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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第5章 十日間の、災厄 (1547年 3月〜)
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第百六十七話 仏門、加護

 「これは……」

 「覚えておいでですか、庵原殿」

 「ああ、ああ!忘れるはずがなかろう」


 差し出した手の中にある小さな巾着袋。駿河を出立する前々日に、拵えてくれた御守りである。

 それは四年の月日を経て、汚れ切ってしまっていた。


 「長旅や戦の折、常々身に付けておりました。私が無事に生きながらえているのは、庵原殿の御加護だと申しても過言ではありませぬ」

 「そうか……其方が稀に見る出世者だというのは、風の噂で聞いておった。故にこのような老いぼれのことなど、すっかり忘れてしまったものだとばかり思うておったわ……」

 「とんでもない、見ず知らずの浪人を拾ってくださった恩を忘れるとは愚者の所業。いつ感謝を申し上げるべきか、日々考えておりました」


 大層なことではない、と庵原殿は巾着袋を手に目線を落とす。

 庵原殿(かれ)の口から漸く出た言葉に、俺はどうにもむず痒い心地がした。

 俺は自信を以て彼の言葉を否定できる。この代物に如何程の思いが込められているのか、俺には分かってしまうのだから。


 「中は見ておらぬのか」

 「……はい」

 

 庵原殿は何も言わず、縮れた紐を再び結び直す。再び手渡された巾着袋には、仄かな温かさが残っていた。

 「其方に一つ、目にしてもらいたきものが在る」

 立ち上がった庵原殿は、背後に見える襖から重箱を取り出す。蓋を開けると、一枚の掛軸が収められていた。


 「儂の古き友であった住職に描かせた仏の絵じゃ。すっかり薄汚れてしまったがな。

 「何故、これを私に」

 「仏門の力は凄まじい。それ故に、其方にも御加護があればと思うての」


 墨で描かれた繊細なまでの作りに、俺の目は釘付けになる。

 優しげな微笑みに芽生える安心感。俺の心は静まりつつも、揺らぎ始めていた。

 どうして目に見えぬ幻に、心を許してしまうのだろうか。


 俺は今でさえ、神や仏などという存在を信じてはいない。それでも次々に芽生える感情は、『山本晴幸』という人間である故の産物か?

 そう考えつつ、思い出す。それは以前から幾度と耳にしてきた言葉であった。


 『人は、何かに縋り付きたくなる生き物である』


 俺が幾度となく死線を抜けられたのは何故なのか。その問いの理由を探り、どう意味付けるかは俺の自由。ならば、神仏の見えぬ力に護られたと考えるのも、一つの意味付けとして成り立つだろう。

 人が何かに縋る様は、いつの時代でも変わらない。対象が違っているだけで、人は無意識のうちに何かに縋り付こうとする。きっとこの時代に辿り着いた俺に対しても、同じことがいえるのだろう。


 俺は表情を緩ませる。ただ揺らぐ心をひた隠すような、そんな笑みを見せる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 【躑躅ヶ崎館】


 引きずられるかの如く、泰山は軍議場へ連れられる。そこには数名の家臣と若き城主の姿があった。


 「其方が何故此処に連れられたか、存じておるであろう」

 「御館様、この老いぼれに対し、少々扱いが荒いのではございまするか?」

 「おい、親方様に向かって何だその不成口は!」

 「良い、この男には無礼講じゃ。其方の仕業でなければな」


 晴信は泰山を睨む。対し、泰山は以前俯き具合にも笑みを浮かべている。晴信は臣下を呼び立て、とある書物を泰山に向け差し出す。


 「其方の村が納める米の量と、此処に記されたものが異なっておるのは自明である。村の民から米を集め引き渡すのは其方の役目だと聞いておるが、其方は儂等に虚偽の申告をしたということか」

 「私は確かに晴幸様より、収穫した村の米を定められた分集めよと仰せ仕っておりました。しかし、虚偽の申告を行ったというのは、少々語弊(・・)がございまするぞ」

 「御主の屋敷に備える蔵より、数俵の米が見つかったことは此方の耳にも入っておるのだぞ」


 泰山はぴくりと反応する。彼の胸の内に現れた変化を見逃さなかった晴信は、彼に思考の時間を与えまいと言葉を連ね続けた。


 「もはや其方たちの中で済む話ではない、村全域に関わる事態にまで発展しておる。事の次第では晴幸も罰則対象になりかねん。泰山、其方が偽りを申していたとあらば誠のことを申せ。さすれば其方だけの話で済むのじゃ」


暫くの沈黙。考えた末に絞り出した言葉に、晴信は眉を顰める。




 「やはり、貴方様には敵いませぬな……承知いたしました。山本様を巻き込むのはまかりならぬ由、御館様の御所望とあらば、この口から誠のことを御話しましょう」





 そう呟く泰山は、かつて見せたことのない鋭い眼差しを、晴信に向けていた。


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