る目を持つ。

 俺に、この男が務まっているだろうか。


 

 若殿は俺の誘いに笑みを浮かべ、「ええ」と頷く。

 彼女の様子に、俺は思わず頬を緩ませる。

 やはり今は、考えたくなかった。









 「参謀を雇う」

 突然発せられた青年の声に、郎党達は騒つく。

 その中で板垣(いたがき)信方(のぶかた)は唯一、笑みを浮かべていた。


 「駿河国に、城取りに通じた浪人がいるとの噂を聞きつけました。山本晴幸(・・・・)、その者の名にございます」

 「駿河......今川領にいるのか」

 「は。ただ容姿醜く、過去に城を有した事が無いとのこと。故に今川家への士官は未だ叶わず、浪人として駿河国に残っておるものと思われます」

 「ふん、容姿と功績で人を見ようなど、所詮は能無しのする事」


 その言葉に板垣は反応する。青年は考える(いとま)を見せる事無く、立ち上がった。


 「良いだろう。その男、此処に連れて参れ。努々、今川に気付かれてはならぬぞ」

 「は!」


 その青年、名は武田晴信。

 彼は後に、《武田信玄》という名で世に語り継がれることになる男。






 その日の夜、俺は居間の障子を開ける。

 今夜は、満月だったな。


 これから起こることを、察する筈も無かった。

 ただ俺はしきりに、彼女には何色の櫛が似合うのだろうかと、考えていたものだった。



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