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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第5章 十日間の、災厄 (1547年 3月〜)
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第百六十八話 二人の、晴幸

お久しぶりです。こまめです。

昨年から学校関係が色々忙しいこともあり、1年ぶりの更新となってしまいました(´;ω;`)

 その晩のこと。灯篭の灯が照らす部屋で、俺はその日に起きた出来事を事細かく記す。

 部屋に染み付く匂い。それは只の匂いではなく、嗅覚を通じて九年の歳月を俺に語り掛けてくる。

 記憶を蘇らせながら、俺の手は遂に動きを止めた。


 『名残もゆかしく』


 綴った文字を見つめ、立ち上がった俺は側の襖を開く。夜風を浴び、深く息を吸う。

 (やはり、落ち着かないものだな。)

 こうしている間に、背後から襲われてしまうのではなかろうか。

 何も案じる必要はないはずなのに、そんなことを考えてしまう。

 不意に洩れる溜息。

 たった四年。されど、その四年間が俺の全てを変えてしまったのだ。


 「哀れな話じゃ。しかしこれも、武士(もののふ)としての定めであろう」

 部屋の隅に腰掛ける人影。赤く光る目を持つ男はそう述べる。

 山本晴幸としてではなく、俺自身も成り果てて(・・・・・)しまったというか。

 俺は静かにその対象を見つめた。

 「御主にとって、儂の姿は如何様に写っておる」

 問われ、晴幸は静かに外の景観を眺める。

 

 「其方は己を思うほど強かではないと卑下している様だ。しかし、儂にはこの世の理に沿い、先の世を見据え抗い続けておる様に見える。以前の其方からは、その面影すら感じることは出来なんだ。

 以前とは変わった。変わってしまった......否、変わらざるを得なかったと言うべきか。それは其方が相対するべき運命を、其方自身が受け入れたか否かの違いであろう」


 俺は晴幸を見つめ続ける。『変わらざるを得なかった』。その言葉の意図は、彼の発言によって鮮明となる。


 (御前がそう言うのならば、そうなのだろう)


 思い返せば、おかしな問いである。対する()の言葉は、至極真当であると感じた。決して切ることのできない関係であるからこそ、その言葉の重みが俺の中にのしかかる。


 「......以前の如く、御身を滅ぼそうとは思わぬ。儂は決して死なぬ、この老いぼれを案じてくれる者がいるのじゃ」


 かつて自ら命を絶とうとしたことを思い出し、苦笑する。遂に俺の方を向く晴幸の目は、以前鋭いままである。暫くの沈黙を切り裂くように、晴幸(かれ)は立ち上がった。歩み寄り、恐ろしい形相で睨みつける。


 その眼光は、まさに己を貫かんとするほどの鋭敏さを帯びる。しかし、俺は顔色一つ変えることはなかった。


 「勝手に死んでもらっては困る」


 その発言の意図に気付けたのは、彼が己自身であるという紛れもない事実によるものである。赤く光る目の奥に眠る『何か』を、俺は知っている。


 変わらぬ背丈、瓜二つの姿をしている。唯一違うのは、二人の山本晴幸、その根底にあるものの()だろう。同じようで全く違う。それは逆に、ないものを互いを補い合えるという利点(メリット)にもなりうる。故に我々は感じ合っているのだ。己自身の中の、『もう一人の己』を。


 晴幸は、遂に口者を緩ませた。

 「良い覚悟だ」

 そう呟いた途端、ゆっくりとその原型をなくしてゆく。


 一人になった俺は、灯籠の灯に目を移す。

 奴には、俺の思考は全て筒抜けだったな。

 俺は再び硯に向かい、筆を取る。


 『名残もゆかしく、幸ひなる日々をめぐらす』

 いずれ訪れるその時。俺は、皆はどんな顔をするだろうか。

 今は、そんなことを案じる必要はない。

 生きている、その事実を噛み締める。

 今は、今だけは、それでいいのだから。


 庵原殿から受け取った御守り。忘れぬようそっと懐に忍ばせ、俺は灯籠の灯を吹き消した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。泰山が何を語るのか、ドキドキします。 若殿とまだ清い中だったとは予想外でした。
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