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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第5章 十日間の、災厄 (1547年 3月〜)
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第百七十三話 謀反の、嫌疑

 「どういうことだ…!?今一度申せっ!弥兵衛!」

 俺は声を荒げながら一歩詰め寄った。

 弥兵衛は息を整える暇もなく、言葉を繋ぐ。


 「松尾殿が……謀反(・・)の嫌疑で、捕らえられました…っ!! 」


 俺の胸が、大きく鼓動を打つ。

 何を、言っている?

 松尾泰山が、謀反の嫌疑だと?



 あの、《忠義者》が?



 頭の中で、その言葉が幾度と反響する。

 謀反――それが如何程に重い罪であるか、この時代に生きる者であれば誰もが知っているはずだった。だからこそ、到底直ぐには信じられるものではない。


 俺は弥兵衛の表情を見据えた。その顔には焦りと葛藤、そして何よりも『恐れ』が滲んでいた。


 「…それは、確かなのか?」

 低く押し殺した声で問いただす。


 「は、はっ! 松尾殿が連行されるのをこの目で見ました!城内でも噂が立ち始めております!」


 弥兵衛の震える声が真実を訴えていることは明らかだった。

 それでも泰山が謀反を企てたなど、俺には到底信じることができない。


 「...弥兵衛、よく知らせてくれた。若殿、一度この者と庵原殿の宿へ戻る故、茶を差し上げてくれ」

 「は、はい!」


 俺は弥兵衛の肩に手を置き、目を見てそう告げた。

 彼の息遣いはまだ荒かったが、深々と頭を下げ言葉を飲み込んだ。


 泰山の身に、何が起きたのか。

 それは晴信の命令なのか。

 状況が掴めず、微かな頭痛と目眩を覚える。

 甲斐で一体、何が起きているというのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 【庵原忠胤の館】


 「おお、早かったな。晴幸殿...む?その御方は何者だ?」

 「私の家臣でございます。暫しこの者と話を致します故、少々部屋をお借り致します」

 「あ、あぁ、そうか。遠いところよく参られた。御茶をお出ししよう」


 庵原殿の言葉に、弥兵衛は恐縮しながら一礼する。 二人が奥座敷へと消えていくのを見届け、庵原殿は軽く腕を組んだ。その瞳には鋭い光が宿り、微かに唇を引き締める。


 「...やはり、変わってしまったな。晴幸殿...」


 庵原殿は小さく呟くが、側にいた若殿には聞こえていなかった。普段は飄々とした晴幸が、先ほどはまるで鬼気迫る雰囲気を纏っていた。庵原はその様に、目を細めるのだった。

 


 

 「失礼いたします」


 俺は弥兵衛を促し、奥座敷に足を踏み入れる。障子を閉めると、外の喧騒がわずかに遠のき、部屋の中に落ち着いた静けさが広がる。


 弥兵衛は部屋の隅に腰を下ろし、俺の指示を待つようにじっと視線を落としていた。


 「さあ、有体に申せ。弥兵衛」


 俺が低い声で促すと、弥兵衛はゆっくりと顔を上げ、震える口を動かす。


 「松尾殿が謀反の嫌疑をかけられたのは……村の米の収穫量を偽ったとされる為にございます」

 「米の収穫量を偽った...だと? 」


 泰山がそのようなことを行っているとは、微塵も気づかなかった。俺は呆然とした表情を浮かべ、直ぐに我を取り戻した。


 「...いや、待て。どうもおかしい。虚偽を申し伝えたことで捕えられるならばまだしも、収穫量を偽ったことで、あの者は謀反の嫌疑をかけられたというのか?」

 「それが...」


 俺は眉をひそめる。弥兵衛は喉を鳴らし、一度躊躇した後に続ける。


 「申告された収穫量とは別に、大量の米が別の倉に隠されているのが発覚したそうです。そのことで御館様が松尾殿を問いただしましたが、松尾殿は一才理由を明かされず…ただ、『全ては己の独断によるものだ』と証言なされたとのことです」


 「……なんだと?」


 俺は拳を強く握る。やはり松尾泰山(あのおとこ)が、理由もなくそんな行動を取る訳がない。俺は何か合理的な理由があると考えていたが、それがもし村の為の行動であるならば、晴信に隠す必要など微塵もない筈だ。


 俺は額に手を当て、思考を巡らせる。

 弥兵衛の話を反芻するたび、疑問と焦燥が胸の中で渦を巻く。


 泰山は知恵者であり、同時に誰よりも忠義と道理を重んじる男である。四年も共にしているのであればそんなことは分かりきっている。



 だが、道理を重んじる故に、それが晴信を欺くための行為なのだとしたら?

 それが、奴にとって《正しい》行いなのだとしたら?


 その時、襖が静かに開き、若殿が茶を運んできた。

 「...辱い」

 運ばれた茶を一口含むと、わずかな苦味が喉を潤す。その瞬間、俺は決意を固め、静かに弥兵衛の目を見る。


 「明朝、甲斐へ戻る手筈を整えたい。泰山に直接会い、真実を確かめる」


 弥兵衛は深く頷き、その意志を汲み取った様子を見せた。


 (泰山の行動に秘められた真意を探るためには、やはりこれ(・・)しかないのだろう。)

 

 俺の目は鬼の如く、眩く鋭い光を宿していた。

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